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由香里さんが書いたサイドストーリー 「白い影−命の輝くとき」


■ 庸介の心 2

今までに何度も死という厳粛な瞬間に立会い、多くの人を自分は見送ってきた。
科学的に死というもののそれを理解してはいても、やがて自分自身に訪れる死とは、一体どんな感覚でやってくるのだろうか・・・・?
静かに忍び寄りながら、そして確実に自分に訪れる死というものの瞬間は一体・・・。
わずかに揺れる感情の波さえも、奈落の底に引き込まれるように乱れて薄れ、意識が遠のいてゆく。それなのに、暗い孤独感だけがくっきりと大きく・・・。

”・・・これが・・・死か・・・?” 暗い心の奥底で、吐息のように庸介はつぶやいた。
自分はもう、力尽きようとしているのだろうか・・・・?
もしかすると、これが死というものの感覚なのか・・・?
静かに凍りついてゆく冷たい身体・・・もう指先の感覚さえ解らない。
しかし、今、冷たい死の影を予感しながらも、不思議と恐怖が湧き起こってこないのはなぜだろう。
この身を包み込む雪と・・・・この優しい川の流れのせいか・・・?

寒さと苦痛に、現実感が薄くなりかけている。現実から深い夢へと移行してゆくはざまで、かすかに残る凍りかけた意識の中で庸介は思う。
このままボートに身をまかせて何にも逆らわず、遠く果てまで流れてゆけば、すべての苦しみから開放されるのかもしれない。
孤独からも、疲労からも、あの息の止まるような激痛からも、そして心の苦痛からも・・・。
それは庸介にとって、あまりにも甘美な誘惑だった。
ずっと自分にまとわりついている冷たい死の影は、今、別の形となって近づいてくるような感覚だった。
天使のような微笑で、別の形の優しい死が、自分に向かって手招きをし、両腕を広げて抱きとめようとしてくれている・・・。
永遠の安息が、手を伸ばせばすぐ届く先で、優しく待ち受けてくれている。
長く、過酷な闘病の末、その最後の時、笑顔を浮かべながら死の眠りにつこうとしている患者の気持を、庸介は心の奥底で思い浮かべた。
今の庸介にとって、死は平穏で優しく、生は耐えがたい苦痛に満ちている。
どちらを選ぶかと問われれば、自ら苦痛に身をゆだねようとする事の、なんと愚かで滑稽な事だろう・・・。

それは充分に解っていたのに。しかし、自分はあえてそうしなければならなかった。
あの最後の決断を下した時のレントゲン写真の映像は、今もはっきりと憶えている。
それは庸介の脳裏に青白い染みのように妬きつき、そして今も不気味な色に滲んで浮かび上がってくる。それは自分自身で下さなければならなかった、容赦無い残酷な現実だった。
それまで庸介にとって死とは、人の生命を呑み込みながら、何度も自分の手を通り過ぎてゆく厳粛なものだった。

命は尊く、死は厳粛であるからこそ、庸介は医師として真剣に生と死と向き合い、生きてきた。
それがあるとき、突然死は自分自身にその照準を定めたのだ。そして日々確実に自分を蝕み、侵しつづけ、将来の夢も、生きがいも、何もかも打ち砕き、すべてを無残に奪い去ってゆこうとしている。
大切な人達も、愛する人達からも、容赦なく引き離されて・・・。

自らの医師としての判断が揺るぎ無い事実であるにもかかわらず、愕然とした思いに・・・初めて精神のバランスが崩れた。その残酷な現実に乱れ、凍りついてゆく精神の中で庸介は、最後に過酷な運命の神の声を聞いたのだった。”諦めよ・・・”と。

あの過酷な瞬間から、近い将来、確実に訪れる死を認識したあの時から、複雑な感情に苦しみ続けた思いが庸介の脳裏に浮かんでくる。あの残酷な事実を、現実として自分自身が受け入れたあの瞬間から、どれほどの思いが自分の心の中を通り過ぎていったろうか・・・。

諦めきれない生への執着と死の現実とのはざまで、医学者として、臨床医としての自分自身を何度もかえりみた。
遠からず自分は死ぬだろう。その考えに慣れていくうちに、自分に残された時間に医師として何が出来るのか、そして何が残せるのか、集中して考えるようになっていった。
このまま何もせず、運命を受け入れるままで終わりたくはない。同じ死んで逝くのならば、自分にとって納得した死を迎えたい。
それでさらに苦しみ、命を縮める結果になったとしても、医師としての自分の信念をまっとうしたかった。
科学的に患者を治療し、メスを握ることだけが医者の仕事ではないはずだ。
今の自分だからこそ見える医療があることに気付き、それが自分自身の為の生きる道に繋がると悟ったあの時。絶望の暗闇の中で打ちひしがれた心に、一縷の光が射した。
”・・・遅くはない・・・。自分が生きてある限り・・・!”

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