『先生・・・?』
不思議な思いにかられて倫子は言葉をかけた。
『どうしました?』
庸介はかすかな笑みを浮かべて倫子を見た。
『・・・いや、別に・・。君の言うとおり・・・そうあって欲しいな、宇佐美繭子には・・』
倫子も庸介の言葉に笑顔でうなずいた。
庸介は吹きつける風に目を細めながら、暗い川の虚空を遠く見つめた。
『・・・医者も看護婦も皆・・患者から教えられることがある・・。それを見逃さず成長することは・・医療にたずさわる人間にとっての責任なのかもしれないな・・・』
『・・医療にたずさわる者の・・・責任・・』
『そうだ。これから出逢い続ける患者のためにも・・そして、自分のためにも・・』
『・・・』
『患者はいつの時も自分達の医療に救いを求めてやってくるから・・・』
『救いを・・・』
『そう・・・思わないか?』
『はい・・・はい、先生。思います・・私も・・』
庸介と倫子は川辺にたたずんだまま、引き寄せられるように流れる川の水面を見つめた。
静寂の中、静かに流れる川の波音だけが風にのって聞こえてくる。
浮かび上がる無数の光はひとつひとつ浮き沈みを繰り返し、夜の闇に優しい彩りを添えていた。
静かに語る庸介の言葉は、倫子の心の中に熱く響いた。
”先生も・・・私を成長させてくれています・・・”
心の声でそっと倫子はつぶやいた。
本当に、庸介と出逢ってからの自分は、どれだけたくさんのことをこの人から教わったろうか。倫子は今素直な気持でそう感じている。
最初は反感をいだいたこともあった。
けれど、庸介の側で行動をともにし、さまざまな出来事をとおして、彼の医療に対する信念の中に、厳しさと患者への慈愛、そしてひたむきな医者としての生き様が今も深い感動となって倫子の心の中に焼きついている。
庸介の揺ぎ無い医者としての信念が、看護婦の道を生涯の仕事に選んだ倫子にとって、強い精神を与えてくれたと信じられる。庸介への尊敬と愛情・・・。
彼と医療をともにしながら、倫子の中で次第にはぐくまれたこの感情は倫子自身を大きく成長させていた。
”先生が望むような看護婦になりたい。先生が望むように・・成長してゆきたい・・・”
倫子は心からそう願いつづける。倫子は川面を見つめる庸介の横顔をそっと見つめた。
白い端整な横顔に少し伸びた細い髪が風に揺れてなびいている。
倫子は庸介の手元のタンポポに視線を向けた。
バケツに摘まれたタンポポの花は、その愛らしい顔を小さく覗かせている。
一瞬冷たい風が吹き過ぎた時、小さな花が震えて揺れた。
それを見た倫子は思い出したように庸介に声をかけた。