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由香里さんが書いたサイドストーリー 「白い影−命の輝くとき」


■ ふれあう心 6

『先生? ちょっと聞いていいですか?』
『・・・』
『先生はどうして、長野の大学病院から今の病院に?
七瀬先生のようなそんな素晴らしい先生の元を離れて、どうして?』
瞬間、庸介の煙草を吸う手が止まった。
『七瀬先生だって、直江先生をとっても可愛がっておられたんじゃ・・・。
だから先生にはずっと教室にいて欲しかったんじゃないんですか?』

庸介の噂は倫子も何度も耳にしていた。
倫子が今の行田病院に転院してきた夜から、彼のことはいろいろと同僚の看護婦達から聞かされていた。
彼女達からしてみれば、今だ独身の庸介のことは小橋とともに自分達にとって常に興味の対象であったから、些細なことでも逐一倫子は聞かされていた。
庸介が大学病院から誘いがかかっていることも、それほど広い学識と才能を合わせ持つ腕のたつ医師であることは倫子も病院の同僚達も認めている。それは院長の行田でさえ一目置くほどだ。
あの院長が庸介に対して気を使うところは、倫子もいろいろと見てきている。
それはこの若さで他の大学教授から名指しで紹介患者が送られてくる程、庸介の名が知られていることが理由だった。
庸介は右手の人差し指を頬に当てて、じっと一点を見つめていた。
それが何かを考え込む時の庸介の癖であることを倫子は思い出した。

『あ、すみません。余計なこと・・・でした。私・・・』
倫子は戸惑いながら頭を下げた。
『あの、時々みんなが言ってたんです。
先生はこの病院に来てくれるような先生じゃないって。他の大学病院からも誘いがあって・・・。
で、元の大学でも、もっと上に行く先生なのにって。だからつい・・・。あの、すみませんでした』
倫子は素直に謝った。
そんな倫子の言葉に静かに耳を傾けながら、庸介はゆっくりと煙草を吸った。

『いや、そんな事は無い。今の病院も勉強する事はたくさんある。臨床経験を積むなら、大学病院よりも今の病院の方がいい』
庸介は倫子をまっすぐに見つめて言った。
『そうなんですか?』
『ああ。救急患者が多いからな。病院内の設備も個人病院ではかなり充実しているし。
それに大学病院というところは診療や研究だけできるところじゃない。他にもいろいろと雑事が多いんだ』
『雑事?』
倫子は不思議そうに聞いた。
『たとえば・・・研究費用の捻出。教室の研究にかかる費用は膨大だ。
国立大と言っても、国の援助金だけじゃとても足りないんだ。製薬会社や医療機器の会社の寄付に
頼らなければ、とても研究は続けられない』
倫子は庸介の言葉にうなずいた。
『力の強い教室が幅を利かせたり、そんな中で政治家のようになってしまった医者もいる。
ま、それも必要なのだろうけどな』
『・・・』
『患者の診療と研究だけに専念できるところじゃない。
上へ行けば行くほど面倒事は後を立たない。大学病院というところは。』
そこまで言って庸介はグラスのビールを飲み干した。

『難しいところなんですね。大学病院って。じゃあ、先生は臨床経験を積むために今の病院へ?』
『そう』
庸介は空になったグラスを見つめながらつぶやくように言った。
『そんな中で、あの七瀬先生は稀な人だった。目標だったんだ。』
『目標・・・』
『俺の・・・』かすかな微笑を浮かべて庸介は言った。
『医者の幸せは・・・が口癖の人で、良く講釈を聞かされた。
大学の教室を預かっていても、それは異質の人で、誰の影響も受けなかった。あの人だけは・・・』
『・・・』
『その信念は強く・・・医療に関しては一切の妥協が無かった。たった一度・・・あの人が折れたのは・・・』
そこまで言いかけた庸介は、ゆっくりと煙草の火をもみ消した。

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