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由香里さんが書いたサイドストーリー 「白い影−命の輝くとき」


■ 庸介の心 1

泥の沼地に半身を沈めたように足が重い・・・。
河岸を駆け抜ける風が背中から後押しをしてくれていても、重い荷を背負ったかのように足が重かった。白い影に包まれて、夜明け前の凍った空が次第にその色を蒼く滲ませてゆく。
昨夜からずっと飲み続けてはいても、複雑な思考を残したまま酔い切れない頭をかかえて、庸介は歩き続ける。
背丈まである立ち枯れた葦の茂みをかき分けて歩いてゆくと、見慣れた桟橋とボートにたどりついた。真っ白いスクリーンに映るモノクロの映像のように、色の無い透明な情景の中に静かにボートは浮かんでいる。
庸介を待っていたかのように、薄い霧の中に浮かび上がる白いボートは小さなさざなみにかすかに揺れていた。
庸介は重い足を引きずるように桟橋に立つと、惹き寄せられるように繋がれたロープをはずしてボートに乗った。そして薄暗い霧の向こう側へとゆっくりと漕ぎ出した。

川の中に入ってゆくと、風はにわかに冷たさを増し、薄い霧とともに庸介の横顔に吹き付けてくる。
しばらくすると、ボートは川のゆるやかな流れに交わるように、ゆっくりと船先の向きを変え、川下へ向かって流れはじめた。
川の波間から感じる水面の冷たい風は、やわらかい水の匂いをわずかに含んで、火照った顔を心地良く冷やしてくれるように感じる。
庸介は熱い瞼を閉じ、静かにボートにその身を横たえた。
まるで鉛を呑み込んだように重く感じていた身体も、ボートに身を横たえた途端、急速に身体中の力が溶けるように抜けてゆき、静かに川下へと流れるボートのわずかな揺れは、真綿でくるむような心地良さで庸介を包み込んでいった・・・。

そうやってボートに身を横たえていると、冷たく湿った風が背中に、足に吹き付けてゆき、庸介の着ているコートを通して、凍りつくような冷気が身体の奥底に沁みわたってくる。
次第に全身が締め付けられるような寒さの中に埋まっていった。
川のさざなみの音も、冷たい風の音も、徐々に耳元から遠ざかってゆき、白一色に染まった視界がベールを落とすように翳りはじめ、庸介の脳裏に浮かぶ複雑な思考も、次第に川の水面の波の中にゆっくりと溶けていった。

身体と意識がボートとともに沈んでゆく・・・。
ボートと流れる川に身をゆだねながら、身体に吹き付ける冷たい風が、次第に不思議な感覚へと変わってゆくのを、庸介は遠のいてゆく意識の中でじっと感じていった・・・。

その感覚は庸介にとって、記憶の彼方にうずもれていた懐かしく、優しい感覚を呼び覚ました。
それは庸介の遠い記憶の中に眠っていた、故郷に降る雪の感覚だった。
静かに舞うように身に降り積もる雪は、彼にとっていつも優しいものだった。
凍えるように冷え込む冷気を、ゆっくりと和らげてくれるように優しく降る雪・・・。
寒さから身を包んで暖めてくれるような、あの優しく穏やかに降りしきる・・・懐かしい雪の感覚を庸介は自分の身に感じていた。
いつも凍りかけた川のほとりで、雪の降る中遊んでいた遠いあの頃・・・。
時が過ぎるのも忘れて、暗くなるまで雪と戯れていた懐かしい幼い頃の日々が、ゆっくりと庸介の脳裏に浮かんで消えていった。
一粒の雪の結晶が、小さな水滴となって弾け飛び、やがて可憐な白い花へと形を変えて散っていった・・・。

雪解けの川のほとりで見つけた白い小さな花・・・。それは雪と氷に閉ざされた故郷にようやく訪れた春の知らせを告げるものだった。もうじき、あの酷寒の大地に、あの白い花は再びいじらしいほどの生命力で、精一杯に命の花を咲かせるのだろう。その頃にはもう、自分はこの世に存在しない・・・。もうあの花を見ることはかなわない・・・。
このまま優しい雪に包まれて、川の流れに身をゆだねて流れてゆけば、あの懐かしい頃に戻れるだろうか・・・。
疲れきった身体と心の苦痛の中で、遠くなりかけながら、わずかに残る意識の中で庸介は思った。

それとも、死という暗い世界が自分を待っているのだろうか? この川の流れの果てに・・・。
冷たく忍び寄る暗い死の現実が、庸介の脳裏に染み入るように蘇ってきた。
冷たく密やかに、しかし日に日に確実に自分に忍び寄ってくる暗い死の影。
それは現実に骨の白い影に姿を変え、もう自分の命さえ呑み込もうとしている。
”これまでか・・・? これが自分と言う人間の限界なのか・・・?
何度も味わった悔しさが、再び胸の奥底から静かに滲み出てきた。涙となってそれは目元で凍りつき、吹き付ける風の中にあっさりとはぎ落とされてゆく・・・。
庸介の中に残っている力が根こそぎ凍りつき、小さな結晶となって砕け散っていった。

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