『酒・・・結構強いんだな』 庸介がおもむろに言った。
『え? あ・・・そうですか?』
『良く飲むほうなのか?』
『いえ、そんなことないです。うちではほとんど飲まないし、それにすぐ赤くなってしまうし。
もう紅いですか?あたし・・・』
倫子は思わず自分の頬に手を添えて聞いた。
『いや。飲めないよりは、少しくらい飲めたほうがいい』
庸介は自分のグラスに残っていたビールをゆっくりと飲み干した。
そんな庸介を見ながら、倫子は少し考えてから言葉を継いだ。
『先生は強いんですね。とっても・・・』
『・・・?』
『お酒。でも、ちょっと強過ぎですよ』 小さく笑って倫子は言った。
『そうか?』
『はい。あの、前に先生のところに行った時・・・』
そこまで言いかけて少し躊躇った倫子だったが、思いきって続けた。
『空になったお酒の瓶が置いてあって・・・それも何本も。いつもあんなに飲んで・・先生は・・・』
倫子は下から窺うようにして庸介を見つめた。
『・・・そうでもない』
『だったらいいですけど。あまり飲み過ぎは良くないです。身体、なんともありませんか? 先生』
庸介はグラスを置き、新しい煙草を取り出して火をつけた。
『一応医者だからな・・・』
『でも、医者の無用心って言うじゃないですか・・・』
庸介は無言で指先の煙草を見つめていた。気を取り直したように灰を落とすとポツリと言った。
『・・・そう思うか?』
『はい。一応看護婦ですから。でも、自分の身体のこと、も少し気にかけたほうが。
きっと先生は忙し過ぎるんですよ。あ、それも無理ありませんけど。』
そこまで言って倫子は言いよどんだ。
『すみません。生意気言って。でも、ずっと気になってて、私・・・』
庸介は口元に笑みを浮かべた。
『君は根っからの看護婦なんだな』
『え・・・?』
『お母さんと二人暮らしって言ってたな。君のそういうところはお母さん譲りなのか?』
『あ、先生・・・そんなふうに茶化して・・・。私、ほんとに心配で、先生のこと・・・』
『褒めてるんだ。今までいろんな看護婦を見てきた。君は、そのまま・・・』
『先生・・・』
『タンポポのことも・・・。見つかって良かったな。』
『はい、ありがとうございます。でも先生、ほんとに、もすこし気にかけてくださいね。身体のこと』
『そうだな・・・』
そう言って庸介は窓の夜景に視線を向けた。
庸介の言葉に、倫子はいくらか気持が楽になったように感じてほっとした。
また少し、彼の横顔が青白く見える。窓の夜景の光のせいだろうか?
この孤独な人は自分ともう一人の女性の間をどのように彷徨い漂っているのだろう?
煌々と静かに揺れるキャンドルライトの紅い光を見つめながら、倫子は自分の気持を振り返る。
ただひとつ、強く心に思うことは人を愛する気持ちだけは自分のものだということ。
庸介を愛する気持だけは誰にも傷つけられるものではない。
向かい合っている庸介の向こう側に三樹子の面影を感じてはいても、穏やかに流れる時の中で、庸介の優しいまなざしが倫子の気持を和らげてくれる。