私の白い影論
私の疑問
皆はこう考える
ロケ地探訪
中居の不思議
NN病日記
サイドストーリー
バイブル
感想はこちらへ
TopPageへ
公式HPへ

 

  


由香里さんが書いたサイドストーリー 「白い影−命の輝くとき」


■ ふれあう心 2

庸介は酒を飲みはじめると、ほとんど食事を口にしなかった。
倫子のことを気遣って好きなものを注文してくれたが、自分はというと先に出されたオードブルを軽く口にした程度で、ほとんど注文したビールだけを飲んでいる。

そういえば、前にこの店に二人で来た時も庸介はほとんど食事をしていなかった。
煙草も相当の本数を吸っていることは知っている倫子だったが、アルコールもかなりの量だと想像できる。
思い返してみると、プライベートな部分で庸介に接している時、彼はいつも酒を口にしていたように思う。
倫子は彼の部屋にいくつも空になって置かれていた酒瓶のことを思い浮かべた。
夜、自宅にいる時は必ず酒を口にしているのだろう。
倫子が煙草のことを指摘した時は黙して答えなかった庸介だったが、確かにあれほど酒を飲み煙草を吸い過ぎて身体にいいはずは無い。
小橋とともに行田病院の外科を預かり、難しいケースの受け持ち患者を数多く抱えている庸介の責任の重さと仕事の多忙さを考えると、いくら優秀な医者とは言っても自分の健康を顧みることなどあまりないのかもしれない。
本当に大丈夫なのだろうか・・・。

琥珀色の液体が庸介の形の良い口に流れ込んでいくのを、倫子は複雑な思いで見つめた。
時々青白く、顔色の悪いときのある庸介のことを思うとやはり気がかりでならなかった。
庸介が倫子のグラスにビールを注いだ。
『あ、すみません・・・』ほろ苦いビールを一口飲んだ。
そのさりげない自然な振る舞いの庸介を倫子は嬉しく思う。
あの夕暮れの川で偶然に出逢ったときから、彼の瞳にはいつもの張り詰めたような緊張感は無く、穏やかで優しい光に和らいでいる。

これが本当の先生なのだと・・・倫子は思う。
誰ともうちとけることなく、張り詰めた緊張感の中で黙々と働きつづける姿の中に隠れた彼のもうひとつの素顔。
庸介と向かいあい、静かに流れてゆくひとときを共に過ごしていることに、ほのかな幸せを感じる倫子だった。

グラスに添えられた庸介の細い指先を見つめながら、倫子の脳裏にふと、三樹子のことが思い出された。
三樹子にも庸介は今のように酒を注いであげたりしていたのだろうか?
今、自分と向かい合っているように、同じように穏やかな時間を二人で過ごしてきたのだろうか?
一瞬冷やりと、心に突き刺さるような痛みを感じた。
三樹子のことを思うと、どうしてもあの時のことを思い出してしまう。
庸介の部屋に行ったことで、三樹子に呼び出された時のことが倫子の脳裏にゆっくりと浮かんでくる。
”あなたにあの人は無理よ”
三樹子の勝ち誇ったような声が倫子の心に響いた。
庸介と自分との関係を語ったときの、彼女の自信と余裕に満ちた言葉は今も倫子の心の中に暗い染みのように残っている。
三樹子の挑むような挑戦的な態度も、自分を見据えたように見ていた彼女の厳しい目の光も。

庸介と倫子の間で、テーブルに置かれたキャンドルライトの火はゆらゆらと揺れて光っている。
静かに燃える小さな紅い炎をじっと倫子は見つめた。
彼女の気持がわからないわけでもない。
確かに向かい合っている男女の間に別の人間が入ってくれば誰でも冷静でいられるわけは無い。
庸介への愛情が深ければなおさらに・・・。
とくに三樹子のように恵まれた環境に生まれ育ち、容姿とともに自分に自信を持っている人にとってはそのプライドが許さなかったのだろう。
たしかに三樹子と自分とでは性格も考え方もあまりにも違い過ぎる。それは倫子自身充分にわかってはいた。
あの時の三樹子とのことが自分の心の中に深く暗い影のように残っていることを倫子はあらためて感じていた。

”先生は・・・?”
”三樹子さんのことをどう思って・・・”
複雑な想いに倫子の心は揺れつづける。

<<Back  Next>>
HomeHPへ  

ご意見、ご感想はこちらまで
All Rights Reserved, Copyright (C) 2001,2009,S.K.