Web-Suopei  生きているうちに 謝罪と賠償を!

「支える会」の運動の成果

(1)これまでの闘いをふりかえって

 1995年8月、南京大虐殺の被害者・李秀英さん、731部隊被害者遺族の敬欄芝さん等が日本政府に謝罪と賠償を求め、裁判を提起しました。
 この裁判を支援しようと中国人戦争被害者の要求をさえる会を立ち上げました。この時から18年の歳月が経ちました。この間、裁判所は中国人被害者の訴えの事実はすべて認めました。事実認定を勝ち取ったのです。しかし、日本政府の責任は認めませんでした。当初は、長い時間が経過した、という時効・除斥で原告敗訴がおおおくありました。次は戦前は国家賠償法がなかった、という国家無答責という法理で国の責任なしが多くありました。
 しかし、こんなひどいことは時効・除斥も国家無答責も適用できない、という原告勝訴もでてきました。強制連行東京一次、強制連行新潟、遺棄毒ガス一次訴訟、それぞれの一審判決は被害者・原告の完全勝訴となりました。強制連行福岡第一陣は企業に勝訴しました。
 これらの判決をかちとったのは、被害者・原告の思いをこめた訴えが第一です。さらに弁護団の奮闘と裁判を傍聴して、そのゆくえを見守った市民の力によるものでした。支える会は傍聴よびかけを強化し、裁判勝利に大きな貢献をしました。
 また、支える会は被害者・原告が来日したおり、市民集会を開催し、多くの日本の市民に「日本軍の残虐行為の事実」を中国人被害者の口から証言として伝えました。日本軍の中国での残虐行為の事実を知らなかった日本の市民に伝える役割も果たしました。
 また、被害者の来日費用も支える会の会員の皆さんの会費とカンパで工面しました。この費用がなければ、中国人被害者の裁判は継続できなかったでしょう。日本の市民運動の確かな力がここにありました。
 支える会の運動の進展と平行して、各事件ごとの被害者を支援するグループが結成されました。平頂山事件被害者を支援する「撫順から未来を語る実行委員会」、南京事件被害者を支援する「南京への道・史実を守る会」、731部隊事件の被害者遺族を支援する「731部隊被害者遺族を支える会」、遺棄毒ガスチチハル事件被害者を支援する「8・4チチハル被害者を支援する会」遺棄毒ガス敦化事件の被害者を支援する「周くん・劉くんを支援する会」が東京で結成されています。また、各地方の強制連行事件の被害者を支援する組織が各地につくられていきました。東京の「劉連仁勝利実行委員会」、山形の「酒田港強制連行事件を考える会」、群馬の「群馬の強制連行被害者を支援する県民の会」、新潟、京都、福岡では「支える会の支部」としての運動が広がっていきました。個別の事件の被害者を支援する運動がもりあがっています。
 ひるがえって、支える会の運動は裁判の終結とともに会員の減少、高齢化などで、活動の停滞を招き、会費納入も減少し、活動を終結させることとしました。今後は、個別の事件の支援運動体がそれぞれ活動していきます。

(2)今後のこと

 支える会の活動は閉じますが、中国人戦争被害者の要求が実現したわけではありません。日本政府の謝罪、賠償の実現にすすむ必要があります。そのため中国人戦争被害者の要求に基づき、日本政府と企業に対し、解決要求の行動が必要になったとき皆さんとともに行動できるよう「中国人戦争被害者の要求を実現するネットワーク」(略称すおぺいネットワーク)を組織します。そして機関誌すおぺいの後継紙として「すおぺいネットワーク」を年一回ないし二回程度発行したいと思います。年1,000円以上納入していただいた方にこの情報誌を送りたいと思います。すおぺい81号に振替用紙を同封します。よろしくお願いします。そのための事務局は引き続き現「支える会」事務局で担当します。

 

 

(2013年7月 「中国人戦争被害者の要求を支える会」解散総会議案書から抜粋)

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