1998.08.15初出

SCENE.2 透視図面下

 目的の旧校舎はすぐに分かった。
 依頼があったのは、まがりなりにも東京都内に敷地を持つ、私立高校である。それなりの施設が揃っていなければいけない所ではあるし、それを売りにして居る所もある。 今時、木造校舎が残っている方が珍しい。
 機材をたっぷりと積んだワゴン車は、迷う事無く目的の校舎のすぐわきに一旦停止する。
 そこでナルは車から降りて、一度、校舎を見上げた。
―――――これは、ハズレだったかな。
 なんとなくそんな気がしたが、受けた依頼はきっちりこなす。万が一、と云う事も有る。あの校長の話しの何処に、自分が惹かれたのかまだ分からない。
 実際に調査をすすめていけば、その理由も自ずと判るだろうと自分に言い聞かせて、後ろを振り返った。
「リン、僕はもう一度校長から詳しい話を聞いてくる。あと、旧校舎について生徒達の方のリサーチもしてみる。それまでに機材のセッティングを」
「はい。しかし、建物自体が酷く痛んでるようですから、少しづつ範囲を広げていきますか?」
 ナルはリンの言葉に改めて校舎を見上げた。木造の壁は所々腐敗が進んで、崩れかけているようにみえる一角も有るようだ。霊的現象が無いとしても、危険が無いとは言い切れない。
 ナルは小さく頷いて、リンに指示を出す。
「今日の処は玄関を中心に調査する。それから部外者が入ってこないよう、新校舎から目立たない裏手に集音マイクを設置しよう。崩れかかって居る所は別 に対処する。今日は見送る」
 云いたい事を言いおいてナルはその場を後にする。後は振り返らない。
 すぐ後ろでは機材を組み立てはじめる気配がしていた。

 ある日を境に、ふっつりとジーンは少女の話をしなくなる。
 もしかしたら夢は見続けていたのかもしれないが、彼等に生きて行く為に余裕が無くなっていた。ジーンがあれ程まで執着していたにもかかわらず、だ。
 それは何時訪れてもおかしく無い状況だったから、二人は大して驚きはしなかった。ただ、予想より早かったので身の振り方に迷ったくらい……
 母が亡くなった。
 父は数日後に居なくなった。
 もともと裕福とは云いがたい家庭だったので空腹には慣れていた。もしかしたらこのまま死んでしまうのかもと思っていた。働くには幼すぎ、身寄の居ない二人にはどうしようの無い事だったのだが、何所かの誰かが気紛れを起こしたらしい。
 父が居なくなって暫くしてから、見なれぬ大人達が現われて二人を連れ出した。連れていかれたのは孤児院だった。
 そこは快適とは言い難い環境だったが、なんとか生きていく事は可能だった。問題は二人の方に有った。二人は異質な存在だった。
 ここに来る以前から。ここに来てからも。
 ジーンは見えないものを視る事が出来た。ナルはポルターガイストを起こす子供だった。しかも時折みせる記憶力の良さや閃きは大人顔負けで、常識の範囲を軽く越えていたのだ。二人の間だけに存在するホットラインも、知らない人間から見れば奇妙な事この上ない。
 自然、施設に居る他の子供達は敏感に自分達とは違う何かを感じ取って、二人とは距離を置く。大人達も二人を恐れて冷たくあしらう。
 この時期、自分の理解者はお互いだけと言う有り様だった。
 生きる事に必死だったのだ。
 何より「負ける」事を厭うた。言葉を変えれば、プライドだけは高かった。
 いつも自分が間違って居ないと思えば胸を張っていた。
 だが、そんな二人を引き取りたいと申し出た人物がいる。
 それがデイヴィス夫妻だった。
 養父であるマーティン・デイヴィスは元々超心理学の教授であるから、二人の間にある不可解な現象に驚く事はしなかった。むしろ、それを誇りにすべきだとジーンをSPRに霊媒として紹介したりもした。
 ジーンと一緒に連れて行かれる事で、自然、ナルもSPRに馴染んでいった。元来、知識を増やす事が好きだったナルはここで多くの事を学び、その後SPR内にて確固たる地位 を占める事になるのだが……
 唐突だった。
「久しぶりにあの子に会ったよ」
 聞かされたナルの方もあんまりにも久しぶりだったので、一瞬何の事だか分からなかった。
「楽しそうに笑ってた。同い年かと思ってたけど、もしかしたら一つくらい下っぽいかな? 何か制服みたいなの着てたから、やっぱり日本に居るんだ」
 何所か遠くを見つめるように、目を細める。ジーンはナルの返事を期待している訳では無いようで、最後は呟くように一人、喋り続ける。
「逢いたいな。逢ってみたい」
 夢を見るように囁く。その瞳には彼女の姿が映っていたのだろうか?
 それとも…… それとも?
 今となっては全てが過去。今のナルには真実を知る術はなかった。

 

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きっとここの後書きは更新後に書き換えられるでしょう
結局挿し絵をやる間も無く時間だけが過ぎていってしまった
あんまり止めているのも良心が痛むので
(だって、一応完結してる 話だし)
文章だけでも先にアップしました
良く考えたら、第一話も文章から先にあげたし……
挿し絵は気長に待ってやって下さいまし