不意にかけられた言葉にナルが驚く気配。
(ジーン?)
ナルの方からジーンにコンタクトを取ろうと近くにあった鏡に指先を滑らせる。
だけれど調査中でない時にコンタクトを取るのはジーンにとってひどく負担を伴う。
(ジーン、どうした?)
鏡を通してナルの酷く焦っている姿が見える。そんなに驚かせるつもりでも無かったから少し後悔する。
(ナル、きみ僕に嘘ついたね‥‥‥)
麻衣のことを知らないと、ナルが夢を共有しているならきっとナルも麻衣を好きになると言った僕の言葉を否定して。
いや、夢そのものを否定も肯定もしていないのだからそうはならないのか。
だけどそんな感情も鏡に触れた指先を伝ってナルへと流れ込む。
ナルは何も言わない。
自分からアクションを起こすことは滅多に無い。
そのせいか良く誤解される。だけどナルという人物は自分を偽る事をとても嫌うから、じっくり観察してみると行動の端々に彼の感情が読み取れて面白い。ただし、ナルの感情に気が付いてもそれを指摘してはいけない。何故ならナルはとてもシャイだから。他人に見透かされるのが余程嫌らしい。
うっかり指摘しようものなら針で刺されるよりも痛いナルの視線で金縛りにあうこと請け合いだ。
それでも分かるものは仕様が無いんじゃないかと思うのだけれど、ナルは自分で思っている以上に麻衣を意識している。その証拠に、この所ジーンが自分を取り戻して最初に見るのは決まって日本人にしては明るい色の髪とちょっと大きめの瞳が印象的な少女の顔だ。
何故ならば、意識を取り戻したジーンの視線はナルのそれをなぞっており、大抵こんな時彼は調査中で少女───名前は麻衣という───は彼の助手を務めているから。
そして彼女こそ、夢の少女だった。
ジーンは自分が此処で迷っているのは、自分が失われるわずかの間にナルの手助けをするためだと、そう思っていた。だが、以前なら意識せずとも届いていた声は今やナルに届く事は稀で、それが酷くもどかしい反面、それと同時に自分の声を聞くことのできる人間が麻衣であったことがとても嬉しい。
そしてナルの麻衣に対する気持ちが自分のそれと大差ないことが彼の仕草から読み取れてしまう。
だのに、この石頭は未だに肯定しようとしないのだ。執着していることに。
自分の知らない男と一緒にいるのが不快に思える程度にも気にしているくせに。
意識が遠くなる。それとあわせてナルとのラインもずれが生じる。ナルのため息をつく横顔。
(そんな下らない事を伝えるためだけにラインを繋いだのかお前は?)
(ごめ‥‥意識‥‥もう‥‥)
(ジーン‥‥ま‥‥)
ラインの途切れる瞬間、ナルが何かを言いかけたけど、その言葉は白い闇に閉ざされてしまった。彼が何を伝えようとしたのか、そちらに意識を向けるのさえ億劫で、ゆっくりと自分が崩壊して行くのをジーンはだだ黙って眺めていた。