2003-10-17













うつつ  かこ
 現・過去

 

 

 

 

 


「ナルの嘘つき」
 絶対、絶対狡い。
 ナルに不意打ちをかけるのはほんの気晴らし。だって、はじめて麻衣を見つけたのは自分だと思ってたのに。
 幼い頃から時折訪れる夢の中の少女『まい』はジーンのお気に入りだった。
 どうゆうわけだか、夢の中でしか逢うことの叶わぬ相手ではあったが、自分たちの成長に合わせるかのようにその姿を変えていく『まい』は夢で片付けてしまうには非常に現実的(リアル)な存在感の持ち主だ。あまり頻繁に夢を見るのでナルに問いただしたことも一度や二度ではない。
「ねぇ、ナル、ナルは本当にあの子の夢、見た事無いの?」
 そう尋ねてみても、友人を作って遊ぶより一人静かに本などを読み耽ることの好きな彼の弟は手にした本から視線も上げずにページを操り続ける。
「下らない事ばかり言ってないで、少しは現実に目を向けたらどうだ?」
 ジーンにとって、そのナルの言葉は『まい』の存在の否定にしか聞こえない。
「泣いてた。いつもは笑っているのに、何かあったんだよ。きっと。こっちからは見れるのに、向こうには何も伝わらないんだね」
 一番新しいヴィジョンのなかで、彼女の悲嘆にくれる姿を見たのだ。膝を抱えて背を丸め、誰にも見られないように顔をうずめて鳴咽するその姿が痛ましくて手を差し伸べたのに───
 擦り抜ける自分の手。
 声をかけたいのに、優しくその肩を抱き締めてあげたいのに、瞳を曇らせるその涙を拭うことさえできずにただ立ち尽くして見守ることしかできなかった。
 どんな時だって彼女の笑っている姿を見ていると幸せな気分になれた。優しい気持ちになれた。いつもそうやって救われていた。たとえ彼女にその気が無かったとしても、自分が救われてきたのは事実で───だからこそ彼女の力になりたいと思うのに、今のジーンにはどうすれば良いのかさえ分からずに居た。
 突然黙り込んでしまった兄の様子に溜め息を漏らしつつ、ナルが言葉を紡ぐ。
「ジーン、何度も言うけど、夢の中の映像でしか会えない人物がどうして実在していると言い切れるんだ?
 おまけに一方的に見ているだけの相手なんだぞ。もし実在していたとしても今現在の映像とは限らないし、夢というフィルターを通 して見ている限り実像とは異なっている可能性もある」
「そんな事無い。絶対何処かにいる」
 せめて声だけでも届けることができたなら、『まい』を探し出すことも出来るだろうに。そう思って力いっぱい反論すれば、ナルの眉間に微かな皺が刻まれる。
  しばらく二人で睨み合っていたが、先に視線を外したのはナルの方だった。
「根拠を述べよ。出来ないなら立証してから断言してくれ」
 そう言うとナルはそれまで抱えていた本を閉じて立ち上がる。
「何処、行くの?」
「もうじきリンが来る」
 ───ああ、と頷く。
 この弟はサイコメトリーという能力の他に、念動力、俗にPKと呼ばれる能力も合わせ持っている。
 が、故に昔からボルターガイストと呼ばれる現象をしばしば引き起こしていた。
  普段、自分の感情を表に出さない分圧迫されているのか、思いもよらぬ 時に発現するその能力を制御する方法を身につける為に養父の教え子である林輿徐が彼の指導役をしている。
 ジーンとて、霊視の能力を制御する為にリンのスタイルを真似することがある。
 要するに、リンと呼ばれる人物は二人にとって精神修行の師に当たる訳だ。だが、このリンという人物は徹底して必要以外喋ることをしない。
 子供の目から見ても有能な人物ではあるが。
 ───もう少し、愛想よくしても良いのに。
 しかしリンの気孔術、巫蠱道や式にも興味のあるジーンは慌てて部屋を飛び出した。ナルはとっくにトレーニングルームに行ってしまった後だ。
 そこで漸くジーンは結局のところナルが少女の夢を見ているのかいないのかちゃんと聞いていないことに気が付いたが、別 に急ぐ訳でなし、何時でもいいかと、また返事は先送りにされたのであった。



 ───そうやってはぐらかされ続けて現在に至る。
「ナルって誤魔化すの巧いんだよねぇ」  よくよく考えてみたら、この時のナルの台詞も変だ。
 ───おまけに一方的に見ているだけの相手なんだぞ
 普通、こうゆう場合は『見ているだけの相手なんだろう?』と疑問系でくるはずなのだ。
  本当にナルが夢を共有していないのだとしたら。
 今更気が付いたところで時既に遅しだが、気が付いたら気が付いたでナルにそのことを告げても、「お前が間抜けなだけだろう」とか、「否定した覚えは無い」だの言うに決まっているのだ。
 全く、この弟殿は口が達者でいらっしやる。
 だからせめて、ほんのちょこっとでも報復できないものかと考えてしまうのは自分のせいじゃないと思っている。二人の間のホットラインは相変わらず微妙にずれたままなので、ナルと直接言葉を交わせる機会は滅多に無い。
 その貴重なタイミングを狙って、だからこそ言ってやるのだ。
「ナルの嘘つき」



さて、 実はこれ、2003年夏に再版の入った『みひつのこひ』の予告を兼ねた作品だったのです。
今回、ウェブ用に改行が多く設定されていますが、内容は殆ど触っておりません。
中々活躍出来ない双子兄。こんな所で頑張る。


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