2004-09-05

 

 

‡三 夢の隨に‡





 そこはとても狭かった。
 でも息を潜めて、僅かな隙間から外を覗き見るのさえ憚られる。
 怖い。
 どうぞ、誰もここに気付かないで。
 何をしても怒られる。
 何をしなくても怒られる。
 だったらいっそのこと、自分など元から存在しなければ良かったのにと思う。今にも折れそうな、血色の悪い腕や足にはタバコによって付けられた烙印がいくつも有って、常時痛みを訴える。そしてそれが皮肉にも、自分が生きていることを教えている。
 だが、今はそれさえも空しい。
 足音が聞こえる。
 暗闇の中で耳をすませる。
 足音はすぐ近くで止まった。
 心臓が口から出ていってしまうのではと思うほどの恐怖。
 ───可哀想に。そんなに脅えないで。僕は君の味方だよ。
 開け放たれた扉の向こうには知らない人。逆光で顔が良く見えない。だけれど初めて聞くその声はとても優しくて、差し伸べられた手は自分を怖がらせないように距離を保って伸ばされている。
 ───本当に? 痛いこと、しない?
 ───信じて。ねぇ、ここを出たら遊園地に出掛けよう。君と僕なら分かり合えることが沢山あると思うんだ。約束をしよう。絶対に君を傷つけたりしない。君を傷つけようとする者が現れたら、僕が守ってあげる。だからねぇ、一緒に行こう。
 ───本当にあの人たちから守ってくれる?
 初めて持つ期待。
 何度でも誓ってあげる。君を守るよ。この手を取って? そこから出てきてよ。ねぇ、きみ。
 夢のような瞬間。
 嬉しくて、その人の腕の中に飛び込んで行く。
 やっと見つけたと思った。
 やっと、自分の居場所を見つけた。
 この人なら信じても良い。
 初めて手に入れた大切な―――
 何物にも代え難い、―――の存在にしがみつく。
 後から後から、大粒の涙が零れるのを、その人は優しく拭ってくれた。心地よい手のひら。
 ───もう、離れたくない。離れない……





3章です。が、ここではあまり詳しく解説入れない方が親切っぽいのでパスしましょう。
そのまま次章へお進み下さいませ 。



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