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99-6: 南アルプスの白い雄峰 ***
甲斐駒ヶ岳 2,967m
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“甲斐駒”の通称で呼ばれるこの山は、古くから信仰の山として親しまれてきた。奇峰、満利支天を頂上直下に従え、悠然とピラミッド型の白い岩山の山容を誇示するかのようにそびえる“甲斐駒”は、今風に言えば「南アルプスの白いサラブレッド(駒)」と言えよう。荒荒しく男性的で、どことなく近寄りがたい気品を漂わせるイメージが、特に女性を魅了するのであろう。同じ稜線上の南西に位置する仙丈岳がたおやかな女性的優美さを持つ山容であるのと好対照をなしている。
“甲斐駒”へのルートは、黒戸尾根、早川尾根とアプローチの長いルートがあるが、近年は南アルプス・スーパー林道をバスで北沢峠まで上り、1泊2日の一般ルートをとるパーティがほとんどで、梅雨明けのこの時期は、バスのピストン輸送を必要とする程の賑わいである。北沢峠は2,030mに位置するので、2,967mの頂上との標高差は1,000m弱である。しかしながら、急勾配の上りやアップ・ダウンの尾根、そして頂上付近は砂礫の急勾配なルートで滑りやすく、結構体力を要する。中級の上クラスのコースといえる。
(写真:北沢峠方面からの甲斐駒)
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日時: 1999年7月24、25日(土、日) 曇後晴 気温は山頂で約10度位
参加者: 青木、太田、貝塚、小林、野崎、林、平山さく子、諸橋、吉田、山下(記)
交通: 行き:幸手(6:11発)―>新越谷(6:33着)JR南越谷(6:53発)―>西国分寺(7:33着) 西国分寺(7:47発)―>高尾(8:10着) (8:21発)―>甲府(10:01着)、
バス・甲府駅(10:05発)―>広河原(12:07)(13:10) ―>北沢峠(13:30)仙水小屋泊
帰り:バス・北沢峠(13:15)?>広河原(13:40) タクシー・広河原(14:00)?>甲府(15:00)
JR・甲府(18:05発)―>幸手(21:35着)
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登山コース: 8時間(除く昼食時間)
今回は***コースという事で、10名の参加となった。登山部会としては、初めての3,000m級登山という事で期待と緊張が感じられる。甲府までは順調な行程であったが、広河原行きのバスは増便の上、崖に沿って上る細い南アルプススーパー林道を、対向車とすれ違う場所を探しつつ上って行くので、約2時間を要した。広河原に付くと、約300名近くの中高年を主体とした登山者がごった返している。南西の方角に、北岳、その南に間ノ岳、そしてさらに農鳥岳が望める。我々は更に北沢峠に向かって行くわけだが、皆そこでそれぞれの方向に散って行く。やはり人気の甲斐駒組が圧倒的に多い。小型バス6台に乗り切れず、40分待ってピストン輸送で北沢峠に着いた。さあ、ここからが登山である。(写真:広河原方面から北岳を望む)
(北沢峠〜仙水小屋泊り): 40分(13:50〜14:30)
バス終点の北沢峠は、仙丈ケ岳と甲斐駒の分岐であり、更に甲斐駒へは双子山と仙水峠経由の分岐でもある。我々は仙水峠方面の道を取った。沢沿いに緩やかな上りを40分程で、早仙水小屋に到着した。
山小屋は沢から少し上がった山の中腹に位置し、北沢方面が見下ろせ、更に明日登る仙水峠も望める。既に先行パーティが到着しており、先ず今夜の寝場所の確保だ。割当てられた部屋は10畳程の広さで、我々10名の他に6名が入り結構詰め込まれた状態だ。後で聞いたところでは、30名の定員に対して、59名が泊ったとの事であるから、このすし詰め状態も致し方ない。夕食は未だ日の高い4:30から。外に据えられた簡易な手造りのテーブルで、山小屋にはふさわしくない幕の内膳。持参した食べ物と各種アルコールで夕食兼飲み会となった。山の大自然の中で緑を満喫しながら、(誰かはアブと戦いつつ)友と飲めるのは至上の悦楽か?未だ明るい7時が消灯である。鼾と寝相は誰も責任がもてない。神の思召しと諦めて早く寝た者勝ち。おっと、真夜中に鼾で寝そびれてか、降るような星空を満喫できた果報者もいたとか?
(仙水小屋〜仙水峠〜駒津峰〜甲斐駒頂上): 3時間30分(4:45〜8:15)
既に明るくなった朝の冷気の中、若者達の色とりどりのテント場を横切って仙水峠に向かった。歩きにくい露出岩とはえ松の中、遅咲きのシャクナゲの花を鑑賞しつつ登ると、急に展望が開けた左前方に、視界の中に迫りくる岩山の魔利支天が聳え立っている。正面右前方の彼方には、鳳凰三山のシンボルであるオベリスクが天を突く神秘的な光景が悠然と広がる。皆、暫し魅入られたように小休止し、明け方の高山の清々しい眺望を心から堪能した。

仙水峠から駒津峰までは、標高差が500mある所を一気に登り切るので最もきつい所だ。展望のない原生林の中をジグザグに急登する。駒津峰からの眺望は良く、南西に遠く仙丈ケ岳が見渡せる。北東に見えるはずの甲斐駒は、今日は未だ雲の中でその勇姿を現さず、我々を拒んでいるかのようである。駒津峰からは狭い尾根道になり、岩や木につかまりながら登り降りを繰り返しながら六方石のコルに辿り着く。ここからいよいよ甲斐駒の頂上部へのアッタクである。
(写真:束の間の晴間で、甲斐駒の頂上が望める)
直登コースと少し緩やかな右回りコースの分岐で、我々は女性陣の直登への誘惑を絶って右回りコースを取った。滑りやすい白砂と岩場の中を注意しながら登り、無事頂上に立った。残念ながら、雲が下から吹きあげてなかなか眺望が得られず、記念写真の小休止。
(写真:頂上で記念撮影)
(甲斐駒山頂〜魔利支天〜双子山〜北沢峠): 4時間30分(8:30〜13:00)
山頂から少し降りかけたら、急に雲が切れてきて甲斐駒の全貌が現れてきた。オー、なんと荒荒しく、且つ気品のある山容なのだろう?山全体が白い花崗岩と砂に覆われていて、吹き上げる雲の合間に、そのピラミッド型の山頂を覗かせている。あそこが我々が今登頂した頂上か? 目を下に向けると、今度は魔利支天が眼下に見える。先行隊は分岐で右の経路を経て魔利支天に向かったようである。後方の我ら4人組は、ショートカットの真っ直ぐの道を採った。しかし、結果はかなりの急坂を下りる羽目になり冷や汗者だった。魔利支天から見上げる甲斐駒は、切立つ右側の崖が一層荒荒しさを際立たせている。魔利支天から双子山経由、北沢峠への帰り道は、長いだらだらの登り下りとなり、北沢峠にはバス出発予定の15分前にやっと辿り着いた。達成感のある充実の登山であった。
(写真:頂上から魔利支天に向かって下山)
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(本日のハイライト: ショート・カットの4人組)

甲斐駒山頂から魔利支天への直進コースを取った後行4人組は、魔利支天を目前にして切立つ絶壁に行手を遮られ、仕方なく横にそれ、山裾の急坂をずり落ちながら何とかショートカットして、先行隊よりも前に正規ルートに出られた。しかしながら、隊長の林さんは懐が深く何も言わなかったが、これは罰金ものだ。
(写真:頂上直下の絶壁)
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