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海と風の詩 act.4


 雨に濡れた体が、どうしてか細かく震えて自分でもそれを止めることが出来ない。
 
 あれだけ走って、息も上がって苦しいくらいなのに。
 ガタガタ震える肩を抑えることが出来ない。

 ゾロの姿を見ていられなくて、走り出したサンジがたどり着いた先はあの小さな砂浜を取り囲んでいる松林の中。雨に濡れて滴をポタポタと落していく針のような松葉の合間を縫うようにして、静かな波の音が聞こえていた。

 「なんだってんだ・・・・・・。」

 深く息を吐き出して、サンジは小さく呟いた。
 まだ、胸が苦しい。
 どうしてか、目の奥が熱い。
 わけも分からずに、心が痛い。

 「ホントに、なんだってんだ・・・?。俺・・・。」

 ズルズルと体中から力が抜けきったようにその場にしゃがみこんで、まだサンジの背丈を少し超えたくらいの高さしか無い、それでも天に向かって真っ直ぐに伸びている若い松の幹にもたれかかった。
 手に持っていた小さなビニール傘もいつのまにか足元に転がっている。
 濡れた土と空から降る雨が、サンジの全身を隈なく覆っていく。
 膝を抱えるようにして、座り込んだままぼんやりと松葉の陰から見える灰色の空を見上げた。

 (ここって、俺が最初にゾロを見つけだ場所だ・・・。)

 忘れるはずもない。あれから14年という長い月日が過ぎたとはいえ、あの時まだ小さかった若木が成長して姿を変えていたとしても、絶対に忘れたりする事はなかった。
 ゾロと出会った場所を、忘れてしまう事なんてありえなかった。

 (ここで、あん時、ちっちゃいゾロの手が俺を呼んでたんだよな。)

 白い布の隙間から見えた、小さな、小さな、小さな手のひらを思い出す。
 自然と柔らかな笑みが浮かんでくる。

 (すげぇ、暖かかった。)

 (あんなにちっちゃいクセに、ギュッて握ってきたんだもんよ。)

 (絶対、離すもんかって・・・。)

 (俺の大事な・・・。)

 灰色の空から視線を落して、今は何もない湿った土の上を見つめて、サンジがそう思ったとき。

 「サンジッ!。どこいんだよッッ!!。」

 静かな雨と波の音に混じって、どこからかゾロの声が聞えてきた。

 「サンジッッ!!。」

 聞きなれているはずのゾロの声に、ビクリと体が震えた。
 いつもならゾロの顔を見るだけでも安心できたのに、心が暖かくなれるのに、今は。

 (・・・会いたくねぇよ・・・。)
 
 自分の手のひらを握りしめて、サンジは俯いた顔を膝に埋めてゾロの声から逃げるように口を閉ざした。
 本当は、すぐにでもゾロの名を呼びたかった。そして、ゾロの手を、もう小さな子供ではない一人前の男に成長してしまった、自分の手のひらよりも一回りも広いゾロの手を、ギュッと握りしめたかった。
 あの日のように掴んだ手を離さないで欲しかった。

 (でも、もう、ゾロの手は俺のもんじゃねぇんだ・・・。)

 暖かなゾロの手のひらにもう握り返される事はないだろう、水滴が幾つも筋を残して流れていく指を、サンジは固く握り閉めた。
 俯いて膝に押し付けた瞼の隙間から、熱い涙が零れ落ちてきた。

 (ゾロ、ゾロ、ゾロ・・・。)

 この場所で出会って、ずっと側にいて、一緒に同じ道を歩いてきて。
 今更その道を一人で歩いていく事なんか出来ない。
 気が付けば、ポツリと一人取り残されたその道に、先を見つけることなんか出来なかった。

 (ただ、お前が離れてくってだけのことなのに、何でこんなに苦しいんだよ・・・。)

 唇をかみ締めるようにして、洩れそうになる嗚咽を堪えてサンジがそう思ったとき。

 「サンジ・・・。」

 膝を抱えてうずくまった体を、暖かくて、優しくて、力強い腕に抱きしめられた。

 「なにやってんだよ・・・。こんなトコで・・・。」

 呆れたような、ほっとしたような、そのゾロの声に、サンジの心の奥がギュッと疼いた。

 「なんでもねぇよ・・・。」

 本当はその腕を握り返したいのに、そこにいるのはサンジが知っていた、サンジだけのゾロではない。一人で、自分の道を歩き始めて、気が付けば背中を向けて遠くに行ってしまっていた『弟』。
 
 「俺のことなんかほっとけよ・・・。早く『彼女』んとこにでも帰ってやれよ。待ってんだろ?。」

 その手は、もう、その子のものなんだろう?。

 顔を上げようともせずにサンジはそう言った。
 それだけ言う事が、今は精一杯だった。
 
 「早く、行けよっ!。あの子のトコに帰れっ!!。俺の側に寄るなっっ!!。」

 (今は、お前が側にいるだけでも苦しいんだよ・・・。)

 肩に触れていたゾロの手のひらをキツイ仕草で振り払って、サンジは自分の膝に回した腕を固く握り締めた。

 「何、言ってんだよ・・・。」

 「おい、どういう意味だよ。」

 サンジのその言葉に、見せた態度に、暫く黙ったままだったゾロの、明らかに怒気を含んだ声が聞こえた。膝を抱えていたサンジの手を、思いもかけない強い力でゾロが掴み上げた。

 「いっ・・・。」

 骨が軋む位に捕まれた手首の痛みに、うつぶせていた顔を上げて目の前にいるゾロを見上げて、一瞬サンジは息を飲んだ。

 「ゾ・・・ロ・・・?。」

 暗い色をした緑色の光が真っ直ぐにサンジを見ていた。
 見たこともない、今まで一度だってそんな表情を向けられたことなんてない。

 その顔に、一瞬サンジの全身が凍りついた。

 (怖い。)

 無意識に怯んで固まった体を、強い力で濡れた地面に押さえつけられて。
 
 「何で、そんなこと言ってんだよ・・・。」

 見上げたゾロの顔は、どうしてか酷く苦しそうで、哀しそうで、痛そうで、そして心の底から怒りに満ちていた。
 その顔に、サンジの胸の奥深い場所が引き絞られるように痛んだ。
 
 「側に居んなって、どういうことだよ・・・。」

 「・・・手・・・。離せよ・・・。俺に触んな・・・。」

 サンジはそれだけ言って瞼を伏せた。
 自分の言葉で、ゾロを傷付けている。それはわかっていた。
 でも、それ以外の言葉が出てこない。
 ゾロの顔をこれ以上見ていられない。
 
 (だって、気が付いちまったよ・・・。)
 
 (俺は、今までずっと、どこに居ても、何をしてても、どんな時でも、いつも、お前のことばっかりで・・・。)
 
 (『あの日』出会った時からずっと、ずっとお前の手だけを握ってたかったんだ。)

 (お前のことが何よりも大事で、大事で、ずっと離したくなかったんだよ。)

 (好きなんだよ、お前のことが・・・。)

 今更、すでに遠くに離れていった今更に気が付いても、もう遅い。
 
 (お前は俺の手の届かないトコに行っちまったんだろ・・・?。)

 頬の横ににポタポタと落ちてくる雨の音と、遠くから聞こえてくる波の音と。
 ゾロの手が、湿った砂を握りしめる小さな軋んだ音。

 そして。

 「触んなだって?、側にも寄るなだって?、早く帰れだって?。」

 「どこに帰れって言うんだよっ!。お前以外の誰のトコに帰れって言うんだよっっ!!。」

 怒鳴るような、叫ぶようなゾロの声。
 
 次の瞬間、雨に濡れたサンジのシャツのボタンが弾け飛んだ。
 薄い布が裂ける音。
 冷たい水滴が、晒された肌に直に落ちてくる。

 その突然の出来事に、一瞬、何が起こったのか分からずに、サンジが閉じたままだった瞼を開けようとした時。

 「俺を置いて行くのか・・・?。」

 聞き間違いかと思うくらいの小さなゾロの声。
 そして、熱くてかすかに震えているゾロの唇が、乱暴にサンジのわずかに開いていた唇に押し付けられた。

 「そんなこと、させねぇ・・・。」

 「絶対に、そんなこと、許さねぇ・・・。」

 腕を押さえつけていた力が緩んだと思った時には、半端に引っかかっていた破れたシャツが一気に全部剥ぎ落されて、ゾロの熱を持った手のひらが、濡れているサンジの肌に直に触れてきた。

 「な、にを・・・?。」

 視線を上げても、そこに見えたのは、すっぱりと感情が抜け落ちたように暗い瞳でサンジを見ているゾロ。
 いったい何をしようとしているのか、問いただす前にもう一度口付けられた。
 頭が混乱しているうちに、無理やりゾロの舌がサンジの唇を割り開いてくる。
 乱暴で、酷く痛々しい思いしか感じない口付け。
 サンジの裸の胸を弄るように動いてたゾロの手が、弛緩したまま力の入らない足の付け根に降りてきた。
 そこまで来て、ようやくサンジはゾロがいったい何をしようとしているのか、我に返ったように抵抗した。
 息苦しいほどに離してくれない唇から見を捩るようにして逃れて、力の抜けていた両足に力をこめてのしかかるゾロの体を押し退けようともがいた。

 「止めろッ!。嫌だッ!。」

 サンジの声に、その足に触れていたゾロの手がビクリと震えて動きを止めた。

 「何で、何でこんなことするんだよ・・・?。」

 俯いて、動きを止めたままのゾロが小さく言った。

 「だって、お前は、俺のもんだろ・・・?。」

 「俺がお前の手を掴んだ『あの日』から、ずっとお前は俺のもんだったろ・・・?。」

 「・・・今更、俺の事捨てるのかよ・・・?。」

 自分の体よりも一回りも大きなゾロが、小さく見えた。

 「・・・お前、覚えてんのか・・・?。」

 あんな、まだ生まれて間もない頃の事を。

 「忘れたことなんかねぇよ。」

 わずかに上げたゾロの顔は、泣き笑いのように歪んで見えた。

 「ぽっかり浮かんで出てきた太陽みたいでよ。」

 「すごく綺麗で、暖かかった。」

 「ふわふわ浮かんでて消えちまうかと思ってよ、捕まえたと思ったときはすげぇ嬉しかった。」

 「忘れるわけ、ねぇだろ?。」

 裸の肩口に、顔を押し付けられるように抱きしめられて。

 「だから、あん時からお前は俺のもんなんだよ。サンジ・・・。」

 「ずっと、ずっと、これから先も。お前は俺のもんだ。」

 そう言って、滑るように落ちてきたゾロの唇が優しく口付け。
 
 「だったら、その手。離すんじゃねぇよ。」

 背中を向けられて、置き去りにされてしまったと思っていたのに、ゾロはちゃんと待っていてくれて。
 自分から離してしまいかけたサンジ手は、もう一度しっかりとゾロの手に包み込まれていた。 
 
 もう二度と離れてしまわないように固く抱きしめあって、深く、お互いの全てを確かめるような長いキス。

 冷たい雨はいつのまにか上がっていて、穏やかで優しい風と海の音が静かな浜辺に聞えていた。
 
 




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                              END


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**kei**
うわ〜んっっ!!
リンダさんっ!テイクアウトオッケーってありがとうございましたっvv
有り難く頂戴してきましたっ。図々しくも(^-^;)
自分がリクエストした妙な「年の差カップル(年下攻め希望)」のお話をとってもステキに書いてくださいました!!
えへv
リンダさんのホームページはこちらから。
リンクのペェジからも飛べますvv堪能してきてください〜vv

そして、これには裏があるんですよっ!!
きゃ〜vv
ってことで、裏のお話はコチラから(*^m^*)

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