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八乙女城 やおとめじょう

別名
時代
平安時代?~安土桃山時代
分類
連郭式中世山城
規模
標高:100m、比高:約60m
現状
八乙女公園
場所
秋田県大仙市長野字八乙女山
最終訪城日
2010年5月5日

安倍貞任が立て籠もって源義家の軍勢を迎え撃ったという伝説が残る城で、中世には八乙女氏が居城としていた山城。今は桜の名所となる。

城史

年代 出来事
11世紀頃 安倍貞任が城を築いたと伝わる。
1062年 「前九年の役」で安倍貞任が城に立て篭もり、幕林に陣を構えた源義家の軍勢と戦ったという。
16世紀 八乙女河内が居城としていたと伝わる。

縄張り

城は玉川沿いの半島状の山の上に築かれており、東端の最高所にある本丸から武者溜、二の丸、三の丸が尾根沿いに連なっている。高さはそれほどでもないが、山の斜面は急で一部は危険箇所になっている。

【本丸】
山頂の本丸は決して広くは無いが、平野部が良く見渡せる上に斜面は急崖で、城の中枢には申し分無い。ただ、郭の中央には塚のようなものがあり、これには特に説明等が見当たらなかったため謎であった。

【堀切】
二の丸と三の丸の間は堀切で仕切られており、今は堀切跡を車道が通っている。本丸と二の丸の間は堀切は無く、鞍部状の箇所は武者溜の郭となっている。

【見張石】
「前九年の役」で城が攻められた時、この岩の上で安倍軍の兵が幕林の源軍を監視していたという。ここより東の下に【手投石】という石を武器に使った場所もあるが、危険箇所により立ち入り禁止となっている。

アクセス

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