泌尿器科医・木村明の日記


第2部:統計学者の功罪~改訂版


リーマンブラザーズに雇われていた数学者達は金融商品開発時に、ちゃんとモラルは守っていたのでしょうか?

高給を得るために無理はしなかったのでしょうか?

もちろん姉歯建築士のような稚拙で卑劣な事はしていないでしょうが、都合のよい数字が出るまで計算をし続けたりしなかったでしょうか。

この前の例えで、最初は7回連続でさいころをふった上で128分の1の危険率で結論を出す予定だったとします。

なのに6回目で偶数が出てしまった場合、良心的な統計学者は「このさいころはいかさまとは言えない。」と結論します。

ところが、どうしてもいかさまという結論を出したければ、5回目まで奇数が出た事実だけから「危険率5%未満(32分の1)で、このさいころはいかさまと言える」と結論することも可能なのです。

私は前立腺生検で2008年11月に134例目で直腸出血という合併症を起こしたわけですが、

その直前の2008年10月までの統計だけを公表するなら、

「130例で合併症は皆無でした。」

と書けるわけです。

で、次にホームページを改定するのは2例目の合併症が起こる直前にすることもできるのです。次に起こる合併症が268例目だすると、267例までのデータをまとめて、

「当院の合併症の頻度は0.4%以下です」

と言うこともできるわけです。

ですから、どこで、統計を締め切るかは、予め宣言しておかないと、卑怯なわけです。

PSA検診での死亡率低下について、ランダム化比較試験の中間報告が欧州と米国から出ました。

欧州は危険率5%未満で低下が証明されたとし、米国は差がなかったと結論しました。

欧州はEuropean Randomized Study of Screening for Prostate Cancer(ERSPC)という研究、

米国はProstate, Lung, Colorectal, and Ovarian(PLCO) Cancer Screening Trialという研究です。

つまり欧州の研究グループは、前立腺癌だけの研究、

米国の研究グループは、前立腺癌・肺癌・大腸癌・卵巣癌の研究。

統計は何も証明できないものは発表しにくいものです。発表しても引用される事はなく、目立たない発表で終わってしまいます。

「有意差が出ませんでした。」と発表すると「症例数が少ないからだ。」と言われるからです。

欧州の研究グループは、前立腺癌だけにしぼったこの研究で有意差を出したいのに対し、

米国の研究グループは、前立腺癌・肺癌・大腸癌・卵巣癌のどれかで有意差が出ればよいのです。

今回の報告はどちらも中間報告。

ひょっとして欧州のグループは症例数が増えるたびに有意差検定を行っていて、今回初めて「危険率5%未満での有意差」が出たので、

後々引用されてインパクト・ファクターの高い論文になることを期待して発表したのではないでしょうか。

検定も20回やれば、本当は有意差がないのに、1回ぐらい「危険率5%未満での有意差」が出てしまいます。

次に集計したときには有意差はなくなるかもしれません。

一方、米国のグループは、大腸癌で有意差が出そうなので、前立腺癌については有意差が出なくてもいいと思って、この段階で敢えて中間報告に持ち込んだ、ということはないでしょうか?

今日のブログは統計学者の功罪の改訂版です。オリジナルはブログネタがなくなった日に。
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