野のスミレ達

タチツボスミレ

「山路来て なにやらゆかし すみれ草」・・・・芭蕉

この芭蕉の有名な句にたいし、どの種のスミレかという議論が起こり、ある植物学者が、同じ時期に同じ路をたどって、タチツボスミレであった事を確認したエピソードがある。
それほど日本に野生しているスミレの種類は多く、一口にスミレと言っても、ひとつの種を表すと同時にスミレ科スミレ属には世界に400種、日本に野生している60種類近いスミレ類があり、その総称でもある。 従って、現代では、いわゆるスミレを指す場合、ホンスミレとか学名のマンジュリカと言ったりする。
ただ、万葉の昔から、 「すみれ」 としてひっくるめて歌にも詠まれており、それがどのスミレを指すのかは定かでなく、万葉集の山部赤人の歌 「春の野に すみれ摘みにと 来し吾そ 野をなつかしみ 一夜寝にける」 のスミレがノジスミレなのかホンスミレなのかタチツボスミレなのかは現代では知る由も無い。
この地方の散歩道や山裾でよく見られるスミレの代表例を挙げると表題のタチツボスミレ、下記のノジスミレ、ホンスミレ、エイザンスミレ、ニョイスミレ等である。


ノジスミレ                 ホンスミレ

エイザンスミレ               ニョイスミレ

表題の写真のタチツボスミレは立坪菫と書き、坪は道端、庭を意味し、どこにでも見られると言う意である。 「立」 は花の盛りが過ぎると茎が立ってくる事から来ている。
ノジスミレは野路に咲くスミレの意で、ホンスミレに先立って、早春に咲き、ホンスミレがいわゆる 「菫色」 の濃い紫であるのに対し、ノジスミレは少し淡く、写真は拡大してあるが全体に小ぶりである。 又、ホンスミレは香らないが、ノジスミレは甘い香りを発する。

エイザンスミレは写真のように、切れ込んだ葉に特徴があり、比叡山の名を採ってエイザンスミレと呼ばれるが、この地方を含めた関東周辺に普通に見られる花である。
ニョイスミレは葉の形状が僧の持つ仏具の如意に似ているのでその名があり、少し遅く咲くスミレであるが、別名をツボスミレと呼ばれるように何処にでも咲く。
以上、代表的なスミレを5種類程挙げたが、これ以外にも数十種類あり、素人には区別が難しいので、やはり、ひっくるめてスミレで良いと思う。

ユニークな生存戦略を持った花で、春には花を開き、花粉を媒介して種子を形成するが、それ以降の季節では蕾(つぼみ)を形成するものの花を開くことなく、閉じたままで種子を形成する閉鎖花となる。 春には他花との花粉媒介による多様な遺伝子を形成し、それ以降は花粉を媒介せず、効率的な種子形成を行う事で子孫を増やし、又、種子にエライオソームと言うアリが好む成分を付け、アリに種子を運ばせるなど、したたかな生存戦略で繁栄してきた。
名の由来はは花の形を大工道具の 「墨入れ」 に見立てて名付けられたとされるが定かではない。
清少納言が 「枕草子」 の中で 「草の花は」 としてナデシコ等と共に取り上げたほど古来から愛でられた花であるが、現代では花壇を彩るのはヨ−ロッパから渡来した園芸種のパンジ−で、日本古来のスミレ類は野にひっそりと咲いている。
ヨ−ロッパではスミレは園芸種として種々改良が行われ、園芸の技術で劣らぬ日本では不思議な事にスミレの園芸種があまり開発されてこなかった。 「手に取るな やはり野に置け 蓮華草」 ならぬ 「やはり野に置け スミレ草」 でスミレは野が似合うからであろうか。

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