「斯の如き憲法の規定(浅井注:第9条)は、現在世界各国いずれの憲法にもその例を見ないのでありまして、今尚原子爆弾その他強力なる武器に関する研究が依然続行せられておる今日において、戦争を放棄するということは、夢の理想であると考える人があるかもしれませぬ。併し、将来学術の進歩発達によりまして、原子爆弾の幾十倍、幾百倍にも当る、破壊的新兵器の発見せられないことを何人が保障することができましょう。若し左様なものが発見せられたる暁におきましては、…短時間に交戦国の大小都市は悉く灰燼に帰し、数百万の住民は一朝皆殺しになることも想像せられます。今日われわれは戦争放棄の宣言を掲ぐる大旆(だいはい)を翳(かざ)して、国際政局の広漠たる野原を単独に進み行くのでありますけれども、世界は早晩、戦争の惨禍に目を覚し、結局私共と同じ旗を翳して、遥か後方に踵いて来る時代が現れるでありましょう」

(丸山眞男コメント)「熱核兵器時代における第9条の新しい意味を予見し、むしろ国際社会におけるヴァンガードの使命を日本に託したもの」

−私が広島平和研究所主催のシンポジウムでお話ししたこと

(参照)拙文「広島の課題−核廃絶と平和憲法を結びつける発想を−」

*原爆投下を招いたことに関する昭和天皇の責任の問題

*平和憲法は広島・長崎の代償の上に成立している重みを実感することの重要性

*核廃絶運動が平和憲法を守りきる決意を我がものにすることの重要性

Ⅲ 被爆60年の日本・日本人について改めて考えること

1.戦争責任問題

(1)ドイツと日本の違い

−4カ国占領と単独占領の違い

−最高指導者の戦争責任に対する問い方の違い

−戦後指導者における過去との断絶の有無

−60年代(後半)以後、における戦争責任に対する向き合い方の違い

(2)違いの歴史的蓄積の重み

−戦争責任問題に向かい合えない日本

*原爆投下に関する天皇の責任問題(前述)

*「受忍」義務で押し切られる国民の「弱さ」

*アジア諸国民からの損害賠償要求に対して誠意を持った対応ができない日本

−戦争責任そのものを否定する動きの顕在化

*小泉首相の靖国参拝

*歴史教科書問題

*憲法改悪の動き

2.丸山真男の所説から学ぶこと

−普遍の意識の欠如:客観的判断基準(モノサシ)がないということ

−既成事実への屈服:「現実」に関する受け身的受け止め方

*「現実=可能性の束」という捉え方ができないこと

−「他者感覚」の欠落:人間の尊厳・基本的人権に関する意識が根を下ろしていない日本社会の病理

3.「天動説」的国際観の日本・日本人

−「天動説」的国際観と「地動説」的国際観の違い

−何故日本人は「天動説」なのか

*対天皇忠誠が対アメリカ忠誠に変わっただけの戦後日本

*同じく天動説・アメリカに引っ張られる国際観

*はびこるアジア蔑視

−強く感じる「地動説」的国際観を身につける必要性

*人類の歴史が前進することに対する確信を持つことが可能となること

*人類の歴史は人民大衆が作り出してきたことに対する確信を持つことも可能になること

*現実の国際社会における世論の果たす役割の大きさについて確信を持つことが可能となること

*以上の確信を持つことができるようになれば、日々の取り組みに対する確信を持つことも可能になること

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