アメリカの軍事戦略と有事法制

2003.06

 *この原稿は、2002年5月26日に自由法曹団の会合でお話しをしたものを、法曹団の側で起こしてくださったものです。アメリカの軍事戦略のなかにおける日本の有事法制の位置づけがどうなっているかについて考察したものとして、参考までに掲載します。

 皆さんこんにちは、浅井でございます。

法律の専門家の方々有事法制についてお話するというのはかなり無鉄砲な話であるという感じがしております。そこできょうは、お手元にレジュメがございますように、アメリカから見た場合の有事法制の意味についてご報告するということにしたいと思います。

アメリカと有事法制とのかかわりにつきましても、話しようによっては一〇分で終わってしまうし、話しようによっては何時間あっても足りないという話でございまして、私自身もどれくらいの時間を使ってお話をすることになるのか自分でも検討がついていないということでございます。もし早く終わってしまいましたならば、会場からいろいろご質問を受けて、それに対してお答えするという時間に充ててもいいのではないか、と思っておりますので、気楽な気持ちでお話をさせていただきたいと思います。

まずアメリカの日本に対する政策を考える前提といたしまして、アメリカの軍事戦略といいますか、対外戦略についての特徴的な要素を考えておく必要があると思います。今ブッシュ政権の特徴といたしまして、ユニラテラリズムということがいわれています。これはいろんな訳語がありまして、単独行動主義とか一国主義だとかいろいろありますけれど、私は簡単に、アメリカ一国主義、と訳しております。そういうアメリカ一国主義がどのような形で出てきたものか、あるいはどういう特徴を持っているのかということについて考えておく必要があると思います。と申しますのは、このアメリカ一国主義が日本の有事法制に対する要求と非常に強く結びついているということがあるからであります。

そもそもユニラテラリズム、アメリカ一国主義という考え方は、アメリカにおきましても、比較的新しい主義主張として現れております。今まで私達がアメリカの対外政策ということで理解しておりますのは、モンロー・ドクトリンで表されるような孤立主義、あるいはトルーマン・ドクトリンで示されているような国際主義というものであります。従って、孤立主義、国際主義、そしてアメリカ一国主義、こういう主張がどういう関係に立つのかということを踏まえておく必要があるのではないかと思います。

結論から申し上げますと、これらの三つの主義主張、つまり孤立主義、国際主義、アメリカ一国主義といいますのは決してばらばらな相対立する考え方ではなくて、ある特定の中心的な要素が、その時々の国際環境の変化によって表れ方が変わってきたものと捉えるのが正しいのではないかと思います。

まず孤立主義について考えますと、アメリカでこのモンロー・ドクトリンが出たのが一八二三年という年でありますが、この当時のアメリカは非常に弱小国でありました。そしてその弱小国であるアメリカが、しかし世界に先駆けて自由と民主主義の国を打ち立てたということがあります。従って一八二三年当時のアメリカが直面していた課題というのは、いかにしてこの自由と民主主義という価値観を奉じるか、我が物とするかということともに、その自由と民主主義を標榜する弱小国アメリカをいかにして欧州列強の侵略から守るかということに集約されていたわけであります。そのときにアメリカがとった選択はどうかといいますと、モンロー・ドクトリンというのは二つないし三つの内容からなっているわけですけれども、大きく分けると二つということになります。

一つは、アメリカは欧州の事柄には干渉しない、その代わりに欧州列強はアメリカ大陸の出来事にも干渉しないでくれ。こういう二つの柱からなる提案を行って、それが欧州列強によって受け入れられたということになっております。これがどういう意味を持つかといいますと、アメリカが欧州の出来事に介入しないということは、一八二〇年代、ヨーロッパにおきましては、ポルトガルとかギリシャにおきましてアメリカ的な自由と独立を目指す運動が起こっており、それが欧州の列強によって弾圧の対象になっていたわけです。アメリカとしましては、自由と民主主義の担い手、世界で最初に自由と民主主義を実現した国として、ポルトガルやギリシャの運動を支持すべきであるという主張がアメリカ国内に強かった。しかしこれをアメリカが支持するとなりますと、それを口実としまして、欧州列強がアメリカを逆に侵略するということになりかねない。そうなるとアメリカがようやく勝ち取った自由と民主主義が、欧州の内部の事項に介入することによって、むしろ損なわれ、アメリカの独立は失われることになりかねないという危機があったということであります。従ってアメリカは、欧州における自由と独立の動きを犠牲にして、アメリカにおける自由と独立を確保するという苦渋の選択をしたというのがモンロー・ドクトリンの本来の趣旨でありました。

モンロー・ドクトリンの後の部分、すなわちアメリカの内部の問題には介入するなという部分が独り立ちしまして、これが孤立主義という形で広まっていったということになります。しかし、私達が確認しておかなければならないのは、これは当時のアメリカは弱小国であったということ、つまり、自由独立を標榜しながらも、弱小国であったがために、そういう選択をとらざるを得なかったということをポイントとして捉えておく必要があるということであります。そのアメリカはその後急速に国力を増し、経済力を増しまして、一九世紀の後半にはイギリスをも凌ぐ、世界の経済強国としての立場を確固としたのです。そしてアメリカは第一次大戦、第二次大戦を経まして、国際的な事務にかかわるようになっていきました。

特に、一九四七年、これはトルーマン・ドクトリンが出されたときでありますが、このときのアメリカはどのように国際問題に対応したかと申しますと、その時にはアメリカは既に世界一の強国でありました。従ってアメリカの標榜する自由と民主主義を国際的に広めていく、そういう強力な立場にあったということになります。従いまして、これはあるアメリカの学者がいみじくも言った言葉でありますが、トルーマン・ドクトリンというのは二〇世紀におけるモンロー・ドクトリンであるともいえるわけです。これはそうでありまして、一九世紀初めの弱小国アメリカは、アメリカの自由と民主主義を広めたくても広める条件を備えていなかった。しかし、二〇世紀中庸のアメリカは、いまや世界に冠たる大国になったということで、後顧の憂いなく自由と民主主義を世界に広めることができるということであります。従って孤立主義と国際主義というのは全然相矛盾するものではなくて、アメリカが置かれた国際環境における彼らの理念の実現に対する消極性と積極性との違いと位置付けることができます。

それでは一国主義、ユニラテラリズムについてはどのように理解すればいいのかということですが、これは、孤立主義と国際主義の最悪の形における結合、と位置付けることができます。すなわちアメリカは、他の国に対して、自らの利益を押し付けることに対して何らこだわりを持たないということであります。孤立主義のときには、自己の主張を押しつけるようことをしますと、それに対する反発ということがあってアメリカ自身の存立も危うくなりかねない、従ってそういう自己主張をすることを控えざるを得ないような立場があったのですが、今のアメリカにおいてはそういう心配をする必要がなくなったということで強烈な自己主張をすることができるようになったという点が、孤立主義との違いとして出てまいります。

また国際主義のときには、先ほど申し忘れましたけれども、アメリカは世界最強の国にはなりましたが、当時はソ連という存在があって、米ソ冷戦という状況があった。従って、アメリカが自分の信じるところを国際的に徹底しようとしましても、ソ連という敵がいた。したがって、自分の主張を展開していく上でも、同盟国の同調を得る必要があったという制約がありました。ところが今のアメリカの一国主義の状況になりますと、そういう同盟国の理解と同調を求める必要もなくなってくる。とにかくわき目も振らずに自分の主張を押しつけるということになります。

このように考えますと、孤立主義、国際主義、一国主義の相互関係をどう位置づけるかといえば、アメリカが非常に弱小国であったときが孤立主義でありますし、アメリカは強国にはなったけれども米ソ対立という、ソ連という対決相手がいたときが国際主義という現れ方をした。しかし、そのソ連もこけていまやアメリカが一極の大国になったときにこの一国主義が現れるということになったと思います。

このようにアメリカは世界最強の大国になって、アメリカの思うとおりに物事を進めることができるようになったわけですが、それとは裏腹にアメリカの国際情勢認識、あるいは脅威認識というのは非常に不安定な内容をもっております。一国主義とは裏腹の、不安感と猜疑心に特徴づけられる情勢・脅威認識というものが、今のアメリカのブッシュ・ラムズフェルド政権における特徴として指摘しなければならないと思います。

ブッシュ・ラムズフェルドの思考パターンというのはどういうものかといいますと、ブッシュの有名な言葉に表されていますように、「You're with us or you're with the terrorists」というように、あなたは我々の味方か、それともテロリストの味方か、という二分法が非常に顕著に出てきているように思います。このような二分法というのも、先ほど言いましたように、アメリカという自由と民主主義の担い手という選良意識、自らは選ばれし者という意識と、それと臆面もなく国益を追求する意識との結合体として、我とともにあるか、それともテロリストとともにあるか、と去就を迫る考え方をしているということであります。

そういう脅威認識に立った場合、どういうものを脅威として考えるかとなりますと、そこに二つの大きな特徴が出てまいります。一つは非対称的脅威という考え方。もう一つは悪の枢軸に見られるような大量破壊兵器に対する恐怖感ということになります。実は、非対称的脅威に対する彼らの認識につきましては、アメリカの「四年ごとの防衛見直し」(QDR)という報告に出てまいりますように、いろいろな表現をもって表されております。今までは、ソ連という具体的な脅威を想定してきたわけですが、今やアメリカが想定する脅威はたとえば、「恐怖という顔のない脅威」という言い方に見られますように、いわばお化けを脅威とするという考え方が公然と表明されます。あるいは「巨大な不確定要素」「急速な予見できない変化」「流動的でますます予見できなくなっている国際関係」というように、国際関係を流動的、かつ見通しのきかないものとしてみる見方も大きな特徴となっています。そして、アメリカの強大な軍事力をもってしてもどこから襲ってくるかわからないような脅威に立ち向かわなければならないという事態に対して、非対象的脅威として認定する、そういう考え方を生むようになっているのであります。

それからもう一つの特徴は、これはブッシュの念頭教書の、「悪の枢軸」論でも出てきた言葉でありますが、特定の国が持つ大量破壊兵器をアメリカに対する重大な脅威とみなす考え方が前面に出てくるようになっていることがあげられます。これも「四年ごとの防衛見直し」(QDR)の中に入っている言葉ですが、「アメリカは、大量破壊兵器をはじめとした、戦争に対する非対称的アプローチを含む広範な範囲の能力を所有する敵に挑戦される可能性がある」とか、「アメリカの地理的な地位は最早その人口、領域及びインフラに対する直接攻撃から免除されることを保障されなくなった」という認識が表明されています。「更に、時とともにますます多くの国家が、より精度を増す弾道ミサイルを保有するようになる。更にテロリストは支援国家や庇護国家の支持を得ており、大量破壊兵器の急速な拡散により、今後のテロリストの攻撃はこれらの兵器を使用するものとなる可能性がある」。このように言っておりまして、大量破壊兵器、つまり核、生物、化学兵器プラスその運搬手段としてのミサイルでありますが、そういうものが特定の国家、たとえば悪の枢軸としてのイラク、イラン、北朝鮮でありますが、それらの国々によって保有されるようになれば、それらの兵器が何かの拍子にアメリカに対して向けられて発射されるということに対して、非常に大きな脅威感を抱くようになっているのです。

私たちが深刻に考えなければならないことは、アメリカほどの強大な国家が何故にこれほど非対称的な脅威、あるいは一部の国が持っている少数の大量破壊兵器を恐れなければならないのかということです。客観的にいって、彼らは今、異常な心理のもとに防衛政策、国防政策を立案しているということであります。そのこと自体を私達は深刻に捉えなければならない状況があると思います。

私達はとかく、アメリカは非常に冷静で合理的な軍事戦略を持っていると考えがちですが、私が見るところ、今のアメリカというのは、そういう合理的、理性的な判断に基づいて軍事戦略を構築しているのではなくて、非常に非理性的、感情的な要素によって軍事戦略を考えようとしている。そこにこそむしろ非常な危険性があるのではないか。だからこそ後で申し上げるような有事法制に向けた日本に対する強圧が生まれてくるのであろうと考えます。

ところで、そういうアメリカが今重視している戦略というのは、大きく言って二つの方向に分かれると思います。一つは核兵器の分野であります。もう一つは、「悪の枢軸」に対する軍事力を構築することによって、それをたたくという作戦を追求していることであると思います。

まず核兵器ですが、この点では核態勢報告(NPR)が出されておりまして、そこにアメリカの核に関する考え方が端的に表明されております。私達はまだ全文を入手するに至っていないので今までに公開されたものから推察するしかないわけですが、大きく言って二つの点で注目する点があると思います。

一つは、参考のために触れておきたいと思いますが、使える核兵器をアメリカが真剣に考え出しているという点であります。使える核兵器という構想は、特にどういう点で考えているかと申しますと、アフガニスタンでの戦争において、彼らなりに学んだとされているものであります。アメリカはアルカイダの組織に対して徹底した爆撃を加えたと言っていましたが、最近かなり明らかになりつつあるように、そういう攻撃にもかかわらず、ビンラディンを初めとした主な指導者は逃げおおせてしまったということが報道されるようになっている。

なぜ彼らを捕捉し破滅させることができなかったかということで、アメリカが考えるのは、地中奥深く潜むビンラディンその他に対して、これを撃破する有効な兵器がなかったからであると、NDRは指摘しております。従って、彼らが考えることは、地中奥潜む敵をも有効に撃破することができる兵器を開発する必要があるということです。その点で彼らは、その爆発力、貫通力等を勘案した小型の核兵器を開発する必要があると考えることになるのです。ちなみにそういう考え方から、彼らは包括的核実験禁止条約に対しては、これを批准しないという方向を出す。なぜならば、そういう兵器を開発するためには新たに核実験をする必要があるからということになってくるからです。それが一つの大きな方向性として考えられています。

私達の立場からしますと、使える核兵器を真剣に考えるというブッシュ政権というのも、本当に常軌を逸した、理性を失った政権であるということの一つの証明であるということを確認しておく必要があると思います。

核兵器に関するもう一つの問題点としましては、ミサイル防衛構想(BMD)というものがあります。ミサイル防衛構想については、アメリカはこれからの戦略において重視しようという考え方を持っております。そしてこの考え方は、アメリカと日本の今後の軍事協力についても非常に重要な地位を占めるものとして考えられているが故に、私達も真剣に検討しておく必要があると思います。

ミサイル防衛と申しますのは、実は長い歴史がございまして、元はといえばABMから始まり、そしてレーガンが言いましたスターウォーズにつながり、そしてTMD、NMDにつながって最後に弾道ミサイル防衛(BMD)というものに結びついていったわけです。この変遷の過程では、かなり質的な変化というものが起こっております。たとえばABMのときには、アメリカとソ連がお互いの攻撃型ミサイルを迎撃して撃ち落とすということを考えており、従ってそこでは、アメリカとソ連がお互いにABMを持ち合うということを考えておりました。それをある意味で更に徹底させたのがスターウォーズであります。これはレーガンが、攻撃的なミサイルはいらない、お互いに防衛用のミサイルだけを持っていれば核戦争は起こらないという、夢物語的な構想を提唱したのがスターウォーズでありました。しかしABMにしてもスターウォーズにしても、この時に問題になったのは、米ソ両国の間のミサイル防衛についてであったということです。

ところがソ連がこけまして、アメリカとソ連の間での核戦争が現実みをおびなくなってきたという段階になりましてから、このTMD、NMDさらにはBMDという構想が出てきました。これはどういうことかというと、一部のならず者国家が、そういう大量破壊兵器およびこれを運搬するミサイルを開発するということになれば、アメリカに対して攻撃する可能性が出てくる。したがって、そういうミサイルを撃ち落とすための防衛ミサイルを開発する必要がある、ということで考えるようになったということがポイントであります。

初めのうちはTMDとNMDとわかれて扱われていました。といいますのは、本土ミサイル防衛(NMD)といいますのは、アメリカ本土に到達するミサイルを打ち落とすミサイルであったし、戦域ミサイル防衛(TMD)というのは、海外に展開するアメリカ軍を標的にするミサイルを撃ち落とすことを目標としていたからであります。しかしブッシュ政権になりますと、概念的、技術的には同じであるということで弾道ミサイル防衛(BMD)ということで集約されることになりました。弾道ミサイル防衛をさらに要約する表現がミサイル防衛というものです。

本来の戦域ミサイル防衛(TMD)については、特にアジアにおきましてアメリカが熱を入れております。そこには、中国との関係でアメリカがミサイル防衛を重視しているという問題があります。実はこれは去年の一二月三一日のアメリカの新聞に載った記事ですが、その題名は、「ミサイル防衛は防衛という問題ではなく攻撃用のものだ」というものです。ちょっと読みますと、今のミサイル防衛について議論している人たちはかつてアメリカがソ連に対してやっていたことと同じことを考えているというのです。米ソ冷戦時代のアメリカは、ソ連が通常兵力を使用するのを阻止するためにミサイルを先制使用するということでソ連を牽制していました。そういう理屈を、今や中国との関係で、このミサイル防衛について使うようになっているということです。長い話を短くしますと、ミサイル防衛をなぜ中国との関係で考えなければならないかといいますと、台湾が独立するというときには、中国は台湾の独立を阻止するためにミサイルを使って台湾を攻撃することを考えるということです。そういう状況に対して、もしもアメリカがその中国のミサイルを打ち落とすミサイルを開発しないことには一方的に中国が台湾に対して軍事的な優位に立つことになる。従ってアメリカとしては何としてでも中国のミサイルを打ち落とす、そういうシステムを開発する必要があるということを書いています。要するにアメリカが開発するミサイルは、中国の攻撃用ミサイルを無力化するミサイルを開発することだから、アメリカの攻撃的地位を確立することにつながるということなのです。

今アメリカと日本との間では、実質的には中国の攻撃用ミサイルを無力化するためのミサイル防衛を両国で推進するという話が進んでおりまして、日本は本格的にこの計画に参加する状況になっております。ちなみに、このアメリカのミサイル防衛構想に国を挙げて積極的に参加しているのは今のところ世界で日本だけであるということからも、このミサイル防衛構想が中国のミサイルに対して対抗するというところに大きなポイントがあるということがおわかりになると思います。ちなみに一九九七年にできた新ガイドラインにおきましては、日本に対する攻撃の可能性としてミサイル攻撃というものが入っていたということはご記憶の方もあると思いますが、それはまさにそういうケースを前提としたものであったということです。

それから更にこのBMDにつきましては、九・一一事件、同時多発テロでありますが、それを受けてもアメリカはBMDの有用性についていろいろ考えているということが、核態勢報告(NPR)の中で出ております。この中ではミサイル防衛というものが非常に重要な戦略的な役割を持つものとして、有用性を増しているという認識が出てきております。ですから九・一一事件を経ても、このBMD、ミサイル防衛という問題はアメリカにおいて中心的に位置付けられているということが言えると思います。以上がミサイル防衛についてのお話であります。

それから三番目に私が申し上げたいのは、アメリカの今の有事法制にかかわる問題についてであります。アメリカの日本に対する要求と有事法制につきまして考える際の基点というのは、一九九四年に起こった北朝鮮の核疑惑の問題でありました。この問題につきまして、実は有名なアーミテージ報告という文章の中で、非常に明確に、北朝鮮の核疑惑が今日に至る有事法制の出発点になっているということを明らかにしております。

アーミテージ報告というのは、二〇〇〇年の一〇月に出された報告でありまして、そのアーミテージが今やアメリカ国務省のナンバーツーになっている、そして対日政策の最高責任者になっていることによって、このアーミテージ報告の重要性がよけいに増したということがあります。

この報告の中におきましては、非常に重要なことを言っております。日米関係というのは一九九〇年代の前半には漂流状態にあった。その同盟関係における漂流というのは朝鮮半島における危機が、ワシントンと東京の政策担当者たちの注意を引くまで続いたと言っています。逆に言いますと、一九九四年の朝鮮半島の核疑惑の危機がそれまでの日米関係の漂流状態を改めさせたと書いております。そしてその後に続いた台湾海峡の衝突、これは一九九六年三月でありますが、この衝突がさらに太平洋の双方、すなわち日米両国をして、日米安全保障関係の重要さを再確認させることになったと記しております。

この北朝鮮の核疑惑は一体どういう事件であったのかということを簡単におさらいしておきたいと思います。北朝鮮は一九九〇年代に入ってから核兵器を開発しているのではないかという疑いをもたれるようになりました。これはアメリカがその前に起こった湾岸戦争のあと、イラクの中を調査したところ、イラクがそれまで知られていないところで核兵器を開発していたという疑惑が非常に濃厚になった、ということに基づいています。すなわち核不拡散条約(NPT)に加入しているイラクですら、人目に隠れて核兵器を開発することができていたとするならば、ましていわんやNPTに入っていない北朝鮮が核兵器を開発している疑いは更に強い、とアメリカは疑うようになったのです。

そこでアメリカはどうしたかといいますと、北朝鮮に対して核兵器を開発するな、と申し入れました。それに対して北朝鮮は当然ながら自分達は核兵器をつくっていない、と答える。そこでアメリカはどうしたか。外交では埒があかないわけですから、北朝鮮の核兵器をつくっている可能性がある核関連施設を先制攻撃で打ち壊すことによって、後顧の憂いをなくするという軍事作戦を考えたのです。ところがアメリカも当然考えなければならないことは、誇り高い北朝鮮が、一方的なアメリカの先制攻撃に対して泣き寝入りするはずはない、と。その泣き寝入りしない北朝鮮が何をするかといえば、ソウルを火の海にすると同時に、アメリカと一緒になって北朝鮮に対して戦争を仕掛ける日本に対しても反撃の矛先を向けることになるであろうということを考えたのです。

当時皆さんもご記憶がおありと思いますが、アメリカはそういう北朝鮮の反撃に対して日本が備えるように求めてきて、一〇五九項目の要求を日本に突きつけたのです。当時、どういうことが起こったかといえば、日本は国民の目を盗んで、アメリカの要求に対して応えることができるかと一生懸命検討したわけですが、結果的には何もできなかった、ということでした。それはなぜかといえば有事法制がなかったからということになります。

この問題につきましては、皆さんもご承知のように、アメリカのカーター元大統領が、北朝鮮に飛んでキム・イルソン主席と話をつけて、戦争が土壇場で回避されたということになっております。それはその通りだったかもしれませんが、もう一つの大きな要因として、日本に有事法制がないことがアメリカの戦争の継続について妨げになるということが、アメリカをして戦争を始めることを断念せざるを得ない方向に働いたということが明らかになっていると思います。まさに先ほどのアーミテージの報告というのは、そういう状況を指して言っているのです。

ちなみにアーミテージ報告は、さらに一九九六年三月の台湾海峡の危機も、アメリカ、日本の警戒心を高めたと話しておりますが、それはどういうことであったかと言いますと、一九九五年に李登輝という当時の台湾の大統領がアメリカを初めて訪問し、そしてその訪問の成果を引っさげて台湾の独立に走るという可能性が出てきたということであります。それに対して中国が九六年の三月に、台湾の沖合いでミサイルの実験を行うということによって、それを牽制しました。そしてアメリカは第七艦隊、それから中東の艦隊を台湾海峡に派遣して、米中の間に一触即発の事件が起ころうとしたという事件です。

その当時も再びアメリカは、日本が有事法制の体制ができていないことで、戦争の準備ができていないということを思い知らされました。そういう経緯を経て、このアーミテージ報告によりますと、このことによって警戒感を増したアメリカと日本の政策当局者が本気になって取り組んでできたのが、いわゆる日米安保共同宣言であり、それを受けた新ガイドラインであったと記しております。

従って新ガイドライン作成の最大の眼目は、アメリカが北朝鮮ないし中国と戦争をするというときに、その戦争を日本が続けることを担保する、そういう有事法制をつくるというところに一番大きなポイントがあったということが明らかになっております。もちろんその他にも周辺事態という問題が起こることへの対応という大きな問題はあるのですが、今日の有事法制とのかかわりで言いますと、この新ガイドラインの新しい報告がまさに日本とアメリカとの間の有事法制の引き金となって存在するということだと思います。

ところがこのアーミテージ報告をさらに読みますと、日米両国は新ガイドラインをつくった後関心を失ってしまって、その後再び何もすることがなかったと書いております。そういうことが結局有事法制の積み残しという問題を生み出した、と書かれているわけです。

アーミテージ報告は、そういう状況を何とかしなければいけないということをこの報告の中で力説しているのです。彼が具体的に述べていることは、この新ガイドラインというのはフロアー(床、出発点)であって、シーリング(天井、到着点)ではないということです。具体的に床と天井の間を埋めるものは何かというと、日本が集団的自衛権に踏み込むことであると彼は書いています。

私達は新ガイドラインの内容を見ると、このアーミテージ報告が、そう書いている意味、つまり新ガイドラインはフロアーであり、シーリングではないといった意味がわからないわけではないということが浮かんでまいります。と言いますのは、新ガイドラインの指針の目的、日米防衛強力のための指針の基本的な前提及び考え方を見ますと、次のように書いてあるわけです。

指針及びそのもとで行われる取り組みは、以下の基本的な前提及び考え方に従う、となっておりまして、その二番目には「日本のすべての行為は日本の憲法上の制約の範囲内において、専守防衛、非核三原則などの日本の基本的な方針に従って行われる」、と書いてあるのです。また三番目に、「日米両国のすべての行為は、紛争の平和的解決、及び主権平等を含む国際法の基本原則、並びに国際連合憲章を初めとする関連する国際約束に合致するものである」、ということも書いてあります。

ここで気がつかなければいけないことは、日本の憲法上の制約の範囲内において行う、と書いてあるということであります。日本の憲法上の制約というのは、従来の政府の憲法解釈によって、集団的自衛権の行使は憲法九条上認められない、ということになっていますから、この新ガイドラインにおいて日本がやることは、集団的自衛権に踏み込まない限りで行うということである。しかし、アーミテージ報告は率直に集団的自衛権の行使に踏み込めと言っているわけですから、ここにおいてアメリカからすれば、新ガイドラインの最終報告というのはまだまだ彼らの言うフロアー(出発点)であって集団的自衛権行使に踏み込んだシーリング(到着点)にまで達していないという認識が出てきたということだろうと思います。

それからもう一つ、三番目の今申し上げました、国連憲章を初めとする、関連する国際約束に合致するものである、というところも今の私達の有事法制を巡る議論の中において重要な意味を持ちつつあるのではないかと思います。これは先日の国会における共産党の志位委員長の質問にもありましたように、今回の有事法制というものが、どうもアメリカの先制攻撃を前提としたものになっているのではないか、ということにかかわります。要するに、他の国から攻撃を受けてきて、それに対する自衛権の行使としてこの有事法制を発動するというものではなくて、アメリカが先制攻撃をかける、それに対して日本が協力する、そういう体制の有事法制ではないかということが、かなり志位質問において、私は見事に解明されたのではないかと思っております。

その点からしましても、新ガイドラインの第三項目の国連憲章を初めとする関連する国際約束に合致するものであるということになりますと、国連憲章五一条の自衛権行使という問題が抵触してくるという問題もあるだろうという疑問が起こって参ります。こういうところも、アーミテージ報告が新ガイドラインの問題として取り上げた点にかかかわるのではないかと考えるわけであります。

しかもそのアーミテージが今申しましたように、アメリカの国務省のナンバーツーになって対日政策の最高責任者となったということになりますと、今やアメリカは日本に対して、本格的な有事法制をつくるようにということで要求する、というのが正式の政策となって現れてきたというのが二〇〇一年一月以降の段階であろうと思います。

しかも、すでに紹介申し上げたRAND報告にも非常に危険な内容が入っております。このランド報告もブッシュ政権になってから二〇〇一年五月公表されたものですが、アメリカと中国との戦闘がどういう形で始まるかということにおいて、いろいろな態様をあげています。たとえば中国が挑発的な演習及び実験をやる。一九九六年のミサイル実験みたいなものをやる。あるいは台湾近辺、または上空での挑発的な空軍活動。台湾に対する小規模なミサイル攻撃。台湾経済に損害を与え、自衛能力を損ない、人々の士気を低めることを狙いとした大規模なミサイル攻撃。機雷敷設。商業用海路に対する潜水艦攻撃。港湾封鎖によるシーレーン妨害。離島占拠。台湾の軍事能力を破壊することを狙ったミサイル攻撃及び空襲、等々。

このようにいろいろな態様による中国の台湾に対する軍事攻勢というものをあげていますが、ここで、何度も出てくるようにミサイル実験、ミサイル攻撃というのが中国がとり得る台湾に対する軍事攻撃の可能性として、非常に重要性を持ったものとしてあげられているというところがポイントです。しかも先ほど申しましたように、新ガイドラインでは、日本に対してあり得るべき攻撃の態様としてゲリラによる攻撃のほかに、ミサイル攻撃が入っているということを考えなければなりません。つまり、台湾の有事をきっかけにして、アメリカと中国が軍事衝突をするようになる。その軍事衝突がエスカレートしていくにしたがって、中国は陸、海、空の兵力はとても日米にかないませんから、アメリカ、日本に対する報復の材料としてミサイルを使うようになる可能性を考える、ということなのです。

ここでもやはりアメリカは日本に対して、日本とアメリカが一緒になってミサイル防衛計画を推進しなければいけないという要求を、決して机上の空論としてではなくて、強く要求する立場になっていると思います。

それから更に言えば、小泉政権というのはご承知のように二〇〇一年四月に登場したわけですが、彼らが登場したときには、アーミテージの政策というのが日本に対する正式な要求として突きつけられるようになっていたということも踏まえておかなければなりません。従って小泉首相としては、アメリカの対日要求が有事法制をつくることを要求することにあったということは十分に承知した上で政権に登ってきている、ということが言えると思います。しかし、その小泉政権も、必ずしも一気に有事法制に走ることはできませんでした。実際に小泉政権が有事法制推進に本格的に走り出したのは、三つの事件、あるいは状況が重なっての上でのことだということがわかります。

一つは、九・一一事件、すなわち同時多発テロであったわけです。この同時多発テロの際、私達がテレビなどで見たように、在日米軍はあのとき最高度の臨戦体制に入ったということがわかっております。しかしあの時私達が自ら思い出すことは、アメリカ軍が最高度の厳戒態勢に入ったにもかかわらず、日本はそれに対して何の備えも用意もなかったということであります。すなわちアメリカからすれば、アメリカが最高度の臨戦体制に入っても、日本という国はまったくそれに対して応じる用意ができていないということであった。従って、アメリカとしては日本に有事法制をつくれ、と要求する非常に大きなきっかけになったということが九・一一事件のひとつの意味であっただろうと思います。私達は、当時テロ対策特措法の制定のことに目を奪われておりましたけれども、アメリカ側の対日要求においては、それと並んで日本が有事法制をつくるということに努力をすることを要求するところに大きな眼目があったことは間違いないだろうと思います。

二番目は、「四年ごとの防衛見直し」(QDR)という報告であります。ここではアジア重視ということが強調されております。この点は、日本国内においてほとんど注目されていなかった点でありますが、アメリカでは非常にこの問題が注目されておりました。

そこでかかれていた概略は次のようなことでした。9.11事件のあともアジアという地域が国際社会においてもっとも不安定な地域として存在することには変わりはない。そういうところにおいてアメリカの権益を侵し得るいろいろな事件が起こり得る。しかしアジアというのはアメリカから最も遠い地域にある。そこから出てくる結論は、従ってアジアにおいては同盟関係がもっとも重要な役割をしめることになる、ということであります。ここではそれ以上のことは書いてありませんが、アジアにおける軍事同盟の重要性といった場合に、一番重要なのは日米安保同盟であることは間違いないわけでありまして、従ってこの九・一一事件を受けたQDRにおきましても、日米安保の重要性を更に強調するという姿勢が出てきたということが大きなポイントだろうと思います。

さらに極めつけは、「悪の枢軸」発言であったと思います。これは今年の一月のブッシュ大統領の年頭教書でありますが、イラン、イラク、北朝鮮を名指しして、「悪の枢軸」と名付けたということであります。これがなぜ有事法制促進のもう一つの大きな理由になったかと申しますと、実は今アメリカは、イラクとの間では必ず戦争をするということを方針としております。戦うか戦わないかではなくて、戦うとして何時戦うかという次元でイラクとの問題は進んでおります。今年の初めの段階では、五月前後をメドにして、イラクに対して難題を吹っかけてイラクが飲めないような要求を突きつけて、それを飲めないとなったらばイラク・サダム政権を打倒するための軍事行動を起すということを考えていたことがわかっております。

ところが皆さんもご承知のように、その間に中近東におきましては、イスラエルとパレスチナの事件が起こったということで、アメリカがこのイスラエル・パレスチナ問題に忙殺されるようになったということがあります。特にアラブ諸国は、アメリカがパレスチナ建国という方向での問題解決をやらない限りはアメリカの中東政策を支持しない、という立場を非常に明確にするようになりました。そのために、一ヶ月ほど前に出ましたアメリカの新聞では、アメリカはイラクに対する軍事行動を早くて来年のはじめにまで延期したと書いております。

問題は、今年の五月をメドにしてイラクに対して軍事行動を起すと考えていた頃のアメリカは、サダム・フセインを亡き者にした後は何を考えていたかと言いますと、実は北朝鮮をその次の標的として考えていたということが、これもアメリカの新聞報道で報じられております。その五月の段階では、北朝鮮については一〇月が一つのメドになると書いてありました。ということは、今年の初めの段階でそういう戦争計画をつくっていたアメリカは、それが故に日本に対して有事法制を急げと話してきたということがわかるわけです。仮に、北朝鮮に対する軍事行動というのは、一〇月を一つのメドとして考えるとすると、日本が今国会で有事法制をあげないことにはアメリカとしては安心して北朝鮮と事を構えることはできないということになります。その状況は、今申しましたように、少し時期がずれていっているということではありますが、しかしアメリカが日本に対してこの有事法制をつくれということを本気で迫っていることについては、私は疑う余地のないところであると思っています。

私達はとかくアメリカの有事法制の要求というのは、理性的、合理的な打算に基づくものであると考えがちですが、実際の動きというのは、もっと赤裸々なアメリカの対イラク、対北朝鮮の軍事行動という打算とのかかわりで考えられているということ。それゆえに小泉政権もこの問題について真剣に考えざるを得ない状況になっているということを知っておく必要があると思います。

最後に私が申し上げておきたいことは、このように私達は有事法制を考えるに当たって、私としては奇異に思うことがあるのですが、それは新ガイドラインというものが必ずしも今回の有事法制を議論するにおいて十分に取り上げられていないのではないかということであります。

私は実は今回こちらに伺う前に自分の準備としてこの新ガイドラインをもう一度復習してみたのですが、この新ガイドラインの最終報告を読みますと、本当に現在の周辺事態、そして武力攻撃事態と重なる内容がたくさんあります。それは当然のことでありまして、先ほど申しましたように、アーミテージ報告も、新ガイドラインはフロアーであってシーリングではないと言っていても、しかしフロアーであることは間違いないわけです。要するにこの新ガイドラインに基づいて日米の有事計画を立案するという発想において変わりはないということです。従って私達は、これからの課題としましては、有事法制を批判するに際して、新ガイドラインをもう一度はっきりと位置付けなおす。そしてそれとの関連性を十分に見極めていく必要があるのではないかと思います。

今回の武力攻撃対象事態法の第三条五項では、武力攻撃事態への対処においてはに日米安保条約に基づいてアメリカ合衆国と緊密に協力しつつ、ということが書いてある。この文言というのはまさに、日米新ガイドライン最終文書の中身を彼らが参考としながら動いていくということを意味しているものだということはほぼ疑いのないところであろうと思うわけです。そういうところで見てまいりますと、新ガイドラインにはいっております共同調整メカニズムだとか、日米共同調整所とか、そういうものが具体的に日米の軍事計画、有事法制の立案、計画にあたってフルに活用されるものであるということも明らかになってくると思います。

以上、とりとめのないお話をしましたけれど、私は現在の有事法制を考える上では、アメリカの対日要求というのは、この有事法制を促進する上での大きな力として働いているというところを是非とも見極めておく必要があるのではないかと考えます。一般に有事法制については、日本国内における独自の要因、例えば日本の独占資本の要求だとか、いろいろな国内的な要因が働いて有事法制へという道へ進ませているという説もありますし、それは必ずしも間違いではないと思います。しかし今どうしてこれほどに小泉政権が有事法制の成立にしゃかりきになっているのかということを考える上においては、私がつたなく申し上げたように、アメリカの日本に対する、有事法制をつくることを目指した非常に強い圧力が働いているということを是非とも私達は理解する必要があるし、それを理解しないと、どうも反対闘争においてもフォーカスが当たらないというところが出てくるのではないか、と申し上げたいのです。どうも失礼いたしました。(拍手)

議長 浅井先生、大変わかりやすい基調講演ありがとうございました

予定よりも早く時間終わりましたので一〇分ほど質問の時間をとりたいと思います。質問のある方どうぞ。

質問    田代博之(静岡県支部)  静岡の田代でございます。二点だけ伺いたいと思います。まず第一点、先生のご指摘では、北朝鮮の核疑惑が有事立法の一つの契機、もしくは促進剤、あるいはルーツだという趣旨をご指摘されていますが、有事立法を考える場合に、古く一九六三年にいわゆる北朝鮮を敵視した三矢作戦というのが当時国会で論議されて、当時社会党の石橋議員がこれを解明して、いわば頭上作戦とは言え、日本の自衛隊、制服組の策動が国会で暴露されて国民の大きな反撃を呼んだということを思い出します。当時は冷戦体制のもとでありましたから今とは情勢が違うのですが、三八度線を境とする朝鮮半島の、それが今度の有事立法との先生ご指摘のきっかけというか原因と、どう歴史的には関りがあるのかないのかという点。

第二点ですが、最近不審船の問題とか、あるいは拉致疑惑とか、引いては瀋陽の領事館の亡命者問題などが非常に論議されているわけですが、これは有事立法の問題との絡み合いで、いわば政府の国際的な、有事立法を有利に通過させるための対応策との関連で、どういう意味合いを持っているのか、その点をお答えいただきます。

浅井 私は有事法制についての検討というのはかなり前から行われていると思いますが、一九八一年、八四年の防衛庁の有事法制研究についてまでは、基本的には日本に対して、例えばソ連が攻撃するという日本有事の場合であったと思います。実は八一年、八四年の有事法制の研究の成果が今回の有事法制のたたき台、というよりも中身になっていることは間違いないわけですが、一つ大きな違いは何かというと、日本有事であったのが当時であったとすれば、今は日本有事ではなくて在外有事であると。要するにアメリカが他の国に対して攻撃を仕掛けて、それに対して他の国が反撃をする。その反撃の対象として日本が攻撃にさらされるということになるのであって、そこでは日本の自衛権の行使という問題ではありえない、ということです。そこが非常に大きな違いを生んでいると思います。ですから、今の日本における有事法制というのは、私に言わせればまったく自衛権行使とは関係のない、憲法違反の領域の話であるということになります。

それから不審船、拉致、瀋陽の事件が有事法制との関りで利用されていることは間違いないと思います。不審船を見ろ、拉致を見ろ、だから北朝鮮は危ない国だ、だからそれに対して備えるのは必要である、という議論は使われていると思います。それから瀋陽の事件にしたって、日本の主権侵犯だというところが、これは詳しくお話している余裕はありませんが、いわゆる故意に主権侵犯したという事件ではないと思います。そこをまったく取り上げないで、主権侵犯と言って、中国とはけしからん国だというのは、これ自体が有事法制を正当化する材料作りになっているということではないですけれど、やはり北朝鮮とか中国という怪しい国がいる以上はそれに対して何かやるのはしょうがないではないか、という世論を形づくるのには利用されているのは間違いないと思います。

質問   岩佐英夫(京都支部)  京都支部の岩佐、一点だけお聞きします。新ガイドラインで包括的メカニズム、調整メカニズム、あるいは共同調整所をつくることになっているわけですが、これは現実につくられて機能しているのかどうか。そして今年の五月一〇日、アフガニスタンの自衛艦の派遣が六か月延長されたのについては、日米調整委員会というところで決定して閣議決定だけで延長されましたが、あれが今の包括的メカニズム、調整メカニズムとどういう関係になるのか、教えていただきたいと思います。

浅井 その点については、彼らはどういう関連があるかということは言っていないというのが事実だと思います。しかし、これができていないということは、私はあり得ないことだと思います。確実に動き出しているということだと思います。いろいろな調整メカニズムでいろいろな形をとっていると思います。この問題についてはこれだけのものが入る、これについてはこれだけのものという形で、アドホックなものがいっぱいできているのではないかと思います。そういうものを総じて、総合調整メカニズムと一般的に言えば言える形になるのではないか、と思います。

議長 それでは大変わかりやすい講演、先生どうもありがとうございました。直ちにお帰りになりますので、拍手でお送りください。予定通りに進行しておりますので、全体会はこれで終了いたしまして、事務連絡の後、各分科会に移っていただきたいと。その前に議長団のほうから、決議案についてレジュメの中にはいっておりますが、ご意見のある方は意見書がこの中に入っておりますので、発言通告、それから感想文の用紙、これらを書いて事務局にあらかじめ出してください。それから発言者の通告は、きょうの九時までにナカノ事務局長宛てに出していただきたい、ということであります。

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