ミク、小学校卒業です!!

2011.03.25

私は、広島にいる間、まとまった時間を新幹線の中で過ごす時のためにと思ってB5サイズのPCを買って重宝していました。八王子の戻るに当たって、このPCも用済みだなと思い、処分しようかとも思ったのですが、なんとなく持ち帰ったのでした。ところが福島第一原発の深刻な事態に伴う東京電力の「計画停電」という名のもとにおける無計画停電により、長時間駆動するこのPCがなくてはならない存在であることに気づかされました。3~4時間続く停電に際しては、このPCなくしては時間を持て余すばかりになるということだったのです。こういう緊急時には何の知恵も働かない私は、はじめはただひたすら耐えるしかないと諦めきっていたのですが、25日夜に初めて味わうことになった停電に際しては、次男がろうそくに火をともして持ってきてくれ、上さんは上さんで庭に差し込んであるソーラーの夜警灯を持ってきてくれたので、パソコンを開くことが必要な状況・可能な条件が生まれたというわけです。
 幸い(?)この日の無計画停電は、午後10時頃までの予告だったのが9時前には終わったので、太い指の私には扱いにくい小型PCは早々に切り上げ、本来のPCの電源を押して書き続けているという次第です。
 ミクの小学校の卒業式の模様を早く書き留めたいと思っていたのですが、不慣れな買い立てほやほやのニコンで撮った動画を編集し、DVDに記録することに手間取った(ニコンではフル・ハイビジョンで撮れるし、撮ったのですが、ブルー・レイで残そうと思ったし、そのことはPCにはじめから組み込まれているソフトで簡単にできると思ったのが大間違い、動画編集まではいくのですが、ブルー・レイ・ディスクに焼く段になると何度試みても動作しなくなって失敗。他のウィンドウズ系の編集ソフトも試みたのですが、やはりダメ、そんなこんなで24日の午後から真夜中を棒に振ってしまった次第です。結局今日になって妥協してDVDで焼けたのですが)ため、書き留めるのが一日遅れになってしまいました。
 やはりにわか仕込みの即席カメラマンは役に立ちませんでした。私たち参加者(お父さん、お母さんらしき人が多いのは当然とはいえ、私のような年齢の人たちもかなり混じっていましたよ。)は朝9時までに集合、9時15分に着席というのりこからの連絡を受けていそいそ出かけ、参加者指定の席の最前列に着席できるまではよかったのですが、ミクの入場してくるのを待ち構えていたというのに、ミクの姿をカメラでとらえるのは一瞬遅く、ほんのわずかな秒数(1,2秒?)しかミクの姿を収められませんでした。しかも、ミクたちのクラスの席は最前列だったので、その後、ミクの姿をカメラに収められたのは卒業証書を校長先生から一人一人もらう時と、退場の時だけ。卒業証書をもらう時は、入場の時(ミクのクラスは最後の順番だった)と異なり、1組と2組の間に呼ばれるという私にとっては予想外の展開で、すっかり動揺してしまってカメラを構えるのに手間取ってしまう始末。しかも、数日前ののりこの家での予行演習で、撮影中にズーム度を変えるとぼけてしまうことは分かっていたのに、同じへまをミクの名前が呼ばれる直前に犯してしまい、慌てて仕切り直ししている間にミクは呼ばれて校長先生から証書を受け取っており、最後の瞬間しか収められないという不手際をしでかすお粗末さ。また、卒業式の最高の見せ場(?)として行われた卒業生たちによる意思表明が長々と続いたのをずっととり続けたために動画撮影制限時間が来てしまい、退場の時にはピンぼけの写真を2枚撮るのがやっと。要するにさんざんな出来で、帰りのバスでは自己嫌悪に陥ってしまいました。しかし、それでも、「涙、涙で撮れないだろうからお願いね」とのりこから言われていたので、前書きに書いたようにとにかく撮ったものを編集する作業をしたというわけです。
 というわけで、式は9時半から11時半近くまで延々と続いたのですが、カメラの「仕事」にすっかり気持ちが行ってしまっていた私には「あっという間」の時間で、とてもミクのこの6年間のことに思いをはせ、無事に卒業式を迎えられたというとてつもなくすごいこと(病弱で、何度も重篤な状況に陥ったことがあるミクがこの6年間を乗り切ったという事実そのものが奇跡的なことなのだと思います。)について感激しているゆとり(?)がありませんでした。動画編集作業に苦闘している中で、何度もミクの入場時と卒業証書を受け取る時の仕草、表情を見ている間に、ようやくじわじわとこみ上げてくるものがありましたが、これとて不慣れな手作業に気持ちが奪われることが多く、落ちついたものではありませんでした。待ち望んでいたミクの卒業式は、こうして慌ただしく幕を閉じてしまいました。
 私はそれでもカメラ操作をしている最中でも、ミクが私の姿を認めて何か反応してくれるのではないかという期待感が働いていました。しかし、ミクの視線が私に向けられることはなかったので、手を振る機会はなかったのでした。ところが、停電の最中に手持ちぶさたもあってのりことメールのやりとりをしている中で、「ミクはイエイエが来ていることが分かった、と言ってたよ」と知らせてくれるではありませんか。思わず、「だったら合図してくれればよかったのに」と愚痴った私に、「ミクもお年頃だから、恥ずかしかったのでしょ」という返事。「なるほど」と思わず納得する自分がおりました。

 4月になれば中学校の入学式。今度こそもう少しましなカメラマンになっていたいものです。ミクが3年間をこの中学校で終わるかどうかは分かりませんが、とにかく良い門出を迎えてほしいと願うばかりです。