ミクと娘が帰京して

2008.08.30

ミクとのりこが八王子に帰りました。ミクの声が耳元に残っています。8月10日来広、8月28日帰京(22日の予定でしたが、もっとミクと一緒にいたい私が引き留めたのでした)という時間もあっけなく過ぎ去ってしまいました。15日にはのりこのお友達の家族と海水浴、18日に出張を利用して来広した次男の希望もあり、のりこと三人で(ミクは上さんと留守番)福山の鞆の浦見学。宮崎駿監督が『崖の上のポニョ』の構想をこの地に滞在して練ったということに惹かれたのでした。評判に違わず、空襲を免れた家並みは風情がありましたし、海を望む景色は見事でした。確かに狭い道による交通の不便さはありますが、埋め立てて橋を造るという市の構想には、「何を考えてるんだ」と怒りの気持ちを禁じ得ませんでした。しかも、反対している人たちは、トンネルを造るとか、一方通行による交通緩和策をしっかり提起しているのです。私たち三人もためらうことなく架橋反対の署名をさせてもらいました。

19日の夜はヴェトナム料理、20日のお昼はタイ料理と、これも次男の希望でしたが、ミクも見事な食欲を示してくれました(次男はそのまま帰京)。21日は「ガラスの里」見学。ミクはビーズを心棒に入れるタンブラー作りに挑戦。23日の夜は、ミクとのりこは15日にも一緒した広島在住のお友達の家族の招待でサンフレッチェのサッカーを観戦にビッグアーチへ。すっかりサンフレッチェびいきになって、グッズなども買い込んで帰ってきました。4対0で勝ったゲームだったので、ミクも応援に引き込まれてご機嫌だったようです。 24日の夕食は、のりこがまだ一度も試していない「つけ麺」を食べたいというので、新幹線口にある評判の店「ばくだんや」へ(ミクはお留守番)。のりこは大気に入りでした。25日は、きょうされん全国大会inひろしまの特別企画の打ち合わせのために来広した斉藤とも子さんを歓迎するために4人で食事。ちなみに、斉藤さんは東京では時々のりこやみくに会ってくださる交友関係にあります。その飾らない気さくな人柄には感心するほかありません。

26日は、ミクとのりこは、中学時代からの同級生のお友達がやはり広島勤務になって広島に在住している両親を訪ねていて、その家族と一緒に広島市民球場で広島対ヤクルト戦を観戦。数日前に80センチの小さなカープTシャツ(ビジター用)を購入していたミクは、その出で立ちで観戦。この試合は始め雨模様でしたが、試合中は止んだそうで、しかも広島が勝ったということもあり、ミクは最後までご満悦だったようです。ここでもカープのグッズを買い込んでいました。

27日はお土産の買い物でしたが、のりこがもう一度つけ麺を食べたいというので、今度はミクも一緒に行きました。ミクにはラーメンを頼みましたが、これまた結構いける味でした。私は、ミクの来広中は基本的に夏休み、年休を利用して休みを取ったのですが、22日以降は何かと外出する用事が入っていたため、来広中の後半はあまりミクとじっくり時間を過ごすことができなかったのが心残りです。それでも、外出してミクをずっと抱いていると、6キロを超えたミクの重さが結構伝わってくるようになりました。ゆっくりとではありますが、確実に成長している証でしょう。滞在中、病気らしい病気はしておらず、健康そうであるのも嬉しいことでした。食事もしっかり取ります。学校の宿題をやるときは、遊び気分というかふざけ気分というか、とにかく身が入らないのですが、そんなミクに辛抱強く付き合っているのりこにも感心したことでした。

何度か気に入らないことをきっかけに大泣きし、パニックに陥ったこともありました。そんなときのミクは自分の気持ちをコントロールすべもなく、体が疲れてしまうまで泣き叫ぶのですが、一つには上さんと私という「面倒を見てくれる目安」・逃げ場があるからでもあるのでしょう。のりこと二人の時にはそんなことはない、というのりこの話からも、広島ならではのミクのわがままの発露だったのだろうと思います。

上さんも東京に用事があって29日に上京。急に一人になりましたが、この5日間ほどは朝鮮語の勉強をまったくしてこなかったので、これからは朝鮮語の予習に打ち込むことで「ミク離れ」を心がけるつもりです。