ミクの授業参観

2008.02.16

今回の上京では、15日(金)にミクの授業参観が重なっていることをのりこから聞かされていたので、ミクの学校での生活の一端を窺うことができました。一言で言えば、ミクは学校生活を自分の世界の一部としてのびのびと楽しみながら過ごしているということでした。担任の先生や授業指導の先生たちもミクのことを温かいまなざしで見ていてくださることを確かめることができましたし、クラスの友達ともそれなりに心を通わせている雰囲気が感じられました。部屋に入っていったときは、ちょうどお掃除だったらしく、ミクが床をぞうきんがけしている様にとてもほほえましい気分を味わいました。ミクは担任の先生に私のことを「イエイエだよ」と紹介するのですが、その意味が分かろうはずもない先生が、しかし私のことを紹介しているのだとは分かったらしく、「ああ、おじいちゃんね」と言い直し、ミクも「ウン、おじいちゃん」と言い直しているのもユーモアを感じる一こまでした。

授業は道徳でしたが、と言っても身構えるような内容ではなく、挨拶の言葉の学習でした。先生が質問するたびに、ミクははじめのうちは他の子たち同様、威勢よく「ハイ、ハイ!」と言って手を挙げるのです。実はほとんどの場合、指されたら答えに窮してしまうのですが、その威勢の良さが実に天真爛漫そのもので、こっちまで楽しい気分になりました。でも、「なぜご飯を食べた後に『ごちそうさま』って言うんでしょう?」というむずかしい質問になると、ミクも質問自体について行けなくなり、手を挙げることが少なくなったのも妙に納得。

障害がある子どもたちに40分間関心を持たせ続けながらの授業を工夫するということは、それだけでも大変なことだと思いましたが、その方面での専門の研修を受けずにいきなり担任を受け持たされた先生たちが、しかし実践の中で工夫を重ね、子どもたちの注意力と関心を維持させているということだけでも、私はとっても感心しました(私はかつて、大学生を相手に講義をしていたわけですが、その乏しい経験と比較しても、今回の授業の中身はとても障害がある子どもたちの目線に立ったものだったと評価できます)。子どもたちの中には(ミクも含め)、ついつい注意力が散漫になり、横見をしたり、おしゃべりをしてしまう子もいましたが、先生たちは笑顔を絶やさず、しかし、注意するところはしっかり注意して、授業を進めていました。

学校が終わって、ミクと私は家でお留守番をし、のりこはその後に行われた講演に参加していました。久しぶりにミクと2人で3時間あまりの時間を過ごしたのですが、最初は私が今回持参したDVD『バンビ』を楽しそうに見ていたミクが、途中で急に「お遊びしよ」と言い出したのにはびっくり。どうも、動物たちの恋の場面が続くのは今のミクには意味が分からず、飽きてしまったのではないか、ということのようでした。その後は、数字のパズルをやったり、これまた私が今回の土産の目玉にしていたテディ・ベア(前にハウステン・ボスにのりこと訪れたときに、ミクにと買い求めたテディ・ベアをミクは大気に入りで、「テンちゃん」と名付けて片時も手放さなかったのですが、どこかでなくなってしまい、今回、私が新しいテディ・ベアをおみやげにすると言ったところ、とても楽しみに待っていたのです。私は、通販でプレゼント用として買ったので、実物を見たのはミクと同じ時でしたが、のりこや私の目からは明らかに「お粗末な顔の表情」だったのに、ミクは十分気に入って、「テンちゃん」と命名していました)をボールの代わりにして、私を相手に飽きることなく投げっこをして遊びました。

今回は木、金と夕食をミクたちと一緒にしましたが、早くも花粉症に襲われているミクが、薬のせいか咳も鼻水も出ず、食欲が驚くほど旺盛だったのも、私にはとてもホッとさせられることでした。タンをライスと一緒にして口に運ぶ様は一丁前でしたし、大人でも好みが分かれるピータンと豆腐の混ぜものを「おいしい」といいながらぺろりと平らげるのは、その好みが大人顔負けといった感じで、「大きくなったら、どうなるんだろう」と楽しい気持ちになりました。

春休みには広島に来るように誘ったのですが、のりこにはまだ迷いがあり、結論が出なかったのが一番残念なことでした。ミクは「行く、行く」と大張り切りなのですが、家庭の専業主婦であるのりことしては、やはりそれなりの気兼ねと遠慮が働くのでしょう。その気持ちが分かるだけに、私も強く誘うことがためらわれてしまうのでした。

ミクと過ごした時間がいつもよりは多かったこともあってか、広島への新幹線に乗る私の気持ちは、やはり淡々としたものとはなりませんでした。今のところはすくすくと、のりこの厚い愛情に包まれて育っているミクですが、将来のことを思うと不安な気持ちが頭をもたげます。原爆小頭症の患者たちのきのこ会が発足したときの三つの要求の一つがその患者たちの終身保障でした。ミクにも何とかして人間の尊厳を全うできる人生を過ごせるようにしておかなければ、のりことしてはとても安心できないでしょう。私も同じです。しかし、国の障害者に対する苛酷を極める政策を思うと、心が安まることはありません。せっかく障害関係の人達との交流の機会が増えてきましたので、専門家のアドバイスも求めながら、ミクにとっての終身保障の可能にする方策を真剣に追求していきたいと気持ちを新たにしています。