ミクと娘の広島滞在 -1-

2006.07.27

7月21日に上京して、23日にのりこ、ミクと一緒に広島に戻ってきました。上さんはもう一人の孫を迎えに八王子に戻っており、23日から27日までは広島で3人の生活でした。私は夏休みを取り、ずっと二人と水入らずの生活を過ごしました。私が住んでいる横川界隈のレストランを2カ所探検(2軒とも当たりで、のりこもミクも大いに楽しんでくれました。ミクの食欲には本当に驚かされました)したり、湯来温泉に1泊(いろいろな場所を検討したのですが、結局近場でのんびりでき、お湯も以前に入ってその確かさを実感している湯来温泉に落ち着きました)したり、アニメ「ブレイブ・ストーリー」を観に行ったりして(ジブリ作品とは比較になりませんが、それなりにまじめに思想性が感じられて、納得の作品)、本当に密度の濃い、充実した時間を過ごすことができました。ミクについてののりこの悩みを深く聞きましたし、それにもかかわらず2人がけなげに頑張っていることも切実に理解せざるを得ない話も聞くことになりました。

やはり「普通の」身障児の規格に合わない(?)ミクについて、学校側はかなり手こずっているらしく、のりこが根負けして養護学校に移ることを待ちかまえている様子です。養護学校の方は「いつでもどうぞ」と言ってくれているとのことですが、のりことしては、ミクが現在のクラスが気に入っていること(学年を超えた編成になっており、紅1点のミクは、お兄ちゃんたちと会話ができ、刺激を受けることで字を覚えたり、数字を覚えることにも積極的になったし、何よりも、会話を楽しめることが、お喋り好きなミクにはもっとも楽しいことのようです)から、頑張ることができる間は頑張るとのことでした。養護学校では知的障害児としてではなく、身体障害児として扱われることになるので、現在のような身障児学級のような刺激を受ける機会が大幅に減ることになってしまうことを、のりこはいちばん心配しています。また、養護学校に移っても、のりこがミクから完全に引き離されるということにはならないらしいという事情もあります。

のりこは、ミクが完全に自立できることは将来にわたってあり得ない、と覚悟していることも分かりました。当然そう覚悟しているだろうとは思っておりましたが、本人の口から直接そういう言葉が出るのを聞くのは、本当に辛いものです。そしてまた、私自身が何もしてやることができない無力さに改めて歯がゆくてなりませんし、こういう残酷を極める人生を押しつけて平然としているこの日本の政治に対して心の底から怒りがこみ上げてきます。

ミクが肉付きが良くなって、身が引き締まってきたことには、毎晩お風呂・シャワーを一緒にしていて、安心しました。小学校に入ってからあまり重病にかからなくなったのは、やはり肉体的に抵抗力がついてきたからではないかと思います。のりこの行き届いた目の中で育っているミクには安心感が増してきますが、問題はむしろのりこの健康です。これからは無理が段々利かなくなる年齢に入っていきますので、「健康診断を受けるようにしなければ駄目だよ」と言ったのですが、本当に不安な気持ちに襲われます。「身障児を持つ母親の中には、私より大変な人がいくらでもいるから」とのりこは言うのですが、それで気持ちが休まるような話ではありません。本当に二人の将来のために何をすることができるのか、真剣に考えなければならない、と改めて思いました。