正統と異端

2016.4.26.

「僕は日本の異端を見ていて感ずることが二つあります。一つは俺は異端でございという異端、これはヨーロッパにはないんです。俺こそ正統であって、いま正統と称している奴はインチキで異端だ-、というのがあらゆる異端の主張なんです。ルターは「俺こそ正統であって、ローマ・カトリック教会は聖書の精神に背いているのだ」と、自ら正統であると主張する異端なんです。
 まあ、「日本は」というと言い過ぎで、江戸時代の儒学をみると、やっぱり自らの正統性を主張している。仁斎や徂徠をみると、これこそ本当の孔子の教え、先生の教えであって、朱子学のほうが歪曲されたものだと言うんです。俺こそ正統だという、あれが異端です。だけど、それとは別に、異端でございといって居坐っているのは日本的異端です。
 それと関連して、第二には片隅異端というのがある。これはぼくの軍隊での体験なんです。軍隊では内務班で初年兵を躾けるでしょ。そのとき、いくらぶん殴られても言うことをきかない奴がいる、だいたいやくざが多いけれど、必ず少数いますよ。そうすると初年兵係の上等兵も、あいつはしょうがないと、諦めて放っとくわけ。それでも全体の内務班の秩序の維持にはそう差しつかえない。すると彼らは片隅で勝手なことをやっている。それをぼくは片隅異端と言う。この片隅異端は正統になるダイナミズムを持たない。…片隅異端は、既存の正統と平和共存するんです。正統を打倒するダイナミズムを持たない。
 つまり、日本のいわゆる異端の特色は、自称異端で、異端であることを誇りにすること。それから、片隅でブツブツ言っているだけであって、全体を変革していくダイナミズムを持たないという、そういう二つの条件があるんです。そういういろんな背景のなかで異端好みが日本に出てくる‥。」(自由 1984.10.pp.21-24)
「(「正統」には)レジティマシー正統とオーソドクシー正統との二つがある‥。つまり、ドグマを前提とした「O正統」(オーソドクシー正統)と、ある政治団体への服従を調達するための思想的あるいは心理的な諸条件を言う「L正統」(レジティマシー正統)とが紛らわしくなっている。…
 そこで、ぼくが一番やっているのは江戸時代で儒学ですが、そこでおもしろいのはO正統が必然的にL正統になるということなんです。なぜかというと、儒学は一つの教義なのだけれど、治国平天下の教えなんです。治国平天下を除いて儒学はない。これは、わが王国はこの世のものに非ずといったキリストと全く違う点です。身を修め心を修めることに心を置いた朱子学といえども、究極の目標は治国平天下、つまり政治思想なんです。ということは儒学はそもそもL正統のイデオロギーだということです。
 ところが、儒学のなかで朱子学とか陽明学とか、いろいろ出てくるでしょ。これはO正統でしょ。何が、周公、孔子のほんとうの道であるか、究極の真理は何かということだから、これはO正統レベルの問題です。O正統なんだけど、そのO正統のイデオロギー内容が必然的に政治社会の基礎づけですから、そこでL正統とO正統が必然的に絡み合う。これが、ぼくにとっては儒学の歴史のなかでいちばんおもしろい点です。
 話が長くなりますが、そういう観点から日本思想史を見てみますと、神道にはドグマがない、経典がないんです。だからこれはO正統ではあり得ない。これが、ぼくが神道は宗教ではないという所以なんです。‥つまり、宗教の根本条件を欠いている。根本経典がない。たとえばニニギノミコトにくだした天照大神の神勅は、お前の子孫が代々、この葦原の中つ国を統治せよという、これは倫理的な教えでもなんでもないわけですよ。ただ、皇室が永遠日本の最高統治者であるということを、天照大神がニニギノミコトに神勅として賜ったわけでしょ。これが日本帝国の正統性になるわけです。
 大日本帝国憲法の「前文」-告文と憲法発布勅語ですね-、‥ちゃんと書いてあります。だからこれを神勅的正統性というんです。その神勅的正統性というのは、実は万世一系的正統性です。これには二つあります。厳密に言えば、ただ万世一系というだけなら、途中でたとえば王朝が代わっても、それがずーっと続けば万世一系でしょ。これはウェーバー的に言うと"伝統的正統性"になってしまうわけです。だからただ万世一系と言っちゃいけない。つまり、天照大神の子孫が、というのが大事なんだ。帝国憲法第一条、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」というのが、それです。あそこでまず大日本帝国の正統性を示している。
 しかし、それは決して無から作ったわけではない。それは大昔からあるわけです。もとは記紀にあるわけですから、神道のイデオローグはそれを主張する。神道の経典が出てきたのは、鎌倉の初めに<神道五部書>というのができて、伊勢神道が生まれてからのことなんです。この伊勢神道が<神道五部書>を根本経典として、中国から文字が伝わる前に神道はあったんだということを言って、神道を儒教や仏教と並ぶイデオロギーにしようとしたわけです。北畠親房神道はその系統から出ている。ところが吉見幸和という江戸時代の国学者が、この<神道五部書>が偽書だということを暴露した。この『神道五部書説弁』は、現代の文献学からみても実に見事な書物です。<五部書>は、儒教や仏教に対抗するために、ずっと後世に作ったものです。‥つまり、儒教、仏教に対抗して、はじめて神道に根本経典が出てきた。
 というのは日本の神道はLなんだけれど、Oのような形をしているということです。ほんとうは、皇室の統治の正統性ということだけなのだけれども、それをある一つの根本的な真理というものに関連づけて、それについての経典というのを主張しているわけです。『古事記』、『日本書紀』といいますけれど、第一、『古事記』は「ふることぶみ」でしょ。あれは古い事を書いてあるというだけで、経典ではないんです。‥一方、『日本書紀』のほうは歴史なんです。これも経典じゃない。…根本的には経典ではなくて歴史なんです。バイブルやコーランとは基本的に違う性質です。‥
 そういう意味で、日本ではLがOのような顔をしている。そういう伝統があるから日本のO正統というのはL正統に無限に近づいてくる。」(自由 同上pp.24-28)
「思想と思想の間に対話が行われないことに、日本の思想が伝統化しないという「伝統」をみることができる。ある思想が異なった思想と、、共通の知性の上に対決し、その対決の中から自己の思想を新たに発展させてゆく-それがここにいう思想間の対話ということであって、対話は明確な自己の断絶と、客観的なロゴスとか超越的歴史とかへの共通の志向を同時に前提としている。
 ヨーロッパにおける超越神は親子・夫婦・兄弟といった血縁的人間観恵をさえも断ち切って、すべての人間を相対化させたが、他面それは人間関係を超越した神を媒介とする断絶であるかぎりにおいて、人々はまた神の共通の子でもあった(そこでは異端はあくまで正統に対して異端であった)。それが対話の二つの契機を含むものである点に、キリスト教のヨーロッパ精神史における一つの意味がある。つまりすべての思想を相対化し、それぞれの思想に否応なく相互連関性を与えるような中核をもつ思想的伝統を、ヨーロッパはもちえたのである。
 日本において思想と思想の間に対話が行われないという事情は、思想と思想の対決が思想の次元で争われるのではなく、もっぱら人間関係によって結着がつけられるか、思想的差違も要するに日本人あるいは人間としては変わらないものだという人間性一般に解消されてしまう、今日の私たちの状況に通じている。たとえば論争は、それを通じて論敵相互が相手を否定的媒介としてみずからの思想を強固にしてゆくという対話の精神によってではなく、いずれが勝ったか負けたかという"勝ち負け思考"によってほとんど常に支配される。そこでは論敵は殲滅すべき敵以外の何ものでもない。」(別集③ 「"もの"への情熱」年月日不詳 pp.373-374)