「被爆60周年の広島について考えること」

2005.07.06

広島のある団体の機関誌からのお誘いで書いた短文を紹介します。広島滞在3ヶ月の私の今の思いを凝縮させたものです。題名は、「被爆60周年の広島について考えること」としました。

「私が広島に住んで3ヶ月が経ちました。被爆60周年という節目に当たる年に、広島平和研究所という平和研究に携わる仕事場を与えられたことは、本当に恵まれていると実感しています。まして広島について土地勘もなかった私ですので、公私にわたり学習に明け暮れする毎日です。しかし、時間に追われるという感じではありません。広島の人々の優しさと鷹揚さ、居心地の良さを醸し出す街並みと河川、そしておいしい食べ物は、私の気持ちをくつろいだものにしてくれています。

その広島は、今まで私が頭の中で培ってきた核廃絶、平和についての考えを鍛え直し、練り上げていくことを迫る、極めて重い課題に直面しているのではないか、と思います。

被爆者の思いは、第1回原水爆禁止世界大会(1955年)以来、日本における核廃絶を求める思想の重要な源泉であり、運動のあり方に影響を与えてきました。同時に50年の歳月は内外情勢に大きな変化を生み出しました。

核廃絶を展望する上で、日本国内そして国際的な環境は決して楽観を許すものではありません。しかも、「私たち被爆者には被爆60周年はあっても70周年はない」(高橋昭博元広島平和祈念資料館館長)という厳しい状況も加わっています。広島は如何にして、被爆者の体験を積極的に継承し、思想・運動を不断に活性化し、内外に対する影響力を高めていくかという課題に直面していると思います。

広島・長崎への原爆投下によって、日本は最終的に無条件降伏し、平和憲法に基づく平和国家として生まれ変わることを国際社会に対して約束しました。しかし今、その平和憲法を改定し、日本を「戦争する国」に変えようとする動きが本格化しています。

平和憲法を変えるということは、広島が体験した原爆投下の惨害から日本が教訓を学び取ることを拒否するに等しい、と私は思います。被爆体験は完全に風化させられることになってしまいます。広島は、そのような日本の変質に対して傍観者でいられるでしょうか。広島は日本に対して何を発信するのか、という課題に直面していると思います。

核廃絶及び平和に関して広島が直面している以上の課題は、広島平和研究所が正面から取り組むべき重要課題であると、私は認識しています。研究所は設立から7年しか経っておらず、まだまだ力量不足ですので、足下をしっかり見つめながら、市民の期待に少しでも応えるべく努力していきたいと思います。」