東京高判昭和60年10月23日(昭和59年(行ケ)第211号)

1.判決
 請求棄却。

2.取消事由
(1)引用マイクロフイルム(オーストラリア国内において頒布された刊行物であるオーストラリア特許第408539号明細書を複製したマイクロフイルム)は頒布されていない。
(2)引用例が不適格であつたため,拒絶理由通知に対して,補正書,意見書を提出する等の機会が実質上与えられなかつた。

3.判断
「一 請求の原因一ないし四の事実は,当事者間に争いがない。
二 そこで,X主張の審決取消事由について判断する。
1 取消事由(1)について
 成立に争いのない甲第4号証によれば,オーストラリア国特許第408539号に係る特許出願は1970年(昭和45年)11月19日に同国特許商標意匠公報において公衆審査のため公開する旨公示されたことが認められる。そして,オーストラリア国においては,この「公示の時点で,特許庁で明細書のマイクロフイルムを二巻作成する。・・・一巻を永久保存,他の一巻からジアゾコピーを六部作つて,一部を特許庁で保管し,残りを各州の特許庁支所(ブリスベン,シドニー,メルボルン,アデレート,パース所在)に送る。公衆は,特許庁本庁及び各支所でデイスプレイスクリーンを使つてこのマイクロフイルムを見ることができる。普通紙に複写する装置もある。公衆は,この複写紙を購入することができる。明細書のコピーは特許庁本庁からも取り寄せることができる。」との取扱いがされていることは当事者間に争いがない。また,右甲号証と成立に争いのない乙第1号証の2によれば,公示された出願の明細書のマイクロコピーは,公示の日から3週間以内に各支所で見ることができるようになることが明らかである。
 ところで,実用新案法3条1項3号にいう刊行物とは,公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書,図画その他これに類する情報伝達媒体をいい,頒布とは,上記のような情報伝達媒体が不特定多数の者の見得るような状態におかれることをいうと解するのが相当である(最高裁判所昭和55年7月4日判決参照)。
 これを前記のオーストラリア国特許第408539号明細書原本を複製し特許庁本庁及び5個所の各特許庁支所に配布されたマイクロフイルムについていえば,右マイクロフイルムが不特定多数の公衆に対し頒布により公開することを目的として明細書原本を複製した文書,図画に類する情報伝達媒体であることは明らかであり,また,右マイクロフイルムは,公示の日である1970年(昭和45年)11月19日から3週間以内に特許庁本庁及び各支所に備えつけられて,その後はいつでも公衆がデイスプレイスクリーンを使用し又は普通紙に複写してその内容を見ることができる状態におかれているのであるから,おそくとも公示の日から3週間後である1970年12月10日の時点で頒布されたものとなつたと認めるのが相当である。
 もつとも,Xが引用する当庁昭和55年(行ケ)第256号事件の確定判決は,前記オーストラリア特許の明細書原本についてであるが,前記公示の日から不特定多数の者がその複写物の交付を請求し得る状態になつたからといつて,その日にそれが頒布された刊行物になるものとすることはできない,との理由で審決を取消した(このことは当裁判所に顕著である。)。しかし,右判決の理由に従つても,前記マイクロフイルムがオーストラリア特許庁及びその5個所の支所において不特定多数人にとつてその内容を見ることができる状態におかれたのは,前認定のとおりおそくとも1970年(昭和45年)12月10日であり,本願の実用新案登録出願の日はそれから約11か月後の昭和46年11月2日であることは前記のとおりであるから,特段の立証のない本件においては,その間に何人かの者が前認定の方法でその内容を見たこと,したがつてこれが頒布されたことを推認することができる。
 そうとすると,本願につき引用例としたオーストラリア国特許第408539号明細書を複製したマイクロフイルム(引用マイクロフイルム)が,本願出願前に同国内において頒布された刊行物であるとした審決の認定は正当である。
 Xは,マイクロフイルムの特許庁支所への送付はオーストラリア特許庁における純然たる内部手段であつて,これをもつてマイクロフイルムが頒布されたということはできないと主張するが,この主張が理由がないことは右に述べたところから明らかである。
2 取消事由(2)について
 X主張のとおり拒絶理由通知書が送付された時点でXが引用例の閲覧を求めたのに対し示されたものが引用マイクロフイルムそのものではなく1971年12月10日付オーストラリア特許公報であつたとしても,この特許公報の内容が引用マイクロフイルムの内容と同一であれば,この特許公報を見ることにより引用マイクロフイルムに掲載された技術内容を把握できることはいうまでもない。そして,右両者の内容が同一であつたことはXも認めるところであり,前掲甲第4号証,成立に争いのない甲第3号証および乙第2号証によれば,Xが拒絶理由通知書を受取つた段階で,これに添付されたオーストラリア特許庁副長官作成の文書と前記1971年12月10日付同国特許公報の記載によつて引用マイクロフイルムと右特許公報の内容が同一であると推認することは十分にできたものと認められる。そうすると,Xは,右特許公報により引用マイクロフイルムに掲載された技術内容を把握し,これに基づいて拒絶理由通知に対し適切に対処できたはずといわなければならず,引用マイクロフイルム自体の閲覧が許されなかつたとの点をもつて審決を取り消すべき手続上の瑕疵ということはできない。
3 以上のとおり,X主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,審決にこれを取り消すべき違法の点は見当らない。
三 よつて,Xの本訴請求を失当として棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条を適用して,主文のとおり判決する。」