東京高判昭和58年7月21日(昭和55年(行ケ)第256号)

1.判決
 審決取消。

2.判断
「 原告の請求の原因及び主張の一ないし三の事実は,当事者間に争いがない。
 そこで,審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。
 審決は,引用例(オーストラリア特許第408539号明細書)をもつて,実用新案法第3条第1項第3号にいう「外国において頒布された刊行物」であるとして,本願考案はその実用新案登録出願前に外国において頒布された引用例に記載された考案に基づいてきわめて容易に考案できたものであるから,実用新案登録を受けることができないとするものであるところ,引用例が本願考案の実用新案登録出願前に外国において頒布されたものであるとの点についての証拠はない。
 この点につき,被告は,引用例に係る特許出願は1970年11月19日にオーストラリア国特許商標意匠局公報(AOJP)において公衆審査のため公開する旨告示され,同日以降引用例の原本が公開されるとともに,請求によりその複写を交付することが認められることになつたものであるところ,このことは引用例がその日にオーストラリア国内において頒布性を有する刊行物の状態に移行したことを意味し,引用例がこの状態にあることは換言すれば,本願考案が引用例との関係において実用新案法第3条第1項第3号の規定を充足することと同義である旨主張する。
 しかしながら,被告主張の日に,請求により,引用例の発明を記載した明細書原本の複写物を交付することが認められるようになり,その意味で明細書原本が頒布性を有するようになつたからといつて,そのことから直ちに引用例が,その日に,実用新案法の前記法案にいう「外国において『頒布された』刊行物」になるものとすることはできない。
 「頒布された」と認定するためには,いつ,どこで,どのような形態で,誰に頒布されたかを具体的に立証する必要はないが,少なくとも頒布された事実を推認せしめるものがなければならず,明細書の原本が前記のような意味での頒布性を取得したというだけでは,その明細書が「頒布された刊行物」になつたものとすることはできず,本件においては引用例が頒布されたことを推認させるような証拠もない。複写技術が発達し,明細書原本の複写を要求すれば,直ちに複写物を入手することができるというような事実は,未だもつて,引用例が頒布されたことを認めしめる証拠となすことはできない。
 右のとおりであり,引用例を外国において頒布された刊行物であるとし,これを前提として本願考案は引用例の記載からきわめて容易に考案できたものであるとした審決はその前提において誤つており,違法なものとして取消されざるを得ない。
 よつて本件審決を取消し,訴訟費用は敗訴の当事者である被告に負担させることとして,主文のとおり判決する。」