1.判決
審決取消。
2.争点
(1)出願公告後に出願の分割ができるか。
(2)特許請求の範囲に記載された発明が2以上ある場合に限って,出願の分割ができるか。
3.判断
「一 請求原因事実中,原出願から,その出願公告決定後の分割出願たる本願を経て,審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯,本願発明の要旨及びその原出願の明細書における記載個所並びに審決理由の要点は,いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで,X主張の取消事由について考察する。
(一)審決は,本願が原出願の出願公告決定後の分割出願であり,かつ,本願発明が原出願において特許出願されていない発明(明細書の特許請求の範囲に記載されていない発明)であることを理由に,本願を適法な分割出願ではないとし,これについて出願日の遡及を否定している。
(二)出願の分割については,特許法第44条第1項に「特許出願人は,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」と規定するのみであり(この規定は,旧特許法((大正10年法律第96号))第9条第1項の「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願ヲ二以上ノ出願ト為シ・・・」の規定と同趣旨である。),同条第2項に「前項の規定による特許出願の分割は,特許出願について査定又は審決が確定した後は,することができない。」と消極的に時期的要件を規定し,さらに,同条第3項に出願日遡及の効果を規定しているが,他に出願の分割に関する制限を設けた規定は特許法上存在しない。そうだとすると,同条第1,2項の規定をあわせると,第2項に定める以外の時期,すなわち,査定または審決が確定するまではいつでも,出願の分割をすることができると解するのが当然であり,同項をもつて,Y主張のように,出願の分割ができない時期を明記したにとどまるとすることは,その表面的な解釈であつて,当を得たものでない。したがつて,昭和45年法律第91号の改正前の特許法においては,査定または審決の確定前である限り,出願の分割に時期的な制約はなく,それが出願公告決定前であると後であるとによつてその法的効果を異にすべき根拠はないといわねばならない。なお,その後に改正された現行の特許法第44条第1項には,「特許出願人は,願書に添附した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を・・・新たな特許出願とすることができる。」と規定されており,出願の分割をすることのできる時期を出願公告決定の前後によつて区別していないことに徴しても,(同法第64条第1項参照)右の趣旨をうかがうことができる。
(三)次に,Yは,出願の分割は特許請求の範囲に記載された発明が二以上ある場合に限つて許容されると解すべきである旨主張する。
特許制度の趣旨は,人類の生活に寄与する新技術が創造されたならば,これを広く社会に公開して,一般にその発明を利用する機会を与え,他方,発明者に対しては,その代償として,その発明について一定期間の独占権を与えることによつて保護し,もつて,公共の利益と発明者の利益を調和し,全体として産業の発達を図るところにある。ところで,特許法第38条は,一発明一出願の原則を定め,その例外として,一定の関係を有する複数の発明についてのみ一願書で併合出願することができるものとしている。しかし,出願明細書の中には,一発明一出願の原則に反する場合や,特許請求の範囲に二以上の発明が記載されているが併合要件を満さない場合に限らず,特許請求の範囲には記載されていないが,発明の詳細な説明または図面に開示されている発明がある場合がある。発明者は,このような発明についても公開し,社会に提供する意思を表明しているとみるべきであるから,公開の代償として独占権を与えるという前記の特許制度の趣旨からすれば,発明者は,このような発明についても,本来特許を請求する権利を有するといわねばならない。特許法第44条にいう出願の分割の制度は,このような趣旨から,一発明一出願の原則に反する出願や特許請求の範囲に二以上の発明が記載されているが併合要件を満さない出願を救済するためだけではなく,当初は特許を請求していないが明細書の発明の詳細な説明または図面に開示されている発明について,後日特許を請求するための出願人の権利をも定めたものと解すべきである。
したがつて,出願の分割は,もとの出願の特許請求の範囲に記載された発明についてだけ許されるのではなく,明細書の発明の詳細な説明または図面に記載されている発明についても許されるのであつて,このことは,出願公告決定の前後を通じて変らないものと解するのが相当である。
Yは,右のように解すると,先願が出願公告された後に先願の明細書の発明の詳細な説明にのみ記載された発明について特許出願した後願人は,その後にそれと同一の発明が先願の分割として出願されることによつて,後願が拒絶される不利益を蒙る旨主張するけれども,ある出願に係る発明が出願公告された場合には,第三者としては,その明細書中特許請求の範囲以外の個所に記載されている発明について,もはや先願としての地位は生じないと考えるのは早計であつて,そのような発明についても,その出願について終局的処分がされるまではいつでも,出願の分割によつて,特許権が発生する可能性があることに留意しなければならないものであるから,後願人等に不測の事態が生ずることがありうるからといつて,特許法第44条第1項の解釈を変更すべきものとはなしえない(なお,旧特許法の分割出願について当庁昭和53年5月2日言渡,昭和47年(行ケ)第89号事件判決参照)。
(四)そうすると,本願が原出願について査定または審決が確定する前に特許出願されたことは,弁論の全趣旨により明らかであり,さらに,本願発明が,原出願の明細書の特許請求の範囲には記載されていないが,その発明の詳細な説明に記載されていることは,当事者間に争いのないところであるから,本願は,適法な分割出願であつて,その出願が原出願の時にまで遡及するものというべきであり,これに反する審決の判断は誤りである。したがつて,原出願の特許公報に記載された発明と対比して本願発明の新規性を否定した審決は違法であつて,取消を免れない。
三 よつて,本件審決の違法を理由にその取消を求めるXの本訴請求を正当として認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して,主文のとおり判決する。」