1.事案の概要
X(原告)は,名称を「収納ボックス」とする特許第3010255号発明(平成6年4月26日原意匠登録出願,平成8年7月31日変更出願,平成11年12月10日設定登録(出願日平成8年7月31日),以下「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。Yは,平成12年4月10日,本件特許の無効審判の請求をし,同請求は,無効2000-35186号事件として特許庁に係属した。特許庁は,上記事件につき審理した結果,平成13年6月5日,「本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)及び図面(以下「本件図面」といい,本件明細書と併せて「本件明細書等」という。)に記載された事項は,原意匠登録出願の願書に最初に添付した図面等(以下,同図面を「原意匠図面」,収納部を引き出した状態を示す参考図を「参考図」といい,これらを併せて「原意匠図面等」という。)の記載の範囲内のものではないから,原意匠登録出願から本件特許出願への変更(以下「本件出願変更」という。)は不適法であって,本件特許出願の出願日の遡及は認められず,本件特許出願日は,登録原簿に記載されているとおりの平成8年7月31日であるとした上,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)は,特開平8-103339号公報(以下「引用刊行物」という。)に記載された発明であって,本件明細書の特許請求の範囲の請求項2に係る発明(以下「本件発明2」という。)は,引用刊行物に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,無効にすべきものである」として「特許第3010255号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をした。
X出訴。
本件発明の要旨は,次のとおりである。
「【請求項1】前面に開口部を有する外箱と,この外箱内に前記開口部から出入自在に嵌装される内箱とからなる収納ボックスであって,
前記外箱を,その底部の内面上に設けられて前後方向に伸びる左右一対の外箱側案内レールと,この外箱側案内レールから上方に僅かに突出すべく前記開口部内側に設けた左右一対の外箱側回転ローラーとを有したものとして構成するとともに,
前記内箱を,その底部の外面に設けられて前記外箱側回転ローラーを案内すべく前後方向に伸びるとともに,当該内箱の底部から下方に僅かに突出する左右一対の内箱側案内レールと,前記外箱側案内レールに対応する位置であって当該内箱の後端部に設けられ,前記外箱側案内レール上にて案内される左右一対の内箱側回転ローラーとを有したものとして構成したことを特徴とする収納ボックス。
【請求項2】前記外箱の奥に位置する底部上に,前記内箱を外箱内に嵌装したとき,前記内箱側回転ローラーがはまり込むローラー収納部を形成したことを特徴とする請求項1に記載の収納ボックス。」
2.争点
意匠登録出願から特許出願への変更出願において,意匠登録出願の図面等の記載が複数の構成のいずれを表していることが当業者にとって自明でないときは,その記載は不明りょうなものとしていかなる構成等を記載するものとも解されず,さらに該記載をいずれの構成であると解しても,本件明細書の記載と相容れない場合には,意匠登録出願から本件特許出願への変更は不適法であると判示された事例。
3.判決
請求棄却。
4.判断
「第5 当裁判所の判断
1 取消事由(本件出願変更の適否の判断の誤り)について
(1)取消事由の検討
ア 原意匠図面等(甲第3号証)には,審決において「参考図には,本件図面で図番13及び図番23として示される実線が記載されている」(審決謄本4頁36行目〜37行目)と認定したとおり,外箱底部よりも上方に1本の実線が前後方向に延びるものとして描かれ,内箱底部よりも下方に1本の実線が前後方向に延びるものとして描かれている。しかし,外箱側回転ローラー及び内箱側回転ローラーは,それら実線とは接しておらず,それぞれ内箱底部及び外箱底部に接している。
参考図(甲第3号証)では,上記実線が,回転ローラーのある部分で途切れており,上記実線が,A−A断面よりも奥側に存在する何らかの部材を描写したものと認められるところ,当該部材は,@外箱底部より上方及び内箱底部よりも下方に突出した部分の端部であるか,A外箱及び内箱側面から内方に突出した部分であるか,そのいずれかを意味するものと認めることができる。
イ そして,上記実線が,A外箱及び内箱側面から内方に突出した部分であると解した場合には,その部材がレールと無関係であることは明らかである。また,上記実線が,@外箱底部より上方及び内箱底部よりも下方に突出した部分の端部であると解した場合でも,その解釈は一義的ではない。すなわち,第1の可能な解釈は,上記実線が回転ローラーの左右位置を規制するために外箱及び内箱の底部から突出した部材の上端であるとするものである。第2の可能な解釈は,外箱については内箱側回転ローラー当接部がそれ以外の部分よりも低くなるように底部が段差を有し,同様に内箱については外箱側回転ローラー当接部がそれ以外の部分よりも高くなるように底部が段差を有する構造であるとするものである。第3の可能な解釈は,回転ローラーの周面部に溝が存在し,その溝に嵌合する突起(その上端及び下端が実線で図示されるものである。)が外箱及び内箱に形成されているとするものである。このように,原意匠図面等の上記実線についての記載は,上記の全く異なった3種類の構成中のいずれかを図示したものであることは理解可能であるものの,そのいずれであるかを決定することはできず,また,このように全く異なった相容れない構成等が同時に記載されていると解することは不合理である。
ウ 加えて,上記実線についていずれの解釈を採用したとしても,本件明細書(甲第2号証)に記載された回転ローラーとレールの関係に符合する記載であるとは認められない。すなわち,本件明細書に記載された「外箱側回転ローラー14は,その上面にて内箱側案内レール23をスライド自在に受け,内箱側回転ローラー24は,外箱側案内レール13上を転動する」(4欄23行目〜25行目)との記載によれば,レールとは,回転ローラーと当接する部材であり,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1記載の「底部の内面上に設けられて前後方向に伸びる・・・外箱側案内レール」及び「底部から下方に僅かに突出する・・・内箱側案内レール」との構成を有するものでなければならないが,上記実線について,上記3種類のいずれの解釈を採っても,外箱側及び内箱側回転ローラーは,内箱及び外箱の底部そのものに当接しており,本件明細書に記載された上記レールとは明らかに異なる構成であるといわざるを得ない。
エ なお,本件図面(甲第2号証)中,【図4】(5頁)及び【図7】(6頁)は,図番と部材の名称が付加されているほかは,原意匠図面等のA−A断面図及び参考図と同一図面であると認められ,【図7】では原意匠図面等の実線で表示されたものに「外箱側案内レール13」及び「内箱側案内レール23」と記載されている。上記のとおり,これら実線で表示されたものは,回転ローラーの転動部ではなく「レール」とは称し得ないものであるから,【図7】における上記記載は誤りであって,本件明細書の上記記載と図面との間には不一致が存在するといえるが,本件明細書の回転ローラーとレールが相互に当接する場合の両者の関係は,これら図面を参酌するまでもなく一義的に明確であるから,これら図面との不一致があったとしても,これにより本件明細書の記載の意味内容が左右されるものではない。
オ したがって,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に係る回転ローラーとレールの構成が本件明細書の上記記載のものを包含する以上,審決の「請求項1に係る発明の『前記外箱を,その底部の内面上に設けられて前後方向に伸びる左右一対の外箱側案内レールと,この外箱側案内レールから上方に僅かに突出すべく前記開口部内側に設けた左右一対の外箱側回転ローラーとを有したものとして構成する』,『前記内箱を,その底部の外面に設けられて前記外箱側回転ローラーを案内すべく前後方向に伸びるとともに,当該内箱の底部から下方に僅かに突出する左右一対の内箱側案内レールと,前記外箱側案内レールに対応する位置であって当該内箱の後端部に設けられ,前記外箱側案内レール上にて案内される左右一対の内箱側回転ローラーとを有したものとして構成した』点も,原意匠図面等の記載の範囲内の事項とはいえない」(審決謄本5頁4行目〜13行目)とする判断は,外箱側案内レール及び内箱側案内レールに係る構成が原意匠図面等の記載の範囲内の事項とはいえないとの意味において誤りではなく,原意匠出願の参考図又は本件図面で図番13及び23として示した実線がレールであるとするXの主張は理由がない。
(2)Xのその余の主張について
Xは,原意匠図面等から様々なことが読み取れる場合,これらの事項から出願人が一つを選択し,これを発明として明細書に記載して特許出願に変更することは,出願人の自由に行い得ることであると主張するので,この点について判断する。
意匠登録出願から特許出願への出願の変更が適法である場合には,特許出願は原意匠登録出願の時にしたものとみなされ(特許法46条5項,44条2項),出願日の遡及という効果を生ずるから,原意匠図面等に記載されていない事項を出願変更に係る特許出願の願書に添付した明細書等に記載することが認められると,意匠登録出願人を不当に保護し,意匠登録出願人と特許出願人との利益において著しい不均衡を生ずるとともに,第三者に不測の不利益を課すこととなり,相当ではないことは明らかである。そして,原意匠図面等の記載が一義的でない場合において,当該図面等の記載が複数の構成等を同時に表していることが当業者にとって自明であるときは,複数の構成等について開示がされていると解すべきであるが,複数の構成のいずれを表しているかが当業者にとって自明でないときは,その記載は,不明りょうなものとして,いかなる構成等を記載するものとも解されないというべきである。
本件において,原意匠図面等に記載された上記実線は,一見すると,上記のとおり3種類の相容れない構成を表しているように見えないではないが,当業者にとって,そのいずれを表すものかを原意匠図面等の記載自体から決定することはできず,また,上記実線を3種類のいずれの構成であると解しても,本件明細書の記載と相容れないのであるから,結局,上記実線は,原意匠図面等における不明りょうな記載として,本件明細書にいう「レール」を記載するものということはできない。
(3)そうすると,Xのその余の主張について検討するまでもなく,審決の「原意匠登録出願から本件特許出願への変更は不適法であって,本件特許の出願日の遡及は認められない」(審決謄本6頁29行目〜30行目)とする判断は,正当ということができる。
2 以上のとおり,X主張の審決取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,Xの請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。」