東京高判平成13年12月11日(平成13年(行ケ)第89号)

1.事案の概要
 X(原告)は,発明の名称を「ディープ紫外線リソグラフィー」とする特許第2760740号(以下,「本件特許」という。)の特許権者である。
 本件特許は昭和60年6月12日に出願された特願昭60-502662号(優先権主張:米国,優先日:昭和59年6月21日)の一部を分割して平成5年11月17日に新たな出願としたものであり,平成10年3月20日に設定登録がなされたが,その後,特許異議申立てがされた。特許庁は平成10年異議第75824号事件として審理し,取消理由通知をした。Xはその指定期間内である平成11年12月15日に訂正請求をしたところ,訂正拒絶理由通知がなされた。Xは,その訂正拒絶理由通知に対して平成12年8月4日付けで手続補正書を提出した。
 特許庁はさらに審理した結果,平成12年10月17日に,
  (1)平成12年8月4日付けの手続補正後の訂正事項に含まれる、「バンド幅を狭くされた放射の各パルスのパワーが少なくとも5ミリジュールではある」という技術事項は、本件の訂正前明細書には記載されていない事項であるから,上記補正は訂正請求書の要旨を変更するものであるので,特許法第120条の4第3項の規定により準用される同法第131条第2項の規定に適合しない。
  (2)訂正後の必須要件項である第9項は、訂正前の第12項に記載された構成を削除したものであるから、この訂正は、訂正前の第12項に記載された事項によって特定される発明の技術的範囲を広げるものである。また、実施態様項である第10〜23項の記載も、実質的に訂正前の第12項に記載された事項によって特定される発明の技術的範囲を広げるものである。よって、上記訂正は、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正又は明瞭でない記載の釈明のいずれをも目的としない訂正を含むものであるから、上記訂正は、特許法第120条の4第2項及び第3項で規定する訂正について、平成6年12月14日法律第116号附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる改正前の特許法第126条第1項ただし書きの規定に適合しないので、当該訂正は認められない。
  (3)本件の特許請求の範囲第5項及び第12項に記載された発明は、それぞれ、特許法第29条の2及び同第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。また、本件の特許請求の範囲第11項に記載された発明は、特許異議申立ての理由及び証拠方法によっては、その特許を取り消すことはできない。また、他に本件の特許請求の範囲第11項に記載された発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
という理由により,「特許第2760740号の第5,12項に記載された特許を取り消す。同第11項に記載された特許を維持する。」との決定をした。
 X出訴。
 なお,訂正前の請求項12に係る発明の要旨は,次のとおりである。
  「デバイスを製造する方法において、相対的に広いバンド幅を特徴とするレーザー放射を発生するステップ、前記放射の少なくとも一部を前記放射の経路内に配置されたレンズアセンブリを介して加工物に向けるステップ、ここで、前記アセンブリは前記相対的に広いバンド幅放射に応答して許容できないほど大きな色収差を示すものであり、前記アセンブリが許容できるほど低い色収差を示すように前記放射のバンド幅を十分に狭めるステップ、及び前記加工物から前記デバイスを完成するために前記加工物をさらに処理するステップを含むことを特徴とする製造方法。」
 また,訂正後(平成12年8月4日付けの手続補正前)の請求項9(上記請求項12に対応)に係る発明の要旨は,次のとおりである。
  「半導体材料から集積回路を製造する方法において、0.1Å以下のバンド幅に狭化された紫外エキサイマーレーザー照射を発生するステップ、前記狭バンド幅放射の少なくとも一部を前記放射の経路内に配置された石英ガラスのみのレンズアセンブリを介して半導体材料に向けるステップ、及び前記半導体材料から前記集積回路を完成するために前記半導体材料をさらに処理するステップを含むことを特徴とする製造方法。」
 さらに,訂正後(平成12年8月4日付けの手続補正後)の請求項9に係る発明の要旨は,次のとおりである。
  「半導体材料からなる加工物から集積回路デバイスを製造する方法において、相対的に広いバンド幅を特徴とするKrFエクサイマーレーザーパルス放射を発生するステップ、前記放射の少なくとも一部を前記放射の経路内に配置された石英ガラスのみのレンズアセンブリを介してレジスト層を有する加工物に向けるステップ、ここで、前記アセンブリは前記相対的に広いバンド幅放射に応答して許容できないほど大きな色収差を示すものであり、前記レンズアセンブリに前記放射を向ける前に、バンド幅を狭くされた放射の各パルスのパワーが少なくとも5ミリジュールではあるが、前記アセンブリが許容できるほど低い色収差を示すように前記放射のバンド幅を電力半値点で0.1オングストローム以下のバンド幅に十分に狭めるステップ、及び前記加工物から前記デバイスを完成するために前記加工物をさらに処理するステップを含むことを特徴とする製造方法。」

2.争点
 本件補正後の請求項9における「バンド幅を狭くされた放射の各パルスのパワーが少なくとも5ミリジュールではある」との記載は、訂正前明細書に記載された事項であるか。

3.判決
 決定取消。

4.判断
「第5 当裁判所の判断
  1 訂正前明細書の記載事項
    甲第2号証(本件特許公報)によれば、訂正前明細書に次のとおり記載されていることが認められる。
      ・・・
  2 リソグラフィーにおいて、分解能限界が露光波長に比例することは自明であり、分解能を向上するために露光波長を短くすればよいことも、自明である。一方、短波長光源としてエクサイマレーザ(エキシマレーザ)が、紫外線領域(250nm程度)の光源として周知であることも明らかな事項である。
    ところが、エクサイマレーザはバンド幅が10Å(オングストローム)程度あり、中心波長においてピントがあっているとしても、周辺波長ではレンズの屈折率が異なるため(これが色収差の原因)、ピンぼけ状態となってしまい、折角短波長光源を使用したにもかかわらず、分解能が向上しないこととなってしまう。段落段落【0048】の記載によれば、0.1Åで焦点位置が1μm違うとされているから、バンド幅が10Å(中心から5Åずつ)であれば、周辺波長では50μmも焦点位置がずれることとなる。
    そのため、エクサイマレーザで露光を行うには、バンド幅対策を講じなければならないところ、従来は露光用の対物レンズに工夫をこらし、周辺波長でも中心波長と焦点位置が異ならないように設計していたのであるが、本件発明はこの従来例とは発想を異にし、バンド幅自体を小さくして、色収差を許容範囲内に収めたものである。
  3 決定は、「補正後の訂正事項に含まれる、『バンド幅を狭くされた放射の各パルスのパワーが少なくとも5ミリジュールではある』という技術事項は、バンド幅を狭くされた放射の各パルスのパワーが5ミリジユール以上であることを意味するから、『個々のパルスのパワーは約5ミリジュールである』(段落【0018】)としか規定していない本件の訂正前明細書には記載されていない事項である。訂正事項を訂正前明細書に記載されていない技術事項を含むように補正する上記補正は訂正請求書の要旨を変更するものである。」と判断し、本件補正を不適法なものと判断した。
    訂正前明細書に・・・との記載があること、「個々のパルスのパワーが弱いほど、露光に必要なパルス数が多くなり、スループットが低下すること」、及び「光の強さが余り強くなるとやはり解像度劣化の問題が生ずる」ことは、当事者双方とも認めるところである。すなわち、高スループットリソグラフィーを実現するには、個々のパルスのパワーが大きい方が好ましいが、パワーが大きすぎると高分解能を維持できなくなるとの点において、当事者間に争いがない。
    そうすると、上記段落【0018】の記載は、バンド幅を0.05オングストロームとすることで高分解能であることを確保した上で、個々のパルスのパワーを約5ミリジュールとすることで、高分解能であることを損なうことなく高スループットを実現したものと解される。したがって、この記載のみからは、個々のパルスのパワーが約5ミリジュールで十分であることが直ちに、高分解能高スループット実現のために、約5ミリジュール以上であることを意味するものでない。
  4 しかしながら、訂正前明細書には、・・・及び、・・・との記載があり、これらによれば、バンド幅を狭化していない「十分なパワーを持つ適当な短波長レーザー源」が高分解能リソグラフィーに用いられることが記載されていると認められる。そして、バンド幅を狭化することによって、短波長レーザー源のパワーが減少することはあっても、増加することは考えられないから、段落【0016】及び段落【0017】におけるレーザー源の個々のパルスのパワーは、段落【0018】における個々のパルスのパワー、すなわち約5ミリジュールよりも大きいものと認めることができる。すなわち、個々のパルスのパワーが約5ミリジュールよりも大きい短波長レーザー源が高分解能リソグラフィーに用いられていることも、事実上訂正前明細書に記載されているというべきである。
  5 このことを踏まえて段落【0018】の記載を更に検討すると、「2484オングストロームの所でたった0.05オングストロームの電力半値点バンド幅を特徴とする出力を得ることに成功した。」との記載は、短波長かつ狭バンド幅の出力を得ることで高分解能を達成できることを意味するものであり、これに続く「1000パルス/秒の反復速度における、これら個々のパルスのパワーは約5ミリジュールであるが、これは均質の高分解能高スループットリソグラフィーに対して十分なものである。」との記載は、バンド幅を狭化することにより高スループット達成に必要なパワーに満たないおそれがあるが、実験の結果個々のパルスのパワーは約5ミリジュールであり、高分解能を維持し高スループット達成にも支障がないことを確認した、との意味に解するのが合理的である。この解釈によれば、段落【0018】の・・・との記載が、約5ミリジュール以上であればよいこと、換言すれば「少なくとも5ミリジュールではある」ことを意味することが明らかである。
    加えて、本件補正後の請求項9における「バンド幅を狭くされた放射の各パルスのパワーが少なくとも5ミリジユールではある」との記載は、放射パワーについての記述であって、「半導体材料からなる加工物」に照射される光のパワー(照射パワー)についての記述ではない。そして、照射パワーを放射パワーよりも小さくすることは、吸収フィルタを配する等により容易に実現可能であるが、逆に照射パワーを放射パワーよりも大きくすることが困難であることは明らかである。そうであれば、バンド幅を狭化することにより、出力パワーが小さくなり高スループットを達成できないおそれがある反面、出力パワー(放射パワー)が仮に大きすぎたとしても、そのことは高分解能を維持できないことには、直ちには結びつかないというべきであるから、段落【0018】の・・・との記載は上記説示のように解釈しなければならないことが更に裏付けられる。
  6 Yは、「高分解能高スループットリソグラフィーを実現するためには、個々のパルスのパワーは、ある適当な有限の範囲内にあることが必要であることが当業者の常識である」と主張するが、そうであっても、Yのこの主張は単なる一般論を述べるにすぎず、これをもってしても、上記5に説示したところを左右するものではない。
  7 したがって、本件補正後の請求項9における「バンド幅を狭くされた放射の各パルスのパワーが少なくとも5ミリジュールではある」との記載は、訂正前明細書に記載された事項というべきであるから、同事項が「本件の訂正前明細書には記載されていない事項である。」とした決定の認定は誤りであり、この認定に基づいてした「補正は訂正請求書の要旨を変更するものである。」との判断、及び「上記補正は、請求書の要旨の変更に該当し、特許法第120条の4第3項の規定により準用される同法第131条第2項の規定に適合しない。」との判断も誤りである。
第6 結論
  以上のとおりであり、取消事由は理由があり、補正に新規事項が含まれるとして不適法なものと判断した決定の誤りは、請求項第12項に記載された特許を取り消すべきものとした決定部分の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、決定中その部分は取り消されるべきである。」