(原審:東京高判平成16年1月29日(平成14年(ネ)第6451号))
<事案の概要>
X(原告,控訴人兼被控訴人,被上告人)は,Y(被告,控訴人兼被控訴人,上告人)に主管研究員等として在職し,以下の1〜3記載の発明をした(以下各発明を「本件発明1」,「本件発明2」,「本件発明3」といい,これらを総称して「本件各発明」という。)。本件各発明は,Yの業務範囲に属し,かつ,Xの職務に属する,いわゆる職務発明である。
1 | 特許第1547005号 | 発明の名称 | 光学的情報処理装置 |
発明者 | X,B | ||
出願日 | 昭和52年9月16日 | ||
出願番号 | 特願昭52-111399号 | ||
出願公告日 | 昭和62年3月12日 | ||
登録日 | 平成2年2月28日 | ||
特許請求の範囲請求項1 | (略) | ||
2 | (1)特許第981978号 | 発明の名称 | 情報記録再生方法,その装置及びその記録媒体 |
発明者 | X,C,D,E,F | ||
出願日 | 昭和48年2月2日 | ||
出願公告日 | 昭和54年6月16日 | ||
登録日 | 昭和54年12月27日 | ||
特許請求の範囲請求項1 | (略) | ||
(2)米国特許第4223187号 | 発明の名称 | 蛇行したトラックを有するビデオディスクを記録及び再生する方法及び装置 | |
発明者 | X,C,D,E,F | ||
出願日 | 1977年4月8日 | ||
登録日 | 1980年9月16日 | ||
特許請求の範囲 | (略) | ||
3 | (1)特許第1291864号 | 発明の名称 | 情報再生方法及びその装置 |
発明者 | X,G,H | ||
出願日 | 昭和50年2月5日 | ||
出願公告日 | 昭和60年3月25日 | ||
登録日 | 昭和60年11月29日 | ||
特許請求の範囲 | (略) | ||
(2)米国特許第4067044号 | 発明の名称 | 情報記録再生装置 | |
発明者 | X,G,H | ||
出願日 | 1976年2月3日 | ||
登録日 | 1978年1月3日 | ||
特許請求の範囲 | (略) |
XはYに対し,本件各発明はXがYに在職中にした職務発明であり,Yに特許を受ける権利を承継させたので,特許法第35条第3項に基づき,その相当の対価の支払等を求めて訴えを提起した。
第一審(東京地判平成14年11月29日(平成10年(ワ)第16832号,平成12年(ワ)第5572号))は,Xの請求を一部認容・一部棄却した。
X,Yともに控訴。
原審(東京高判平成16年1月29日(平成14年(ネ)第6451号))は,Xの控訴を一部認容,一部棄却し,Yの控訴を棄却した。
Y上告。
<判決>
上告棄却。
「第2 上告代理人末吉亙ほかの上告受理申立て理由第3について
1 外国の特許を受ける権利の譲渡に伴って譲渡人が譲受人に対しその対価を請求できるかどうか,その対価の額はいくらであるかなどの特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題は,譲渡の当事者がどのような債権債務を有するのかという問題にほかならず,譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから,その準拠法は,法例7条1項の規定により,第1次的には当事者の意思に従って定められると解するのが相当である。
なお,譲渡の対象となる特許を受ける権利が諸外国においてどのように取り扱われ,どのような効力を有するのかという問題については,譲渡当事者間における譲渡の原因関係の問題と区別して考えるべきであり,その準拠法は,特許権についての属地主義の原則に照らし,当該特許を受ける権利に基づいて特許権が登録される国の法律であると解するのが相当である。
2 本件において,YとXとの間には,本件譲渡契約の成立及び効力につきその準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在するというのであるから,XがYに対して外国の特許を受ける権利を含めてその譲渡の対価を請求できるかどうかなど,本件譲渡契約に基づく特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については,我が国の法律が準拠法となるというべきである。以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
第3 上告代理人末吉亙ほかの上告受理申立て理由第4について
1 我が国の特許法が外国の特許又は特許を受ける権利について直接規律するものではないことは明らかであり(1900年12月14日にブラッセルで,1911年6月2日にワシントンで,1925年11月6日にヘーグで,1934年6月2日にロンドンで,1958年10月31日にリスボンで及び1967年7月14日にストックホルムで改正された工業所有権の保護に関する1883年3月20日のパリ条約4条の2参照),特許法35条1項及び2項にいう「特許を受ける権利」が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ないことなどに照らし,同条3項にいう「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは,文理上困難であって,外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価の請求について同項及び同条4項の規定を直接適用することはできないといわざるを得ない。
しかしながら,同条3項及び4項の規定は,職務発明の独占的な実施に係る権利が処分される場合において,職務発明が雇用関係や使用関係に基づいてされたものであるために,当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場で取引をすることが困難であることにかんがみ,その処分時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち,同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について,これを当該発明をした従業者等において確保できるようにして当該発明をした従業者等を保護し,もって発明を奨励し,産業の発展に寄与するという特許法の目的を実現することを趣旨とするものであると解するのが相当であるところ,当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であるという点は,その対象が我が国の特許を受ける権利である場合と外国の特許を受ける権利である場合とで何ら異なるものではない。そして,特許を受ける権利は,各国ごとに別個の権利として観念し得るものであるが,その基となる発明は,共通する一つの技術的創作活動の成果であり,さらに,職務発明とされる発明については,その基となる雇用関係等も同一であって,これに係る各国の特許を受ける権利は,社会的事実としては,実質的に1個と評価される同一の発明から生じるものであるということができる。また,当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継については,実際上,その承継の時点において,どの国に特許出願をするのか,あるいは,そもそも特許出願をすることなく,いわゆるノウハウとして秘匿するのか,特許出願をした場合に特許が付与されるかどうかなどの点がいまだ確定していないことが多く,我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利が包括的に承継されるということも少なくない。ここでいう外国の特許を受ける権利には,我が国の特許を受ける権利と必ずしも同一の概念とはいえないものもあり得るが,このようなものも含めて,当該発明については,使用者等にその権利があることを認めることによって当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが,当事者の通常の意思であると解される。そうすると,同条3項及び4項の規定については,その趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在するというべきである。
したがって,従業者等が特許法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において,当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については,同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である。
2 本件において,Xは,Yとの間の雇用関係に基づいて特許法35条1項所定の職務発明に該当する本件各発明をし,それによって生じたアメリカ合衆国,イギリス,フランス,オランダ等の各外国の特許を受ける権利を,我が国の特許を受ける権利と共にYに譲渡したというのである。したがって,上記各外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については,同条3項及び4項の規定が類推適用され,Xは,Yに対し,上記各外国の特許を受ける権利の譲渡についても,同条3項に基づく同条4項所定の基準に従って定められる相当の対価の支払を請求することができるというべきである。
所論の点に関する原審の判断は,結論において正当であり,論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」