1.判決
一部認容,一部棄却。
2.争点
(1)本件発明1について
ア 特許法35条3項の「相当の対価」の額はいくらか
イ Y規定に基づく補償金請求権の有無
(2)本件発明2,3について
ア 特許法35条3項の「相当の対価」の額はいくらか
イ Y規定に基づく補償金請求権の有無
(3)外国特許について
ア 外国特許について特許法35条3項が適用ないし類推適用されるかどうか
イ 外国特許の特許を受ける権利の有償移転による対価請求権の有無
ウ 外国特許について悪意の準占有者に対する果実収受請求権の有無
(4)本件各発明に関するXの対価請求権は時効により消滅したかどうか
3.判断
「第4 争点に対する判断
1 事実経過
証拠(甲3ないし8,10ないし15,17,18,24ないし29,33,34,37,甲38の1,2,甲39,甲40の1,2,甲41の1,2,甲42,44,47,50,甲52の1,2,5,甲56,甲58,59の各1,2,甲67の1,甲68,70,74,75,77,80,82,84,85ないし87,98ないし101,103,109ないし111,甲114の1ないし16,甲116ないし124,甲126の1ないし15,甲127,131,132,甲136,137,139,151,甲152の1ないし3,甲153の1ないし3,甲154,157の各1,2,甲159の1,甲167,183,186,190ないし192,196,197,200ないし202,甲203の1ないし5,甲210の1,2,甲213,215,216,218ないし224,227,228,238,240,243,266,267,乙1,6ないし13,16,17,20,23ないし28,31ないし35,36の1ないし44,乙37,38,40ないし43,45ないし62,64,65,乙67の1ないし5,乙68ないし74,乙76の1,2,乙77の1ないし3,乙78ないし81,83ないし91,92の1,2,甲93ないし95,98ないし101,証人I,G,B,J,K,原告本人)と弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
・・・
2 XからYに対する本件各発明の移転原因について
証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によると,Xは,Yとの個別の譲渡契約により,本件各発明についての日本国及び外国における特許を受ける権利のXの持分をYに譲渡したこと,その時期は,本件発明1については,昭和52年9月13日,本件発明2については,昭和48年1月20日,本件発明3については,昭和49年12月26日であること,以上の事実が認められる(以下,これらの契約を「本件譲渡契約」という。)。
Xは,契約によって譲渡していないと主張し,甲190には,それに沿う記載があるが,Xは,譲渡証(乙1)に署名押印しているのであるから,Yとの間で譲渡契約が締結されたことは明らかである。
3 争点(3)について
まず,外国特許権に関する請求について判断する。
(1)各国の特許権が,その成立,移転,効力等につき当該国の法律によって定められ,特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるという,いわゆる属地主義の原則(最高裁判所平成9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照)に照らすと,我が国の職務発明に当たるような事案について,外国における特許を受ける権利が,使用者,従業員のいずれに帰属するか,帰属しない者に実施権等何らかの権利が認められるか否か,使用者と従業員の間における特許を受ける権利の譲渡は認められるか,認められるとして,どのような要件の下で認められるか,対価の支払義務があるか等については,それぞれの国の特許法を準拠法として定められるべきものであるということができる。
そうすると,特許法35条は,我が国の特許を受ける権利にのみ適用され,外国における特許を受ける権利に適用又は類推適用されることはないというべきである。
したがって,本件請求のうち,外国における特許を受ける権利についての特許法35条3項に基づく対価の請求は理由がない。
(2)本件譲渡契約は,日本において,日本人であるXと日本法人であるYとの間で締結されたのであるから,法例7条1項又は2項により,本件譲渡契約のうち,外国における特許を受ける権利の譲渡契約の成立及び効力の準拠法は,日本法であると認められる。しかし,特許法35条が外国における特許を受ける権利に適用されるものではないことは前示のとおりであって,譲渡契約の成立及び効力の準拠法によって定められるものではない。
Xは,職務発明に係る外国特許を受ける権利が企業に移転された場合,企業と従業員との間では,物や権利の売買につき明示の合意はされたものの,売買代金につき明示の合意がなかった場合に準じて処理されるべきであるから,裁判所において相当額を確定すべきであると主張する。確かに,有償の譲渡契約がされた場合に,相当額(時価)で譲渡するとの合意が認められる場合には,裁判所において,相当額を確定して,その支払を命じるということがあり得るが,本件譲渡契約がされた当時,XとYとの間で,相当額(時価)で譲渡するとの合意がされたものと認めるに足りる証拠はなく,そうである以上,Xの上記主張を採用することはできない。
また,Xは,企業が従業員から不当な対価で職務発明に係る外国特許を受ける権利を譲り受けたときは,公序良俗に違反し権利移転は無効となると主張するが,外国における特許を受ける権利については,上記(1)のとおり,当該国の特許法によって規律されるのであるから,譲渡契約で相当額で譲渡するとの合意がされなかったとしても,直ちに,その契約が公序良俗に反して無効となることはないものというべきである。そして,他に,本件譲渡契約が公序良俗に反して無効であるというべき事情は認められない。
(3)以上のとおり,本件請求のうち,外国特許権に関する請求は理由がない。
4 争点(1)及び(2)について
(1)Xの主位的主張等について
ア Xは,特許法35条4項の「相当の対価」は特許を受ける権利の売買代金であり,それは等価交換の原則から客観的な市場価値を指し,そのように解しなければ憲法14条1項に反するものと主張し,証拠(甲249)にも同旨の意見が存する。
しかし,特許法35条1項によると,従業者の職務発明について使用者は無償の通常実施権を取得するのであるから,特許を受ける権利の譲渡によって得られる利益は,発明を排他的に独占することによって得られる利益である。また,従業者の職務発明について使用者が無償の通常実施権を取得するのは,使用者が,その発明について,貢献することがあるためであるが,その貢献にもいろいろな程度のものがあるから,無償の通常実施権とは必ずしも対価関係に立つものではなく,無償の通常実施権の取得を上回る貢献があり得るのであり,このような貢献による価値は使用者に帰属すべきものである。したがって,使用者が従業員から特許を受ける権利の譲渡を受けた場合の「相当の対価」の額は,発明を排他的に独占することによって得られる利益に,上記の使用者の発明に対する貢献を考慮した額となるというべきであり,特許法35条4項が,同条3項の対価の額は,発明により使用者が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者が貢献した程度を考慮して定めなければならないと規定しているのは,このような趣旨によるものであると解される。そうすると,使用者が従業員から特許を受ける権利の譲渡を受けた場合の「相当の対価」の額が客観的な市場価値と異なることは明らかであって,このように解しても憲法14条1項に反するものではない。
イ Xは,「相当の対価」の算定に当たって使用者の貢献を考慮すべきではなく,仮に考慮するとしても,無償の通常実施権の経済的価値を超える場合に限られるものと主張する。
しかし,上記アで述べたとおり,「相当の対価」の算定に当たって使用者の貢献を考慮すべきでないということはできない。また,考慮するとしても,通常実施権の経済的価値を超える場合に限られるという主張は,特許を受ける権利の譲渡によって得られる利益は,発明を排他的に独占することによって得られる利益であると解した場合には,既に無償の通常実施権を有することを考慮しているのであるから,使用者の貢献を考慮するに当たっては,そのことを考えなければならないという限度では正当であるが,そうであるとしても,上記アで述べたとおり,使用者の貢献を考慮することができないということにはならないのであり,使用者が無償の通常実施権を有することを考慮していることを前提として使用者の貢献を考慮すれば足りるということができる。
ウ Xは,本件発明1について,光ディスク再生専用装置の生産額に実施料率を乗じて,「相当の対価」の額を算定しているが,光ディスク再生専用装置のすべてに本件発明1が実施されているかどうかは明らかでない。確かに,前記1・・・認定のとおり,Yが作成した「平成3年度地方発明表彰調査表」には,昭和57年以降,Y,ソニー,松下電器,ビクター,パイオニア,東芝,三菱,シャープ,マランツ,フィリップス,トムソンが本件発明1を実施しており,CDプレーヤにおける市場占有率は100%である旨の記載があるが,これは,表彰申請の資料としてYが作成したもので,他社が実施を認めているかどうかは明らかではない(上記調査表と同時期に作成された甲8,11,12,82,201,甲210の1,甲215,222にも,上記各社等の実施について同趣旨の記載があるが,いずれもYの内部資料であり,これらの各社が認めているかどうかは明らかではない。)上,前記1・・・認定のとおり,Yの調査によっても,侵害していないものがあり,ライセンス交渉においては,その実施を否定して争われる場合も少なからず見られたのであるから,光ディスク再生専用装置のすべてに本件発明1が実施されているとまで認めることはできない(これに反する甲196,197,213,240の各記載は信用できない。)。また,仮に,本件発明1の実施品の生産額がXが主張するとおりであるとしても,Yは,そのすべてから,Xが適正実施料率と主張する率を乗じた額の実施料を得られるとは限らないというべきである。後記認定のとおり,他社において,本件各発明を実施しているとしても,いろいろな事情により,同社から実施料を取れない場合があるし,包括的クロスライセンスなどという形態でライセンスし,Yは必ずしも実施料相当額の利益を得ていない場合もあるからである。したがって,Xが主張するような方法では,本件発明1について「使用者が受けるべき利益の額」を算定することができないから,「相当の対価」の額を算定することはできない。
Xは,本件発明2,3について,記録・再生型光ディスク媒体の生産額に実施料率を乗じて,「相当の対価」の額を算定しているが,記録・再生型光ディスク媒体のすべてに本件発明2,3が実施されているかどうかは明らかでない。かえって,前記1・・・認定のとおり,Yは,平成8年から平成9年にかけて本件発明2の米国特許について,他社とライセンス交渉を行ったが,いずれも権利侵害を認めず,ライセンス契約締結には至らなかったといった事実もある。したがって,記録・再生型光ディスク媒体のすべてに本件発明2,3が実施されているものとして,「相当の対価」の額を算定することはできない。また,仮に,本件発明2,3の実施品の生産額がXが主張するとおりであるとしても,上述のとおり,Yは,そのすべてから,Xが適正実施料率と主張する率を乗じた額の実施料を得られるとは限らないというべきである。したがって,Xが主張するような方法では,本件発明2,3について「使用者が受けるべき利益の額」を算定することができないから,「相当の対価」の額を算定することはできない。
エ Xが予備的に主張する,個々のライセンス契約に基づいてYが得た利益の額を算定し,それを基礎に「相当の対価」の額を算定する方法については,個々のライセンス契約に基づいてYが得た利益の額は,使用者が発明の実施を排他的に独占することによって得た利益の額であるということができるから,合理的な算定方法である。
なお,複数の特許発明がライセンスの対象となっている場合には,「使用者が受けるべき利益の額」の算定に当たっては,本件各発明がライセンス契約締結に当たって寄与した度合を考慮すべきであり,本件発明1に係る日本国特許については,前記1で認定した事実のうち,CD関連製品に実施され,他社とライセンス契約を締結し実施料収入を得ていること,代替技術が存在するものの,簡便かつ安価な光ピックアップを実現可能にした発明であること,特許権の設定登録後,無効審判請求がされておらず,無効理由があるとは認められないことを上記算定に当たって考慮すべきである。
そこで,Xの予備的主張について判断する。
(2)本件発明1のライセンス契約とそれによりYが得た利益の額について
ア フィリップス
前記・・・の事実に,前記1で認定した事実並びに証拠(甲33,甲210の1,乙97)及び弁論の全趣旨を総合すると,Yは,昭和58年10月に,フィリップスに対し,ライセンス契約により本件発明1に係る日本国特許を含む特許(外国特許を含む)をライセンスしたこと,Yがライセンスした特許のうち主な特許は5件あったが,5件のうち回避不可と評価されたのは本件発明1を含む2件であったこと,Yは,上記ライセンス契約について,Y規定に従った本件発明1の寄与率を昭和58年度は22%,昭和61年度と昭和63年度は40%と算定していること,上記Y規定に従った寄与率には外国特許の分も含まれているものと考えられること,以上の事実が認められ,これらの事実に上記(1)エで述べた事情を総合すると,上記本件発明1に係る日本国特許の寄与率は30%とみるのが相当である。そこで,前記・・・認定した実施料収入(合計2億4700万円)に基づき,本件発明1に係る日本国特許について「Yの受けるべき利益」を算定すると,下記のとおり7410万円となる。
2億4700万円×0.3=7410万円
イ ヤマハ
前記・・・の事実に,前記1で認定した事実並びに証拠(甲11,221,225,227,乙97)及び弁論の全趣旨を総合すると,Yはヤマハと,平成6年4月にライセンス契約を締結し,本件発明1に係る日本国特許を含む特許(外国特許を含む。)を過去分も含めてライセンスしたこと,Yは,ヤマハに対し,本件発明1に係る日本国特許を含む9件の発明に係る特許(外国特許を含む。)を提示したが,そのうち,本件発明1は,他の4件とともに「有効に作用した」と評価されているのに対し,「極めて有効に作用した」と評価されているものが2件存すること,上記9件のうち,「自動焦点合わせ方式」の日本国特許については,平成5年10月11日に期間満了で消滅したこと(対応米国特許については,平成10年まで存続する。),ヤマハは,ライセンス交渉において本件発明1の実施を否定していたこと,Yは,上記ライセンス契約について,Y規定に従った本件発明1の寄与率を15%と算定していること,上記Y規定に従った寄与率には外国特許の分も含まれているものと考えられること,以上の事実が認められ,これらの事実に上記(1)エで述べた事情を総合すると,本件発明1に係る日本国特許の寄与率は10%とみるのが相当である(なお,被告の平成6年6月7日現在の「第2次CD特許活用PJ有効特許リスト(2)」(甲267)には,上記9件のうち,「情報再生装置」の特許については,相手方からの異議申立てに対して「負」と記載されており,この相手方について,原告は,ヤマハ,フナイ,ケンウッドであると主張するが,この主張は,甲227の記載に照らすと,採用できず,他に,この相手方が誰であるかを認めるに足りる証拠はない。)。そこで,前記・・・で認定した平成6年度から平成8年度までの実施料収入(合計2億2580万円)に基づき,本件発明1に係る日本国特許について,「Yの受けるべき利益」を算定すると,下記のとおり2258万円となる(Xは平成9年度以降の支払分については「相当の対価」の基礎として主張していない。以下,ウないしオも同様である。)。
2億2580万円×0.1=2258万円
なお,製品鑑定結果(甲11)によると,ヤマハが使用している光ピックアップはソニーの製品であり,Yとソニーとの間では前記1で認定したとおり包括的クロスライセンス契約が締結され,上記証拠にも「SONY製につき権利行使不可。」との記載があるが,上記認定のとおり,本件発明1がライセンス契約の対象とされYが実施料を得ている以上,「使用者の受けるべき利益」は存するものというべきであり,上記証拠をもって上記認定が左右されることはない。
また,証拠(甲227)によると,Yとヤマハとの上記ライセンス契約は,記録媒体に記録された情報を光学的に再生する装置に関する双方の会社が有する特許が対象となっているものと認められるが,Yが,上記実施料のほかに,ヤマハが有する特許についてライセンスを受けたことによって特段利益を得たというべき事情も認められないから,このことは,考慮しないものとする(以下,ウ,エも同様である。)。
ウ フナイ
前記・・・の事実に,前記1で認定した事実並びに証拠(甲11,227,乙97)及び弁論の全趣旨を総合すると,Yは,フナイと,平成6年9月にライセンス契約を締結し,本件発明1に係る日本国特許を含む特許(外国特許を含む。)を過去分も含めてライセンスしたこと,Yは,フナイに対し,本件発明1に係る日本国特許を含む9件の発明に係る特許(外国特許を含む。)を提示したが,そのうち,本件発明1は他の4件とともに「有効に作用した」と評価されているのに対し,「極めて有効に作用した」と評価されているものが2件存すること,フナイは,ライセンス交渉において本件発明1の実施を否定していたこと,Yは,上記ライセンス契約について,Y規定に従った本件発明1の寄与率を10%と算定していること,上記Y規定に従った寄与率には外国特許の分も含まれているものと考えられること,以上の事実が認められ,これらの事実に上記(1)エで述べた事情を総合すると,本件発明1に係る日本国特許の寄与率は10%とみるのが相当である。そこで,前記・・・で認定した平成6年度から平成8年度までの実施料収入(合計1億7330万円)に基づき,「Yの受けるべき利益」を算定すると,下記のとおり1733万円となる。
1億7330万円×0.1=1733万円
エ ケンウッド
前記・・・の事実に,前記1で認定した事実並びに証拠(甲11,227,乙97)及び弁論の全趣旨を総合すると,Yはケンウッドと,平成6年9月にライセンス契約を締結し,本件発明1に係る日本国特許を含む特許(外国特許を含む。)を過去分も含めてライセンスしたこと,Yは,ケンウッドに対し,本件発明1に係る日本国特許を含む9件の発明に係る特許(外国特許を含む。)を提示したが,そのうち,本件発明1は「多少の問題あり」と評価されていること,「極めて有効に作用した」と評価されているものが2件,「有効に作用した」と評価されているものが1件存すること,ケンウッドは,ライセンス交渉において本件発明1の実施を否定していたこと,Yは,上記ライセンス契約について,Y規定に従った本件発明1の寄与率を10%と算定していること,上記Y規定に従った寄与率には外国特許の分も含まれているものと考えられること,以上の事実が認められ,これらの事実に上記(1)エで述べた事情及び上記イで認定した事実を総合すると,本件発明1に係る日本国特許の寄与率は5%とみるのが相当である。そこで,前記・・・で認定した平成6年度から平成8年度までの実施料収入(11億8300万円)に基づき,「Yの受けるべき利益」を算定すると,下記のとおり5915万円となる。
11億8300万円×0.05=5915万円
オ ナカミチ
前記・・・の事実に,上記1で認定した事実並びに証拠(乙97)及び弁論の全趣旨を総合すると,Xはナカミチと,ライセンス契約を締結し,本件発明1に係る日本国特許を含む特許をライセンスしたこと,Yは,上記ライセンス契約について,Y規定に従った本件発明1の寄与率を15%と算定していること,上記Y規定に従った寄与率には外国特許の分も含まれているものと考えられること,以上の事実が認められ,これらの事実に,上記(1)エで述べた事情を総合すると,本件発明1に係る日本国特許の寄与率は10%とみるのが相当である。そこで,前記・・・で認定した平成8年度の実施料収入(6430万円)に基づき,「Yの受けるべき利益」を算定すると,下記のとおり643万円となる。
6430万円×0.1=643万円
(3)本件発明1の包括的クロスライセンス契約とそれによりYの得た利益の額について
ア 包括的クロスライセンス契約における「使用者が受けるべき利益」の算定
包括的クロスライセンス契約とは,当事者双方が多数の特許権を相互にライセンスする契約であるが,この場合に一方当事者が自己の特許権を相手方にライセンスしたことによって得るべき利益は,相手方の特許権を実施できること,すなわち,それによって相手方に支払うべき実施料の支払を免れたことにあると解される。そして,証拠(乙74,75,証人K)によると,包括的クロスライセンス契約を締結するに際して,互いに特許権を実施することによって受ける利益を厳密に比較して締結するとは限らないし,契約締結後にライセンスを受けた特許をどのように実施するかは,経営判断の問題であり,両者において同程度の実施となる保証はないものと認められるから,相手方に対して支払を免れた実施料の額が,相手方が支払を免れた実施料の額と一致するとは限らない。したがって,相手方が支払を免れた実施料の額をもって直ちにクロスライセンス契約による利益の額ということはできない。もっとも,包括的クロスライセンス契約が合理的な経営判断に基づいて締結される以上,両者の利益の均衡ということも,無視できないものと考えられるから,相手方が支払を免れた実施料の額は,包括的クロスライセンス契約によって受けた利益の額を算定するに当たって,1つの資料にはなるものというべきである。
証拠(甲10)によると,Yの「発明考案に関する補償基準」改定案には,クロスライセンスの取扱いとして「相手方の実施状況が判明しているか,または推定できるときはこれを基にして受け取るはずであった実施料を算定し『みなし実施料』とする。」との記載があるが,これは,Yにおいて検討されていた案に過ぎず,別紙2のとおり,Y規定によると,包括的クロスライセンス契約の場合には,相手方に対して支払を免れた実施料の額を基準に補償金額を算定するものとされているのであるから,上記認定を左右するものではない。
また,包括的クロスライセンスにおいては,多数の特許権が相互にライセンスされるので,それらのうち,どの権利が契約に寄与したかを考慮する必要があり,それは,各特許権の価値や契約締結の経過等諸般の事情を考慮して決するべきものと解される。
イ ソニーとの包括的クロスライセンス契約について
(ア)証拠拠(乙37,69,証人K)によると,昭和52年に締結されたYとソニーとの包括クロスライセンス契約の対象製品である「その他のオーディオ機器」には,CDプレーヤのような本件発明1が実施される製品が含まれること,したがって,本件発明1は,昭和52年に締結されたYとソニーとの包括的クロスライセンス契約の対象に含まれていたこと,以上の事実が認められる。そして,上記1で認定した事実及び証拠(甲48,57,181,190,乙37,64,乙67の1ないし5,乙69,74,証人K)によると,Yとソニーとの包括的クロスライセンス契約の昭和52年の締結及び昭和63年の更新の際に,個別の特許についての議論も特許リストの交換も行われなかったこと,同契約締結及び更新時に,本件発明1が特に取り上げられたというようなことはないこと,同契約更新ではVTR関連でYがソニーに支払う実施料が0.4%から0.2%に減少したが,それは,本件発明1とは別の理由によること,同契約更新時にソニーからの要請で「光学的/磁気的記録再生機器」が契約の対象に加えられたが,それはデータ用途の光学磁気記録再生機器を指し,本件発明1に関するものではないこと,同契約更新時にYが事前に準備した主要特許リストでは,半導体関係特許50件,CD及びVDP光学関係特許60件,DAT関係特許12件,TV関係特許12件,CD及びVDP関係特許94件とされていること,このうち戦略特許金賞を受賞したのは本件発明1を含めて6件であること,ソニーの光ピックアップユニットにはYの特許を含む多数の特許が実施されていること,以上の事実が認められる。甲190及び原告本人尋問の結果中,以上の認定に反する部分は,採用できない。
(イ)また,Xは,昭和59年から平成9年までの間におけるソニーの光ピックアップの売上高は1兆2176億円であると主張するが,これを直接裏付ける証拠はない。他方,Yは,売上高は,Xの主張する8分の1程度で,そのうち約9割が海外での製造分であると主張しており,このYの主張に従うと,ソニーの光ピックアップの売上高は約1522億円,国内製造分は約152億円となる。
(ウ)以上の事実に,上記(2)認定のとおり他社とのライセンス契約においても,本件発明1に係る特許は,必ずしも他の特許に比べて有効であったとはいえないことを総合すると,ソニーとの包括的クロスライセンス契約における本件発明1の寄与度が高いということはできないが,他方,本件発明1は,上記(1)エ認定のとおり価値を有するものであるから,一定の貢献はあったものと認められる。そして,これらの事実に,その他本件に現れた諸事情を考慮すると,本件発明1に係る日本国特許についてソニーとの包括的クロスライセンス契約によりYが受けるべき利益額は3000万円と認めるのが相当である。
ウ 松下電器との包括的クロスライセンス契約について
(ア)前記1で認定したとおり,Yは松下電器との包括的クロスライセンス契約を締結したが,同契約締結時には本件発明1に係る日本国特許は権利期間満了により失効していたから,同契約に対する寄与は認められない。
(イ)Xは,昭和59年ないし平成9年にかけて,松下電器の本件発明1に係る特許を実施した光ピックアップの販売高に実施料率を乗じて,補償額を算定しているが,証拠(証人K)及び弁論の全趣旨によると,Yは,松下電器との間で,この期間には,ライセンス契約を締結していないし,実施料を得ていないこと,これは,Yが,当時,松下電器その他数社とDVD-ROMの規格に関して協力体制にあり,特許の活用及び製品化に向けてのプロジェクトを推進していたことから,松下電器に対する権利行使は事実上困難であったためであること,以上の事実が認められる。このように,Yが,本件発明1に係る日本国特許は権利期間内に,松下電器から実施料収入を得ていない以上,この点に関して「Yの受けるべき利益」が存したとは認められない。
エ フィリップスとの包括的クロスライセンス契約について
前記・・・認定のとおり,Yはフィリップスとの間で,昭和63年からは,それまでの上記(2)ア認定のライセンス契約から包括的クロスライセンス契約に移行しているが,弁論の全趣旨によると,フィリップスとの昭和58年のライセンス契約は約8年間の実施の対価としての実施料が合計約1億円,昭和61年のライセンス契約も約6年間の実施の対価としての実施料が合計約1億円であること,以上の事実が認められ,これらの事実に,前記・・・認定のとおり,同包括的クロスライセンス契約について,本件発明1は,Yの規定において,クラス2「契約締結に所定の有効性を呈したもの」と評価されたこと,上記(2)ア認定のライセンス契約における本件発明1に係る日本国特許の寄与率は30パーセントと認められること,その他本件に現れた諸事情を考慮すると,本件発明1に係る日本国特許についてフィリップスとの包括的クロスライセンス契約によりYの受けるべき利益額は4000万円と認めるのが相当である。
オ 合計
上記(2)のアないしオ並びに上記イ及びエにより,本件発明1に係る日本国特許についてYの受けるべき利益額は,合計2億4959万円となる。
(4)本件発明1がされるについてYが貢献した程度について
ア Yが貢献した程度について
(ア)前記1で認定した事実によると,Xは,Yへの入社当時から光学の専門家として同分野での発明研究を期待され,Yに入社後中央研究所の研究員として光ディスク分野の技術を研究していた者であって,発明の完成に当たり中央研究所の他の研究員らの協力を求めたり,中央研究所の施設を利用できる立場にあったこと,中央研究所においては,光学方式(時系列方式)の光ディスクの研究が以前から行われており,本件発明1も,その流れの中に位置づけられること(Xは,ホログラフィ方式等他の方式の研究が行われていたことを強調するが,前記1認定の事実によると,ホログラフィ方式等の研究が中心で,Xが光学方式を自主的に研究していたというようなことは認められない。),中央研究所においてCSP型半導体レーザが開発されたことによって,本件発明1の課題が与えられ,実験もこれを用いて行われたのであるから,本件発明1に対するCSP型半導体レーザの開発の貢献を看過できないこと,Xは本件発明1に必要な計算をYの大型コンピュータを使用して行い,実験をBに中央研究所の実験機器を用いて行わせ,本件発明を完成させたこと,本件発明1に係る日本国特許の出願手続は,すべてYにおいて行い,BやJが審査官と面談したり,拒絶理由通知や拒絶査定や特許異議に対して補正を行ったり,意見書を提出したりして,多くの労力を使い,特許請求の範囲を「半値幅」と限定して,ようやく登録されたこと,Yが,CD活用プロジェクトを発足させ,他社の製品を調査し交渉するなどした結果,多数の会社との間でライセンス契約を締結するに至ったこと,以上のとおり認められる。しかし,他方,前記1で認定した事実によると,本件発明1は,Xの着想によるところが大きいものということができ,実験についてもBを指導して行わせたといえること,Xは,事業化の過程においても,CD活用プロジェクトに参加し,侵害立証のための装置を作り,フィリップスとのライセンス交渉に参加する等していることが認められる。これらの事実からすると,本件発明1に係る日本国特許については,Yの貢献が相当に大きいものということができ,Yの貢献度は全体の80%と認めるのが相当である。
(イ)なお,Xは,Xがアイパターンを作成したことによって本件発明1の権利化が実現した旨の主張をするが,本件発明1の権利化に際してXがアイパターンを作成したことを認めるに足りる証拠がないから,Xの上記主張は採用できない。
また,Xは,Yの事業化についての貢献は考慮すべきでないと主張するが,既に述べたとおり,予備的請求においては,ライセンス契約における実施料を基礎として相当の対価の額を算定しているのであるから,Yの事業化についての貢献は,相当の対価の額の算定に当たって考慮することができるというべきである。
イ 共同発明者の寄与度について
(ア)前記1認定の事実からすると,本件発明1の着想である楕円発光の半導体レーザを対物レンズで絞れば円形スポットを得られることはXの思考によって得られたものであるが,他方,円形スポットを得るための実験が必要であり,その実験をBが行ったこと,Bは実際にCSP型半導体レーザを使用して対物レンズの組合せによる実験を繰り返してデータの収集を行ったこと,Bは,本件発明1の権利化の過程で,資料を作成したり,審査官と面接するなど貢献したこと,以上のとおり認められる。また,「東京都発明研究功労表彰候補者調査表」(甲27)には共同発明者間の貢献度としてX70%,B30%の記述があるところ,Xを同表彰の候補者として推薦することについては,Bも承諾している(甲238)。これらの事実からすると,共同発明者であるBの貢献度は30%と認めるのが相当である。
(イ)Xは,Bが本件発明1の動作原理説明が不正確であるとか光学技術にも未熟である等と主張し,X提出の陳述書(甲229,230,240,241,242)にも同様の記載があるが,これらは,上記貢献度の認定を覆すものではない。
ウ 以上により,本件発明1に係る日本国特許についての「相当の対価」の額は下記のとおり3494万円となる。
2億4959万円×0.2×0.7≒3494万円
(5)本件発明1の社内実施分について
Xは,本件発明1についてYの社内実施分についても「相当の対価」の算定の基礎になるべきであると主張し,これに対して,Yは,この主張は時機に後れたものであると主張する。
Yは,平成11年2月26日の第4回口頭弁論期日において陳述した準備書面で,本件発明1の社内実施実績補償金がXに支払われていること及びその金額を開示しているから,Xは,遅くとも同期日以降には,Yの社内実施分も「相当の対価」の基礎になる旨主張をすることができたものと認められる。それにもかかわらず,Xはその時点ではこのような主張を行わず,証人及びX本人の尋問終了後の平成13年12月14日の第4回弁論準備手続期日において初めてYの社内実施分を「相当の対価」の算定の基礎とすべきであると主張したものであるから,この主張は,故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃の方法であるといわざるを得ない。そして,上記主張の追加により,Y規定中の社内実施分の算定方式の合理性やその適用の妥当性についてのYの主張立証が予想され,これにより訴訟の完結を遅延させることとなるものと認められる。したがって,上記主張は民訴法157条1項によりこれを却下することとする。
(6)本件発明1の日立メディアエレクトロニクス実施分について
弁論の全趣旨によると,本件発明1は,日立メディアエレクトロニクスにおいて実施されていること,同社がYの子会社であること,以上の事実が認められ,Yが同社実施分につき実施料収入を得ているものと認めるに足りる証拠はない。そうすると,同社の実施分については,実施料収入が認められないから,「相当の対価」算定の基礎とすることはできない。
(7)本件発明1に係る日本国特許についての「相当の対価」の額(結論)
ア 以上のとおり,本件発明1に係る日本国特許についての「相当の対価」の額は3494万円となる。
イ 職務発明に係る特許権等の承継に関しては,特許法35条3項所定の「勤務規則その他の定め」により,使用者がこれを一方的に定めることができるが,その場合の「相当の対価」の額についてまで使用者が一方的に定めることができるわけではなく,使用者が職務発明の「相当の対価」の額について職務発明規程等で一方的に定めても,発明者である従業者がこれに拘束される理由はない。職務発明規程等に定められた対価の額が特許法35条3項及び4項の定める「相当の対価」の額に足りないと認められる場合には,対価請求権を有効に放棄するなどの特段の事情のない限り,従業者は,会社に対し,不足額を請求できると解することができる。
ウ 前記・・・の事実によると,Xは,Yから本件発明1に係る日本国特許権の権利期間満了時までに実績補償金合計40万円(昭和58年度から平成8年度までの本件発明1に係る実施料収入実績補償金の合計額)を受領しているものと認められるところ,これには,外国特許に関するものも含まれていると考えられるから,その半額を,上記アの金額から控除することとする。そうすると,「相当の対価」の不足額は3474万円となる。
Xは,受領した実施料収入実績補償金はYが無償の通常実施権を取得したことに対する謝礼,褒賞の趣旨で支払った金銭に過ぎず,控除の対象とすべきでないと主張するが,上記金員はYがY規定に基づいて実績補償金として支給したものであるから,XがYに対して特許を受ける権利を譲渡した対価と認めることができ,控除の対象とされるべきである。したがって,Xの上記主張は理由がない。
エ Yは,ライセンス契約について,Y規定を設けて処理したことの必要性及び合理性を主張し,Y規定が無効となるのは当該規定が利益と貢献度を考慮して補償金を算定することを目的としていない場合や,その内容が特許法35条の趣旨に照らして明らかに不合理である場合に限定すべきものと主張するが,上記認定のとおりY規定による補償金の額と「相当の対価」の額として認定された金額には違いがあるから,Y規定によることはできない。
オ なお,Xは,Y規定中ソニーとの包括的クロスライセンス契約につき「クラス1」と評価すべきであると主張して,Y規定に基づく実績補償金を請求している(争点(2)イ)が,前記1で認定した事実によると,本件発明1がY規定において「クラス1」と評価すべきであるとは認められないから,理由がない。
(8)本件発明2,3に係る日本国特許についてYの受けた利益の額
前記・・・の事実並びに証拠(甲34,50)及び弁論の全趣旨によると,Yは,太陽誘電との間で平成3年7月1日,無償のクロスライセンス契約を締結し,太陽誘電に対して@本件発明2,3に係る日本国特許,A対応米国特許をライセンスし,太陽誘電はYに対してB欧州特許出願4件,Cその対応国内出願及びその他の外国出願をライセンスしたこと,日立マクセルとの間で平成3年8月30日に上記@ないしCを対象特許としてライセンス契約を締結したこと,Yは上記対象特許の実施料収入として日立マクセルから230万円を得たこと,以上の事実が認められる。以上を総合すると,上記実施料収入は,Yが日立マクセルに対して@Aの特許をライセンスしたことの実施料収入分とBCの特許をサブライセンスしたことの実施料収入分を合計したものといえ,そのうち後者はYが@Aを太陽誘電にライセンスしたことによって得た利益に等しいものと認められる。そうすると,上記実施料収入230万円は,Yが@Aを日立マクセルにライセンスしたことによって得た利益とYが@Aを太陽誘電にライセンスしたことによって得た利益の合計であり,このうちAは米国特許であるから,本件発明2,3に係る日本国特許に関する「Yが受けるべき利益」は115万円であると認められる。
上記認定の利益以外に,Yが,上記認定のライセンスによって利益を得たとは認められない。
(9)本件発明2,3のYの貢献度等について
ア 本件発明2について
(ア)Yの貢献度
前記1で認定した事実によると,Xは,Yへの入社当時から光学の専門家として同分野での発明研究を期待され,Yに入社後中央研究所の研究員として光ディスク分野の技術を研究していた者であって,発明の完成に当たり中央研究所の他の研究員らの協力を求めたり,中央研究所の施設を利用できる立場にあったこと,本件発明2の完成に当たって,Xは,Yの大型コンピュータを使用したほか,他の研究員から教示を受けたこと,本件発明2に係る日本国特許の特許登録手続(出願明細書の作成を除く)はYが行い,ライセンス交渉等の権利行使もYが行ったこと,以上の事実が認められる。しかし,他方,前記1で認定した事実によると,本件発明2が行われた時期は,51プロジェクトが始まる前であって,本格的に光ディスクの研究が行われるようになったのは,本件発明2がされた後であり,そのような時期に,Xは,独自の着想で本件発明2を完成させたこと,本件発明2に係る日本国特許の出願明細書は,Xが作成したこと,以上の事実が認められる。これらの事実からすると,本件発明2に係る日本国特許については,Yの貢献度は全体の70%と認めるのが相当である。
(イ)共同発明者間の寄与度
上記1で認定した事実によると,本件発明2は,Xの着想によるもので,Xが必要な計算をして完成させたものであり,出願明細書も作成していること,CやDは同期整流回路や計算式の展開を教示したこと,「東京都発明功労表彰候補者調査表」(甲27)には,共同発明者間の貢献度としてX60%,他の4名各10%の記述があり,Xを同表彰の候補者として推薦することについては,他の4名の者も承諾している(甲238)こと,以上の事実が認められる。これらの事実からすると,Xの寄与率は60%,その余の共同発明者の寄与率は各10%とするのが相当である。
(ウ)本件発明2,3間の寄与度
本件発明2と本件発明3を比べると,本件発明2がより基本的な発明であると認められるので,本件発明2と本件発明3の寄与度は,2対1の割合とする。
(エ)以上によると,本件発明2の「相当の対価」の額は下記のとおりである。
115万円×2/3×0.3×0.6=13万8000円
(オ)前記・・・認定の事実によると,Xは,Yから本件発明2に係る実績補償金として1万2500円を受領しているものと認められるところ,これには,外国特許に関するものも含まれていると考えられるから,その半額を,上記(エ)の金額から控除することとする。そうすると,「相当の対価」の不足額は13万1750円となる。
イ 本件発明3の相当の対価
(ア)Yの貢献度
前記1で認定した事実によると,Xは,Yへの入社当時から光学の専門家として同分野での発明研究を期待され,Yに入社後中央研究所の研究員として光ディスク分野の技術を研究していた者であって,発明の完成に当たり中央研究所の他の研究員らの協力を求めたり,中央研究所の施設を利用できる立場にあったこと,本件発明3が完成された時期は,51プロジェクトの後であって,既にYにおいて光ディスクの研究が行われており,その中で,本件発明3がされたこと,本件発明3に係る日本国特許の特許登録手続はYが行い,ライセンス交渉等の権利行使もYが行ったこと,以上の事実が認められる。しかし,前記1で認定した事実によると,本件発明3は,X及びGの着想によるものであると認められる。これらの事実からすると,本件発明3に係る日本国特許については,Yの貢献度は全体の80%と認めるのが相当である。
(イ)共同発明者間の寄与度
前記1で認定した事実によると,本件発明3は,Xによる,トラックにアクセスするための方法の検討についての指示を受けてGが着想したもので,Gが出願明細書を作成したこと,Hはウォブリングの溝を持ったディスクの作成に関与したことが認められ,寄与率は,X40%,G40%,H20%とするのが相当である。
(ウ)以上によると,本件発明3の「相当の対価」は下記のとおりである。
115万円×1/3×0.2×0.4=3万0666円
(エ)前記・・・認定の事実によると,Yは本件発明3に係る実績補償金として1万円及び遅延損害金を弁済供託しているものと認められるところ,これには,外国特許に関するものも含まれていると考えられるから,上記補償金1万円の半額を,上記(ウ)の金額から控除することとする。そうすると,「相当の対価」の不足額は2万5666円となる。
(10)本件発明2,3に係る日本国特許についての「相当の対価」の額(結論)
ア 以上によると,本件発明2,3に係る日本国特許についての「相当の対価」の不足額は,次のとおりである。
13万1750円+2万5666円=15万7416円
イ 上記認定のとおりY規定による補償金の額と「相当の対価」の額として認定された金額には違いがあるから,Y規定によることはできない。
ウ なお,Xは,日立マクセルによる本件発明2,3に係る米国特許の実施について,平成3年以降におけるY規定に基づく実績補償がされていないこと,日立マクセルは,平成6年及び平成7年にミニディスク用光ディスクにおいて本件発明2,3を実施したにもかかわらず,Y規定に基づく実績補償がされていないこと及び太陽誘電によるCD-R用光ディスクへの実施に対するY規定に基づく実績補償がされていないことを主張する(争点(2)イ)が,前記・・・認定のとおり,本件発明2,3については,Y規定に基づいて実績補償がされており,それ以外に実績補償されるべきものがあるとは認められない。
5 争点(4)について
(1)前記・・・認定のとおり,Yには,本件各発明に係る特許の出願時に,「発明,考案等に関する表彰規程」が存し,出願,登録,実施に分けて,一定の金員を給付することとされており,その後,平成2年7月11日に,「発明考案等取扱規則」及びそのうちの補償内容を定めた「発明考案等に関する補償規程」が定められ,平成3年6月21日には,上記補償規程に規定する出願補償,登録補償,実績補償及び特別の事情による補償の基準を定めた「発明考案等に関する補償基準」が定められたもので,これらのY規定に従って,Yは,Xに対して,本件各発明について,前記・・・認定のとおり,実績補償金等を支払ってきたものである。証拠(乙3)と弁論の全趣旨によると,実績補償については,毎年12月に支払われてきたことが認められる。そして,このうち,本件発明1については,同発明に係る日本国特許の権利期間内である平成8年度支払分までは,同発明に係る日本国特許についての実績補償金の支払分が含まれているものと認められ,本件発明2,3については,これらの発明に係る日本国特許の権利期間内である平成4年度支払分までは,これらの発明に係る日本国特許についての実績補償金の支払分が含まれているものと認められる。
以上のとおり,Y規定に基づいて実績補償金が支払われている限り,「相当の対価」の少なくとも一部が支払われており,「相当の対価」の額が定まらないから,Xが特許法35条3項に基づく相当対価請求権を行使することは現実に期待し得ない状況であったものと認められる。
本訴が提起されたのは,本件発明1については,平成10年であり,本件発明2,3については,平成12年であるから,上記相当対価請求権については,いずれも起算点から10年を経過しておらず,消滅時効は完成していないものというべきである。
(2)Yは,実績補償の算定方法を定めたY規定が制定されたのは,本件各発明の特許を受ける権利の譲渡時から10年の期間が経過した後であり,Xによる相当対価請求権は既に時効消滅していたと主張するが,上記認定のとおり,本件各発明に係る特許の出願時に,「発明,考案等に関する表彰規程」が存し,出願,登録,実施に分けて,一定の金員を給付することとされていたのであるから,本件各発明に係る特許の出願時に,実績補償の規定が存しなかったということはできず,その後,上記認定のとおり規定が整備されたものであり,その規定に基づいて実施補償金が支払われているから,Yの主張は採用できない。
また,Yは,Y規定に基づく給付と特許法35条3項に基づく相当対価請求権は,別のものである旨の主張をするが,Y規定に基づく給付も,特許法35条3項に基づく「相当の対価」の少なくとも一部の支払ということができるから,両者は別個のものということはできず,上記認定のとおり,その支払を理由に消滅時効が進行しないものと解することができる。
(3)仮に,本件各発明の特許を受ける権利の譲渡時から10年の期間が経過したことによって,時効が完成したとしても,Yは,その後,Y規定に基づいて実績補償金を支払っており,それは,上記のとおり特許法35条3項に基づく「相当の対価」の少なくとも一部の支払ということができるから,Yは,時効援用権を喪失したものと認められる。
6 よって,Xの請求は主文の限度で理由がある。なお,Xは年6分の割合による遅延損害金を請求するが,特許法35条3項に基づく相当対価請求権は,同規定により発生する法定債権であり,商行為によって生じたもの(商法514条)とはいえないので,年5分の限度で認容する。」