最判平成12年2月29日(民集54巻2号709頁(平成10年(行ツ)第19号))

(原審:東京高判平成9年8月7日(平成4年(行ケ)第14号)

<事案の概要>
 Aは,発明の名称を「桃の新品種黄桃の育種増殖法」とする特許第1459061号発明(昭和52年10月24日出願,昭和59年8月22日出願公告(特公昭59-034330号),昭和63年9月28日設定登録,以下「本件発明」という。)の特許権者であった。
 X(原告,上告人)は平成元年9月18日に,Aを被請求人として本件発明についての特許(以下,「本件特許」という。)について無効審判を請求した。特許庁は平成1年審判第15082号として審理した結果,平成3年12月16日に「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成4年1月11日に,Xに対し送達された。
 X出訴。
 Aは平成7年2月4日に死亡し,本件発明についての権利義務は相続によりY(被告,被上告人)に承継され,平成8年2月23日にその旨の移転登録がなされた。
 原審(東京高判平成9年8月7日(平成4年(行ケ)第14号))は,Xの請求を棄却した。
 X上告。

<判決>
 上告棄却。
「二 本件は,Xらが,本件発明には反復可能性がないから,本件特許は特許要件を欠くなどとして,審決の取消しを請求する事案である。
三 発明は,自然法則の利用に基礎付けられた一定の技術に関する創作的な思想であるが,その創作された技術内容は,その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならないから,その技術内容がこの程度に構成されていないものは,発明としては未完成のものであって,特許法2条1項にいう「発明」とはいえない(最高裁昭和39年(行ツ)第92号同44年1月28日第三小法廷判決・民集23巻1号54頁参照)。したがって,同条にいう「自然法則を利用した」発明であるためには,当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること,すなわち,反復可能性のあることが必要である。そして,この反復可能性は,「植物の新品種を育種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては,その特性にかんがみ,科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り,その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。けだし,右発明においては,新品種が育種されれば,その後は従来用いられている増殖方法により再生産することができるのであって,確率が低くても新品種の育種が可能であれば,当該発明の目的とする技術効果を挙げることができるからである。
四 これを本件についてみると,前記のとおり,本件発明の育種過程は,これを反復実施して科学的に本件黄桃と同じ形質を有する桃を再現することが可能であるから,たといその確率が高いものとはいえないとしても,本件発明には反復可能性があるというべきである。なお,発明の反復可能性は,特許出願当時にあれば足りるから,その後親品種である晩黄桃が所在不明になったことは,右判断を左右するものではない。
 これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。
 同第五点について
 所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,右事実関係の下において,本件明細書に係る補正が要旨変更に当たらないとした原審の判断は,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」