(原審:大阪高判平成10年5月13日(平成9年(ネ)第1476号))
<事案の概要>
X(原告,控訴人,上告人)は,メシル酸カモスタット(一般名称)の物質及び医薬用途について,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その発明を「本件特許発明」という)を有していた。
特許番号 | 第1222708号 |
発明の名称 | グアニジノ安息香酸誘導体及び該グアニジノ安息香酸誘導体を含有する抗プラスミン剤と膵臓疾患治療剤 |
出願日 | 1976年(昭和51年)1月21日 |
公告日 | 1982年(昭和57年)3月25日 |
登録日 | 1982年(昭和57年)11月12日 |
Xは,本件特許権に基き,抗プラスミン剤・膵臓疾患治療剤として,メシル酸カモスタット製剤(商品名「フオイパン錠」,以下「X製剤」ともいう。)を製造販売している。
本件特許権は,平成8年1月21日の経過をもって出願日から20年を経過し,その存続期間は満了した。
Y(被告,被控訴人,被上告人)は,平成8年3月15日(承認日),メシル酸カモスタット製剤(商品名「パラボラン錠100」,以下「Y製剤」という。)につき,薬事法14条の製造承認を取得し,Y製剤の製造・販売の準備をしている。
Yは,本件特許権の存続期間中に,Y製剤を製造し,Y製剤に関し加速試験等の医薬品製造承認申請のために必要な各種試験を実施した。
Y製剤は,いわゆる医療用の後発医薬品に属するが,その製造承認の申請には,薬事法施行規則等により,少なくとも安定性に関する資料として加速試験に関する資料を添付することが要求されているところ,この加速試験に関しては6か月間以上の試験期間が必要とされ,また,後発医薬品については,都道府県知事が承認申請等を受理した日から厚生大臣が当該医薬品等に承認等を与える日までの標準的事務処理期間は,当分の間2年間とされている。
Xは,Y製剤の製造承認を得るために本件特許権の存続期間中に各種試験等を実施した行為は本件特許権を侵害するなどと主張して,存続期間が満了した本件特許権に基づき,Y製剤の販売の差止請求等を求める訴えを提起した。
第一審(京都地判平成9年5月15日(平成8年(ワ)第1898号))は,Xの請求を棄却した。
X控訴。Xは,控訴審で新たに,Yに対して損害額を支払えという請求を追加した。
控訴審(大阪高判平成10年5月13日(平成9年(ネ)第1476号))は,Xの控訴を棄却した。
X上告。
<判決>
上告棄却。
「二 ある者が化学物質又はそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有する場合において,第三者が,特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品(以下「後発医薬品」という。)を製造して販売することを目的として,その製造につき薬事法14条所定の承認申請をするため,特許権の存続期間中に,特許発明の技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し,これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは,特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり,特許権の侵害とはならないものと解するのが相当である。その理由は次のとおりである。
1 特許制度は,発明を公開した者に対し,一定の期間その利用についての独占的な権利を付与することによって発明を奨励するとともに,第三者に対しても,この公開された発明を利用する機会を与え,もって産業の発達に寄与しようとするものである。このことからすれば,特許権の存続期間が終了した後は,何人でも自由にその発明を利用することができ,それによって社会一般が広く益されるようにすることが,特許制度の根幹の一つであるということができる。
2 薬事法は,医薬品の製造について,その安全性等を確保するため,あらかじめ厚生大臣の承認を得るべきものとしているが,その承認を申請するには,各種の試験を行った上,試験成績に関する資料等を申請書に添付しなければならないとされている。後発医薬品についても,その製造の承認を申請するためには,あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要する点では同様であって,その試験のためには,特許権者の特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し,使用する必要がある。もし特許法上,右試験が特許法69条1項にいう「試験」に当たらないと解し,特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると,特許権の存続期間が終了した後も,なお相当の期間,第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。この結果は,前示特許制度の根幹に反するものというべきである。
3 他方,第三者が,特許権存続期間中に,薬事法に基づく製造承認申請のための試験に必要な範囲を超えて,同期間終了後に譲渡する後発医薬品を生産し,又はその成分とするため特許発明に係る化学物質を生産・使用することは,特許権を侵害するものとして許されないと解すべきである。そして,そう解する限り,特許権者にとっては,特許権存続期間中の特許発明の独占的実施による利益は確保されるのであって,もしこれを,同期間中は後発医薬品の製造承認申請に必要な試験のための右生産等をも排除し得るものと解すると,特許権の存続期間を相当期間延長するのと同様の結果となるが,これは特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを超えるものといわなければならない。
三 以上のとおりであるから,原審の適法に確定した事実関係の下においては,所論のYの行為は特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たると解すべきであって,Xの特許権を侵害したものということはできない。原審の判断は,結論において正当である。論旨は,独自の見解に立って原判決を論難するものであり,採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」