1.判決
控訴棄却。
2.判断
「一 本件実用新案権についての出願から登録に至るまでの経緯,右実用新案権のX1からX2への譲渡及びその登録,右実用新案の明細書に記載された登録請求の範囲については,原判決理由第一項(原判決21枚目表7行目から同裏9行目までの説示のとおりであるから,これを引用する。
二 本件実用新案は民事的には無効の実用新案権として無視すべきである旨のY1の主張が失当であることは,原判決理由第二項(原判決21枚目裏10行目から同22枚目表8行目まで)の説示のとおりであるから,これを引用する。
三 本件実用新案の技術的範囲について当事者間に争いがあるので,この点について判断する。
(一)Y2,Y3は,本件実用新案権は旧法(大正10年法律第97号)による権利である旨主張するので,本件実用新案権が旧法による権利であるか,新法(昭和34年法律第123号)による権利であるのか,について判断する。
実用新案法施行法(昭和34年法律第124号)第1条により新法は昭和35年4月1日に施行されたのであるが,同施行法第21条第1項は,「新法の施行の際現に係属している実用新案登録出願(抗告審判に係属しているものを含む。)については,その実用新案登録出願について査定又は審決が確定するまでは,なお従前の例による。」と規定しているのであつて,従前の例によるのは査定又は審決が確定するまでであり,確定した査定又は審決は新法によつてなれたものとみなされ(同施行法第30条),その後の手続は登録を含め,全て新法によつてなされるのである。ところで,本件実用新案権についての出願から登録に至るまでの経緯は前記(原判決理由第一項引用)のとおりであるから,本件実用新案の出願から査定の確定までは旧法によつたものであるが,登録は新法によつてなされたものである。したがつて,本件実用新案権は新法による権利である。Y両名の見解は独自の見解であつて採用できない。
以上の次第で,本件登録実用新案の技術的範囲は,実用新案法(新法)第26条,特許法第70条により,願書に添付した明細書の実用新案の請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないものである。
(二)当事者間に争いのない本件実用新案の登録請求範囲の記載及び成立に争いのない甲第2号証(本件実用新案公報)によれば,本件考案の構成要件は,次のとおりであると認められる。
(イ)開口上縁のごとき編み上り最終である縁部の相隣る各編骨杆1,2の各末端を掛止環部3,4を有する水平屈曲脚5,6及び7,8と,屈曲脚6,8より更に屈曲された掛鉤部9,10に形成すること。
(ロ)各編骨杆1,2をその掛止環部3,4よりの各屈曲脚5,6及び7,8の挿出と掛鉤部9,10の環部3,4への掛止を介し連結一体化した縁部Aを形成すること。
ところで,Yらは,右二要件のほかに,本件実用新案においては,(i)編骨杆1,2を内側から外側に向つて縁編みすること,(ii)掛鉤部9,10が外側になること,(iii)蓋体(蓋)と承体(身)を合す段編みができないこと,(iv)編骨杆各一組1,2の相反屈曲部11,12は対向的に「く」の字型になつていること,(v)二本の水平屈曲脚(5,6と7,8)が上下になつており,そのうちの一本だけが隣りの輪に縦に掛止し他の一本は差出になつていること,(vi)二本の水平屈曲脚が同じ長さであること,(vii)凹凸が外側にできること,の七要件が必要である旨主張する。しかしながら,右(i)ないし(vii)の要件は,いずれも本件実用新案の構成要件ではなく,前顕甲第2号証の公報の図面の表現及び説明中の「上下の水平屈曲脚」「上下の各脚」「相反屈曲部」なる記載は,本件実用新案の一実施例を示したに過ぎないものと解すべきであり,その理由は,次のとおり附加するほか,原判決理由第四項の(二)中の第二,第三段(原判決24枚目裏6行目から同25枚目裏12行目までの説示のとおりであるから,これを引用する(但し,原判決の@は右(v)オ前段に,Aは右(i)(ii)(vii)にBは右(iv)にそれぞれ対応する。)。
(1)Yら主張(iii)の段編みの可能性については,図面及び説明の全般を通じても何らこれに言及した記載はないのであつて,段編みのできないことを以て本件実用新案の構成要件と解することはできない。
(2)Yらは(v)後段において,本件実用新案は,二本の水平屈曲脚(5,6と7,8)のうちの「一本だけが隣の輪に縦に掛止し,他の一本は差出になつている」旨主張するが,本件実用新案の前記「登録請求の範囲」には「各屈曲脚5,6および7,8の挿出と掛鉤部9,10の環部3,4への掛止」と記載されているのであるから,二本の屈曲脚がいずれも挿出されたうえ,そのうちの一本が掛止されるものと解すべきであつて,Yら主張の如く解すべきものではない。
(3)Yらは(vi)において,二本の水平屈曲脚(5,6),(7,8)が同じ長さであることも本件実用新案の構成要件の一つであると主張するが,前記「登録請求の範囲」には縁部Aが一直線に構成されるか否かについての記載はなく,しかも,前記「実用新案の説明」の項に「一直線に並ぶA」とあるのは前記(原判決引用部分)の如く平坦であつて凹凸のない縁部を意味するものと解せられる。したがつて,縁部を円型に形成することを排除する趣旨に解すべきではなく,二本の水平屈曲脚(5,6),(7,8)が同じ長さであることが構成要件をなすものと解することはできない。
(三)当裁判所も,本件実用新案の構成要件(前記(二)項の(イ)(ロ))は全てが本件実用新案の登録出願当時既に公知公用であつたものと判断するのであつて,その理由は,次のとおり附加,訂正するほか,原判決理由第四項(三)のうち,原判決26枚目表7行目の「成立に争いのない」から,同29枚目表11行目の説示のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決26枚目表7行目の「第8号証」を「第7ないし第9号証」と改め,同8行目の「第13号証」の次に「,第16号証」を加える。
(2)原判決27枚目表4行目の「証人【C】,同【B】」を「原審証人【C】,同【B】,当審証人【D】(第一,二回),同【F】」と,同11行目の「銀座の三愛」を「三愛,三越など」と,それぞれ改める。
(3)原判決27枚目裏9行目の「証人【G】の証言,原告【A】」を「原審証人【G】,当審証人【H】の各証言,原審及び当審におけるX1」と改める。
(4)原判決28枚目表3行目の「でない。」の次に,「なお,実用新案法第41条により準用される特許法第167条は,同一の事実及び同一の証拠に基く再度の登録無効審判の請求を禁ずる規定であつて,特許侵害訴訟には適用されないものであり,裁判所において公知公用の判断をなしえないという理由はない。」を加える。
(四)実用新案の構成要件の全てが公知公用である場合には,本件実用新案の登録を受けることができないものであり(実用新案法第3条第1項),たとえ誤つて実用新案として登録されたとしても,無効審判の請求によりその実用新案の登録は無効とされうる(同法第37条第1項第1号)のであるが,いかに無効原因が明白であつても係争の実用新案につき無効審判の請求がなされない限り,また無効審判の請求がなされても実用新案を無効とする審決がなされ,しかもその審決が確定しない限り,裁判所は実用新案権を有効として取扱わなければならない。ところで,Y1が昭和42年4月15日特許庁に対して本件実用新案の登録無効審判請求を提起し,同庁昭和42年審判第2634号として係属中であることはY1とX両名との間に争いがなく,Y2,Y3は明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。しかし,弁論の全趣旨によれば,本件実用新案について無効審決は未だなされていないものと認められる。したがつて,当裁判所としても,本件実用新案を有効として取扱わなければならない。
しかしながら,本件実用新案は,前記認定のとおり,その構成要件が全て出願当時公知公用であつたものである。かかる場合には,万人の共有財産である公知技術を用いることは何人も自由であるべきであるという工業所有権制度に内在する原理から,いわゆる広義の自由な技術水準の抗弁を肯認すべきである,との見解があるが,右の意味における自由な技術水準の抗弁(Y2,Y3の当審における主張(二)2)を肯認するときは,結局実用新案の全てが自由な実施に委ねられることになり,実用新案権は形骸のみが残つて内容の全くないものとなることに帰着し,事実上実用新案権を無効として取扱うことになるので,右の意味における自由な技術水準の抗弁を肯認することはできない。しかし,元来万人が自由に使用しうべき考案につき,無効審決の確定がないことの故を以て実用新案権者に実施権能を独占せしめることは,公衆の利益・産業の発展に反するものである。そこで,無効審決の確定がない限り裁判所としては実用新案を有効として取扱わなければならないという原則,すなわち登録実用新案の保護と産業の発展との調和(実用新案法第1条参照)を図るためには,技術的範囲を実用新案公報に記載されている字義どおりの内容をもつものとして最も狭く限定して解釈するのが相当である。すなわち,実用新案の技術的範囲は厳格に記載された実施例と一致する対象に限られ均等物の変換すらも許さないものとして,最も狭く限定すべきである。
これを本件についてみるに,本件実用新案公報(前顕甲第2号証)の「登録請求の範囲」の記載並びに「実用新案の説明」及び「第一ないし第三図」によれば,本件実用新案の技術的範囲は,前記(イ)(ロ)の構成要件を有し,且つ「水平屈曲脚(5,6及び7,8)が上下に構成されていること」,「相反屈曲部11,12を有すること」の要件を充足しているものに限定すべきである。
四 イ号製品の構造が原判決別紙「イ号図面説明書」及びその添付図面(原判決35枚目及び36枚目)の記載のとおりであることの理由は,原判決理由第三項中原判決22枚目裏2行目の「検甲第2号証」から同23枚目表8行目までの説示と同一であるから,これを引用する。
右の如きイ号製品の構造は,本件実用新案の前記(イ)(ロ)の構成要件を具備するのであるが,「水平屈曲脚(5,6及び7,8)が上下に構成されていること」及び「相反屈曲部11,12を有すること」の要件を充足していない。したがつて,イ号製品は本件実用新案の技術的範囲に属しないものといわざるをえない。
以上の次第で,Yらのイ号製品の製造拡布行為がX1の本件実用新案権及びX2の独占的通常実施権を侵害することを前提とするXらの本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく失当として排斥を免れないものである。
五 よつて,Xらの本訴請求を棄却した原判決は相当であつて,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,控訴費用の負担につき民事訴訟法第95条,第89条,第93条を適用して,主文のとおり判決する。」