1.判決
請求棄却。
2.争点
争点1:引用発明と本件発明との一致点認定の誤り。
争点2〜争点5:引用発明と本件発明との相違点についての判断の誤り。
争点6:本件訂正についての判断の誤り。
3.判断
「第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)(本件決定の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(引用発明と本件発明1〜4との一致点の認定の誤り)について
(1)Xは,本件発明1〜4の「バスバー」は少なくとも「棒」ないし「横木」といえるものであるのに対し,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」は,正にアルミ箔に例示されるような薄い金属板であって,「バー」ないしは「棒」であってはならないものであり,そうでなければ「可撓性」を有することにより「自由な曲線が簡単に組める」という,引用発明の作用効果を達成することができないから,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」が本件発明1の「アノードバスバー,カソードバスバー」に相当するということはできず,本件決定のした引用発明と本件発明1〜4との一致点の認定は誤りであると主張する。
(2)ア そこで刊行物1(甲1)をみると,次の記載がある。
・・・
イ 上記記載によれば,引用発明において,@発光ダイオードの「一対の針状端子2a,2a」が可撓性の帯板状部材を挟持し電気的に接続していること,Aこの可撓性の帯板状部材は,「絶縁材層3」とこれの両側面に装着される「導電性金属板4,4」とで構成されていること,B「導電性金属板4,4」は,「発光ダイオード2の一対の針状端子2a,2a」に電流を供給するものであること,C「絶縁材層3」は,「導電性金属板4,4」に供給される電流が短絡しないようにするためのものであることが認められる。
ウ また,実開平4-131122号公報(乙1。以下「乙1公報」という。),実願平1-8663号(実開平2-101585号)のマイクロフィルム(乙2。以下「乙2公報」という。),特開昭59-200487号公報(乙3。以下「乙3公報」という。),実願昭59-49942号(実開昭60-163790号)のマイクロフィルム(乙4。以下「乙4公報」という。),特開平3-239376号公報(乙5。以下「乙5公報」という。)及び特開平4-114438号公報(乙6。以下「乙6公報」という。)には,銅(乙2,3),リン青銅(乙3)の金属板や,銅,銀,ニッケル等の金属箔(乙5,6)から形成された細長い導電性金属板が「バスバー」として記載され,その性質として,可撓性(乙2)やばね性(乙3)を有することが記載されている。
これらの記載によれば,「バスバー」が電線に代わって使用される細長い導電性金属板であり,これが可撓性,バネ性を備えることは,本件優先日(1993年〔平成5年〕9月17日)当時,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)に周知のことと認められる。
エ そして,刊行物1(甲1)の実施例に記載された「アルミ箔」のように,それのみで「一対の針状端子2a,2a」を支持することができない場合には絶縁材層が必要となるが,乙1公報ないし乙6公報に記載されているような,銅,銀,ニッケル等の薄い金属板を採用した場合には,本件発明1〜4の「バスバー」と同様に,それのみで「一対の針状端子2a,2a」を支持し,「導電性金属板4,4」に供給される電流が短絡しないようにすることができるので,絶縁材層は必ずしも必要ではなくなるから,当業者は,刊行物1の「導電性金属板4,4」は,このようなものも含むものと理解すると認められる。
(3)したがって,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」が本件発明1の「アノードバスバー,カソードバスバー」に相当するとした本件決定に,誤りはない。
(4)Xは,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」は,正にアルミ箔に例示されるような薄い金属板であって,「バー」ないしは「棒」であってはならず,そうでなければ,「可撓性」を有することにより「自由な曲線が簡単に組める」という引用発明の作用効果を達成することができないと主張するが,刊行物1の・・・記載からすると,「アルミ箔」は,実施例において導電性金属板の材質の一例として挙げられているにすぎず,「1対の導電性金属板4,4」について必ずしも「自由な曲線が簡単に組める」ものに限定して解釈しなければならない理由はなく,また,当業者は,「導電性金属板4,4」を刊行物1の「導電性金属板4,4」は,乙1公報ないし乙6公報に記載されているような,銅,銀,ニッケル等の薄い金属板を含むものと理解することができることは上記(2)エのとおりであるから,Xの主張は採用することができない。
(5)以上のとおりであるから,Xの取消事由1の主張は理由がない。
3 取消事由2(引用発明と本件発明1との相違点2,本件発明2との相違点3についての判断の誤り)について
(1)Xは,引用発明は,「製作コストが高くつく」ことを問題視して,発光ダイオードの確実な固定を優先させずに,「半田付け作業」を省略して,単に発光ダイオードの端子を配線基材に対し馬乗り状態に嵌め込んだだけの極めて単純な構成を提案した発明であるから,刊行物2(甲2)記載のような「プレス工程」による「カシメによる固定」や,刊行物3(甲3)記載のような「切り起し片」を設ける固定等の「機械的接続手段」を採用することには,何らの動機付けも存在しないばかりか,明白な阻害事由が存在するから,本件発明1と引用発明との相違点2について,引用発明及び刊行物2,3記載の発明から容易想到とした本件決定の判断(12頁下第3段落)は誤りである,と主張する。
(2)しかし,刊行物1(甲1)には,発光ダイオードの端子と配線の電気的接続のための半田付けを省略するために,配線の代わりに導電性金属板(バスバー)を採用し,発光ダイオードの端子によって導電性金属板を挟持し,両者を機械的に接続することが記載されており,また,刊行物2(甲2)には,電気的接続のために機械的接続手段を採用し,その一手段としてカシメ(機械的噛み合わせ接続)を用いることが,刊行物3(甲3)には,同様の接続手段として切り起し片(機械的噛み合わせ接続)を用いることが,それぞれ記載されているところ,これらは,いずれも電気的接続のための機械的接続手段に関する技術として共通のものである。
したがって,高い接続強度が必要な場合においては,刊行物2,3に記載の接続手段を引用発明に適用することは,当業者が容易に想到することができたものと認められる。そして,高い接続強度が必要な場合には,それに対応した接続手段を選択する動機付けが存在することは明らかであるし,製作コスト等についても,必要に応じて適宜考慮すれば足りることであるから,引用発明に刊行物2,3に記載の接続手段を適用することに阻害事由があるとまでは認められない。
(3)Xは,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」はアルミ箔に例示される薄い金属板であり,しかも,導電性金属板4は絶縁材層3に接着されているから,刊行物2(甲2)のようなカシメる構造や,刊行物3(甲3)のような「切り起し片」を採用することは,いずれも不可能であると主張する。しかし,「1対の導電性金属板4,4」をアルミ箔に例示されるような薄い金属板に限定して解釈する必要がないことは上記2(4)のとおりであるから,Xの上記主張は前提において誤りというほかなく,採用することができない。
(4)引用発明と本件発明2との相違点3についての本件決定の判断に誤りがないことも,上記(1)ないし(3)に述べたとおりである。
(5)以上のとおりであるから,Xの取消事由2の主張は理由がない。
4 取消事由3(引用発明と本件発明3との相違点3についての判断の誤り)について
本件決定は,引用発明と本件発明3との相違点3について,引用発明及び刊行物7記載の発明から容易想到と判断した(本件決定15頁下第2段落〜16頁第1段落)。
これに対し,Xは,刊行物7記載の発明は,「ディスプレイ」に関するもので同一パターンのみで発光するものではないから,片方のリードは「連結片」と一体成形されていて構わないものの,他方のリードである「第1リード14」は「連結片2」と一体成形されていないが,他方,本件発明3は,「自動車のランプ等」に関する発明であるから,同一パターンで発光することが望ましく,両者は全く目的が異なると主張する。
しかし,本件決定は,刊行物7に記載された「リードと連結片が一体成形されている」技術事項を引用したものであるところ(本件決定15頁下第2段落),この技術事項を引用発明に適用するに当たって,刊行物7の発明が同一パターンで発光させるものであるか否かは何ら問題となるものではないから,Xの上記主張は,本件決定の上記判断を左右するものではなく,採用することができない。
またXは,刊行物7記載の発明は,「ディスプレイ」に関する発明であることを前提とし,「接点の数量を約半分」にするものであり,LEDの片側のリードのみを「連結片2」と接続しておき,他方のリードは独立した「接点」であることを前提としていると主張する。
しかし,本件決定が刊行物7から引用した技術事項は,上記のとおり「リードと連結片が一体成形されている」ことであり,「ディスプレイ」や「接点の数量を約半分」にすることは,上記技術事項を適用するに当たって何ら問題となるものではないから,Xの上記主張も理由がない。
したがって,引用発明と本件発明3との相違点3についての本件決定の判断に誤りはなく,Xの取消事由3の主張は理由がない。
5 取消事由4(引用発明と本件発明3との相違点4,本件発明4との相違点5についての判断の誤り)について
(1)本件決定は,引用発明と本件発明3との相違点4について,引用発明及び刊行物4,5記載の発明から容易想到と判断した(本件決定16頁第4段落)。
これに対し,Xは,第1と第2のモジュールを「直列に接続する」ことは,何れかのモジュールで断線等の不具合が生じた場合に,すべてのモジュールが使用不能になってしまい,通常の設計思想に反する構成ではあるが,本件発明3は,これをあえて採用することによりそれ以上の代替的価値を実現した発明であるところ,刊行物4,5(甲4,5)にはこのような技術的思想は開示も示唆もされていないと主張する。
(2)刊行物4(甲4)には,・・・との記載があり,これらの記載によれば,刊行物4には,表示ボードユニットB-1とB-2を,コネクタY,Xの結合によって電気的,機械的に接続することが記載されているものと認められる。
また,刊行物5(甲5)には,・・・と記載され,その2頁【図1】,【図3】には,・・・が図示されており,そこに記載された「モジュールタイプLED4A,4B」は本件発明3の「モジュール」に相当するものであるから,刊行物5には,複数のモジュールを有し,両者を電気的に接続することが記載されているものと認められる。
そして,ランプの電気的接続には,直列接続と並列接続があり,それぞれの電気接続によって,ランプに対してそれぞれ所望の電圧電流関係が得られることは当業者の技術常識であるから,第1と第2のモジュールを「直列に接続する」ことによって,ランプ群に対して所望の電圧電流関係が得られることは,当業者に明らかである。
したがって,上記「第1と第2のモジュールを有し,両者を電気的に直列に接続する手段を備えている」点について,引用発明及び刊行物4,5記載の発明から容易想到とした本件決定の判断に誤りはない。
(3)引用発明と本件発明4との相違点5についての本件決定の判断に誤りがないことも,上記(1)(2)で述べたとおりである。
(4)以上のとおりであるから,原告の取消事由4の主張は理由がない。
6 取消事由5(引用発明と本件発明4との相違点3についての判断の誤り)について
(1)本件決定は,引用発明と本件発明4との相違点3について,刊行物6(甲6)の記載から容易想到と判断した(本件決定18頁第2段落〜第4段落)
これに対し,Xは,引用発明は,本件発明4と同じく「無半田接続」であるから,「はんだ付部の寿命」ないし「はんだ付部の耐久性」という概念は存在せず,刊行物6の記載から,引用発明の「1対の針状端子2a,2a」と「1対の導電性金属板4,4」の熱膨張係数をほぼ等しくするという技術的思想が導かれることはあり得ないと主張する。
(2)しかし,刊行物6(甲6)の段落【0019】には,・・・と記載されているから,そこには,熱ストレスを緩和するために,接続部材を,ほぼ等しい熱膨脹係数を有する導電性材料で構成する発明が開示されていると認められる。
そして,この熱膨張係数の差異による熱ストレスは,部材の接続が「無半田接続」でも「半田接続」でも生じることであるから,引用発明においても,その「1対の針状端子2a,2a」と「1対の導電性金属板4,4」との接続において,熱膨張係数の差異により熱ストレスが発生することは,当業者にとって自明のことである。
したがって,Xの上記主張は採用することができず,Xの取消事由5の主張は理由がない。
7 取消事由6(本件訂正についての判断の誤り)について
(1)本件訂正に係る訂正事項bとは,特許請求の範囲の請求項2の「ほぼ平面状のアノードバスバー,前記のアノードバスバーに平行に隣接して配置されたほぼ平面状のカソードバスバー,複数の発光ダイオード,および前記の発光ダイオードを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーに機械的電気的に接続する接続手段であって,それぞれが前記のバスバーの平面から変形して対応するリードと噛み合わせ嵌めによって係合する前記のバスバーの部分からなる接続手段からなる照明を提供するための発光ダイオードモジュール。」(下線付加)の記載を,「ほぼ平面状のアノードバスバー,前記のアノードバスバーに平行に隣接して配置されたほぼ平面状のカソードバスバー,複数の発光ダイオード,および前記の発光ダイオードを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーに機械的電気的に接続する接続手段であって,それぞれが前記のバスバーの平面から変形して対応するリードと機械的噛み合わせ接続によって係合する前記のバスバーの部分からなる接続手段からなり,前記のバスバーが電気的接続を形成するとともに前記発光ダイオードランプのための機械的支持体を形成することを特徴とする照明を提供するための発光ダイオードモジュール。」(下線が訂正部分)と訂正するものであるところ,本件決定は,「訂正前には凹部と凹部の噛み合わせ嵌めであったものを,リベット等やタブによる接続を含む機械的噛み合わせ接続に訂正しようとするものであるから,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものでなく,また,特許請求の範囲を実質上拡張するものである。したがって,上記訂正事項bを含む訂正は,特許法の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる,特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書き又は第2項の規定に適合しないので,当該訂正は認められない」(本件決定6頁第4段落)としたものである。
これに対しXは,本件決定は,訂正事項bが不適法であることを理由に,他の訂正事項a,c,dについて何ら判断することなく訂正を認めなかったものであり,訂正事項a,c,dに関する訂正要件の判断を遺漏した違法があると主張する。
(2)しかしながら,本件訂正は,本件決定が説示するとおり,訂正前には凹部と凹部の噛み合わせ嵌めであったものを,リベット等やタブによる接続を含む機械的噛み合わせ接続に訂正しようとするものであるから,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものではなく,また,特許請求の範囲を実質上拡張するものであり,平成6年法律第116号による改正前の特許法126条1項ただし書又は2項の規定に適合しないものである。
ところで,願書に添付した明細書又は図面の記載を複数箇所にわたって訂正することを求める訂正審判の請求又は訂正請求において,その訂正が特許請求の範囲に実質的影響を及ぼすものである場合(すなわち訂正が単なる誤記の訂正であるような形式的なものでない場合)には,請求人において訂正(審判)請求書の訂正事項を補正する等して複数の訂正箇所のうち一部の箇所について訂正を求める趣旨を特定して明示しない限り,複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの審決又は決定をしなければならず,たとえ客観的には複数の訂正箇所のうちの一部が他の部分と技術的にみて一体不可分の関係になく,かつ,一部の訂正を許すことが請求人にとって実益のあるときであっても,その箇所についてのみ訂正を許す審決又は決定をすることはできないと解するのが相当である(前記最高裁昭和55年判決参照)。そしてこの理は,原告のいう改善多項制の下でも同様に妥当するというべきである。
そこでこれを平成17年12月7日付けでなされた本件訂正請求(甲16)についてみると,別添異議の決定記載のとおり,訂正事項cは誤記の訂正であって形式的なものであるが,訂正事項a,b,dは誤記の訂正ではなく,その訂正が特許請求の範囲に実質的影響を及ぼすものであることは明らかであり(Xも,前記・・・において,訂正事項a,b,dが誤記の訂正以外の実質的なものであることを自認している。)また本件訂正請求書(甲16)をみても,その請求の趣旨は単に「特許第3441182号の明細書を請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを求める」とするものであって,複数の訂正箇所のうち一部の箇所について訂正を求める趣旨を特定して明示しておらず,かつその後も請求人たるXから同様の趣旨の補正が行われたこともない(弁論の全趣旨によりこれを認める)のであるから,本件訂正請求は不可分一体のものであったと解さざるを得ない(ちなみに,Xが本訴提起後の平成18年10月3日になした訂正審判請求である訂正2006-39163号事件及び訂正2006-39164号事件においては,一部訂正である趣旨を明示している。甲20〜23)。
したがって,上記のとおり訂正事項bが訂正の要件に適合しない以上,訂正事項a,c,dについて判断することなく,本件訂正を認めなかった本件審決に,訂正事項a,c,dに関する訂正要件の判断を遺漏した違法があるということはできない。
(3)以上検討したとおり,本件訂正を認めなかった本件決定の判断に誤りはなく,Xの取消事由6の主張は理由がない。
8 結論
以上検討したところによれば,X主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,Xの請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。」