最終更新日; 2007年10月09日

見所の少ない若狭路 [2007/09/21〜23]


一気に和倉まで

自宅 - → 岩国I.C. → 山陽、中国、名神、北陸自動車道 → 金沢西I.C. → 内灘I.C.→ 能登有料道路 → 和倉I.C. → 信行寺

 今回、都合により平日(金曜日)に法事を行う事となり、いつものように前日に一泊してゆっくり和倉に向かう訳には行かなくなってしまいました。 移動に凡そ12時間かかりますので、法事の時間を午後4時にして頂き、岩国を午前4時に出発しました。 大きな渋滞もなく、予定通りに15時半過ぎには和倉温泉に着きましたが、体力的にはやはり厳しいものがありました。
 お寺に着くと、この夏体調を崩されていたご住職が比較的元気に出迎えてくれて、ちょっと一安心です。 本堂とお墓でお経を上げて頂き、精進落としではないですが、色々な話をさせて頂きながら、山海の珍味をお腹一杯ご馳走になりました。

 

金沢駅で解散

和倉温泉 - → 和倉I.C. → 能登有料道路 → 内灘I.C. → 金沢駅

 和倉温泉を出発する前に、ご住職達にご挨拶を済ませると、金沢駅に向かいました。 当初は、親父と妹も若狭に同行する予定だったのですが、急に妹の仕事が入ってしまい、残念ながら金沢駅でお別れです。 今回は、短い時間しか一緒に過ごせなかったので、次回の旅行はゆっくりと過ごせる計画を立てる事を約束し、解散しました。

氣比神宮

金沢駅 - → 金沢西I.C. → 北陸自動車道 → 敦賀I.C. → R8 → 氣比神宮

 途中、北陸自動車道の南条S.A.でお昼を済ませると、敦賀I.C.で北陸道に別れを告げて氣比神宮に向かいました。 カーナビはやっぱり神社の正面に案内してくれて、駐車場を探すのに往生しました。
 氣比神宮は思った以上に大きな神社でした。 町中にある神社にもかかわらず神社の境内は独特の雰囲気で気持ちが洗われます。 ちょうど御朱印帳を使い尽くしそうだったので、買い求めようとしましたが、残念ながら置いていないとの事。 仕方が無いので最後のページに書いて頂きましたが、次のお寺で入手出来るかちょっと心配です。 

氣比神宮
 伊奢沙別命は二千有余年前に境内の聖地(現在の土公)に降臨したと伝えられる。 大陸との門戸が開かれた北陸道の要所にあり、上古より北陸道総鎮守として仰がれていた。仲哀天皇は即位後すぐに当宮に親謁せられ国家の安泰を御祈祷された。三韓征伐の前、神功皇后が武内宿禰・玉妃命とともに当社に祈願し、このとき気比大神が玉妃命に神がかりして皇后の勝利を予言した。 大宝二年(702)、文武天皇の命により社殿を修造し、仲哀天皇、神功皇后、日本武尊、応神天皇、玉姫命、武内宿禰を合祀した。 越前国一宮として隆盛したが、南北朝時代には後醍醐天皇を奉じ金ヶ崎城を築いて奮戦したが利あらず一門ことごとく討ち死にし、また、戦国時代には朝倉氏につき織田信長の北伐を拒んだことから、社領は没収され祭祀は廃絶するに至った。 その後、江戸時代に福井藩祖の結城秀康の保護を受けて再興した。

とっても期待外れ

氣比神宮 - → R27 → 三方五湖レークセンター

 氣比神宮でのお参りを済ませ、三方五湖に向かいます。 敦賀には「清明神社」や「水晶浜」など見たい所も有ったのですが、時間が取れず今回は断念しました。
 15時発の遊覧船に乗る予定で14時半にレークセンターに到着し、何とか間に合わせる事が出来ました。 チケットを買い求め、待合室で待っているとジェット遊覧船が戻って来ました。 ちょうど仙崎港の「シータス」のような感じの船です。 船に乗り込み出発を待っていると、観光バスが到着してアッと云う間に満席となってしまいました。
 遊覧コースは久々子湖から浦見川を抜けて水月湖、菅湖、三方湖の4つの湖を回るものです。 ラムサール条約に登録されているとの事でしたので、もっと湖は綺麗で水鳥も沢山居ると思っていましたが、湖は緑色をしていてあまり綺麗とは云えず、水鳥も季節柄、青鷺位しか見かけませんでした。 パンフレット等では雪景色の綺麗な湖が印刷されているので、冬は水鳥も多く、見栄えがするのでしょうが、この季節はちょっと期待外れでした。
 浦見川を通る時にちょうど青鷺が魚を飲み込む所を見る事が出来、家内はこれでちょっと満足しているようでした。

レークセンターの埠頭
ジェット遊覧船
日向湖への水中トンネルの入口

幻想的な景色の中で

三方五湖レークセンター - → 三方五湖レインボーライン → 梅丈岳

 思いっきり期待外れだった遊覧船を後にし、三方五湖レインボーラインを登って梅丈岳へと向かいます。 この有料道路は福井県の管轄で、\1,000も取られました。 頂上付近にある第一駐車場に着くまでに、数箇所、駐車エリアが有りましたが、雑草が生い茂っており、整備されているとはいえない状況でした。
 第一駐車場から頂上まではリフトかケーブルカーで上がるようになっています。 娘はリフトに乗りたがりましたが、残念ながら6歳以上との制限があり、やむなくケーブルカーで上がる事にしました。 15分置きに運行されているケーブルカーを待っている間、日本海側から吹き上げてくる風が心地よく感じました。
 頂上は梅丈岳山頂公園になっており、めだかの村、五木の園、和合神社、友好の鉦などカップル向けの雰囲気が漂っていました。 山頂公園から西を望むと雲の合間から指した日が海面に反射し、その海面に雲が映し出される幻想的な風景を見ることが出来ました(写真下段の左側参照)。

梅丈岳のリフトとケーブルカー
ケーブルカー
梅丈岳から見る三方五湖
幻想的な若狭湾
天狗堂
和合神社

湖上館PAMCO

梅丈岳 - → 三方五湖レインボーライン → 湖上館PAMCO

 レインボーラインを抜けるとすぐに本日の宿である「湖上館PAMCO」が有りました。 フロントは若いお兄さんで、厨房も比較的若い人達がやっているので、ちょっと大型のペンションといった雰囲気でした。 部屋は和室でしたが、こじんまりとしていていい雰囲気です。

 食事は魚料理ばかりで、肉料理を期待していた我々としてはちょっと期待外れでした。 最初のゆで蟹をなくしても、肉料理をつけて欲しかったと個人的には思いました。 意外にも娘は蟹がお気に入りで、親に剥いてもらった蟹をむさぼり食べていました(これが原因で後でエライ目に合いましたが)。

 お風呂も大浴場ではなく、5〜6人が入れば一杯といったこじんまりとしたものでした。 梅の宿というだけあって、お湯は青梅の入った水槽を経由して湯船溜めており、娘にはとても受けていました。

夕食
 
朝食
湖上館PAMCO全景

蘇洞門巡り

湖上館PAMCO - → R162 → 若狭フィッシャーマンズワーフ

 次の目的地の小浜へ向かいます。 昨日、三方湖の湖上から眺めると湖畔には梅の木が沢山植えられていましたが、湖畔の道を走ると、それが強調されるような気がしました。 所々にお婆さん達が出店を出して、梅干を売っています。 お土産を兼ねて、買い求めようと止めたお店は、珍しくお爺さんが売り子さんでした。

 当初の計画では、三方の常神半島にある御神島の周りを巡る海中グラスボートに乗る予定でしたが、計画を変更して小浜の蘇洞門巡りを行う事にしましたが、若狭フィッシャーマンズワーフに着き、観光船のチケット窓口に行くと残念ながら今日は天候不順のため、外洋の蘇洞門に行くのは無理で小浜湾内の遊覧に変更との事でした。 蘇洞門に行けないのは残念ですが、グラスボートは恐らく中止になっていたでしょうから、その点では賢明な選択だったかもしれません。
 昨日のジェット遊覧船ではつまらなさそうにして居た娘は、波に揺られる今日は興奮気味です。 湾の入口を少し出た所で、波のうねりに伴う船の上下動はピークに達し、それと共に娘もアドレナリンが全開となり、奇声を上げて大興奮でした。

若狭フィッシャーマンズワーフ
 
三ツ岩 

お買い物

若狭フィッシャーマンズワーフ - → R162, R27 → 若狭和紙の家

 観光船を降り、まだお腹が空いていなかったので、買い物を先に済ませる事にしました。 最初の目的地は、和紙を取り扱っている「若狭和紙の家」です。 港から離れ、神社の近くに普通の住宅と変わらない佇まいのお店でした。 娘に千代紙を選ばせると、無地の何の変哲もない、普通の和紙のセットを選びました。 折角の機会なので、柄の付いたものやグラデーションの綺麗なものを進めましたが、頑として受け付けません。 一番上に重なっている和紙の色がオレンジだったので、それが気に入った原因のようでした。 我々はブックカバーや小物を数点求めました。
次に若狭塗りの箸屋「箸匠 せいわ」に向かいました。 駐車場には観光バスが止まっており、案内の係りの方が数人店の前に立っています。 なんとなく嫌な雰囲気がしたのですが、やはり予想通りでした。 和紙やとはうって変わって完全に観光地化されたお店です。 訳もわからず塗り箸を渡され、漆を削って模様を出す実演コーナーに連れて行かれました。 説明を受けている際に、観光バスで来た老人のツアー客がドッと入って来て、もう訳がわかりません。 削り出しもそこそこに娘が迷子にならないように気をつけながら、箸を買い求めました。 もう少し落着いた感じの店を選べば良かったと後悔しました。

若狭和紙の家
箸匠 せいわ

若狭神宮寺

箸匠 せいわ - → 若狭神宮寺

 若狭彦神社では御朱印帳を置いていなさそうだったので、先ずは若狭神宮寺に向かいました。 お寺の入口で拝観料を払うと共に、御朱印帳がないかを尋ねたのですが、ちょうど切らしていてないとの事、残念ながら御朱印は紙に書いて頂きました。
 このお寺は神仏混交のお寺で、遠敷明神をお祀りしています。 また、東大寺の二月堂で有名な「お水取り」の前段の行事である、「お水送り」が行われるお寺です。 ここより更に奥に行った所に、「鵜の瀬」というところが有り、そこまでお水を運んでお水を流すそうですが、時間の関係で「鵜の瀬」まで足を伸ばすことは出来ませんでした。

若狭神宮寺
 この地方を拓き国造りした祖先が、遠敷明神(若狭彦命)で、その発祥地が根来の白石で、都へ近道の起点に良地をえらび、遠敷明神の直孫和朝臣赤麿公が八世紀初め山岳信仰で、紀元前銅鐸をもった先住のナガ族の王を金鈴に表し地主の長尾明神として山上に祀り、その下に神願寺を創建され、翌年勅願寺となったその秋には、起源一世紀頃唐服を着て白馬に乗り影向し、すでに根来白石に祀られていた遠敷明神を神願寺に迎え神仏両道の道場にされた。これが若狭神願寺の起源で鎌倉時代初め若狭彦神社の別当寺となって神宮寺と改称したのである。

若狭彦神社、若狭姫神社

若狭神宮寺 - → 若狭彦神社、若狭姫神社

 神宮寺から少し下った所が若狭彦神社です。 かつては栄華を誇ったであろう名神大社も今はボロボロです。 一部を除くと、どこの「一の宮」もあまり整備されておらず、とても残念に思いました。 帰り際に徒歩で神社巡りをしているらしいリュックサックを担いだおじさんに会いました。 娘が勢い良く参道を駆けて行くのを微笑ましげに見送られていました。

 若狭姫神社は、若狭彦神社に比べれば整備がされており、宮司さんもいらっしゃいます。 参拝を済ませ、御朱印を頂こうと社務所で尋ねたところ予想通り、ここにも御朱印帳は置いておらず、紙に書いて頂きました。 どういう理由かはわかりませんが、御朱印を頂くときに併せてお饅頭も頂いてしまいました(後で開けてみると、「水まんじゅう」で散々探し回った「志保重」の酒饅頭でとても美味しく頂きました)。 娘を連れていると、神社の方から良く物を頂きます。
 社務所の前には昔ながらの手押しポンプがデモ用として置かれており、最初は水を出す事が出来なかった娘が次第にコツを覚え、夢中になって水を出していました。
 参拝を終え移動しようと車に乗り込もうとした時に、若狭彦神社で遭ったリュックサックのおじさんに再会しました。 若狭彦神社から約1.6kmありますが20分位で歩いて来られたようです。 挨拶を交わして別れました。

若狭彦神社
 社伝では、二神は遠敷郡下根来村白石の里に示現したといい、その姿は唐人のようであったという。和銅七年(714年)9月10日に両神が示現した白石の里に上社・若狭彦神社が創建された。翌霊亀元年(715年)9月10日に現在地に遷座した。白石の前鎮座地には、若狭彦神社境外社の白石神社がある。

 下社・若狭姫神社は、養老五年(721年)2月10日に上社より分祀して創建された。延喜式神名帳では「若狭比古神社二座」と書かれており、名神大社に列している。上社が若狭国一宮、下社が二宮とされた。元々は上社が祭祀の中心であったが、室町時代ごろから下社に移った。現在もほとんどの祭事は下社・若狭姫神社で行われており、神職も下社にのみ常駐している。
若狭姫神社

ホッとする洋食屋さん

若狭姫神社 - → レストラン入船

 13時も大分過ぎそろそろお腹が空いてきたので、また、フィッシャーマンズワーフ方面に戻り、お目当ての「レストラン入船」に向かいました。外観はかなりくたびれて居ましたが、中に入ると半分位のテーブルは埋まって居ました。 開いているテーブルもまだ片付けが終わっていませんでしたので、お昼時にはかなり混雑していたのではないかと思います。
 私はお店自慢の「ハンバーグ定食」を家内は娘の事を考えて「オムライス」を注文しました。 お店は老夫婦二人で切り盛りしているようで、オーダーしてから出来上がるまでにかなり時間が掛りました。 「オムライス」は具が大きく、ざく切りで懐かしい味がします。 「ハンバーグ」は二度引きしているらしく、非常に滑らかで口の中に入れると溶けてしまうようでした。 いずれもこの店自慢のデミグラスソースが掛っており、これがまたいい味を出していました。 娘は「ハンバーグ定食」に付いていたコーンスープをほぼ一人で平らげ満足そうでした。
 とても美味しいお店でしたが、後継者が居なさそうなので数年経つと無くなってしまいそうで残念です。

レストラン入船

水まんじゅうを探して

レストラン入船 - → 伊勢屋

 最後に名物の水まんじゅうを買うべく「志保重」に向かったのですが、お店を覗くと商品は殆ど売り切れで有りそうもありません。 パーラーがあるとの事だったので探したのですが見つかりません。 ガイドブックを見ると御食国若狭小浜食文化館で実演をしているとの事だったので、もしかしたら売っているかもしれないとみたびフィッシャーマンズワーフ方面に戻り、御食国若狭小浜食文化館に入りましたが、それらしきものは見つかりませんでした。 代わりに御食国若狭小浜食文化館の横に小浜海産物(株)/お魚工房があり、そこで「焼き鯖寿司」と「へしこ」を買う事が出来ました。 最後にもう一度という事でガイドブックを確認すると伊勢屋というのが有り、ようやくここで「水まんじゅう」を入手する事が出来ました。 実はこの店の前は、4回も通り過ぎていて何故見過ごしてしまったのか不思議な位です。 そういえば最初に店の前を通った時には、人だかりが出来ていて何のお店かなと思った事を思い出しました。

帰途に着いた

伊勢屋 - → R27 → 小浜西I.C. → 舞鶴若狭、中国、山陽自動車道 → 大竹I.C. → 自宅

 若狭での全ての日程を消化し、帰途に着きました。 小浜から自宅までは450km程の距離です。 いつもの琵琶湖の東側(北陸自動車道、名神高速道路)を通るコースよりも、今回のコースの方が短く感じました。 敦賀〜小浜西間の高速道路が完成したら、こちらのコースを使うのが常態化するかも知れません。 途中、中国自動車道のJCTから神戸JCTの間、大阪市内に戻る行楽渋滞に巻き込まれましたが、後は順調に走る事が出来ました。 渋滞に巻き込まれなければ、30分位は早く帰れたと思います。


訪問場所のご案内

名称
内容
住所
電話番号
備考
且O方五湖レークセンター 遊覧船 〒919-1124 福井県三方郡美浜町早瀬1-5 0770-32-1161  
湖上館PAMCO 宿 〒919-1461 福井県三方上中郡若狭町海山64-9-1 0770-47-1727  
若狭湾観光 蘇洞門巡り(遊覧船) 〒917-0081 福井県小浜市川崎1-3-2 0770-52-3113  
若狭和紙の家 和紙 〒917-0241 福井県小浜市遠敷4-406 0770-56-0363  
箸匠 せいわ 越前箸 〒917-0243 福井県小浜市竜前5-13-1 0770-56-0884  
レストラン入船 食事 〒917-0083 福井県小浜市小浜清滝60-1 0770-53-1961  
小浜海産物(株)/お魚工房 海産物 〒917-0081 福井県小浜市川崎2-1-1 0770-52-0001  
伊勢屋 和菓子 〒917-0071 福井県小浜市一番町1-6 0770-52-0766  



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