神戸にて
輝き、燦らめく白亜の塔
滑らかに曲線を描く壁面の合するところ
中空にそそり立つ稜端は、
紺碧の海を行く巨船の舳先を思わせる。
階層は三十を超えて
遥か六甲の山なみと、海を隔てて相対している。
足下には、
林立するビルと緑に包まれた高層住宅を縫って
無人運転の列車が巡り、低層ビルの屋上に
ルーフガーデンプールやテニスコートが見える。
対岸と結ぶのは、赤い鉄橋と幾重にも巡る自動車道
ここは人の技が作り出した海上都市。
海に面した横長の大きな窓には
一枚ガラスが嵌め込まれ、
夜が更けるにつれて、その黒いスクリーンの上を
十六夜の月が斜めにゆっくりと
横切るのを
ソファに座って眺めていた。
朝日を浴びた水平線が靄に霞み
大気が次第に熱せられても
涼しい部屋の鏡には、光る海が映り
白い大きなフェリーが
船腹の太陽のマークも鮮やかに
港を出てゆくのが見えるばかり。
すべてが新しく、快適で
不平をいうことは何一つ無いのに
何か空しく物足りない。
ポートピア、ポートライナー、ポートセンター ·······
ここでは何もかもが作り物
心に触れるものがない。
対岸の旧い町の、
海辺のホテルの窓際で
もう遠くなった日の午後
写真を撮ったね。
あなたは、
パープルのスーツで笑っていた
異人館を見てから
ト−アロードを歩き
中山手通りのレストランや
珈琲店に寄ったね
そして、ミートパイを買い損なって········
あれは、神戸に、地下鉄も
新幹線も無かった頃。
六甲山の南斜面に開けた
洒落て古びた港町の神戸だった頃。
その海岸で新しくて
一番高くて
屋上に展望塔を載せていた、あのホテル
あの頃、輝いていた あのホテルが
どうなってしまったか。
海上都市からの帰途、
旧海岸通りへ曲がったバスの窓から
高いビルと高速道路の後に覗く展望塔を見た。
窓々には白いレースのカーテン
しかし、建物の下部は工事用の囲いに覆われて
壁面に残るニューポートホテルの文字。
あれがもう、
昔々の物語になってしまったことを
この現実が示していても、
僕達の思い出だけは
日々新しく、こんなに変ってしまった
神戸に、また一緒に来ようかと
思ってみる。
1989.8.25
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