Happy!
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ひんやりとした感触が、額に伝わってくる。 (気持ちええなァ・・・) 熱で重い瞼を、ゆっくりと開けた。 額に優しい掌がそっと置かれている。 「・・・ああ・・・和葉か・・・」 「起こしてしもうた? ゴメンな、熱の具合どんなもんやろかと思うて額に触ったんやけど・・・」 「いや、平気や。気持ちよかったしな・・・」 「まだちょっと熱あるみたいやね。冷えピタくん、また貼っとく?」 「ん、頼むわ・・・」 自分の横で冷えピタくんを取り出す和葉の仕草を、ぼーっと眺めていた。 「そやそや、平次にお見舞い持って来たんやった」 冷えピタくんを額に貼りながら、ニッコリと笑顔を向ける。 「見舞いの品?」 「そうや、クラスのみんなからやで」 がさごそと音を立てる紙袋の中から、真っ赤な塊が出てきた。 和葉は立ち上がってそれを広げる。 「どう?」 「・・それ・・・」 「応援団長の衣装やで。一度衣装合わせのときに着たやろ?」 「ああ・・・」 「あとな、パフォーマンス用のも持って来てんで」 今度はピンク色のシャツと赤いパンツが広げられる。 「みんなな、心配しとんねん。これ持ってったら、平次、早よ元気になるんちゃうかって みんな言うて・・・。これ着るんは平次やないとアカンからってみんな思うてるんやで。 せやからこうして持ってきたん」 「・・・・・・」 「調子よくないんやったらあんまり無理せんといて欲しかったりもするんやけど、高校生活 最後の体育祭やし、やっぱりこの衣装を着るんわ平次やないとアカンから・・・」 一枚一枚丁寧にハンガーに衣装をかけながら、和葉は話しつづける。 「あんなァ、平次・・・」 「・・・ん?」 「この応援の方の衣装な、みんなで平次のイメージから作っててん」 「・・・えっ・・・?」 「ホンマは体育祭終わってから話そと思ってたんやけどな。 優勝決めた後にその話聞いたら、平次、嬉し泣きするんやないかってみんなで言うててん。 せやから内緒にしとかなアカンのやったけど、この話聞いたら少しでも元気出るかなって・・・。 そーゆうわけやから、アタシから聞いたってことは秘密やで! バレてたゆーたらみんなに会わせる顔ないわ」 人差し指を唇に当てながら「シーッ」とした顔が、段々霞んでぼやけていった。 (アカン・・・熱のせいで弱気になっとる・・・) 平次の目をギュッと閉じた仕草を見て、和葉は慌てて頬に手をやる。 「ゴメンな、疲れてしもた? 平次具合悪いのに、アタシ話し過ぎたな。ゴメンな」 「イヤ、和葉のせいやないで・・・」 頬に添えられた和葉の掌に、自分の掌を重ねる。 「手もまだ熱いやん。アタシ、今日はもう帰るから、ゆっくり休んでな」 「・・・ああ・・・」 「ほな、また明日、な・・・?」 軽く頬をなぞって、部屋を出て行く。 壁に掛けられた衣装が眩しかった。 翌朝は久しぶりに真っ青な空が広がっていた。 熱はすっかり下がっていた。 まだ本調子とは行かないまでも、昨日とは雲泥の差である。 「平次〜、具合はどうなん?」 様子を見に来た母親の目に、壁に掛けられた衣装を神妙に眺めている息子の姿が映った。 「平次、具合は・・・」 「オカン」 「はい?」 「オカンの言うてたこと、少しわかったわ」 「言うてたこと?」 「オレ、随分と大事にされてたんやな」 「・・・・・・」 「この衣装な、オレやないとアカンのやって、クラスのみんなが言うてくれたらしいんや。 昨日も今日も『具合どんなや』『衣装届いたか』って心配してメールくれてん。 それやのにオレは自分のことしか考えてへんかたわ・・・。体育祭の前日くらい おとなしくしとるか、せめて風邪引かんように気ィつけとくべきやったな・・・」 「そら、よかったやん」 「えっ?」 「それに気ィついただけでも、進歩とちゃうか?」 「・・・・・・」 「今日はもう学校に行けそうか?」 「ああ」 「それやったら早よ仕度して朝ご飯食べや。平次のこと一番心配しとる人が迎えに 来てくれてるんやから」 「・・・そうか・・・」 頬が赤くなったのを隠すかのように、平次は衣装をたたみ出した。 |
ごめんなさーい・・・。 ちょっと青春を書きたかっただけです・・・ちょっと平次に考えてもらいたかっただけです・・・。 こんなどうしようもない展開も、次で終わりです・・・。 |