10.
燃える島
「海の鬼灯が町に!?あいつらは空を駆けてゆく。今から追いかけても間に合わないぞ」
黒馬亭のサラブレッド並の馬でだって、とても追いつきやしない。
海の鬼灯……ガルフ島と同じように、黒馬島まで崩壊させようというのか……
どうしようもない怒りがこみ上げてきて、ゴットフリーは無意識のうちに体が震えてきた。する
と、先程、手放され地面に横たわっていた闇馬刀が彼に呼応するように、かたかたと揺れ出し たのだ。
「黒剣が揺れている……黒馬亭で見たのとまるで同じだ。あれは、やはり闇馬刀!……という
ことは」
また、あいつがやってくる……のか?
焦った様子のタルクを尻目にゴットフリーは不敵に笑う。
「そう、あの黒剣は俺の物だ。そして、あの馬も……」
その言葉が終わらないうちに、遠くから蹄の音が響いてきた。それが、大きく響きだした時―
―
旋風が舞い上がった。
黒馬島の黒い大地……それと同色の黒い馬
ゴットフリーを除く他の者は全員、目の前に現れた巨大な黒馬を唖然と眺めていた。
大地に足を下ろした威風堂々とした姿。
どこか人間を見下しているかにさえ思える黒い瞳。
だが、ゴットフリーは躊躇することもなく、その背に飛び乗った。
「ジャン、この馬で空を駆けれるか?」
一瞬、沈黙するが、ジャンはすぐに笑顔を作った。
「空を駆けるには、その馬には翼がないな。けれども、ゴットフリー、お前は行ってくれ。道は僕
が作る。その黒馬なら天の道を駆けて行ける!」
ジャンの言葉にゴットフリーはにやりと笑うと黒馬の胴を蹴り、炎馬の駆けた方向に走りだし
た。
「ミッシェ、僕の力を制御して。もう、二度とガルフ島の時のような、まずい真似はしたくないか
ら」
ミッシェはジャンの言葉にこくんとうなずくと、タルクの腕を強くひいた。
「少し、かがんで。私を肩にのせて」
ジャンは駆けてゆく黒馬の方向に両の腕を伸ばすと強く拳を握り締めた。
「黒馬島の大地よ。僕の声が聞こえるか?少し、島の形を変えてしまうが、我慢してくれよ」
つぶやくように言った後、ジャンは蒼く輝きだした。
うおおおおおおおおっ!!
およそ、人の声とは思えぬ咆哮。すると、蒼の光はジャンの前方の土を盛り上げだした。そ
れはまっすぐな線となって、黒馬で駆けてゆくゴットフリーを追いかけてゆく。
地鳴りと共に、大地が揺れた。
「タルクっ、しっかり立っていて!絶対、ここを動かないで!」
ミッシェはタルクの両の肩に立ち上がると、珍しく大声で叫んだ。
この揺れの中で、動くなっていわれても……
ミッシェの体重など、タルクにとってはないに等しいものだったが…
何か一言、言ってやろうと思った瞬間、
ゴットフリーを乗せた黒馬が、空を駆けたのだ。
タルクは目の前の信じられない光景に二の句がつげなくなった。
いや、黒馬が飛んだのではなく、黒馬の下の土が空に浮き上がったんだ。あれが、ジャンの言
っていた天の道!
ジャンが立っているちょうど、手前を始点として道ができあがってゆくのだ。黒馬の速度にあわ
せ、先にゆく炎馬を追いながら、それは空中に黒い地層を伸ばしてゆく。
すげえな。空に道を作るなんて……。
だが、ジャンの力の凄まじさに、大地はますます、大きく揺れ出した。何とか、動くまいとこらえ
てみても、タルクの足元には無数の地割れが迫ってきていた。
「ミッシェ、無理だ!早く逃げないと、地の底にひきずりこまれるぞ」
タルクが叫んだ瞬間、ミッシェが白く輝き出した。
「制御するからっ!タルクは目を閉じていて」
タルクの肩の上に立つミッシェは、横に両腕を伸ばすと、瞳を大きく見開いた。すると、ミッシ
ェの体から眩いほどに輝きだしたのだ。ジャンの蒼い光より数段、強い白銀の光。普通の者で は絶対に正視できない輝きが、ザールの花園に広がり、それは、蒼の色をみるみるうちに飲 みこんでゆく。
「ありがとう、ミッシェ。ずいぶん、楽に力が出せるようになったよ」
ジャンはほっと息をついだ。
蒼の光は今は、かすかに余韻を残すのみになっていた。ゴットフリーをのせた黒馬の姿はも
う見えず、彼らが走り去った後には天に架けられた道だけが残されている。
大地はいつの間にか、揺れる事をやめていた。
「……で、隊長は海の鬼灯……炎馬に追いつけそうなのか?」
やっともどってきた視力に、目をこすりながらタルクが言う。
「大丈夫。あの黒馬はこの島の御神体だから、島の平和を乱す者を絶対に許しはしない」
「御神体?あの萬屋のサームが黒馬亭で言っていた話と少し違うな。確か、寺の坊主が天窓
を閉めるのを忘れて、そのせいで闇馬刀が黒馬島に仇をなしたと言っていた。その時、御神体 の炎馬が現れて島を焼き尽くした……待てよ。その炎馬ってまさか?」
海の鬼灯か……ということは、島を焼き尽くしたというのは、闇馬刀のせいではなく……あの
紅の灯だったのか。
「さっき、黒馬を見た瞬間、僕にはわかった。あれが邪悪であるわけがない。あの馬こそが、海
の鬼灯から黒馬島を守る為に現れた本当の御神体だったんだよ」
まだ、合点がいかない様子のタルクにジャンが言う。
「僕たちも、早く町へ行こう!黒馬島に巣食っていた海の鬼灯が、町の方向へ集結しだしたぞ」
ジャンが作った地割れから、おびただしい数の紅の灯が、湧き上がっていた。
紅い葬列……ガルフ島での日食の日、火の玉山に集まった邪悪の灯と同じ。
「俺たちも天の道を通ってゆくのか?」
おっかなびっくり尋ねてくるタルクに、ジャンは笑う。
「僕たちの馬が、あの道を通っても転落するのは目に見えている。だから、急ぐんだ!海の鬼
灯とゴットフリーの戦いに、町にいる天喜たちが巻き込まれるぞ」
突然の揺れに驚いて、黒馬亭を飛び出した天喜は、唖然と空を見上げた。
「空が燃えている……炎が夜空に沸きあがっている」
背筋にぞっと震えがきた。空を占拠している紅は、おぞましい血の色をしていた。そして、そ
の間をぬって炎の馬が空を駆けて来るのだ。
「や、やっぱり、闇馬刀を天窓から出した罰が下ったんだ!天喜、早く逃げるんだ。炎馬の炎
が町を焼け尽くすぞ」
おびえた声をあげたサームは、天喜をおいて町と反対の方向に走りだす。
「待って!叔父さん、私も連れてって!」
呼んでもサームに振りかえる余裕はない。
「無駄だよ。天喜、サーム叔父さんに頼ろうなんて」
後ろから聞こえてきた妙に落ちついた声。
「伐折羅……」
「でも、本当にあの炎は、町を焼き尽くしてしまいそうだね」
「早く、逃げましょう。ここにいては危ない!」
臆病で怖がり屋の弟は、私が守らなきゃならないんだわ。天喜は不安ではちきれそうな心を
無理やりに勇気づけて、伐折羅の手をとった。だが、
「天喜は逃げて。大丈夫。あいつら、全部始末してやる。黒馬島に手は出させない」
「な、何言ってるの?伐折羅……」
伐折羅の言葉に、天喜は自分の耳を疑った。空を見上げて笑みさえ浮かべている伐折羅
は、天喜が知っている弟とはまるで違っていた。
本当に伐折羅なの?
「なるべく、町から離れていて。海岸へ行くといい。暗くても我慢するんだよ。闇が天喜を隠して
くれるから」
「闇……嫌よ、闇は私を飲みこもうとしたのよ」
天喜は、そう言った後、はっと空を見上げた。黒い影が舞い降りてくる。
あれは、伐折羅の黒い鳥……
「違うよ。闇は黒馬島を守っているんだ。昔から、ずっと。ただ、あの紅い灯に惑わされてしまっ
た。僕が乗った機関車が暴走したのも、そのせいだったんだよ」
「わからない。伐折羅の言ってる事が全然、わからないわ」
その時、また、大地が激しく揺れ出した。その時、炎馬の後方に現われた黒い塊に町の住民
たちが悲鳴を上げた。
「道だ!黒馬島の大地が長く伸びて……しかも、炎馬を追いかけてる!」
炎馬の炎はついに町を焦がし始めた。燃え上がる家々の屋根が空の紅い灯と溶け合って、
町は紅一色に染まってゆく。
「あいつらを奈落の底までおとしてやるんだ。地獄よりもっと深くて暗い場所に突き落して」
伐折羅の声に呼応するように、黒い鳥が大きく羽を膨らませた。伐折羅の黒い鳥……機関
車が暴走した時に闇をからめとって現われた、あの巨大な鳥。
伐折羅が黒い鳥に飛び乗るのを、天喜は呆然と眺めていたが、
「天喜、早く逃げろ!海岸だ。後で必ず迎えにゆくから」
その声には逆らう事ができなかった。半ば追いたてられるように天喜は駆け出した。
海岸へ……海岸へ。暗くても私はおびえない。闇が守ってくれる……でも、伐折羅は……。
駆けながら、見上げた空には、炎馬を追う黒い大地が天の道を作りあげていた。天喜はその
先端に黒い馬を見つけた時、我慢していた涙がどっとあふれだしてきた。
ゴットフリー!黒馬に乗っているのは……彼だ。
あの人がいれば……きっと免れる……この邪悪な紅の炎から…私もそして、伐折羅も!
海岸までの道には明かりは一つも無い。天喜は聞こえてくる波の音と勘だけをたよりに走り
続けていた。
波の音が一際高くなった時、
蒼い光が見える……
岩場に薄く輝く光を天喜は、目をこらして見つめた。すると、人のような形がおぼろげに浮か
んできたのだ。
「誰かそこにいるの?」
突然、かけられた声に蒼い影は驚いたように振り返った。
「それは、こちらが言いたい台詞です。こんな暗い中で一体何を……」
近づいてくる影の輪郭がはっきりと現われた時、天喜ははっと息を呑んだ。緑の髪が海風に
揺れていた。顔色はひどく青白いが、それは端正な顔立ちを更にひきたてているように思え た。BW……レインボーヘブンの紺碧の海。
「ああ、あの紅の灯におびえて、海岸までやってきたんですね。それにしても……」
BWは、天喜の頬にそっと手を伸ばすと、おやと表情を変えた。
「お嬢さん、美しいお嬢さん……こんなところであなたに会えるなんて、思いもしませんでした。
レインボーヘブンの欠片……空……けれども、おかしいですね。あなたは完全な人間で、しか も蒼天の輝きしか持ち合わせていない」
「レインボーヘブンの空?レインボーヘブンってあの伝説の島の?」
「そう。蒼天の輝きと星夜の深遠さを兼ね持った、この世で一番美しい空です」
「レインボーへブンの話は、お母さんからよく聞かされたわ。その島は500年も前に海に沈ん
だって。でも、虹の向こうに、必ずその島は蘇ると」
そういえば、タルクとジャンもレインボーへブンの話をよくしていた。何で彼らまで伝説の島の話
をしてるんだろうと、私は不思議に思っていた……。
「虹の向こう!あなたのお母さんが、その虹を見たのですか?」
「お母さんはいつも、空を指差して……いつか至福の島に私たちを連れていってくれるって。で
も、私と伐折羅には何も見えなくて。私は御伽話だと思って、半分も本気にしていなかった」
「あなたにお父さんは……いるんですよね?」
「西の山で死んだわ……でも、何でそんな事を聞くの?」
「……いや、ちょっと気になって。でも、もう一つ聞かせて下さい?伐折羅っていうのは、誰なん
です?」
「伐折羅は私の双子の弟よ……」
そう言ったとたん、天喜の目から大粒の涙が流れ出した。
「私の弟が、黒い鳥に乗って行ってしまったの。あの紅の灯を始末するって……あの子を助け
て!そんな事、伐折羅にできるはずがないのに」
見も知らずのBWに、何故、こんな事を言ってしまうのだろう。だが、BWの瞳には、優しさと
共に計り知れない力を感じた。天喜は、彼に懇願せずにはいられなかったのだ。
そんな事もあるものなのか。
BWは不思議な面持ちで再び天喜の顔に目をやった。
この娘は、レインボーヘブンの欠片……空……と人間の間に生まれた子供なんだ。
「お嬢さん、あなたの名前は?」
「天喜」
「天喜、そして、弟が伐折羅……。多分、その名はあなたのお母さんがつけたものです。レイン
ボーヘブンの蒼天の喜びと……深遠なる夜を守る夜叉王……あなたたちは、二人で一つなの ですよ。空に昼と夜の二つの顔があるように、天喜と伐折羅はレインボーヘブンの空の血を二 つに分けて引き継いでいる。ただ……」
この娘は確かに、人間だ。多分、伐折羅もそう。それにしても、天喜と伐折羅の母……レイン
ボーヘブンの欠片、空……は一体、何処へ行ってしまったのだろう?
その時、爆音のような大音響が海鳴りの音を打ち消した。海岸の闇でさえも、一瞬、紅く染ま
り、町の上空から夜の色は消えうせていた。
「怖い。あの紅の灯はまるで黒馬島を憎んでいるよう」
BWは、紅の光におびえる天喜を包みこむように、その肩を抱いた。
「あの紅の灯……海の鬼灯は人の怖れや憎しみを吸い取って大きくなってゆくのです。だか
ら、怯えないで。強い心を持つ者にあの灯は打ち勝つ術を知らない」
「何なんだ?この馬は、ちっとも速く走らないじゃないか!サラブレッドまがいはどこへいっち
まったんだ」
「仕方ないよ。二人も乗せているんだから。おまけに一人は大入道のタルクだろ」
ジャンはタルクの背につかまり、苦い笑いをもらした。それにしても……霧花の奴、
あいつが心配でたまらないってか?!僕たちをおいて、ゴットフリーについていったな。
「とにかく急ごう!町が燃え尽きる前になんとか火をとめるんだ」
「ミッシェはどうした?」
「ザールの面倒を見させてる。相当、イカレちまってたから」
タルクはザールの名を聞いてあからさまに嫌な顔をした。畜生!と口の中でつぶやくと、当り
散らすように馬の腹に蹴りを入れる。
「あんな奴、放っとけばいいのに!」
「そうもいかないだろ。奴にはまだ、聞きたい事が山ほどあるんだ」
空の紅はますます濃さを増してゆく。空からこぼれ落ちた海の鬼灯は炎となって町を焦が
す。ジャンとタルクが町にたどり着いた時には、居住地の半分がすでに炎の海と化していた。
なす術もなく、ただ、逃げ惑う住民たち。
「ジャン、このままだと、町は燃え尽きてしまうぞ!」
タルクの言葉にジャンは絶句する。
だが、その時、
「この火災にまぎれて、金目の物を集めてしまおうぜ」
燃える家々の影に黒い影が見える。30人ほどだろうか。おびえる様子もなくせっせと動き回
っている。
誰だ?こいつら……。
ジャンが、気をそちらへ向けた時、
急に辺りが暗くなった。そして、男たちがいる一角だけが闇に覆われた。
そして、闇の中から聞こえてきた燐と響き渡る声、
「西の山の盗賊……町の人の財産に手をつけるのは、掟破りじゃなかったのか?」
ぎょっと、呼ばれた男たちは声の方向に目をむけた。
少年が一人、闇の中に立っていた。夜が化身したかと思うほどの漆黒の髪と瞳。だが、その
瞳は静かながらも、背筋をぞくりとさせる光を帯びている。
「お前、伐折羅……たしかお頭の双子の子供の片割れだな」
盗賊の一人が言った。
「そうだよ。お前が殺したぼくの父は、西の盗賊の頭だった」
伐折羅?あれは伐折羅なのか?!
タルクは信じられない眼差しで彼を見た。タルクの知っている伐折羅は、儚げでいつも怯えて
いる……天喜の後ろが定位置のような少年なのだ。
「僕が知らないとでも、思っていたの?僕は……本当の伐折羅はね、いつもお前たちを闇の中
から眺めていたんだ」
伐折羅の背後の闇がゆらりと揺れた時、盗賊たちはごくりと生唾呑みこんだ。……てっきり、
闇だと思いこんでいた黒い靄。だが、それは、巨大な黒い鳥だったのだ。
「お、俺たちは口が裂けても家族には言うなといわれていた。だから、黙ってやってたんだ。だ
が、ザールの奴がしゃしゃり出てきて……」
「ふん。何を今更。ザールにそそのかされて、お前たちは父さんに手をかけた。大方、そのうち
ザールも始末して、黒馬島で好き勝手をしようと思っていたんだろ」
伐折羅の後ろで黒い鳥が大きく翼を広げた。盗賊たちは、びくりと後ろにあとずさった。
「か、頭……お、お前の父親が悪いんだ。古より西の盗賊は黒馬島を守りながら生きてきた…
…そんな掟を頑なに守り続けて……時代遅れなんだよ!盗賊は盗賊だ!自分たちがよけり ゃ、それでいい。だから、殺してやったんだ!それに、どだい、無理な話だったんだ。時には人 を殺すのも厭わない盗賊の頭が、それを隠して普通の家庭を持とうだなんて」
「父さんは、母さんを……僕たちを本当に愛してくれていた。人殺しも盗みも黒馬島を守るため
にやっていた。だから、僕も殻をかぶって何も知らないもう一人の伐折羅の中にいたのに… …」
あまりの伐折羅の変わりように、タルクはたまりかね、ジャンの腕を強く引っ張った。
「あいつは本当に伐折羅なのか?それに、伐折羅と天喜の父親が西の盗賊の頭?」
「父親の事は知らなかったが……あれは……あの伐折羅は夜叉王だ。成熟した夜は時にああ
いう者を生み出すんだ。七億の夜叉……闇の戦士をひきつれた夜の守り手を」
「夜の守り手?それって何だ……」
「ゴットフリーの黒馬と同じく、己の島を守るために現われた、まあ、警護隊のようなものだよ。
多分、海の鬼灯の出現が彼を呼び起こしたんだ」
そして、それよりも強くゴットフリーに引き寄せられて……。
「海の鬼灯と戦うために、夜叉王は現れたわけか?なら、あの黒馬と同じじゃないか。伐折羅
がゴットフリーになついた理由が今、わかったよ。なら、夜叉王……伐折羅は俺たちの味方な んだな」
だが、タルクの言葉に、ジャンは首を縦には振らなかった。
「黒馬は正当な島の御神体だが、夜叉王は流血と殺戮を好んでやる。黒馬島を守るという目
的は同じでも、黒馬と夜叉王は、その性質がかけ離れて違う」
だからか……ジャンはようやく合点がいった。レストランで蝙蝠を狩った、ゴットフリーの無慈悲
な奇行は、もともと闇の王の資質を持ったゴットフリーが、夜叉王、伐折羅に触発されての事 か。
「海の鬼灯も夜叉王も根本は破壊者だ。ただ、守りたいか守りたくないか……夜叉王と僕らの
繋がりを探すとしたら、それは、島と住民を守りたいというその一点だけなんだよ」
西の盗賊はそれぞれに武器をかまえ、伐折羅をかこみながら襲いかかる期を伺っている。し
かし、伐折羅は黒い鳥にもたれ、笑みさえ浮かべながら彼らを涼しげな目で眺めている。
「いや、それは違うと思うぞ」
タルクが言った。
「伐折羅と俺たちの共通点は島を守りたい事だけじゃない……いや、それどころか、海の鬼灯
にも、レインボーへブンの女神アイアリスにも、すべてに通ずる共通点がまだ、あるんだ」
「……」
「俺たちは、すべてゴットフリーに魅かれている。そして、自分たちの王にすべく、彼を求めてい
る。俺はわからなくなってきたよ。闇の王、夜叉王、レインボーへブンの王……ゴットフリーの 本性は一体、どれなんだ?」
ジャンが口を開こうとした、その時、
「伐折羅!お前も死んで父親の所へ行ってしまえっ!!」
西の盗賊たちが、一斉に伐折羅に襲いかかった。
それは、一瞬の攻防
盗賊の先頭を切った男の首が、ころんと地面に転がっていった。
「馬鹿をやっていないで、僕の言うことを聞いてよ」
闇の中で、伐折羅は透き通るような笑顔を見せた。
闇が、男を瞬殺した!?盗賊たちはわけのわからぬ奇声を発して、後ずさった。
「死にたくはないんだろう?このままでは、今燃えている火は町全体に広がってしまう。だから、
お前たちは破壊するんだ。この一角の家々をすべて!」
「ま、町を壊すって……な、何で?お前は町を守りたいんじゃ……」
不可思議な伐折羅の言葉に盗賊たちは動揺していた。
「本当に頭が悪い連中だな。数珠つなぎの家々をそのままにして置いたら、火は燃え広がるば
かりだろ?だから、壊せ!粉々に。燃える材料がなくなれば、炎は消える」
まだ、動き出さない盗賊たちに伐折羅がいらつき始めた時、
「伐折羅のいう通りだ。ただし、壊すのは今、燃えている家だけだ。住民がいたら、逃がしてや
れ。そして、まかりまちがっても無事な家に手をかけたり、盗みを働いたりするんじゃないっ!」
目の前に現れた巨漢に、盗賊たちはぎょっと目をみはる。
「わかったら、さっさと行けっ!!」
タルクの大声に度肝を抜かれて、盗賊たちは大慌てで作業をし始めた。
「そうだ、破壊しろ!この一角が燃えてしまっても、黒馬島は守られる。だから、遠慮なんかい
らない。壊して、壊して、壊しまくれ」
伐折羅は、すうっと夜の空気を吸い込んだ。きな臭いこげた香が胸いっぱいに広がってくる。
甘美だった。だが、心は半分も満たされてはいない……だって、黒馬島の空にはびこる、海の 鬼灯をまだ、始末していない。
「ジャン!タルクの後にいるんだろ?」
黒い鳥に飛び乗りながら、伐折羅はジャンを呼んだ。
「伐折羅……お前」
「海の鬼灯は僕が片付ける。知ってるよ。ジャンはあれに手が出せないんだろう?それで、よ
く、あの人と一緒に旅ができるね」
「……」
「ジャンはゴットフリーにはふさわしくないよ。だって、あの人には闇を支配できるだけの技量が
ある。黒馬が彼を背にのせたのを見ただろう?御神体が認めたって事は黒馬島を統べる者で ある証なんだ。この島は僕が率いる戦士たち……闇によって守られている。ゴットフリーから離 れてくれ。これからは、僕が彼のそばにいる。ゴットフリーと僕でこの黒馬島を守ってゆく」
「勝手な事を言うな!御神体が認めたからって、ゴットフリーが黒馬島を統べる必要が何処に
ある?彼はレインボーへブンの王になる男だ。そのために、僕は……僕らは虹の道標を追っ ているんだ」
「レインボーへブン……お母さんがいつも話してくれた至福の島か。だが、ゴットフリーがその
王だなどと、決めたのは誰だ!」
ジャンは、言葉を失った。
それを決めたのは……アイアリス……レインボーへブンの守護神だ。黒馬島の御神体がゴ
ットフリーを認めた事とそれは、寸分の違いもない。
「ほら、見てみろ。答えられない。ジャンは普通の人間じゃないな。お前と海の会話を聞いてい
たぞ。レインボーへブンの欠片……あの島が海に沈んだ時にばらばらに飛び散ったという、そ の欠片の一つなんだろう?お前だって、海の鬼灯と変わらない……ゴットフリーを無理に引き 込もうとしているバケモノみたいなものじゃないか」
「それは、違うぞ!!」
その野太い声が響いてきた時、伐折羅の勝ち誇った表情が一瞬、崩れた。
「ゴットフリーは、隊長は……レインボーへブンを探しているんだ。ガルフ島に残してきた人々を
至福の島に導く為に!レインボーへブンの王だかなんかは知らんが、彼が一番、求めている のは、闇の王でも黒馬島の統治者でもなく、平和な島、至福の島、レインボーへブンなんだ!」
ちょっと、政治家の選挙演説みたくなってしまったと、タルクは苦い笑いをもらす。その様子を
見て、ジャンは破顔した。
「そうだ。運命を決めたのは守護神アイアリスだが、レインボーへブンへの虹の道標はゴットフ
リーの意思で示された。僕ら……レインボーへブンの欠片たちが、彼を招いたわけじゃない。 至福の島を探すため、ゴットフリーに、僕らが率いられているんだ」
ちっ、と舌をならすと、伐折羅は黒い鳥を空に飛立たせた。
「好きに言ってろ。これから、僕はゴットフリーの元にゆく。安心して、海の鬼灯は僕と彼とで封
殺してやるから。ゴットフリーは必ず、僕を選ぶ。役に立たないジャンは、そこでゆっくり見物で もしていなよ」
黒馬島の上空はますます赤みを帯びていった。見上げると、ジャンの作り出した天の道は、
まだ先端を伸ばし続けている。空一杯に広がった海の鬼灯は、燃え盛る炎馬が駆けるほどに その数を増している。そして、その後ろを追う黒馬。更に後方には伐折羅の黒い鳥。黒馬の背 にゴットフリーの姿を観止めた時、ジャンは泣きたいような気分になった。
僕はゴットフリーに何もしてやれない……
だが、ジャンの横に立つタルクは、力強い口調でこう言った。
「選ぶも選ばないも、ゴットフリーには、ジャン、お前が必要だと思うよ。隊長が闇の王になりか
けた時、お前はその声を聞いたんだろう?」
ジャンは、タルクの言葉にはっと表情を変える。
「ゴットフリーは、僕を……、僕を探していたんだ。たしか、そう……あの声は、こう聞こえた」
……ジャン、お前、何処にいる?
「ジャン、お前、何処にいる?」
タルクは、破顔すると、ジャンの肩をぽんとたたいた。
「ほら、見ろ。最悪の場面で、ゴットフリーが思い出したのは、伐折羅でも海の鬼灯でも……俺
でもなく……ジャン、お前だったんだよ!」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |