13.
ココを乗せたロープウェイは矢のように火の玉山を下って行く。あたりはほとんどが闇につつま
れ、周囲の怪しげな変化に驚いてねぐらに帰る鳥達が、ココの横をかすめて通る。これほどの 速度でも、ココは荷車から決して振り落とされる事はない。
「まるで、誰かが支えてくれてるよう……」
ココは不思議だった。
しかし、太陽が完全に月の影に入った時……ココはおぞましい光景に身を震わせた。
闇の中から紅い灯が来る……あれは……海の鬼灯!
海の鬼灯は一団をなして、火の玉山の頂向かって飛んで言った。見つかりませんように……
ココは、振るえながら荷車の中に身を隠した。だが、海の鬼灯の一団がいきなり大小の二つの 塊に分かれたのだ。大きい塊は頂へ、そして小さい塊は……ココに向けてまっすぐに!
「ジャン、助けて!」
ココがそう叫ぶや否や、その真紅の光によって荷車はロープから切断された。空に放りださ
れたココは、闇の中をばたばたと泳ぐように落ちて行く。下には大きな口を開くように海の鬼灯 が広がって、ココを食いちぎる瞬間を待ち構えていた。
こんな所で死にたくない!ジャン……そして、ミッシェにも、もう一度会いたい!
ココは万事休すと目を閉じた。しかし……ココは次の瞬間、上にふわりと舞い上がっていた。
あれ……私、まさか……飛んでる?
ココは柔らかな感覚にそっと目をあけた。闇の中、はるか上空の黒い太陽に、頂へ向けて飛
んでゆく海の鬼灯が紅い帯をかけている。
「大きい方は火の玉山の頂へ行ったのね。ジャンとゴットフリー……心配だわ」
ココの頭の上で聞き知った声がする。ココは、自分を支えて飛んでいる声の主を見て目をみ
はった。
「霧花!」
霧花はココを抱きかかえると、闇の中を飛んでいた。海の鬼灯は霧花が作り出した見えない
壁に遮られ、ココに近づく事ができなかった。
「私は夜の風。だから、太陽がある場所では姿も見えないし、力もだせないの。今は日食。この
闇がある時間だけ、ココを連れて飛んでゆける」
「夜の風って、霧花、霧花はもしかして……欠片?レインボーヘブンの欠片?!」
霧花は無言でにこりと笑った。
「さあ、今のうちにサライ村へもどりましょう!」
火の玉山では、ジャン、ゴットフリー、海の鬼灯との壮絶な戦いが始まっていた。
「くそっ、あと少しで頂だというのに!」
ゴットフリーは、足元に積み上がった数え切れないほどの鼠の死骸を見つめて舌を打った。
「こいつら、死ぬと鼠に変わる。だが、紅い灯だけは、また、再生して襲ってきやがる」
それを切るとまた鼠の死骸だけが残る……これでは切りがない。
ゴットフリーは苦々しく口を歪めると、後ろに倒れているジャンの方へ目を向けた。
ジャンは、次々に襲いかかってくる海の鬼灯を避け切れず、地面にたたきつけられるがまま
にされていた。
「不思議な奴だな。大テーブルを引き裂く程の力を持つというのに……海の鬼灯はやはり、苦
手か?」
フレアおばさんの店でも、ジャンは海の鬼灯に手も足も出なかったのだ。ジャンは、激しく息
をきらしながら、ゴットフリーを見上げた。
「お前だって……人の事をいえた柄か」
ぽたぽたと、ゴットフリーの体のあちらこちらから血がしたたり落ちていた。海の鬼灯を切った
分だけ傷が増える。その傷をえぐるように、また、海の鬼灯が刃のように飛んでくる。そして、 火の玉山の下からはまた、新たな海の鬼灯が頂向けて舞い上がってきていた。
「ゴットフリー!」
がくんとジャンの横に膝をついたゴットフリーを見遣って、ジャンは顔をしかめた。
僕は多少の事は平気だが、こいつは、これ以上血を流すとまずい……
だが、ジャンは手足に錠をかけられたように体が動かなかった。海の鬼灯に攻撃はできない
……そう心で思った瞬間、ジャンははっと顔をあげゴットフリーの腕をつかんだ。
「ゴットフリー、さがってろ!」
ジャンの体が蒼く燃えた。ジャンとゴットフリーの周りだけに円を描くような風が舞い上がる。
そして、瓦礫と共に辺りにあった鼠の死骸が吹き飛ばされ、風が描いた円から土塊が、徐々に 盛りあがってきた。
「攻撃でなく防御なら出来る!」
土塊は、ジャンとゴットフリーを守る土の壁となって二人の周りを囲いだした。ちょうど土管を
縦にしたような頑丈な土の円筒。それは、海の鬼灯達の体当たりをも跳ね返す十分な強度を もっていた。
ジャンは空に開いた円筒の上を見上げて、ほっと息をついた。海の鬼灯達はジャンとゴットフ
リーを探しながら闇をしきりに行き来している。
「良かった。奴等は視界から消えた者を見つける能力はないようだ」
ジャンは、隣で憮然とした表情で座りこんでいるゴットフリーを見て笑った。
「ちょっと、目をつぶってろ」
そういうと、ジャンはゴットフリーの額に右手を当てた。熱気がゴットフリーの体を突き抜ける。
そして、ゴットフリーの傷はみるみる消えていった。
「お、お前はいったい……いったい、何者なんだ……?」
驚くゴットフリーを見つめて、ジャンは笑った。
「自然の恩恵を受ける者……かな。それよりも、これからどうする?いっその事、日食が終わ
るまでここにいるか。日食が終われば邪気達は火の玉山から去るのだろう?」
「馬鹿な!それではここまで来た意味がない!」
咎めるようにいうと、ゴットフリーはジャンときりと睨みつけた。
「日食が終わる一瞬だけなんだ。レインボーヘブンへの道標を知る事ができるのは。その一瞬
が訪れる前になんとしても火の玉山の頂に行かなくては!」
外では海の鬼灯がジャンが作った石の壁に何度も体当たりをくらわしていた。海の鬼灯はジ
ャン達だけでは飽き足らず、他から火の玉山に集まってきた邪気達をも食らって、その数を増 やしているようだった。
「ゴットフリー、お前は、レインボーヘブンを探してどうするつもりだ?ガルフ島の替わりにしよう
とでも思っているのか」
ジャンの問いにゴットフリーは、上目使いにジャンを睨み付けた。
「……ガルフ島はもうすぐ水に沈む。俺はその日が来る前にレインボーヘブンを探し、ガルフ
島の住民を彼の地に移住させるつもりだ。お前も別の目的でレインボーヘブンを探しているよ うだが、これだけは人には譲らない」
ジャンは厳しい表情でゴットフリーに言葉を返す。
「僕もレインボーヘブンを探している。僕はサライ村の住民をレインボーヘブンに連れてゆかね
ばならない。お前は知っているのか?レインボーヘブンはその住民だけの物。そして、サライ 村の住民こそがその末裔である事を」
ジャンの言葉にゴットフリーは動じる様子もなく言った。
「アイアリスの伝説か?俺がレインボーヘブンへの真の道標を探す手立てを知ったのも、水蓮
が図書室で見つけてきた、あの本を読んだからだ。……ならば、俺はサライの人間も連れてゆ く」
「お前、本気なのか?今のように奴隷として使う事はこの僕が許さないぞ!」
ジャンの言葉にゴットフリーは声をあげて笑った。
「誰がそんな事を言った?俺はレインボーヘブンへ行く民を選別などはしない。その意志があ
る者すべてを連れて行く。もちろん、人々を統率する人間、そして、法律は必要だ。だが、連れ てゆく人間を最初から身分付けるつもりはない。なぜなら、それは誰かが行わなくても、自然に そうなるものだからだ」
「どういうことだ?」
「志のある者は人の上に立ち、安穏を願うものはそれなりの暮らしを選ぶ。闘争を好む者は、
盗みを働き、人を殺す。それらは人が生きてゆく過程で必ず現れてくるものなんだ。悪と善の 混交。そして、その対立があってこそ、人は考え向上して行く。自分の暮らしを守るために。そ れが国の形というものだ」
「では、盗賊が国を執れば国民はどうなる?」
ゴットフリーは、破顔して言った。
「それはそれで、活気があっていいがな、しかし、俺はそんな国を作る気はない」
ジャンはゴットフリーが水蓮から聞いた言葉を覚えていた。
「もともと、この世界に善悪の区別などない。それを善にするか悪にするかは人の心次第。そ
の心を正しい方向へ導くことこそが、上に立つ者の役目……か?」
そして、ゴットフリー、お前がその人々の上に立つ者……レインボーヘブンの王になるという
のか?
ジャンは、それを自然に受け入れようとしている自分が不思議でならなかった。
僕にはゴットフリーの心がわかる。……同調(シンクロ)している。僕とゴットフリーが……
その時だった。上空の黒い太陽の片隅からきらりと光があふれ出したのだ。
「まずい、太陽が現れだした。日食が終わるぞ!」
ゴットフリーは、唇とかみ締めるとジャンが背中に背負った剣に目をやった。白銀の剣、三連
の蓮の華が咲く……
「仕方ない!ジャン、その剣を貸せ!」
ゴットフリーは、ジャンの背から剣をもぎとるように自分の手にとった。
「ゴットフリー、何をするっ!」
ジャンが驚く間もなく、みるみるうちに、白銀の剣は黒剣に色を変えてゆく。辺りの空気をも灰
色を変えながら。
「壁をどけろ。頂へ行くぞ!」
「しかし……」
あの剣は黒剣のままでは意味がないと、霧花はいっていた。ジャンは当惑した。
「何をしている。早くしないと日食が終わってしまうぞ!」
かすかに陽光を受けたゴットフリーの髪がまた紅く変わり出した。その色がジャンの心を引き
つける。
黒剣をかざすゴットフリーに逆らう事はできなかった。ジャンが土の壁に手をかざすと壁はみ
るみる足元の土壌に吸い込まれ、消えていった。すると、視界に現れる無数の海の鬼灯が我 見つけたりと一斉に、ジャンとゴットフリーに襲いかかってきた。
だが……ゴットフリーが手にした黒剣を空にかざしたその瞬間、海の鬼灯達はしゅんとおとなし
く地面にひふれした。
「この黒剣……まるで魔剣のように邪気をおさえる……」
ゴットフリーは、傍にいるジャンの方を見て不敵に笑った。闇が白みだした。上空の太陽はも
う半分ほど顔を出していた。
「行くぞ。この剣をもっているかぎり、あいつらは俺達を襲ってはこないだろう」
ゴットフリーは、ジャンの方を見遣ると頂へ向けて駆け出した。ジャンもその後に続く。
「いったいその剣をどうするんだ。ゴットフリー?」
ジャンはとまどいながら、背後を振り返った。ゴットフリーの黒剣を見て地面に落ちた海の鬼
灯は、きれいに一列をなしてゴットフリーとジャンの後をついてくる。丁度、紅い灯を携えた葬列 のように、それらはぞろぞろと二人を確実に追ってくる。
「太陽が月の影から完全に出た瞬間、陽の欠片が一つ火の玉山の頂に落ちてくる、その落ち
た場所にこの剣を刺すんだ。その時、レインボーヘブンへの真の道標が現れる」
ゴットフリーは、手にした黒剣を見て、苦笑いをした。
「ただし、この黒剣ではだめだ。陽の欠片が見えたその瞬間、俺はお前にこの剣を手渡す。剣
が白銀に替わったらお前は、すかさずその白銀の剣を欠片が落ちた場所に刺せ!タイミング が少し、ずれたら、俺達は後ろに控えて俺達をねらっているあいつ等に八つ裂きにされるぞ」
ジャンは振り返って、後ろに続いている海の鬼灯を睨めつけた。……紅い葬列……ジャンは
口の中でそうつぶやくと、きりとゴットフリーを見遣った。
「わかった!」
ジャンは深くうなづいた。
まるで、鳥になったみたい……
ココは自分が飛んでいる事が信じられなかった。黒い太陽は少しずつ月の影から姿を現わし
始めている。
サライ村で眺めていた鳥達も自分と同じ気持ちで空を飛んでいたののだろうか?上空から見
下ろした薄闇のガルフ島は美しかった。だが、切り取られた北東部の海岸はそれとは裏腹に 痛々しかった。
本当にここを出てサライの住民は幸せの地をみつけられるのかしら?様々な疑問がココの
心にわいてくる。
ココを支えながら、サライ村の東海岸まで飛んできた霧花は、海岸に止められていた中型の
帆船を指差した。
「あの岩場の陰に船が見える。あれがサライ村の船。あの船の近くでココを降ろすから、ココは
迷わず船に乗りなさい」
「でも……ジャンは本当に私を迎えに来れる?行くあてもわからないサライ村の船をジャンは、
どうやって見つけようというの?」
霧花は、優しく微笑んで言った。
「ミッシェがいるわ。ミッシェがいれば、ジャンはどんなに離れていても、ココのいる場所を知る
ことができる」
ココは、はっとジャンの言葉を思い出した。
ミッシェはココの気持ちがわかるんだ……そうだ。ジャンはミッシェは私に同調(シンクロ)した
って言ってた。しかし、ココの心をふっと不安がよぎった。
まさか、ジャンはサライ村の住民の居場所を知るために私を一緒に行かせたのでは……
だが、下に見えてきたサライ村の居住区の蓮池を見た時、ココの不安は消えうせた。
「なんて、きれい!黄金の花粉が蓮の花の一つ一つから立ち上っている」
以前、ジャンをフレアおばさんの店に連れて行った時、ジャンには見えココには見えなかった
その光景。それが、今のココには、はっきりと見えた。ジャンが美しいと目を細めた無垢な光の 乱舞。
ジャンが嘘をつくはずがない。私はジャンを信じる事が出来る!
霧花がココを海岸に降ろした時、ココにもう迷いはなかった。
「行こう、サライ村のみんなの元に。今度は私がジャンの道標になるんだ」
ココは霧花に軽く手を振ると、サライ村の船に向かってまっすぐに駈けていった。
真昼の闇、黒い太陽、月の影。それらが消える時、火の玉山に集結した邪気の群れは暗黒
の住処へ帰ってゆく。ガルフ島に訪れた日食は終焉を迎えようとしていた。
火の玉山の頂に、ジャンとゴットフリーは立ち、天頂の太陽を仰ぎ見ていた。太陽はもう真昼
の輝きを九分方とりもどしていた。だが、海の鬼灯だけは残り一分の時間を惜しむかのように まだ、その場を離れなかった。
ゴットフリーは、振り返りもせず言った。
「何が何でも俺達を食らいたいようだな」
海の鬼灯はジャンとゴットフリーの後方の山道に、まるで絨毯を敷き詰めたかのように貼りつ
いていた。そして、猛烈な邪気を放ちながら攻撃の瞬間を待ち構えていた。
「ゴットフリー、あれか!お前がいっていた陽の欠片は!」
ジャンは太陽の下方から降りてくる小さな黄金の光を指差した。ゆるりゆるりと、斜めの線を
描きながらその光は火の玉山に下りてくる。
「なんてちっぽけな光なんだ。よく目を凝らして見ていないと、見失ってしまいそうだ」
やがて、その光は火の玉山の頂の一番高い場所にある岩の上に下りてきた。
「今だ!ジャン、この剣をとれ!」
ゴットフリーは、持っていた黒剣をジャンに手渡した。
黒が白銀に変わる瞬間。海の鬼灯はその瞬間を待ちわびていたように一斉にジャンとゴット
フリーに向かって襲いかかってきた。
「レインボーヘブンの道標よ!現れるがいい!僕はお前の大地、僕の帰るべき道を今、ここに
差し示せ!」
ジャンは天地が震えるほどの大声で叫ぶと白銀に輝いた剣を両手で振り上げ、それをまっす
ぐ、光が舞い降りた岩めがけて振り下ろした。
すると……辺りが一瞬、蒼に染まったのだ。ジャンやミッシェが包まれた蒼い光より何十倍も
眩く高貴な光が、火の玉山全体を包みこむように輝いた。
「眩しすぎる!この光は何だ!?」
ゴットフリーは、右手で思わず顔を覆った。
眩しさに少し慣れた時、ゴットフリーは指の間から幻影のような像を見た。それは、火の玉山
の頂に立ったジャンの後姿だった。ジャンは東の空を仰ぎ見ていた。
ゴットフリーは、眼前に広がるぬけるような青空を見て、感嘆の声をあげた。いつの間にか火
の玉山を覆っていた蒼い光も海の鬼灯も消え失せていた。
「これが、道標か?至福の島、レインボーヘブンへの!」
風は東から吹いてきた。そして、ジャンが頂に刺した白銀の剣から、七色に彩られた光の帯
が伸びてゆく。東の方向に弧を描きながら。
虹の道標……
ジャンは、ゴットフリーの方へ振りかえると無言で虹の彼方を指差した。
「この虹が終わる場所にレインボーヘブンがあるというのか?」
なんて遠い道程なんだ……ゴットフリーは、ほうっと息を吐いた。
「虹と同じ方向に船が見える」
あれはサライの船。無事に出航できたんだな……と、ジャンはにこと笑った。だが、ゴットフリ
ーには、ただ、海はきらきらと陽光に輝いているだけのように思えた。
「船など見えないぞ」
ジャンは、軽く笑った。
「見えないか?仕方ないな。人間というのは、遠くを見渡す目をもたないからな」
ジャンの言葉にゴットフリーは、顔をしかめた。
「……お前、本当に何者なんだ……?」
だが、その時、ゴットフリーの目にもはっきりと見て取れる異変が海からやってきた。
「待て!あれは何だ!?」
北東の海がガルフ島めがけて、押し寄せてくるのだ。波は高く高く盛りあがり、みるみるうち
に火の玉山の大きさほどにも膨れ上がった。
「大波……いや、海そのものがガルフ島にやってくる!飲みこまれるぞ、この島は!」
ジャンは、迫りくる海を見て目を見張った。……僕はあの海をを知っている。
「あれは、あれは……BW!」
ジャンの脳裏にレインボーヘブンの紺碧の海の記憶が蘇ってきた。確かにあれはBW。
では、BWもレインボーヘブンの欠片だったのか。しかし、目前の海のあの怒気は一体、何な
んだ?
「早く、みんなを逃がさないと、ガルフ島は全滅だ!」
ゴットフリーは急いで、火の玉山から下山しようと駆け出した。
「だめだ、ゴットフリー、間に合わない!」
海は、もうガルフ島全体を飲みこんでいた。ジャンはゴットフリーの後を追おうとして、体のバ
ランスを失った。火の玉山が揺れている。ジャンは、絶叫した。
「BW、何故、この地を滅ぼす!!」
地の底から灼熱の怒気が沸きあがってくる。
次の瞬間、火の玉山は、轟音と共に大噴火を始めた。
ガルフ島は崩壊する。火の玉山の噴火と共にガルフ島はゴットパレスはもとより、島全体が
海に沈みだした。火の玉山から流れ出す溶岩はそれに追い討ちをかけるかのように海の上に 流れ込んだ。
ゴットフリーは何処だ?
火の玉山でさえも、徐々に崩れだしている。風がガルフの声を運んでくる。恐怖、絶望、そし
て、死……ジャンは、思わず両の手で耳をふさがずにいられなくなった。その時だった。
“ジャン……大丈夫!?”
風の中から見知った声が聞こえてきたのだ。
「霧花か!?良かった。ゴットフリーを探してくれ。なんとか、奴だけは助けるんだ。あいつがい
ないと、レインボーヘブンは……」
“わかっている。ジャン、あなたが礎ならばゴットフリーは、王。BWもそれに気付いていたのに
……彼は、怒りに飲みこまれてしまった”
「怒り?何がそんなにBWを怒らせた?」
ジャンが問う間もなく、霧花は気配を消してしまった。だが、ジャンは知っていた。
今、ジャンの耳に響いてくるガルフの人々の声は前にも聞いた事がある。レインボーヘブンだ
……あの島が消える時、女神アイアリスに見捨てられ、海に沈んだ略奪者達の断末魔の声と 同じ……。
ガルフ島が消える。その住民と共に!ジャンは、知ってしまった。海の鬼灯……あれは、レイ
ンボーヘブンで死んだ人々の怨念だ。何百年たっても癒されぬ傷をせおって、さまよい続ける 迷い子だ。
火の玉山は爆音と共に噴火を続けていた。ジャンの体が蒼く輝きだした。もう、同じ過ちは繰
り返さない。
「女神アイアリス、僕は、ガルフ島を見捨てる事はできない。あなたの意志にそむいても、僕は
この島を救う!」
絶叫と共にジャンは総ての封印をはずした。指針はもういらなかった。ジャンは自分の意志
で自分の持てる限りの力を押し出した。
蒼い光が沈むガルフ島を包みこんでゆく。ジャンは意識の中で、自分の記憶が消えてゆくよ
うな気がした。
僕はここでガルフの大地に力を託す。レインボーヘブンに帰る力は全部亡くしてしまうだろう
……ココ、ごめん。迎えにはゆけないよ。それでも、ガルフの人達を見捨てるわけにはゆかな いんだ……
海が悲しく泣いていた。風は戸惑うように吹きすさんだ。そして……
ガルフ島は……沈黙を破り、叫び続けていた。
終焉には早すぎる。誰かこの地を救ってくれ!!と……
蒼い光は強さを増してゆく。そして、ガルフ島の叫びに答えるかのように、光は新しい大地を
作り始めた。
瓦礫と噴石の雨に行く手をはばまれ、ゴットフリーはなす術もなく地面に膝をついた。火の玉
山はすでに元の形をとどめてはいない。崩れた火口から灼熱の炎があがる度、爆風が頭上を 通り過ぎて行く。
進むどころか、呼吸さえもままならない……
それでも、ゴットフリーは立ちあがり、火の玉山を下ろうとする。後方には泥流が堰を切った
ように流れ込んでくる。
溶岩、泥流……そして、麓には大津波か……まるで悪夢だ……こんな崩壊があってたまる
か!
ゴットフリーは、唇を噛み締めた。
ガルフ島を救うだって?出来るわけがないだろう。この自然の前では、小さすぎる。自分の力
はあまりにも……。
その時だった。火の玉山全体ががらがらと崩れ出したのだ。足元に走る無数の亀裂は避け
ようもない。ゴットフリーは亀裂が作った割れ目の中へ引きずりこまれるように落ちていった。
畜生!こんな筈ではなかった……何もかもが早すぎる!
目の前が暗くなる。凄まじい勢いで地面の底に引かれてゆく。ゴットフリーは言葉にならない
声で絶叫した。
だが、ゴットフリーは見たのだ。自分を追うように亀裂に流れ込んでくる蒼い光を。
蒼い光……ジャンか?!
ゴットフリーは、思わずその光に手を伸ばした。その瞬間、光の中から白く細い腕が現われ
た。
“ゴットフリー、早く!!”
細い指が手招きしている。ゴットフリーは躊躇しながらも、その手を握り締めた。
とたんに風が吹き、ゴットフリーの体をふわりともちあげる。
一瞬、見えた少女の顔。ゴットフリーは、虚をつかれたようにその方向を見上げた。
大きな瞳が、懐かしげに彼を見すえている。
“やっと、あなたに触れられた……これはジャンの力……?”
それは、ゴットフリーの後を追ってきた霧花だった。だが、その瞳は澄んだスミレ色。
“触れたくても触れなれない、語りたくても語れない……闇の住人の私の夢……それは、レイ
ンボーヘブンじゃない”
そして、零れ落ちてきた銀の糸のような一筋の涙。
“私は、ただ、あなたと共にいたかった……”
おまえは……?
「水蓮!!」
ゴットフリーが叫んだとたん、辺り一面に蒼い光が広がった。それと共に大地は震えた。
爆音が響き渡る。火の玉山は、その度に隆起、陥没を繰り返しながら、崩壊の一途を突き進
んで行く。声が聞こえる、恐怖、絶望……そして、
かすかに聞こえる大地の声は……
希望なのか……
強烈な光の眩しさにゴットフリーの意識は翳ってゆく……。風は幾重にも層を作りながら、彼
の周りを取巻いた。決して、傷つけさせはしない……欠片ではなく、そう、それは風の意思。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |