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 「ん、もうっ!体中、砂だらけよ。あいつら、あんなに派手に埋め立てなくたっていいじゃな
い!」
  フレアおばさんの店で、ココは頬をふくらませた。
「命拾いをしたんだ。そう怒るなよ」
 コーヒーをすすりながら苦い顔をしているのは、ラガーだった。
 ココの砂だらけの体をぽんぽんとはらいながらフレアおばさんが言う。
「そうよ。警告の鐘が鳴ったんで大急ぎで、ラガーが“穴”に入ったら、あんたが落っこちてきた
んだって!驚いたのなんのって」

 つい先程、行われた警護隊の凶行をココは、思い出すだけで、身の毛がよだった。
 ココは大広間の横の部屋で、 “レインボーヘブンの伝説”を見つけたのだ。その時、警護隊
が現れた。ノラ猫のように首ねっこをつかまれ……気がつけば、ココはおかしな庭に掘られ
た、深い穴に放りこまれていた。そして、頭の上には土砂の雨が……。ココはその時、信じら
れない警護隊の言葉を聞いた。
「は、早く埋めろ!BWの命令だ!」   
 BWの命令?あの男はやっぱり、敵?多分、親代わりだったゴメスさん達も、ここで埋められ
て殺されたんだ。ココは、自分も、ここで死ぬのだと確信した。だが、その時、ココがいた穴の
底が急に開いた。そして、ココは穴のさらに下へと落ちていった。

 「ココじゃねえか?!お前、何で埋められた?」
 土砂と共にココを受け止めたのが、ラガーだった。リリアの館の処刑場の穴の一つ一つの底
は、開けばフレアおばさんの店の床下へ続く“トンネルの入り口”だったのだ。
 「ラガー達が、あんな所までトンネルを掘っていたなんて……」
 ココは、あきれたように店に集まった男達を見据えた。五〜六人はいるだろうか。ラガー達が
トンネルを掘っている事は知ってはいたがまさか、あれほど広範囲だったとは。
 そうか、ラガーがジャンに助けられた後、突然消えてしまったのは、このトンネルに入ったか
らなのか。ラガーはやっぱりすごい……。
「苦労したんだぜぇ、ゴットパレスからサライ村まで、迷路のように掘ったトンネルには」
 男の一人が言った。リリアの館に来る前にジャン達と訪れた倉庫にいた男だ。
「あ、まさか、それを知っていたBWは、私を穴に埋めろと?」
 ラガーは、首を縦に振って含み笑いをした。
「私、てっきり、あいつがみんなを殺したと勘違いしてた……」
「島主リリアは海の鬼灯が現れてから、恐怖に心をとらわれてしまった。ガルフ島が水没してゆ
くのは、あれのせいだと思い込んで…生贄を捧げようってんだ…その格好の人材がよそ者で
あるサライ村の住民だった」
「そんな馬鹿な事ってある?何故、誰も反対しなかったの?」
「リリアはガルフ島の絶対の権力者だぜ。あのゴットフリーでさえ島主には逆らえねぇ」

 ココとラガーの話を聞いていたフレアおばさんが、じれったそうに口を挟んできた。
「BWなんだよ。ラガーにトンネルを作る事を提案したのは。ゴットフリーが、あの処刑場を計画
しているのを知って、何とかサライの住民を守る手立てはないかって」
「あいつは、うさんくさい奴だが、俺の建築家としての腕を高く評価してくれてるしな。無論、トン
ネル掘りとしての力もな。あのトンネル穴に一定の量の砂が入ると自動的に倉庫の警告の鐘
をならす仕組みになっているんだ」
と、ラガーは自慢げに言った。
「だから、私が埋められた時、すぐに助ける事ができたのかあ……待って……ということは…
…」
 ココは顔をぱっと紅潮させた。興奮した面持ちでフレアおばさんの顔を見据える。
「もしかしたら、ゴメスさん達も!」
 ラガーの隣にいた男が言った。
「もちろん、元気だよ。殺された人間が大手を振って村を歩くわけにゃいかないから、ある場所
に隠れてはいるけどね」
「ほんと、ほんと、ほんとうなのね!」
 ココは何度も何度もそう叫ぶと小踊りするようにフレアおばさんに抱きついた。ココの喜びよう
を見て、店に集まった男達は破顔した。だが、次にラガーが言った言葉は、ココの心を曇らせ
た。
「ココ、日食の日に、俺達、サライ村の住民はガルフ島を出るぞ!」
「なんですって?ガルフ島を出るって……」
「そうだ。俺達には自由がねぇ。この島にいても、奴隷のようにこき使われるだけだ。それに、
あのリリアの様子では、命の保証もないしな」
「日食の日って……ニ日後の?そんな急な話……」
「その日しかねぇんだ。ゴットフリーや警護隊の目をかいくぐって、この島を出れるのは。仲間
がくれた情報では、日食の日にゴットフリーは、あのジャンとかういう子供を火の玉山に行かせ
るらしい。日食の日は町で祭りもある。ジャンの事と祭りで島の警護が手薄になる絶好の日な
んだ」
「なんですって!ジャンが?」

 ココは驚いた様子で抱きついていた手を離すと、フレアおばさんを見上げた。フレアおばさん
は、こくりとうなずいた。
「ちょうど、ココを穴から助けた時、仲間の一人がゴットフリーとジャンの話を聞いてきたんだ
よ。あのトンネルは館の大広間へも続いていて、床下から中の話が聞ける仕組みにもなってい
るからね」
「何でジャンが火の玉山なんかに……」
 複雑な表情をしているココを見て、ラガーが言った。
「火の玉山に剣を運べば、俺達サライの住民にガルフ島の自治権を与えると……ゴットフリー
は言ったらしいぞ。だがな今さら自治権をもらったところで何になる?ガルフ島は近い将来、海
に沈む島なんだぜ。俺達は島を出る。そして、また探すんだ。俺達が幸せに暮らせる土地を」
「でも、ジャンは、ジャンはサライのみんなの為に火の玉山に行くのでしょ?日食の日はあの山
は危険だよ。日食の日は火の玉山に邪気が集まる日なんだよ」
 ラガーは、ひきつったように頬をゆがめた。
「だからこそ、最高の日なんだ。日食の日には、海の鬼灯までが火の玉山に集結する。海の鬼
灯は危険だ。海からあれがいなくなる事など、他の日には望めねぇからな」
「ラガーは、ジャンを見捨てる気なの!?ううん、ジャンを利用してゴットフリーの目を自分達か
らそらそうとしているんだ!」
 ココの言葉にラガーは、声を押し殺して言った。
「あいつには、いつか手伝ってもらうかもなと、言った覚えがある。今がまさにその好機なんだ
よ……心配しなくても、あいつは一人でも大丈夫だ。あの強さはハンパじゃねぇ」
「人でなし!!」
 ココは涙をぽろぽろと流しながら、叫んだ。あんなに一生懸命、サライ村を守ろうとしているジ
ャンを……何故、見捨てる!
「ラガーぐらい頭が良かったら、ジャンの一人くらい助けられるじゃない?ラガーはいつも逃げ
たり隠れたり、何でもっとゴットフリーと戦わないのよ!」
「戦わないって?この俺が?言っただろ?俺のこの顔の傷は……」
 ココはラガーを睨めつける。
「ゴットフリーにつけられた傷が何よ!ラガーはそれでびびっちゃったんでしょ」
「お前!黙っていれば調子に乗りやがって……」
 ラガーは思わずココに拳を振り上げた。

 だが、その時、フレアおばさんの店の扉が開いた。
 入ってきたのは……夕方から店を手伝うつもりでやってきた、霧花だった。
「何?いったいどうしたの?」
 普段と違う張り詰めた空気を感じとってか、霧花はうろたえたように、店の中を見渡した。 
「霧花、霧花はジャンを置いて行ったりしないよね」
 ココはフレアおばさんの手をふりほどくと、霧花の元へ走って言った。
「置いてゆく?何の事?」
 霧花はきょとんと目をまたたかせた。
「だって、サライ村のみんなが……」
 すると、急に
「ココッ!」
 ラガーが信じられない程の大声でココの言葉を制止したのだ。フレアおばさんの店の空気は
一瞬、凍りつくように硬くなった。
「みんな、ゴットパレスへ帰るぞ」
 ラガーは、フレアおばさんに目配せするとがたんと席を立ちあがった。霧花の方をちらりと見
る。ラガーに続き、他の男達も席を立った。
「もう、夕方か。すっかり長居をしてしまった。あまり姿を消していると警護隊がうるさいからな」
 そして、ラガー達は店から出て行った。

 「ココ、こっちへおいで。霧花は厨房でたまった皿を洗っておくれ」
 フレアおばさんは、霧花に愛想笑いをすると、そそくさと、ココを奥の部屋へ引っ張っていっ
た。
「ココ、霧花は別なんだよ。だから、サライ村を出る事は話しちゃいけない」
「何で、別なの?霧花だってサライ村の住民じゃない!」
 ココは憮然として言った。フレアおばさんは、口に指をたてて、大声を出すココを制止した。
「私もね、あの子を嫌いじゃないんだよ。でもね、ラガー達は、あの子は信用できないっていう
んだ」
「信用できないって?霧花くらい、真面目で優しい子はいないのに……」
「でもね、霧花が姿を現わすのは夜だけだろ?昼はいったい何処で何をしているんだい?家を
訪ねてみても、いたためしがない。行くあてもないと聞いて、店で使ってやってはいるが」
「そ、それは……」
「ラガーは、あの子はゴットフリーのスパイじゃないかって」
 ココはフレアおばさんのあまりのいい分に、顔を真っ赤にして叫んだ。
「何を証拠にそんな事を!」
「この話はサライ村でも私とラガーと数人の仲間が知っているだけなんだが、霧花は、前にリリ
アの館に住んでいた事があったんだよ。それもゴットフリーの遊び相手として……」
「なんですって……そんなの嘘よ!」
 ココは愕然とフレアおばさんを見遣った。
「嘘なもんか。でも、ある日、急に館を出てサライ村へやってきた。多分、霧花は、ゴットフリー
に恐ろしい目にあわされてサライ村に逃げてきたんだ……私達はそう思ってね、霧花を隠して
やろうと決めたんだ。でも……」
 フレアおばさんは、唖然としているココを見つめて困りきった顔をした。
「あの子は私達がいくら聞いても、ゴットフリーに不利になる事は一切話してくれない。それにB
Wと霧花が会っている所をラガーは何度か見てるんだ。ラガーは疑っているんだよ。霧花はゴ
ットフリーがサライ村へよこしたスパイじゃないかと」
「……フレアおばさんも、そう思うの……?」
 ココの問いにフレアおばさんは、黙り込んだ。そして、一言ぽつりと言った。
「思いたくはないんだけどね……」
 ココは頭がひどく痛んできた。目をつぶって頭に手をやる。すると、何やら人の形が脳裏に浮
かんできた。小さな子供、青い瞳……その顔は驚いたように宙を見つめていた。
「ミッシェ……?」
 ココの頭の中でミッシェは蒼く輝きだした。ココは心で叫んでいた。
 
ミッシェ、だめ。今、力を放っては!!

  波がうねりをあげていた。銀箔に輝いた飛沫は群青に色を変えた。そして、薄暮の海は不気
味な叫びをあげるかのように荒れ出した。  
 BWはその波の中でミッシェを見ていた。ひきつった笑いをうかべながら。
「なぜ、そんなにかわいた、くらいめをしているの?」
 ミッシェの大きな青の瞳が困惑ににゆれた。
 “知るという事は時には悲しいものですね”
 BWの声はもう人間のものではなかった。まるで、岸壁に打ちつける荒波のようなその声は、
海の中から響いてきた。

 “最初に目覚めた時、あの伝道師に出会った時、そしてサライ村を見つけた時、私は希望に
満たされていました。レインボーヘブンに帰れると。だが、ゴットフリーと出会い、私は目にして
しまったのです……『レインボーヘブンの真の伝説』を”
「しんのでんせつ?」
 ミッシェは、打ちつけてくる激しい波にのみ込まれそうになりながらBWの声に耳をすませた。
“いったい、いつからそこにあったのか……『アイアリス』と銘打ったその本は、リリアの館の図
書室に眠っていました。今まで私が聞いていたレインボーヘブンの伝説は、住民側に都合良く
伝えられたものでした。だが、『アイアリス』は、ただ、過去にあった事実、そして、未来に向かう
道標だけを詳細に伝える、いわば、ガイドブックのようなものだったのです。その本は語ってい
た……”

 BWは少し声を和らげた。それと共に荒れていた波も動きを弱めた。
“レインボーヘブンは確かに幸福の島でした。だが、そんな豊かな島を島の住民だけの物にし
ておけるものでしょうか。否、いつしか、レインボーヘブンは、島の財産をねらう山賊、海賊、侵
略者の類の脅威におびえる島になっていたのですよ。どうしようもないほどね。守護神アイアリ
スがレインボーヘブンを消し、そして、隠した理由は……それらから島と住民を守るためで
す!そして、彼女は島を消しさる前にレインボーヘブンの住民達を海へ逃がしたのです。遥か
未来、彼等の子孫に必ず至福の島レインボーヘブンを返す約束を残して“

 どこかで風の音がした。波はその音をかき消すかのように高くなる。BWは、うるさそうに話を
続けた。
“風は、私に話をさせたくないようですね。しかし、ミッシェ、あなたにだけはどうしても真実を伝
えなければ。あなたは、私達欠片の指針。アイアリスは欠片たちが、いつか集結するため大地
に指針を授けました。あなたは、ジャンと共にいたのでしょう?封印を解く力を蓄え、姿をかえ
ながら……その度にジャンも記憶を取り戻し、力にめざめていった。でもね、ジャンの他の欠片
達もジャンと同時に成長していたのですよ。あなた達が、気付かない場所でね“

 ミッシェは、知っていたのかと、波に向かってくすと笑った。
「ジャンはレインボーヘブンのいしずえ。だから、ジャンのもとにいた。ぼくは、さいしょはちいさ
なひかりだった。ジャンがめざめたとき、ぼくは大きくなった。いちばんうれしかったのは、ココ
をしったとき。そして、ミッシェになったとき。」
“ココ?だが、あの子はサライ村の住民ではない。それに、あの子はお前があの蒼い石だった
とは気付いてないのでしょう?そして、あのジャンとかいう子供が礎ですか?やはり、あの力は
レインボーヘブンの大地のものなのですね”
 ミッシェはこくんと首を縦に振った。
「ジャンのほかの欠片とはなしたのは、はじめて。だからうれしかった」
 BWは、ミッシェの言葉に大声をあげて笑い出した。
“うれしいですか?レインボーヘブンの嫌な話はまだ続くというのに。

 住民たちは、島を失い、いわば流浪の民になったわけですが、それぞれ違った土地で新しい
生活を始めました。サライ村の住民はその子孫というわけです。だが、急に消えうせたレイン
ボーヘブンにいた盗賊達や侵略者達は……どうなったと思います?”
 ミッシェの顔に波飛沫が吹きつけてきた。また、海は、荒れはじめた。
“家族もろとも海に沈んだのですよ!苦しみながら……私はレインボーヘブンの海。アイアリス
が私を消し、他の海域の海がレインボーヘブンの跡地に流れ込んでくる前に、私は私の中に
取り込んでしまった。その家族達の悶絶、怨念、悲愴する心を!そして私の記憶が蘇る度、彼
等の断末魔の叫びが、私の胸を突き刺すのです。アイアリスは己の島と住民を守る為、島に
いた他の者を皆殺しにした。何故、助けなかった?罪は罪。だが、命の価値はそれより重
い!!”

 海は叫びように、泣くように大きくうねりだした。それはBWの悲しみの心だった。
「いのち……」
 ミッシェが小さくそうつぶやくと、ミッシェの体は今までになく、蒼く蒼く輝き出した。ミッシェの瞳
は大きく見開かれ、眼光は日の光のようにあたりに広がりだした。
“ミッシェ!もう、これ以上、封印を解くと欠片達は人の姿でいられなくなるぞ!お前は、消え
ろ、レインボーヘブンはもう、いらない!!”
 そう叫んだのを最後に、BWの姿は海の中に溶け込むように消えていった。波の間にあざけ
るような笑いを残しながら。
 そして、BWとミッシェがいた一角だけに津波のような大波が押し寄せてきた。波はミッシェの
体をその蒼い光と共に取りこんでゆく。
 風はその周りをうずを巻くように吹きすさんだ。風はまた、叫び声をあげていた。取り返しの
つかない女神アイアリスの失敗をあざ笑うかのように。









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