10.

 「待たせたな、あのサライの小娘ともう一人の子供が一緒だと聞いたが、外へ出したのか?」
 不自然に右腕を押さえたジャンの姿を見て、ゴットフリーはいぶかしげな顔をした。
「ああ、トイレに行きたいってね」
 息をはずませながら、ちらりと自分の右腕を見る。もう、蒼い光はない。助かった。と、ジャン
は胸をなでおろした。
「勝手にするがいいさ。あの娘……あれだけの傷を負って助かるとは、ゴキブリ並みの生命力
だな。」
 ゴッドフリーは、つまらなそうな笑いを浮かべると、あの鷹の装飾のある椅子にどさりと座っ
た。タルクは緊張した面持ちでゴットフリーの脇に直立している。
 その時、大広間の窓から陽光が差しこんできた。逆光に照らされたゴットフリーの姿にジャン
は、一瞬、目をみはる。

 髪が……紅く変わった?……
 まるで血のような、鮮やかな紅に。

 「さて、ゆっくり、話をしようか……」
 ゴットフリーとジャンとの間に、静かに火花が散り始めた。一触即発で燃え上がってしまいそ
うな緊張感。それが大広間全体の空気を暗に染めていった。

 ココは、ジャンに大広間から追いだされ、仕方なく大広間の隣の部屋へ飛び込んだ。
 カビ臭い匂い。天井まで届きそうな書架の列。
「何?この部屋、本がいっぱい‥‥それに、ミッシェは……何処?」
 一緒にいたはずのミッシェの姿が消えてしまったのだ。
途方にくれたように、書架を見上げた。ご丁寧な装幀の本が、ぎっしりと並べられている。だ
が、その中にココの目をひいた一冊の古書があった。
「すごい本、町の露店で売っている安物とえらい違い」
 その本を手に取ってみた。本には古い書体が使われており、その中のごく簡単な単語が読
みとれるだけだった。仕方なく、ページをぱらぱらとめくり続ける。だが、
あれ?この絵‥‥
ココはあるページの挿絵を見て手をとめた。
「ゴットフリーの剣?!」
 その挿絵には一本の剣が描かれていた。挿絵の剣の柄にある模様‥‥その模様には見覚
えがあった。三連の蓮の花!ゴットフリーの剣の柄にも三連の蓮の花が咲いていた。
「何故、この本にゴットフリーの剣が?!」
 合点がゆかぬ様子で手にした本の表紙を見てみた。タイトルにもやはり古い文字、だが、少
しは読みとることができそうだった。
「ア‥‥アイ‥アイア‥‥アイアリス‥‥」
そう口ずさみ、ココははたと顔を上げた。
「女神アイアリス!ま、まさか、この本は、ジャンのいってたレインボーへブンの伝説の本!?」
 
 BWは、リリアの館から2km程離れた半島の突端に立っていた。強い海風が巻き上げる波
飛沫を気にもせず、BWは水平線を眺めていた。
 ガルフ島では、この男は得体の知れない風来坊として名が通っていた。何処から来たのかは
誰も知らない。ある日、ふらりとガルフ島に現れてこの地に住みついた。そして、いつの間に
か、ゴットフリーの参謀兼、ゴットパレスとサライ村の中継ぎ役に収まってしまったのだ。BWは
サライ村とゴットパレスとつなぐ唯一の人物だった。

 ガルフ島には、全部で四つの半島があった。北部、北東部、東部、南西部。
ココ達の居住区、サライ村のある東部の半島は、すでにかなりの範囲にわたって水没が進ん
でいたが、首都ゴットパレスに近い北東部の半島は、海抜も高く、ガルフ島にある四つの半島
の中では最も自然に恵まれた場所だった。海の鬼灯‥‥あの血のような赤い灯が現れる前は
‥‥。

 BWは立っていた。その美しかった北東部の半島が無惨に崩れ落ち、痛々しく壁面を海にさ
らし出している、まさにその突端に。
「美なるもの、常に儚さと裏腹か‥‥」
 目を閉じて波の音に耳を澄ませる。緑の髪が風になびき、海の色と同化する。しばらくして、く
るりと後ろを振り向くと、BWはふっと笑みをもらして言った。
「出てきなさいよ。さっきから、そこにいるんでしょ」
 辺りに聞こえる音は波の音ばかり。だが、その声に答えてか、なぎ倒された老木の間からぴ
ょこんと現れた者がいた。ばさばさの髪、汚れて破れたままの上着‥‥青い瞳だけがやけに
澄んで透き通ってみえる子供。
 ミッシェ。
「初めまして。会いたかったよ、君は指針‥‥あの幸福の地の」
 BWはミッシェに歩み寄り、握手を求めようと右の手を差し出しだした。だが、その瞬間、火花
のような蒼い光が二人の間に飛び散った。信じられない速さで、ミッシェから距離をとるBW。
「止めてくださいよ。そんな風に力をこぼされたら、私だって、自分を押さえられなくなる。あのジ
ャンという子供だけでなく、どうやら君自身も自分を制御することができないようだ。私は、こん
な夢も希望もない土地で力を放出する気はありませんからね」
 すると、ミッシェはにこりと笑って言った。
「オマエハ‥‥カケら?」
 最初はたどたどしく、だが徐々にミッシェの声はおちつき、次には鈴が鳴るような涼しげな声
で語りかけた。
「レインボーヘブンのかけら?」
「‥‥いいえ、私は‥‥」
 BWは、欠片と呼ばれる事にあからさまに嫌な顔をした。
「私は、私です。女神アイアリスの支配を受ける者ではない‥‥」
「しはい?なんのこと。おまえは、レインボーヘブンにかえるのでしょ。かえってしぜんになるの
でしょ」
「レインボーヘブンには帰る。私もあの美しい故郷を求めて、永い時を彷徨ってきたのだから。
だが、アイアリス‥‥あれが仕掛けた絡繰りを私は許さない」

 波が急に高くなった。BWの怒りに呼応するように。
「あの古書店のおやじもアイアリスのペテンの一部ですか?伝説の都合のいい箇所だけを伝
える伝道師。私もかつて目覚めた時、あのおやじに会いましたよ。欠片と呼ばれた私達一人一
人を騙しつづけるあの輩に」
 ミッシェは困惑した表情でBWの方へ歩みよった。長身のBWの下では、ミッシェの背丈は頭
がやっと彼の腰に届く程度だった。ミッシェは、何を思ったか、いきなりBWの腰に両手を当て
た。
 「お、お前、いったい何を!?」
 どんっ!BWが防ぐ間もなく、ミッシェは両手を押し出した。後ろは切り取られた断崖絶壁。B
Wはがらがらという砕けた岩の音とともに海の中へ落ちていった。
海が激しく飛沫をあげ、ミッシェは無表情にその表面を眺めている。

 海鳥の声がかん高く辺りにこだまする。一瞬、訪れた静寂‥‥。だが、次の瞬間、海がうね
り始めた。波がねじれ、海面が徐々に徐々に盛り上がってゆく。
巨大な水の山‥‥その頂に憮然とした顔をして、あぐらをかくように座っている男‥‥、
ミッシェは満足げに微笑んだ。
「おまえは、うみ。レインボーヘブンのこんぺきのうみ‥‥あいたかったよ。BW!」

 「サライ村に自治権を与えるつもりがあると?!」
 リリアの館の大広間で、ジャンは信じられない気持ちで声をあげた。ゴットフリーは、意味あり
げに笑う。
「だだし、条件がある」
 やはりな。と、ジャンは思った。何の代価もなしにゴットフリーが自治権などという好条件を出
してくるはずがない。
「お前の背のその剣、それを運んでくれるだけでいい」
「この剣を?」
 そういえば、ゴットフリーから預かった剣の事を忘れていた。ジャンは、背から剣をおろし、そ
れをくるんであった白布から取り出した。剣の刃は相変わらず白銀に輝いていた。

 ゴットフリーの黒剣。ぼくの力にふれる事で白銀に色を変えた……だが、この剣は‥‥
 ジャンははたと、ゴットフリーをにらみつける。
「ニ日後はガルフ島に三年毎に訪れる日食の日だ。お前には日食が始まる前にその剣を持
ち、火の玉山の頂をめざして欲しい。日食が始まるのは、ほぼ、正午」
「何だ?たったそれだけか?」
 ジャンはつまらなそうに剣の柄を指ではじいた。だが、そのとび色の瞳は注意深くゴットフリー
の表情をうかがっていた。
「たった、それだけだ。だが、日食の日、火の玉山は容易には人を通さない」
と、ゴットフリーは破顔した。
「そーいう事か。納得だな。だが、何の為に剣を運ぶ??」
「そこまで、お前に話す必要はない。やるのかやらないのか、聞きたいのはそれだけだ」
 ジャンの問いに対するゴットフリーの答えは冷ややかだった。
「わかった。だが、この剣は‥‥」
と、ジャンは手にした剣をゆっくりと上げた
「お前の物じゃないだろう?」

 張りつめていた空気がいっそう、密になった。護衛役のタルクは自分の髪がぴんと何かにひ
っぱられるような気になって、思わず剣を握り直した。タルクとて、ガルフ島警護隊の一番隊長
の誇りは持っている。だが、この人間離れした少年ジャンだけは、苦手だった。しかし、持てる
限りの勇気をふりしぼって叫んだ。
「無礼な事をいうな!ゴットフリー隊長に失礼だぞ!」
 タルクの事など眼中にない様子でジャンは、ゴットフリーに向かって言った。
「ゴットフリー!お前の紋章はこの館のあちこちに、うざったいくらい装飾された、あの鷹だろ
う?この剣の柄に彫られた絵は何だ?」
 握った剣をゴットフリーの方へ突き出す。
「柄にある絵は、三連の蓮の花。この剣がお前の物ならば、なぜ、柄に鷹がない?答えは簡
単、この剣はお前の物ではないからだ!」

 なんともいえない重苦しい空気が、大広間に広がっていく。
 だが、ゴットフリーは穏やかに微笑んだ。
「その剣は間違いなく俺の物だ。なぜ、鷹ではなく三連の蓮が柄にあるか?その答えは簡単
だ。その剣は昔、俺がある者から譲り受けた剣だからだ」
「何?譲り受けただと?」
「そうだ。その柄の蓮の花と同じ……水蓮という名の少女から」
 ゴットフリーの横にいたタルクは意外な顔をした。ゴットフリーに長年つかえていたタルクでさ
え、知らなかった事実。
「もっと、話を聞きたいか?」
 ゴットフリーは、笑って尋ねた。ジャンは即答した。
「お前が話すというのなら」

 再び、リリアの館の大広間に静寂が広がった。ゴットフリーは、しばらくの沈黙の後、何かを
ふっきるかのように話しだした。
「あの娘……水蓮がこの館にやってきたのは、俺が十ニの時だった。水蓮に行き倒れていたと
ころを誰か館の者が見つけて連れてきたらしい。あの娘は自分の事は何も話さなかったが、俺
より四、五歳年上だったろう。水蓮は何も持っていなかった。あの剣以外は」
 その時、タルクがおもむろに口を開いた。
「そういえば、俺がまだ警護隊の予備隊にいた頃、その娘の話を聞いた事がある!リリア様
が、荒くれ息子のお守りに捨て子を連れてきた……」
 そこまで言うと、タルクははっと自分の口に手をやった。まずい事を口ばしってしまった。と、
タルクは気まずそうにゴットフリーを見る。
「荒くれ息子か!それは俺の事だろう?確かに、リリアは俺に幾人もの友達候補を連れてはき
たが、俺はそいつらを悉くひどい目に合わせてていたからな」
 ゴットフリーは、タルクを見つめると、からからと声をあげて笑った。
「もう一つ、こんな話も聞かなかったか?あんな荒れた息子なのに、あの娘、水蓮にだけはよく
なつく。やはり、捨て子同士、同じ立場で気が合うのだろう?」
「そ、そんな事はと、とんでもないっ!」
 タルクは、震えあがって首を横に振った。 
「何を怯える事がある。お前達が、いつも散々噂している事じゃないか。俺は捨て子だ。後継者
のない島主リリアが捨てられていた俺を拾って、育ててくれた」
 ゴットフリーは、軽く笑うと言葉を続けた。

 「話がそれたな。剣……そう、水蓮の持っていたのはあの剣だけだった。捨て子同士で気があ
ったのかどうだか、そんな事は知らない。だが、俺は、あいつと話していると妙に気分が落ち着
いた。あの当時の俺はあせっていた。早く島主リリアの望むような人間になりたい、早く俺を拾
ってくれたリリアの恩義に報いたいと……」 
 タルクは神妙な顔をして、ゴットフリーの話に耳をかたむけていた。長年、仕えたタルクにさ
え、話さなかった自分の心をなぜゴットフリーは、得体の知れぬこんな小僧に話すのだろう。タ
ルクの心には驚きと同時に嫉妬の感情がふつふつと沸きあがっていった。
 ゴットフリーは、なおも話を続けた。
「水蓮はそんな俺の心を読み取ったかのように、こう言った。『真に人の上に立つ者は、時の感
情に惑わされてはなりません。もっと上をもっと広きを、足元ではなくその奥にある真実を見極
めてください。もともと、この世界に善悪の区別などないのです。それを善にするか悪にするか
は人の心次第。その心を正しい方向へ導くことこそが、上に立つ者の役目なのです』と」

 ここで、先程から黙りこんでいたジャンが口を開いた。
「それって、わかるようでわかりにくい言い分だな。それにその娘、えらく小難しい奴だな。せい
ぜい、十六、七くらいだったのだろう?」
「たしかに当時の俺にも水蓮の言った事は理解しづらかった。だが、水蓮が言いたかったの
は、こういう事だ。例えば泥棒がいたとする。そいつが盗みをするのは悪だ。だが、その行為も
仲間の泥棒からみればよくやったと、誉められるべき行為だ。では、人間の大多数が泥棒側
にいってしまったら……人から物を奪う事が正当化され、善と悪の判断は逆転する。それでは
まずいだろう?」
「なるほどね。だから、人々が間違った方向へいかぬために、それを統率する人間が必要だと
いうことか……で、その上に立つ人間が、ゴットフリー、お前だと?」
と、ジャンはあざけるように笑った。 

 こいつは、ゴットフリーとまた、闘いたいのか?いちいち、隊長をあおるような事を言いやがっ
て!
 タルクはジャンの発言にまた、肝を冷やした。だが、ゴットフリーは相変わらず、冷ややかに
言った。
「俺にはガルフ島を統率する責任がある。お前がどう思おうとだ」
 へぇ、こいつにこんな面があるとは、まるで一国の王のような発言だな……
 ジャンはゴットフリーの意外な内面を垣間見た気がした。ジャンは笑った。
 「話がまた、それたな。その水蓮という娘が持っていたたった一つの財産が、ゴットフリー、お
前が譲り受けたというこの剣ということか」
「そうだ。ある朝、水蓮は俺にその剣を差し出した。水蓮は言った。ただ一言『この剣は、あな
たの物です』と。そして、その日のうちに水蓮は館から姿を消した。あの剣は……」
 ゴットフリーは、言いかけた言葉を途中で切ると、しばらく何かを考え込んでいるようだった。
ジャンが、その言葉を補うように付け加えた。
「あの剣は、水蓮の剣は……お前の手に渡る前は、黒剣ではなく白銀の剣だったんだろ?」
 ジャンの瞳が黄金に光った。手にした剣の鞘の上に光の粒が通り過ぎる。ゴットフリーが声を
高めた。
「その通りだ。なぜ、俺が手に取るとあれは、黒く輝く?そして、なぜ、お前だと白銀に変わるん
だ?」
「知るか、そんなもん。こっちが聞きたいくらいだ」
 ジャンの口調はそっけない。ゴットフリーは、小さく息を吐いた。
「それならば、お前は水蓮を知っているか?何でもいい。何か手がかりはないか?」
 ジャンは意地悪く笑うと、ゴットフリーの方へ身を乗り出した。
「なんだ、お前、その娘に惚れてんのか?」
 その瞬間、ジャンに短剣が飛んできた。短剣はジャンの頬をかすめ、後ろの壁の白鷹の模
様に突き刺さる。ジャンは、目を丸くして破顔した。
「いや、すごいな。タルク、お前って短剣も使えるのか」
「お前、隊長を馬鹿にするのもほどほどにしろ!」
 短剣をジャンに投げつけたタルクの右手は、怒りでぶるぶると震えていた。

 その時だった。 
「ゴットフリーを馬鹿にするとな?」
 にぶく、しゃがれた声がゴットフリーの後ろに引かれたカーテンの後ろから響いてきた。地を
這うような嫌な音色の声だった。
「リリア……部屋での昼寝から目をさましてこちらに来ていたのか……」
 顔をしかめながら、ゴットフリーは口の中で舌をうつ。
「我が息子を愚弄する奴は、生き埋めにしてしまえ!」
 これが、島主リリアか……ひどい毒を放つ声だな。空気の色をこれほど濁らすとは……
 リリアの姿はカーテンに遮られ、見えることはなかったが、ジャンはあえてそちらへ顔を向け
ようとはしなかった。不快だった。リリアから感じる何もかもが。
「そうだ!いい事がある。そいつにいい物を見せてやれ。あれを見れば生意気な口を聞けなく
なるぞ」
 リリアの声はヒステリックに声を荒げた。
「リリア、それは……いけません!」

 ゴットフリーの制止を全く無視して、リリアは一つのボタンを押した。それは、締められた大広
間の側面の壁を自動的に開けるボタンだった。
 ぎりぎりと音を立てながら、壁が左右に分かれ出した。その向こうには何やら庭のような、砂
を敷き詰めた広場が見えた。ジャンは、急に入りこんできた日の光がまぶしくて思わず目を細
めた。だが、壁が完全に開ききった時、驚愕に身を震わせた。
「こ、これは……!」
 庭のように思えた広場には数十個もの穴が開いていた。穴の一つ一つの脇に土が小山のよ
うに盛られていた。ジャンは震えた。一目瞭然の処刑場。生き埋めの場所。
「ここにサライの住民を埋めたな!」

 ジャンは、立ちあがると泣き声のような叫びをあげた。
「タルク、壁を閉めるんだ!」
 ゴットフリーに命令されたタルクは、リリアが後ろにいるカーテンの前で、おろおろと迷うばか
りだった。リリアの行動を止める事はゴットフリーであっても許されない。
「何で止める、ゴットフリー。サライを死刑にするならば生き埋めにしましょうと、勧めたのはお
前だよ。そいつもあの穴へ埋めてやれ。さすれば、ガルフの恐怖はなくなるよ。あのいやらし
い、海の鬼灯も消えてなくなるだろ」
 狂っている……ジャンにはどう見ても、リリアは狂っているとしか思えなかった。あの穴でココ
の親代わりだった人達も生き埋めにされたのか、だから、ココはあんなにゴットフリーを嫌った
んだ。許せない……ジャンはほんの一時でもゴットフリーを王などと思った自分を恥じた。
 「あ、あいつ蒼く光りだした。まずいぞ、あの時、サライ村に山をつくりやがった時と同じだ…
…」 
 タルクが言ったように、ジャンの体は蒼い光につつまれていた。髪は逆立ち、目は異様に黄
金に輝いている。風が起こりだした。渦を巻いて、大広間の絵や置物をむしりとる。
「待て!話を聞け!」
 風に飛ばされぬようテーブルにつかまりながら、ゴットフリーが叫んだ。
「お前の話はもう聞かない!」
「それならば、サライ村は全滅だ!」

 ゴットフリーの一言で、風が止んだ。ジャンは憮然とした表情で立っている。
「今ここで俺が警護隊にちょっと命令すれば、サライの住民を皆殺しにだってできる。爆薬で村
を吹き飛ばすか?それとも一人一人、切り殺してまわるか?いくらお前でもこの場所にいて、
住民全員を助ける事はできないだろう?」
 ゴットフリーは、勝ち誇ったように笑った。そして、後ろのカーテンに向かってたずねた。
「リリア、大丈夫ですか?リリア……」
 いくら呼んでも返事がない。ゴットフリーは苦笑いをした。
「逃げ帰ったようだ。自分の部屋に」
 ジャンは軽蔑の色を露にしてゴットフリーを睨み付けている。
「お前には、ニ日後の日食まで、この館でおとなしくしていてもらう。日食の日の山登りには護
衛をつけてやるから安心するがいい。もし、不信な事をしたら……わかっているな」
 ゴットフリーは、部屋の隅に避難しているタルクに向かって命令した。
「タルク、こいつを別室へ連れて行け!」
 ジャンは、無言でゴットフリーをきっと見据えた。そして、叫んだ。
「ふざけるな!!」
 ジャンは同時に目の前の大テーブルに両手をばんとたたきつけた。そのとたん、蒼い光が亀
裂となってテーブルの中央を走り出す。
 めりめりと大音響を伴って、大広間の長さの大半を占拠していた大テーブルは縦から真っ二
つに切り裂かれた。そこからは、まるでスローモーションのようにゆっくりと……ゴットフリーの
目の前で大テーブルは左右にきれいに分かれ、
 そして……崩れ落ちた。

 「別室に行く!」
 ジャンは預かった剣を小脇にかかえると、タルクの前を通り過ぎ、自ら大広間から出て行っ
た。タルクは大急ぎでその後を追いながら、ゴットフリーに小声でつぶやく。
「あ、あのサライの娘。図書室で警護隊につかまったそうです。何やら探りをいれていたらしく
て」
「図書室?それで、あの娘をどうした?」
「BWの命令で……」
「BW?」
「処刑しました。リリアが壁をあける少し前に、あの穴に埋めて」
「そうか……」
「何か不都合でも」
「いや、正しい判断だよ。さすが、BWだ」
 ゴットフリーは、押し殺したようにそういうと、タルクが大広間から出て行った後に、自分の後
ろのカーテンを開けた。先程までリリアがいた小部屋が姿を現わした。
「この部屋はないにこした事はないんだが……リリアにも困ったものだ」
 ゴットフリーは、小部屋にあったボタンを押した。大広間の壁は、自動的に閉まり出した。大
広間から見た処刑場の風景がせまくなる。数十個開けられている穴の中で一つだけ土砂が盛
られたものがあった。
……それは、ココが埋められた場所だった。
「全く、よい判断だったよ。BW」
 大広間に残された大テーブルの残骸を見据え苦笑いをすると、ゴットフリーは、ジャンとタル
クを追うように大広間から出ていった。









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