12.
ジャンは、紅の灯の間を縫いながらゴットフリーの元へ心を飛ばしていた。今のジャンには実
体がない。だが、海の鬼灯ももともとは、同じような精神体なのだ。進路を塞がれ自由に前へ 進めないもどかしさに、ジャンは苛立った。
この胸を突き刺す痛み……一体、何が起こっている?僕は行かなきゃならないんだ。一刻も
早くゴットフリー、彼の元へ!
「ゴットフリー!放っておくと、炎馬はまた大きくなる。もう、闇馬刀の力でしかあの馬は止めら
れない」
伐折羅は、ゴットフリーの背中にすがりつき懇願した。
闇の戦士が消え去った今、頼れる者は彼以外にはいない。
「黒馬島を見捨てないで!あなたはご神体の黒馬が認めた人だ。そんな事、やるはずないよ
ね!」
ゴットフリーは、無言で闇馬刀を見つめていた。もう、何もかもが、どうでも良かった。
何故、どいつもこいつも俺を宛てにする?ガルフ島も黒馬島もレインボーヘブンも、俺一人の
力で、どうすればいいというんだ!?
闇馬刀の切先を真っ直ぐに炎馬の中心に向けると、ゴットフリーはすうっと深く息を吸った。
ここで、炎馬を消し去ってしまおう。そして、その切先をそのまま、自分の胸に突き刺せばい
い。闇に落ちていくならば、俺もみんなと共に行く。
意を決したように、ゴットフリーは闇馬刀を強く握り締めた。
「海の鬼灯、炎の馬!これで終わりだ。闇馬刀の闇への道を俺の後から着いて来い!」
だが、その時、
"駄目だ、ゴットフリー!お前が率いるべきものは、死んだ魂ではないんだっ!!"
声が聞こえた。
「この声?ジャンか!?お前、また体から抜け出したのか?」
それが、どんなに無謀な事か、自分自身が一番知っているはずだろう?心が抜け出た体は
急速に弱ってゆくのではなかったのか。
"そんな事より、炎馬をさっさと片付けてしまえ。だが、共に行くなどと、そんな馬鹿な考えはこ
の僕が許さない"
「貴様の許しを誰が請うた?海の鬼灯に貶められても、あれはガルフ島の……者たちなんだ。
闇の中をさ迷わすわけにはゆかないっ!!」
"闇の中へなど、行かせはしない。闇馬刀は人々を闇に誘う剣ではないんだ。だから、ゴットフ
リー、渾身の力を込めてあの炎の馬を斬ってやれ!"
お前の本質は悪なんかじゃない。僕にはやっと答えが見えてきた。闇と光を同時に導く、二つ
の世界を渡る者……だから、みんなが救いを求めて、お前のまわりに集まってくる。
"ゴットフリー、自分を信じて、その闇馬刀をもう一度よく見てみろ!そうすれば、自ずから、お
前の選ぶべき道が見えてくる"
「俺の選ぶ道……」
ゴットフリーの手の中で闇馬刀が薄く輝きだした。その刀身を見据える灰色の瞳には、闇へ
続く一本の道が映し出されている。
「刀身の中の一本道は、暗黒へ続くばかりだ。ここに何の救いがあるというんだ」
"それは、お前の心が負に向かっているからだ。望めば、その剣は希望の道への指針となる。
僕の力に触れて、ガルフ島で色をかえた黒剣。レインボーヘブンへの道標を指し示した後、あ の剣はどこへ行った?闇馬刀は、形こそ違ってはいるが、お前の愛刀……黒剣と同じ物だ。 お前は自分でも知らぬうちにそれを悟っているではないか!"
ジャンがそう言った瞬間、紅い灯がざわと揺れた。そして、巨大化した炎馬がニ・三歩後ざす
りをした。
ぼうっと白く輝きだした闇馬刀の光が、徐々に眩さを増してゆく。ゴットフリーの後で、なす術も
なく傍観していた伐折羅が、あっと声をあげた。
剣の色が……変わってゆく!?そんな馬鹿な!
ゴットフリーが握る剣の根本から、閃光が走るように闇馬刀が漆黒から白銀に色を変え出し
たのだ。
何を驚くことがある?黒馬亭の天窓で、この剣は俺を待っていた。黒馬島の神剣として。それ
は何を意味している?
ガルフ島だけでなく、この黒馬島の住民まで、俺に託そうというのか。
真っ直ぐに構えた刀身を見据えて、灰色の瞳にその光を映し出す。そして、ゴットフリーは胸
がすくような笑いを浮かべた。
白銀の剣の中に一本の道が見えた。それは、闇へと続く道。その消失点は闇馬刀の奥にあ
る。
「だが、剣をはるかに超えて続く道が俺には見える」
闇馬刀を大きく振りかざすと、ゴットフリーは何の迷いもなく、それを炎馬に向けて振り下ろし
た。
静かすぎる終焉がやってきた。炎馬を作り出していた海の鬼灯は、叫ぶこともなく、白銀の剣
を受け入れたのだ。
炎馬から飛び散った紅い光が、剣の光に溶け込むように消えてゆく。そして、ゴットフリーが
振るった闇馬刀の切先から白銀の光がほとばしった。
光は闇馬刀を飛び出し、矢のように光の線を空に描き出した。
「それは天に続く道だ。ミカゲ……俺はまだ、そちらには行けない。俺がいなくても、お前は、み
んなの魂を光の中へ連れてゆけるな」
かすかにミカゲの姿を垣間見たような気がして、ゴットフリーはぽつりと言った。
やがて、光の走る方向の空が白く輝き出した。
「夜明けだ……」
長い夜が終りを告げた。上り出した朝日にゴットフリーの髪が紅く輝く。伐折羅は、その眩しさ
に目を細めた。黒馬島にはびこっていた海の鬼灯は、跡形もなく姿を消していた。
海の鬼灯と同じ紅。だが、この紅の深遠な光は闇の世界の物じゃない……。
そう思った瞬間、伐折羅は空にいる事が急に怖くなってきた。なぜなら、
僕の黒い鳥が……
朝日の光を受けた時、伐折羅の黒い鳥までが、白く色を変え出したのだ。
「ゴットフリー、駄目だ。僕はこの鳥には乗れない。これは、僕の鳥じゃない!」
「伐折羅っ、危ないっ!」
ゴットフリーは、驚いて手を伸ばしたが、それを振り払うように伐折羅は鳥から落ちていった。
あの鳥には僕は乗れない……白い鳥。天喜の白い鳥!あの鳥は……僕が乗るには眩しす
ぎるんだ。
「ジャン、何とかしろっ!伐折羅が落ちたぞ!」
ゴットフリーが叫んでも、ジャンの返事は返ってはこなかった。
「ジャン……?どこへ行った……」
朝日に輝く天喜の白い鳥の上で、ゴットフリーはふと、東の空に目をやった。
俺の選ぶべき道。ジャンは言った。自分を信じれば自ずからその道は見えてくると。
闇馬刀からほとばしった光の道と平行に、七色の虹が空に線を描いてゆく。
それは、架け橋。至福の島、レインボーへブンへの虹の道標。
伐折羅はただ、悲しかった。どうあがいても届かない思いに、心を砕かれていた。
手を伸ばせば、触れられる場所にいたのに……けれども、どんなに近づいたとしても、あの
人を自分の元に留めて多く事はできない。
このまま、どんどん落ちていってしまえと、伐折羅は半ば自暴自棄になって目を閉じた。
地面にたたきつけられて、死んでしまってもかまわない。黒馬島の黒い大地に深くめりこん
で、そのまま眠ってしまいたい。
だが、朝日が昇りきるその前に、伐折羅をささえた者がいたのだ。ふわりとした感触に包みこ
まれた時、伐折羅の体は宙に浮かんでいた。
「誰?何で僕を助ける!!」
"動かないで。夜が明けきってしまったら、私はあなたをささえる事ができなくなる"
「お前が誰だか知らないけど、助けてもらう筋合いはない。放っておいてくれ!」
"……私もあなたと同じ闇の住民。あなたの思いが私には痛いほど解る"
「闇の住民……?」
"私は、夜の風……レインボーヘブンの欠片の一つ。どんなに焦れても叶わぬ思い……それ
は闇の住民の宿命。でも、ゴットフリーはあなたが死んだら、きっと嘆き悲しむでしょう。いつか 彼はあなたの力が必要になる。ジャンが光の中からゴットフリーをささえる礎ならば、伐折羅、 あなたは闇の側から彼を助ける夜叉王なのよ。だから、お願い。強い心を持って。そして、自 分を決してあきらめないで"
伐折羅の体が、黒馬島の上に降り立った時、夜の風の気配は掻き消されたようにいなくなっ
ていた。
天喜の白い鳥が朝日の中を飛んで行く。伐折羅はほろ苦い思いで、遠ざかってゆく白い鳥を
目で追った。久々に見る朝日は、伐折羅には眩しすぎた。静かな湖底の漆黒の瞳、そこから 溢れ出す涙を伐折羅は止める事ができなかった。
焼け焦げた町にも、希望は残った。町の中心は燃え尽きたものの、他の地域への飛び火は
まぬがれた。
呆然とたち尽くしていた人々も、昇る朝日に励まされるように、町の修復に動き出した。
「俺は、人間というものは強いものだと、つくづく思ったよ」
ジャンの服の砂をはたきながら、タルクは言った。
絶大な指導力を発揮して、島の人々をまとめあげた後、タルクは町外れに倒れていたジャン
を見つけたのだ。
「ガルフ島の時だって、みんなそうだったじゃないか。希望さえ失わなければ、どんな状況だっ
て人は立ち上がれると言う事だよ」
派手に倒れていたわりには、今はけろりとした顔でタルクの横で笑っている。特に怪我もして
いない様子のジャンを見て、タルクはほっと安堵の表情を浮かべた。
「……で、ゴットフリー隊長……いや、ゴットフリーは無事なのか?あの紅い灯が消えうせたと
いう事は、海の鬼灯に勝ったんだな?」
タルクの言葉にジャンは少し首をかしげてみせる。
「うーん、勝ったというより、導いた……という感じかなあ」
「言ってる事がよくわからんぞ。とにかく、無事なんだな?ゴットフリーに、俺はまた、会えるんだ
な」
「会えるよ。ほら、もうそこに来ている」
ジャンが指差した空の方向に目をやり、タルクは思わず苦笑した。
「ワンダーランドの最後の動物か?あれは……」
白い天女が地上に降臨するかのようにゆるやかに……タルクとジャンの方向へ、巨大な白
い鳥が舞い降りてくる。
朝日を後ろから受けた、その背には、ゴットフリーの姿があった。
「ゴットフリー!!」
我慢できず駆けよって、ゴットフリーを大きな体に抱きしめる。タルクの突拍子もない行動に
ジャンでさえも目を丸くした。
「な、何だ?いきなり……やめろっ、息ができない」
どう反応してよいか、解らぬ様子でゴットフリーはされるがままになっている。
「あ……す、すみません。いや、すまない。あんまり嬉しくて、つい我を忘れてしまった」
はっと、気付いて、大慌てで手を離すと、タルクは気まずそうに笑った。ゴットフリーは、それ
には知らぬふりを決めこんで、ジャンに言った。
「伐折羅が下に落ちたんだが、何処にも姿がないんだ」
「伐折羅が?……ああ、だから、霧花がいなくなったのか。大丈夫。多分、霧花が伐折羅を助
けてる」
「霧花……あの、夜の風か?」
「お前、霧花に会ったんだな。そうか、夜の風……あれも、レインボーヘブンの欠片の一つだ」
そして……お前が探していた水蓮は、彼女だったんだ……。
その時だった。
「ジャン、タルクっ……」
「天喜!!」
海岸の方向から、駆けてくる少女。
「良かった。無事だったんだな」
タルクは、先程の事もあってか、多少控えめに天喜を迎えた。
「伐折羅は?黒馬亭は……大丈夫なの?」
「黒馬亭は、無事だ。伐折羅も大丈夫だよ。黒馬亭で待っていてくれと言っていた」
ジャンの言葉にタルクは眉をしかめたが、天喜を心配させるなと、ジャンからそっと目配せを
送られて、敢えて言葉を挟む事はしなかった。
「なら、早く、黒馬亭に帰らなきゃ!」
二人を急かせながら、天喜はとまどうようにゴットフリーに目をやった。
「あなたも一緒に。無事で良かった……本当に良かった」
悪夢のような夜の喧騒に、人々も疲れきって、眠りにおちてしまったのだろうか。黒馬島の朝
はやけに静かだった。今は海から響く小波の音だけが聞こえている。黒馬亭への道すがら、天 喜は昨日、海岸で会った不思議な男の話を語りだした。
「緑の髪の男……それはBWだ。天喜はBWに会ったんだな」
「ジャンはあの人を知っているの?!BWは自分はレインボーヘブンの欠片、紺碧の海だとい
って消えてしまった。とても、不思議な人。でも、あの人なのよ。黒馬島の炎を消してくれたの は」
「ああ。タルク、お前、あの時降った雨が塩辛いって言ってたもんな」
ジャンに視線を送られても、タルクにはどう答えていいかわからない。あの青二才がレインボ
ーヘブンの欠片?紺碧の海?どう考えてみても、それはタルクの理解の範疇を超えていた。
「BW……ガルフ島を飲みこんで、海に消えたかと思っていたが……」
ジャンたちから数歩離れて、先頭を歩いていたゴットフリーが、小声でつぶやく。
「レインボーヘブンの欠片……あの人、BWは、こんな事も言っていたの。私の母さんは……レ
インボーヘブンの欠片、空だと。そして、私と伐折羅はその血を二つに分けて受け継いでいる と……」
「何だって?奴がそんな事を?」
「母さんはいつも、空を見ていた。虹の彼方に至福の島があると言って。とても、信じられない
事だけど、でも、もし、母さんがレインボーヘブンの空なのだとしたら、それはどこへ行ってしま ったの?」
「天喜のお母さんがレインボーへブンの空……そうだったのか。天喜のお母さんは、紅の花園
で花の毒気に充てられて死んだとザールは言っていた。だから、お母さんを花園に埋めた時、 ザールは見たのか、レインボーヘブンの青い空を」
ジャンの言葉に、天喜は、寂しげに笑った。それから、ふと空を見上げて、舞い降りてきた白
い鳥に手を伸ばした。
これは、私の白い鳥……母さんの化身の。
「多分、その鳥がレインボーヘブンの欠片……空だ」
ゴットフリーは立ち止まると、天喜の方を振向いて言った。
「伐折羅の黒い鳥は、朝日をあびて白い鳥に姿を変えた。……伐折羅の黒い鳥と天喜の白い
鳥。二羽の鳥を同時に見た者がいるか?夜の時間と昼の時間、レインボーヘブンの空の血を 夜と昼に分けて、お前たちが受け継いでいるのだとすれば、人間の体が滅びた時、お前たち の母親の心はその鳥に成り代わって、伐折羅と天喜を見守っていたんだ」
天喜の肩に乗り、白い鳥がチチッと囀った。
「本当にそうなの?あなたがお母さんなの?」
天喜の問いに、白い鳥は答えない。鳥の言葉を代弁するようにジャンが、
「その鳥に人間でいた頃の記憶は残っていないと思うよ。それでも、その鳥は伐折羅と天喜を
守りたいんだ。お母さんの強い気持ちは本能となって、今も鳥の中で生きつづけてる」
すると、神妙な顔をしたタルクも、しみじみと言った。
「母親っていうのは、いつも子供の幸せを願っているもんなんだな。例えどんな形になったにせ
よだ。俺なんざ、さよならもろくすっぽに言わないで、家をでてきてしまって、ガルフ島が沈んだ 後は、生きているのか死んでいるのかわかりもしない。こんな話を聞くと、もう少し色々な事を 気にかけてやったらよかったと、つくづく思うよ」
そんなタルクたちの会話から遠ざかるように,ゴットフリーは、再び黒馬亭に向かって歩き出
した。
母親……俺にはそんな記憶はありはしない。だが、リリア……あの人には幸せになって欲し
かった。海の鬼灯になってまで、この世に留まりたがったリリアの心。それを絶ち切ったのは、 闇馬刀……あの人を一番守らなくてはならない、この俺の剣だったんだ。
心が痛んだ。炎馬と戦った時に見たガルフ島の人々の顔、特にリリアの顔が脳裏に焼き付
いて離れない。
「ゴットフリー、ちょっと、待ってくれ!」
足早に行ってしまう、ゴットフリーをタルクが呼ぶ。そ知らぬ顔で無視するつもりが、タルクの
一言がその足を止めた。
「どうしたんだ、ジャン?お前、気分でも悪いのか?」
先程まで、饒舌に話をしていた、ジャンの様子がおかしい。立ち止まって、俯き、肩を小刻み
に震わせている。
「ジャン……お前……泣いてるのか?」
顔を覗き込み、タルクは驚いて表情を曇らせた。
「おい、どこかで怪我でもしたのか?痛いところでもあるのか?」
無言で、流れる涙を手でぬぐう。それでも、ジャンは、あふれ出る涙を止める事ができなかっ
た。
「……だって、心が……伝わってきて……僕は悲しくなってしまって……」
泣きながら、ジャンはゴットフリーの方へ歩き出す。タルクと天喜は、なす術もなくただ、おろ
おろとジャンを見守っている。
「お前、何を、泣いている?」
ジャンを見つめるゴットフリーの灰色の瞳は、かすかに戸惑いの色を帯びていた。
だって……泣いているのはお前だろう?その思いが僕の中にあふれ出て、僕は涙を止める
事ができない。
「男のくせに、人前で泣くのはよせ。見苦しいぞ」
はき捨てるようにゴットフリーは、悪態をついた。ジャンは少し笑い、聞き取れない程の声でこ
う言った。
「なら、お前の代わりに僕は一人で泣いている……」
そのとたん、ジャンの足元で土塊が盛り上がり出した。みるみるうちにそれは、高く上に伸び
上がってゆく。
「えっ、何っ?ジャンの下の土が……」
口をぽっかりと開けたまま、天喜は天を仰いだ。だが、今回のタルクはかなり冷静に、この状
況を受け入れる事ができた。ガルフ島でも、ジャンは、居住地の屋根をはるかに越える高さの 山を作った事があったのだ。もっとも、その時、ゴットフリーは寸でのところで、ジャンの作った 山から転がり落ちてきた大石の下敷きになるところだったのだが。
ジャン一人がやっと乗れるほどの、細長い山。その頂上に座り、ジャンは膝小僧に顔を隠す
ように泣いていた。
"僕を放っておいて。一人でここにいたいんだ"
頭に響いてくるジャンの声。
「タルク、何が起こったの?ジャンの声が頭に浮かぶ……それに、この山は……」
「驚くのも無理はないよな。ジャンはな、天喜の母さんのお仲間らしいんだ。レインボーへブン
の欠片ってやつの」
「……レインボーへブンの欠片?七つの欠片のうちの一つ、それがジャン?お母さんは空、B
Wは海……そして、私は夜の風も知っている。なら、ジャンはレインボーへブンの何?」
「ジャンは礎、レインボーへブンの大地だ。だから、奴は山を作り、大地を揺らし、天の道を作
り出す」
そう告げるゴットフリーの声には、一抹の疑いも込められていなかった。
「レインボーへブン……女神アイアリスにより七つの欠片に分けられた島……いつか、ジャン
やお母さんたちは、またレインボーへブンに還る。本当にそんな事ができるの?」
「俺やタルク、ミッシェ、そして、ジャンはそのために旅を続けてきた。真の至福の島を蘇えらせ
る場所を探すために」
「私も行きたい……。伐折羅と二人で、お母さんがいるレインボーへブンの空を見てみたい」
天喜は琥珀のように澄んだ瞳でそう言った。その頭に手をぽんと乗せてタルクが言う。
「呼んでやるとも。俺たちがレインボーへブンを見つけたら、天喜と伐折羅を真っ先に。何たっ
て、お母さんが空なんだからな」
同意を求めるようにゴットフリーに目をやった瞬間、タルクははっと、ある物を思い出した。
「そうだ……大切な物を忘れていた」
ごそごそとポケットをまさぐり、中から取り出した物をゴットフリーに差し出す。
「これは……」
「ザールから預かったんだ。お前の親の遺品だと言っていた」
豪奢な造りの金のロケット。このロケットを欲しいが為に、ゴットフリーはザールの罠に陥った
のだ。
黙ってロケットを受け取り、その蓋を開けてみる。
「中の写真はザールが捨ててしまったらしい……本当にあいつは馬鹿野郎だ!」
はき捨てるように言うタルクの手に、ゴットフリーは再び、ロケットを手渡した。
「そんな物にはもう用はない。どこかへ捨ててしまってくれ」
「えっ、でも、大切な物なんだろう?!」
「今更、親の事を知って何になる?俺には必要のない物だ」
「でも……」
その時、タルクの手に、白い手がすっと伸びてきて、金のロケットを奪い取った。天喜だった。
「捨てるなんて絶対、駄目。これは、私が持っているわ。タルクたちがレインボーへブンを見つ
けて、私と伐折羅を迎えに来るまで、私がこれを預かっている」
いいでしょ?と天喜の瞳が強く訴えている。
「ゴットフリー、それでいいのか?」
彼の出方がわからない。タルクは多少、とまどい気味にゴットフリーに目をやった。だが、
「いいだろう。俺は必ず迎えに来る。そのロケットはお前の好きにすればいい」
ゴットフリーには迷いがない。天喜はぱっと頬を赤らめた。
「ならば、この鳥を連れていって。この鳥はレインボーへブンの欠片、空なのでしょ。あなたたち
の旅には必要なはず。黒馬島がどこへ行ってしまっても、この鳥が、私と伐折羅のいる場所を 見つけてくれるわ」
「黒馬島がどこへ行ってしまっても……ってどういう事だ?この島はいったい……」
タルクは解せない風に、首を傾げたが、ゴットフリーには思い当たる節があった。
「この島は、俺たちの前に何の兆しもなく、突然現れた。靄に隠されているだけでなく、この島
は……」
「そう、この黒馬島は一つの場所に留まってはいられない。島ごと移動を繰り返し、住民でさえ
もその位置を知ることができない。だから、一度、この島を出た物は二度と戻ってはこれない のよ」
「何?!何でそれを早く言わなかった!」
驚くタルクに天喜は気まずそうに下を向く。
「だって、タルクたちは、久しぶりに会った外海の人たちだったのよ……言えばみんなは出て言
ってしまう。そして、もう、戻る事はない。それが嫌で……」
「ただし、例外があったな。西の盗賊、そして、ザール。奴らはその方法を知っているはずだ」
「みんなはそんな事を言ってるけど……でも、島が動く前は小さな地震がいくつも起こるから、
私たちにも少しは予測ができるのよ」
天喜の言葉にゴットフリーは、ザールが館で言った事を思い出していた。
なるほど、奴が館でタイムリミットはせいぜい5日と言っていたのは、島が移動するまでの時
間の事だったんだな……
「まだ、黒馬亭で休めるだけの時間はあるわ。それでも、早めにこの島を出た方がいい。一
度、移動を始めたら、次にこの島は海の果てに現れるかもしれない」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |