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名演11月例会 木山事務所公演 

作・演出 福田善之

「ピレネーを越すとアフリカ」
 こう言ったのは誰だったか?ナポレオンの言葉だそうだが。
ピレネー山脈の向こうとは、スペインを指すのは間違いない。ヨーロッパの辺境であるという認識である。
 事実、ピレネー山脈を境にフランスとスペインで気候風土に顕著な違いがある。フランスはなめらかな田園風景が広がるのに対し、スペインでは荒涼とした山々の連なりや刻まれた谷、乾燥した大地が印象的である。
 太陽と情熱、フラメンコに闘牛がスペインを物語る。
 
 20世紀のスペインを象徴する事件と言えば、スペイン内戦(civil war )だろう。
 1931年ブルボン王制が廃止され、第2共和制となる。共和国政府は憲法を公布し、大土地所有制の農業をなくす農地改革、文盲をなくす教育改革などが期待されていた。ところが地主、資本家、教会などの封建保守勢力の反対にあい実行できないまま、社会の緊張が激化していった。
 こうした政治情勢の中、1936年2月の総選挙は僅差で人民戦線側が勝利した。アサーニャを首相とする人民戦線政府が成立すると、封建保守勢力との対立は極度に高まった。そしてその年の7月、遂に軍部の反乱が起こり、それが全国各地に波及して内戦が始まった。
 内戦はドイツ、イタリアなどのファシズム国家の全面支援を受けたフランコ反乱軍が戦いを有利に進めた。1939年3月反乱軍のマド−ド占領で第二次世界大戦の序曲といわれる内線は終結した。
 内戦によりおよそ百万人の死者を出し、百万人が海外へ亡命又は難民になり、さらに人民戦線側の20万人が処刑されたと言われる。膨大な犠牲の上に軍事独裁政権が、1975年まで36年間続いた。

 スペイン内戦を題材にした文芸作品はたくさんある。文学の分野では、ヘミングウェイ『誰がために鐘はなる』とマルロー『希望』が双璧で、オーウェルも従軍体験を基に『カタロニア賛歌』を書いた。故郷の村を無差別爆撃されたピカソは『ゲルニカ』で憤激を表現した。
 映画でもスペイン内戦やその前後を描いた作品は多く『誰がために鐘はなる』を観た人もいるはずである。その他に『戦争は終わった』『日曜日には鼠を殺せ』『ミツバチのささやき』『歌姫カルメーラ』『大地と自由』『ロルカ暗殺の丘』『蝶の舌』などがある。
 独断的にお勧めの作品を一つ挙げると、2年位前に公開された『蝶の舌』になる。スペインのガリシア地方の町を舞台に物語が展開する。1936年2月の人民戦線政府成立の頃から、7月に政府転覆のため反乱が起きるまでを描く。軍部の反乱が起こり、町の人々は政府側か反政府側(軍部)か、どちらにつくか決断を迫られる。ファシズムがいかに人間の精神や感情を引き裂き、いとも簡単に人間同士の絆を分断していくか、結末の5分間は、悲痛な場面だった。

 福田善之が『壁の中の妖精』を書くにあたって参考にしたのは、ロナルド・フレイザーの「壁に隠れて−理髪師マヌエルとスペイン内乱」という本である。フレイザーがマヌエルとその妻フリアーナ、娘マリアにインタビューした記録である。3人の語った内容は細部に渡る。自分や自分の生き方を、嘘や誇張がなく誠実に語っている。読むと1905年から1969年までのスペインの歴史の一端が理解できる。読み応え十分だった。

 『壁の中の妖精』はスペイン内戦後30年間、壁に隠れて生活した男とその妻、娘の実話を題材にしてできあがった。
 作者の福田善之は、一人ミュージカルとして書き上げた動機を次のように語る。

 《スペイン戦争だけは近づくまい、と思っていた。もう半世紀も過ぎたこの世界的事件に、いまなお情熱を燃やす人々の数はすくなくない。その戦争におそらく日本人としてただ一人参加し、死んだ兵士ジャック白井のことを『れすとらん自由亭』という芝居に私は書いた。
 そのときの参考資料のなかに「壁に隠れて」があった。同じ戦争のさなかに、短い期間だが共和国の村長をつとめた男が、そののち実に三十年、壁の中に暮らしていた、という、それは仰天するような事実についての記録なのだが、私はその「彼」や「彼の妻」そして「娘」たちの明るさに感じ入った。
 主人公は男でなく、妻と、彼が壁の中に入ってから生まれた娘にしよう。おそらく娘にとって彼(父)は、自分の成長を壁の中から見守ってくれる「妖精」だった。彼女は闇のなかで彼と対話しながら育った・・・
 そうだ、一人芝居にしよう、歌も踊りも入れて、・・・》

 演劇の楽しみは作者、演出、役者など制作側の創造力が観る側の想像力をどのように刺激するかである。だから観る側にも享受する力が必要で、そのせめぎ合いに演劇の魅力がある。

『壁の中の妖精』は、福田善之の着想力が秀逸である。壁の中の隠れ家で、閉塞された30年を生きた男と家族の物語にスペインに伝わる民話の世界を見事に織り込んだ。苦難の時代にあって、勇気と楽天性を失わず「生きている素晴らしさ」を感じさせる。春風ひとみは動きや感情を生き生き表現している。
上演記録が伸びている理由が分かるというものだ。


「名演」1995年8月号 
春風ひとみインタビュー 再録
 1995年8月の名演での初演時のインタビューを再録しました。

このお芝居は人間愛のお話です

まず、この『壁の中の妖精』の魅力についてお聴きしたいのですが。

「このお芝居は、本当に人間っていとおしく、素晴らしいものだと思える作品なんですね。ここに登場する母親のフリアーナはとても大きな心で夫や娘に接し、30年間守り続けたわけですが、娘に対しても、自分に対しても厳しく、甘やかしはしませんでした。だからあの状況下でも守り通せたのです。その母親を演じていて、人間ってなかなか見捨てたものじゃないなと実感しました。私自身とても励まされましたね。
 このお芝居は一人芝居のミュージカルで大変なところもありますが、このことが大きな支えになっているんです。ある意味で私は伝道士なのかもしれません。ですから、私が舞台で一番生きていなくてはと思っています。」

お客様参加型のお芝居

一人芝居で大変苦労されているところもあると思いますが。
 「このお芝居はひとり芝居でその上ひとりミュージカルですので、勿論膨大なセリフとか何役もやるので落語などで使われるような技術も必要ですが、そういう事よりも、お客様が物凄いエネルギーで見てみえるんで、油断するとお客様にエネルギーを取られちゃうんですよ。そこが他のお芝居と違うところで、怖いところなんですね。このお芝居は、まさしく、お客様参加型のお芝居なんです。
 私が一人で演じますから、私がこう右を見たり、左を見たりすることによりお客様が何かしら想像していただかないとその役が立ち上がってこないんです。そういう意味では特殊な舞台で、お客様の想像と私の舞台の上での演技がプラスして初めて一つの作品になるものなので非常にそういう意味では変わっているし、おもしろいのではないかと思います。」
 
私を支える何かが上から降りてくる

とても体力がいるお芝居だと思いますが。
 「私に会って頂くとわかりますが、凄く痩せてますし、凄く華著なんです。このお芝居を終えるとその上また何キロも痩せてしまうんです。でも、自分でもわからないんですが、この舞台をやっていると何かが上から降りて来るんでしょうか、この華著な身体が肉付けされていくんですね。あとから考えると、とても自分がやったものと思えないんです。ビデオを見ても絶対私じゃないなって(笑)。本当に幕が開いて私が実際舞台に立ってみないとわからないぞっていうところが私の中にありますね。
 
私を成長させてくれた舞台

 それと、先程もお話ししましたが、このお芝居には、いろんな意味で私にとって大きな試練があったんですね。勿論、一人芝居は私にとっては夢でしたし、これができる事はとても幸せだと思います。しかし、宝塚時代を通じても初日を開けるのがこれほど不安だったことはありませんでした。でも、このお芝居を通じてとても大切な事を教えられました。まだまだ私にも可能性が残されているな、自分をいじめてやるとまだまだ伸びるんだなということです。私は、この作品をやることで励まされながら、できる限りやり続けたいと思っています。」
 
『壁の中の妖精』とても期待していますので宜しくお願いします。そこで、名演の仲間に一言メッセージをお願いします。
 
 「ちょっと疲れていたり、いろんな事で生きていることがちょっと不満かなとか少し嫌だなと思っている人は絶対観にきてよと芝居の中の登場人物たちは言っていると思います。必ず励まされると思いますので是非御覧下さい。」
 
 
 


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2003/09/10更新