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娯息斎詩文集(ごそくさいしぶんしゅう)その他-江戸
   原本:『娯息斎詩文集』(闇雲先生作・当筒房・明和七年(1770)刊)       (国立国会図書館デジタルコレクション)  ◯『娯息斎詩文集』(闇雲先生作・当筒房・明和七年(1770)刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   ◇江戸の繁華   〝東都(とうど)の曲    万国の諸矦(だいみやう)大手に集まり    四海濤(なみ)静かなる泰平の寿(ことぶき)    鎗持の放屁(へ)は隍(おほり)に響いて高く  下馬の寒具(だんご)は砂に和(まぶ)して售(あきな)ふ    戯場(しばゐ)の大入暁を侵(おか)して争い  吉原の全盛は人をして驚かしむ    鍵屋の於千(おせん)処々に響き       柳屋於藤(おふじ)日々に栄(さか)ふ    開帳の桃燈(てうちん)春風に動き      上野の中堂碧空(あをぞら)に輝く    両国橋長(なが)ふして侲僮(かるわざ)賑わい 猪牙舟(ちよきぶね)迅(はや)ふして遊人通ふ    屋舩(やねぶね)強飲(ぐいのみ)略語(しやれ)遊び 下撫本田(したなでほんだ)自(おのづか)ら風流    日暮らし穴暗くして人猶(なを)潜り     飛鳥(あすか)花開いて心弥(いよ/\)浮かれ    日暮らし飛鳥繁華を競ふ          春信文調花奢(きやしや)を画く    年季野郎が長歌(ながうた)は        道理で南瓜か是れ唐茄(とうなす)〟     ◇顔見世   〝顔見世に題す    人は群がる市松が店     貴賤共に浮かれ来たる     積み物道を塞いで夥(をゝ)く 燈篭檐(のき)に連なつて開く    毛氈桟敷に靉(たなび)き   狂言舞台に暉(かがや)く    大入り世界を傾け      暫くの聲一陽を催す〟   ◇浅草楊枝屋 お藤   〝金龍山に遊んで吉原を懐(おも)ふ    塔は高し山門の側ら         鳩は衆(をほ)し本堂の前    口を開いて絵馬を望(なが)め     緡(さし)を解いて塞銭(さいせん)擲(なげう)つ    誰か知らん銀杏(いてう)の下(もと)  人は群がる揚枝(やうじ)鄽(みせ)    花に似たり於藤(をふぢ)が質(すがた) 山に漲(みなぎ)る参詣の涎(よだれ)    想像(おもいやる)北国の楽しみ    羨(うらや)み見る馬道の辺(ほと)り    観音罟(あみ)に懸かつて後      此の地幾年(いくばくのとし)をか経たる〟   ◇吉原夜景   〝秋夜 金幸文公と同じく吉原に遊ぶ    衣紋刷(つくろ)はんと欲す極楽の辺り 三味線の声聖賢を驚かす    大門客を迎へて口舌促(もよを)し   灯籠闇を照らして菩薩連なる    大尽の居続け揚屋に潤(うるほ)い   地廻りの悪口格子に翩(ひるがへ)る    秋夜一剋価(あたい)千両       置酒(さかもり)最中禿(かぶろ)眠(ねむる)に堪へたり   ◇元日 鳥追い   〝江戸の元日    丸一太鼓暁天を動かし        御慶(ぎよけい)共に祝す門松の辺(ほと)り    双六簺(さい)に任せ道中早く     鳥追い春を告げて編笠連なる    万歳総て鰊鯑(かづのこ)の酒に酔ふ  児童遣い尽くす巾着の銭    礼者は杯を辞して又春永(はるなが)  今朝(こんちやう)正月神田より来たる〟   ◇娼婦   〝舩饅頭    舟を繋ぐ辻番の傍ら  値(あた)は賤(やすふ)して鼻落ちんと欲す    皺は深し振袖の情   人を留(とゞ)むること更に幾度(いくたび)ぞ      ◇柳屋お藤   〝柳屋於藤に贈る    名は高し銀杏(いちやう)女(むすめ)  正に是れ娘の親瑶(おやだま)    指は楊枝と与に細く         姿は錦画に勝(まさ)つて嬌(うるわ)し   ◇赤本   〝赤本を読む    喜び見る桃太郎         勇力鬼を平らぐる     偏へに団子の甘(うま)きを知る  自(おのつか)ら是れ日本(につほん)   ◇江戸四季の遊び   〝飛鳥山の花    毛氈芝に連なる飛鳥の春    老若の花見蝿の屯(あつ)まるに似たり    徒(ただ)看る石碑更に読み難し 一樽の諸白共に親しみに堪へたり〟   〝両国橋の納涼(すずみ)    風涼しうして向つては晩に栄ふ 玉屋の花火星を焦がして明らか    如斯(こんな)納涼(すずみ)が何ぞ唐(から)にも在らんや 楼舩(やかた)の長歌河に響いて清し〟   〝武蔵野の月    武野(むさしの)悉く変じて名空しく残る       明月寒具(たんご)相與に団(まろ)し    借問(しやもん)す紫兎(うさぎ)何を見てか躍(はね)る 酒無く銭無(な)ふして欄干に倚る〟   〝三囲の雪    隅田川の辺(ほと)り雪花に似たり 今朝誹人犬と與に嘉(よろこ)ぶ    真崎田楽酒を勧むるに堪へたり  北国近く連なりて家に帰へらんことを忘る〟   ◇笠森お仙   〝笠森の美女を詠ず    参詣群集(ぐんじゆ)す笠森辺(ほと)り  始め見る正真の弁財天    老若拝んで飲む一杯の茗(ちや)     花より団子の是於千〟   ◇芝居 正月   〝春狂言を観る    毛氈霞に似て花道斜めなり 路考が濡れ事人をして嘉(よろこ)ばしむ    年々紛失する友切丸    対面春を賀して舞台華やかなり〟   ◇初午 二月   〝初午に題す    社頭覡(みこ)美しふして神楽頻りなり   祝(いさ)め奉る稲荷大明神    太鼓音高(たかふ)して童子(こども)集まり 行燈(あんどう)地口(ぢぐち)年々新(あらた)なり   ◇隅田川   〝墨水(すみだかは)に過(よ)きる    秋葉三囲(みめぐり)梅児塚(むめわかづか) 下戸も上戸も相与(とも)に群がる    独り羨む屋舩(やねふね)二上(あがり)の節 焼餅胸を焦がして未だ聞くに堪へず   ◇深川   〝深川にして題す    土橋中町共に粧(よそほ)ひを飾る 拝んで看る楼下(やぐらした)の六部娘    料理は餕(うま)し二軒茶屋    銭金遣い竭(つく)す八幡の傍ら      ◇笠森お仙   〝山下美人の賦    中華(もろこし)の楊貴妃は  陳奮翰(ちんぷんかん)の中(うち)に生まれて    未だ粋と称するに足らず   又何んぞ吾が町(てう)の意気地を知らんや    信(まこと)に美なりと雖も吾が相識(ちかづき)に非ざれば 只毛唐人の掛直かと疑ふ    山下の壮年婦(としま)は美人の正札附と謂つべきなり     謹んで其の源を問へば    容(かたち)を加茂川に曝して  心を吉原に磨き    風流を八文字に尽くし    名を細見に輝かす    色香共に備わつて 顔(かんばせ)上野の桜を欺く    評判天下に響いて      争つて茗香(はなが)を慕ふ     或ひは葦簀(よしず)を穿(うが)つて窺(うかが)ひ 或ひは分けて肩を押し望(なが)む    見得房(みえばう)の茶銭は緡(さし)を解かず 馴染みの君子は一角を擲(なげう)つ    和尚は寺を開いて大黒を拼(ふりす)て 春信は筆を捨てゝ天人かと怪しむ    一たび唇を動かせば 坐中の雲突(うんつく)解けて水飴の如し    一たび笑ひを含めば 往来の貧公総べて腰を抜かす    老若の鼻毛は麹町の瓶縄(つるべなわ)より長し    縦然(たとへ)万金を積んで君が手づから茶を求めんと欲すと雖も    後世誰か再び此の幸いを得ること有らんや     是れ飛んだ茶釜に匪ずんば 則ち誰か其飛んだ茶釜ならん〟   ◇吉原   〝吉原青楼の記    金龍山の北に青楼有り 吉原と号(なづ)く     前に八町の堤(どて)を抱き 隅田川の流れを帯ぶ    来たる四手(よつで)駕有り 還る頭巾有り    大尽弥(いよ/\)奢り   野暮尽すに堪へたり    此の町(てふ)に遊んでや  孔子も粋と為らんことを願い 釈迦も振られんことを恐る    親爺は後生(ごせう)捨て  息子は勘当を忘る     人として此の里に遊ばずんば則ち 偏に山家(やまが)の猿に似たり    里無主(りんす)夜無寿(やんす)の妙音を聞けば則ち     異見折檻の野暮なるを構わず 忽ち馴染み深間の切なるを楽しむ    八文字の道中は人の目を驚かす 引舟(ひきふね)禿(かぶろ)箱提灯    美を尽し禅を尽して中の町に輝く 待合(まちやい)有り口舌有り    漫々として宛(あたか)も天人の聚(あつ)まるが如し    此の里に徘徊すれば 更に夜の深(ふ)くるを知らず    已に閨中(ねどころに)入つて 独り来臨の遅き待ち兼ねて     幾回(いくたび)か心を廊下の跫(あしをと)に悦ばしむ    君徐(やうやう)来たれば狸寝いりを為す 是腐(くさ)れ儒者の知る所に非ざるなり    夜来魂胆深し 金(はな)落つること知んぬ多少 嗚呼(あゝ)吉原の楽しみ粋なるかな    或るは曰く 願はくは 京倡妓(じやうろ)に長崎の衣裳を衣(き)せ     江戸の張を持たせて 大坂の揚屋(あげや)に遊ばんとは宜(むべ)なるかな    夫れ色情の君子 江戸の倡婦(じよろう)の張に陥(はま)らずんば則ち     誰か傾城の貴(たつと)きを知らん 仮令(たとひ)蕩子(どらもの)の名を得(う)るとも    猶続けの長きに誇らん〟   ◇鈴木春信   〝滅法解    (前後略)    王子寂(さび)れて新田賑わい 鳥井衰へて春信盛んなり 是天地変化の大仕懸けなり〟