Top             『古画備考』         浮世絵文献資料館    古画備考              か行              ※〔古画〕:『古画備考』朝岡興禎編・嘉永三年四月十七日・嘉永四年四月二日起筆  ☆ がくこそう 学古叟  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1417   〝(補)学古叟    (補)柳下美人図 宮川風[印章]「學古叟」(朱文方印)〟  ☆ かしんさい みわ 三輊 花信斎  ◯「名画十六 」〔古画〕二十八 中p1151   〝三輪在栄 号花信斎、住江戸麹町辺、聽画猿、旁工彫刻、所帯小猿得称誉、世所謂三輪彫、寛政元年七    月七日歿、四谷饅頭谷善慶寺、遺跡志    花信斎[印章]「自得」(朱字)絹地横物、旭半出霞、猿蹲、    在栄号花信斎、寛政九年四月廿七日、南寺町、勝興寺、画風学白玉翁【墓所一覧、此墓二代目カ可尋】     六歌仙紙淡 (補)[署名]「三輪在栄筆」[印章]「刻字未詳」    (補)[署名]「花信斎図」[印章]「自得」(朱文長方印)「在栄」(白文丸印)【子母猿、絹淡拙】〟  ☆ かざん わたなべ 渡邊 華山  ◯「近世二」〔古画〕三十上 中p1271   〝渡邊華山 名定静、字子安、江戸人、精画譜、又名登、号全楽堂、会日一六、居半蔵門外、愛此楚江蘭、    蹇裳堪可采、長含大国香、好作君子佩、猗々数竿色、写出翠鮮明、坐疑清風夕、葉々送鳳鳴     写奉 舒◎渡邊公、博咲甲午(「天保五年」の添え書き)春正月十六日 登[印章]「渡邊登」「華山」     絹本墨竹石蘭(*摸写あり    (補)墨花鳥[印章]「登」(亀甲印)    (補)[署名]「華山外史登」〟  ☆ かつきち いむら 井村 勝吉  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1383   〝井村勝吉【宝永元年刻、丹前雛形ト云本ゑがく、京都人】用捨箱〟   〈柳亭種彦の随筆『用捨箱』は天保十二年(1841)の刊行〉  ☆ かんせつ とうりゅうさい 東柳斎 寛雪  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1416   〝(千虎補)東柳斎寛雪[署名]「東柳斎寛雪画」〟  ☆ がんぶん 岸文  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1392   〝岸文 門人 画草紙ニ此名アリ、一狂歌 頭光(ツムリノヒカルのルビ) 同上〟    〈「岸文笑」の誤記であろうか。「門人」とは前項に「一筆斎文調」とあるから文調門人の意味か〉  ☆ きぎょく 鬼玉  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1391   〝鬼玉 同(宝暦中)武江年表〟   〈参考までに『増訂武江年表』の鬼玉記事をあげておく。    宝暦六年(1756)〝六月、画工黒川鬼玉卒す(五十五歳。白山中丁心光寺に葬す。男(ムスコ)を松羅と云    ふ)「宝暦年間記事」〝浮世絵師鈴木春信、石川豊信(秀葩と号し、六樹園飯盛の父にして馬喰町の旅    店ぬかや七兵衛といへり)、鳥居清倍、山本義信(平七郎と称す)、鬼玉其の外多し〟とあり〉  ☆ きへい かめや 亀屋 喜兵衛  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1413   〝贋画人名       文政十年聞     松田ユウ庵 山楽画 密画 似セ師    金屋八助 同賛 昨年死、六十八九    亀屋喜兵衛 書画ヲ賈由、文政十二年春聞之    中通リ右兵衛 偽名書 守景、尚信〟    〈「書画ヲ賈由」は画くだけでなく商うという意味か。贋作者がなぜ「浮世絵師伝」に入っているのか不審〉  ☆ ぎょうちん ほづみ 穂積 堯珍  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1419   〝(補)穂積堯珍 号香牛遊女壱人立 奥村風    [署名]「穂積香牛筆」[印章]「刻字未詳」「穂積堯珍之印」(二顆ともに朱文方印)〟  ☆ きょうでん さんとう 山東 京伝  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1396   〝山東京伝 北尾重政門人、名政演、俗名伝蔵、住京橋銀座町、洒落本、草双紙、戯作其名高し、文化十         三子年九月七日死、号宝山、狂名身軽折助(ミカルノオリスケ)〟  ☆ きよかつ とりい 鳥居 清勝  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝清信門弟 清勝 高砂町〟    鳥居清信系譜  ☆ ぎょくざん いしだ 石田 玉山  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1367   〝石田玉山、岡田玉山【石田玉山門人】、青陽斎蘆国、一峯斎馬円    丹波桃渓、合川珉和、松好斎半兵衛  歌川豊秀、速水春暁斎、    已上、京大阪画草紙画者、享和前後人、武江年表〟    ☆ ぎょくざん おかだ 岡田 玉山  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1367   〝石田玉山、岡田玉山【石田玉山門人】、青陽斎蘆国、一峯斎馬円    丹波桃渓、合川珉和、松好斎半兵衛  歌川豊秀、速水春暁斎、    已上、京大阪画草紙画者、享和前後人、武江年表〟  ◯「近世二」〔古画〕三十上(朝岡興禎編)   〝岡田玉山修徳 文政の初の比より、大坂の石田玉山の弟子、岡田玉山、江戸へ下りて、神田紺屋町に住    しける、或日家を出て後帰らず、常に着たる、垢付し衣類のまゝにて、路費も貯へずして、出たり、妻    もありて、近隣のものと、倶に尋ぬれども、行方知れず、其絵も次第に行れ、且好人物にてありし、惜    むべし、武江年表〟  ☆ きよさだ とりい 鳥居 清定  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝清信門弟 清定 花房町〟    鳥居清信系譜  ☆ きよしげ とりい 鳥居 清重  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝清信門弟 清重【小網町、市川海老蔵画、名人】〟    鳥居清信系譜  ☆ きよしげ とりい 鳥居 清重  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝三代目清信門弟 清重〟〈名前のみ〉    鳥居清信系譜  ☆ きよたか とりい 鳥居 清高  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1364   (「前書き」『風流鏡が池』(独遊軒梅吟著・奥村政信画・宝永六年)の記事を引く)   〝菱川世をさりて、あまねく浅草、湯島、下谷、神明前、うつくしく色をこめて、思ひ/\の筆のたくみ、    詞にも及ばず、さりとては妙なりし、中にもわけて、鳥井清高は老筆のめづらかにも、風流なりし秘伝    の筆、その門弟に、庄兵衛【清信ノコト歟】(下略)〟    古画備考「前書き」  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1378   〝鳥居清高 庄兵衛ノ師ト、鏡ガ池ト云草紙ニ伝ヘリ〟  ☆ きよただ とりい 鳥居 清忠  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝三代目清信門弟 清忠【米沢町、浮世画彩色】〟    鳥居清信系譜  ☆ きよつね とりい 鳥居 清経  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1381   (「鳥居清信系譜」より)   〝清信門弟、代ヲ不記    清経 清満門弟、芝居板元、中島屋伊左衛門伜、俗名大次郎〟    鳥居清信系譜  ☆ きよとき とりい 鳥居 清時  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝清信門弟 清時〟〈名前のみ〉    鳥居清信系譜  ☆ きよなが とりい 鳥居 清長  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一   ◇中p1380「鳥居清信系譜」   〝弟子 清長【住本材木町、俗称新助、苗字欠、三芝居当代看板絵師、錦画彩色ノ名人也、七代目ヲ継ク、          成徳若年ノ比聞、新肴場ノ家守云々】       (中略)     清長門人 清元【和泉町ニ住ス、金ト呼ベリ】〟    鳥居清信系譜   ◇中p1400   〝七代目清信 鳥居清長 安永年間、彩色摺鈴木春信の頃より、次第に巧になりしを、清長が工夫より、    殊に美麗になりたり〟  ☆ きよのぶ とりい 鳥居 清信 初代  ◯ 『風流鏡が池』「浮世絵師伝」〔古画〕p中1364(独遊軒梅吟著・奥村政信画・宝永六年)   〝その(鳥井清高)門弟に、庄兵衛【清信ノコト歟】こまやかなるしきをかへて、なげ島田を書出して、    画にもまなぶ女の風、これ名人の名取川、にくらしからぬ筆故に、近代芝居の姿画は、どこの画馬の額    にも、あるが中にも、ある社、中村源太郎が、紫や小源になりし、おもかげにて、恋させ給ふ、七匁に    うらみの数をふくみける。その面ざしを、書たりしは、近代まれなる出来島絵と、皆立とまる色画とこ    そ、うけたまはり候なれ〟  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1379   〝鳥居清信 称庄兵衛、住難波町、師宣弟子ニ非レドモ、其風ヲ画て一家ヲナス、元禄ヨリ享保ノ人、    清信は江戸絵の祖といふべし、初は菱川の風俗なりしが、中ごろより画風を書かへし也、此後画風さま    /\に変化せしかども、歌舞伎の画看板は鳥居風に画く事也、    娼女画蝶 和画工鳥居庄兵衛清信画    [署名]元禄十三歳辰四月吉日、和泉屋杉本屋七郎兵衛板[印章]「清信」(朱文方郭内円印)    鳥居清信系譜  ☆ きよのぶ とりい 鳥居 清信 二代  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1379   (「鳥居清信系譜」より)   〝二代目 清信【一作清倍、是より画風綺麗になるなり、浮世絵類考】    鳥居清信系譜  ☆ きよのぶ とりい 鳥居 清信 三代  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1379   (「鳥居清信系譜」より)   〝三代目 清信 住難波町、早世、門人多、一枚摺ニ清倍ニ作ル二代目ノ弟トス〟    鳥居清信系譜  ☆ きよのぶ とりい 鳥居 清信 四代  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1379   (「鳥居清信系譜」より)   〝四代目 清信 俗名半三、早世〟    鳥居清信系譜  ☆ きよのぶ とりい 鳥居 清信 五代  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝五代目 清信【俗名四郎、芳町三味線所、後三絃引ニナル】〟    鳥居清信系譜  ☆ きよのぶ とりい 鳥居 清信  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝弟子 清信〟    鳥居清信系譜  ☆ きよはる こんどう 近藤 清春  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1383   〝同(元祖清信)門人    近藤助五郎清信【赤本金平画本ニアリ、正徳享保頃、宝永正徳頃ノ人、画江戸名所、百人一首、草紙、    享保年中印本】〟  ☆ きよひさ とりい 鳥居 清久  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝清信門弟 清久 小松町〟    鳥居清信系譜  ☆ きよひろ とりい 鳥居 清広  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一    ◇「鳥居清信系譜」p中1380   〝清信門弟 清広 堺町【清満門弟、難波町住、安永五申年、若年にして病死、俗称七之助、上手】〟   ◇「鳥居清信系譜」p中1380   〝[署名]「鳥居清廣筆」[印章]「◯に山、本板」    【市川団十郎、中村勘五郎】三浦大介【素袍、馬ノ手綱ヲ取、暫クノ形也】〟    鳥居清信系譜  ☆ きよふさ とりい 鳥居 清房  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝清信門弟 清房〟〈名前のみ〉    鳥居清信系譜  ☆ きよまさ とりい 鳥居 清政  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝清信門弟 清政 幸四郎、富十郎、宗十郎〟    鳥居清信系譜  ☆ きよます とりい 鳥居 清倍  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝三代目 清信 住難波町、早世、門人多、一枚摺ニ清倍ニ作ル二代目ノ弟トス〟    鳥居清信系譜  ☆ きよみつ とりい 鳥居 清満  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝弟子 清満 【一枚摺ニ六代目、コレマデ代々実子ト云々、俗名亀次郎、一枚摺ニ云、現在ノ清満ハ最    初清満の孫也】〟    鳥居清信系譜  ☆ きよみね とりい 鳥居 清峯  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1412   〝鳥居清峯 文化中〟  ☆ きよもと とりい 鳥居 清元  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1381   (「鳥居清信系譜」より)   〝清長門人 清元【和泉町ニ住ス、金と呼べり】〟    鳥居清信系譜  ☆ きよゆき とりい 鳥居 清之  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1380   (「鳥居清信系譜」より)   〝清信門弟 清之〟〈名前のみ〉  ☆ きんし すぎむら 杉村 琴子  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1422   〝(補)杉村琴子      江口ノ君 宮川風[署名]「琴子」[印章]「杉村檜女」(白文方印)杉村檜女〟  ☆ きんじ 金次  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1407   〝金次 隅田川両岸一覧筆者、やげん堀不動前通、    今按に、金次は鶴岡蘆水の通称なり、蘆水が筆の隅田川両岸一覧は、東江源鱗の序文ありて、東岸は、    木母寺、西岸は真崎より起り、共に永代橋に終る、墨描の摺帳にして、これによりて、当時の沿岸の光    景を、想見るべけれども、筆の跡は、いとをさなしといはんとす〟    〈この項目の欄外注に〝廿九巻蘆水條参照〟とあり〉  ☆ ぎんせつ とみかわ 富川 吟雪(房信参照)  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1383   〝富川吟雪房信 浮世画師、享保年間〟  ☆ きんちょう 金長  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1407   〝金長 寛政〟〈未詳〉  ☆ くにお こうてんさい 皓天斎 国雄(橘国雄の項参照)  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1388   〝国雄 号皓天斎、俗称酢屋平十郎、守国門人、    是人名ヲ好ザルヲ以テ、世ニ知レズ、生涯困窮シテ終レリ、其筆スル所毛詩図譜ノ刻本、世ニ行ハル、    其落款ノ後世ニ遺レル画モ無レバ、世終ニ其名ヲ知ザル故ニ、茲ニ付録ス、古来カヽル、後世ニ伝ハラ    ザルモノ多カルベシ、世人多目ヲ賤ミ、耳ヲ貴ベルコト、歎カシキコトナラズヤ〟  ☆ くにかね うたがわ 歌川 国兼  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1400   (「歌川豊国系譜」より)   〝国兼 安物板下ヲ書、両国看板ヲ書、【今按ニ、両国看板トハ、昔時両国橋畔ニ、鈍帳芝居見世物等ア    リシナリ、其看板ヲ言フ】〟    歌川豊国系譜  ☆ くにさだ うたがわ 歌川 国貞  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一   ◇「歌川豊国系譜」p中1400   〝国貞【役者画ノ一番也、五渡亭、五ッ目わたし守、本町一丁目ニ出】    歌川豊国系譜   ◇p中1401   〝歌川国貞/同 国芳    当時役者画候画師、此両人計に候、其内にも国貞一人と可申、其子細は国芳の画は、人物せい高くさみ    しく、国貞が画は幅ありて賑に候、且画もよき故、此画ばかりうれ候て、国芳の役者は一向売不申候、    但し武者画は至て巧者にて、画料国貞より半分下直に候へ共、捌兼候由、国貞五ッ目渡の株を持、五渡    亭と号し、五ッ目に住候、遠方より画双紙の使、不断参候由、国芳は、既に豊国に成べき事候へ共、故    ありてなり不申候由、同国安と申、国貞につゞきて、役者画よく画候者、一昨年相果申候、国芳は職人    風にて細布をしめ、仕事師の如し、国貞は人がら能、常一腰さして出候由 天保九年五月十四日聞    国貞今豊国と、名披露して専らゑがく、弘化元年聞    (補)[署名]「五渡亭国貞」[印章]「(二字未詳)五渡(三字未詳)」(朱文丸印)     国貞門人  貞秀 久保町原  貞房 歌川町  貞景  貞虎〟  ☆ くにとら うたがわ 歌川 国虎  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1400   (「歌川豊国系譜」より)   〝国虎〟〈名前のみ〉    歌川豊国系譜  ☆ くになお うたがわ 歌川 国直  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1400   (「歌川豊国系譜」より)   〝国直 役者不書、板下〟    歌川豊国系譜  ☆ くになが うたがわ 歌川 国永  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1400   (「歌川豊国系譜」より)   〝国永〟〈名前のみ。国長か〉    歌川豊国系譜  ☆ くにまさ うたがわ 歌川 国政  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1399   (「歌川豊春系譜」より)   〝(豊国)門人 国政 役者ノ似貌ヲ能写ス、中山富三郎、似貌最得意タリ、浮世絵類考〟    歌川豊春系譜  ☆ くにまる うたがわ 歌川 国麿  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1400    (「歌川豊国系譜」より)   〝国麿 役者ヲ書、ウレヌ、今安物女画ナドヲ書、酒呑ノ下画〟    歌川豊国系譜  ☆ くにみつ うたがわ 歌川 国光  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1400   (「歌川豊国系譜」より)   〝国光〟〈名前のみ〉    歌川豊国系譜  ☆ くにやす うたがわ 歌川 国安  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 (浅岡興禎著・嘉永四年(1851)起筆)   ◇「歌川豊国系譜」中p1400   〝国安 天保五六年比死〟    歌川豊国系譜   ◇「歌川国貞、同国芳」の項 中p1401   〝同(歌川)国安と申、国貞につゞきて、役者画よく画候者、一昨年相果申候(中略)天保九年五月十四    日聞〟    〈国安の没年は暫く明確でなかったようで、『浮世絵師便覧』(明治二十六年(1893)刊)の飯島虚心は、天保七年(1836)として     いる。おそらく虚心は「歌川豊国系譜」の「天保五六年比死」を採らず、上記の「一昨年相果申候」「天保九年五月十四日聞」     の記事に信をおいて、天保七年の方を採用したと思われる。しかし曲亭馬琴の日記によれば、国安逝去は天保三年(1832)七月     の盆前、つまり上旬であった〉  ☆ くによし うたがわ 歌川 国芳  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1399    ◇「歌川豊国系譜」p中1399   〝国芳 一勇斎、似貌〟    歌川豊国系譜   ◇p中1401   〝歌川国貞/同 国芳    当時役者画候画師、此両人計に候、其内にも国貞一人と可申、其子細は国芳の画は、人物せい高くさみ    しく、国貞が画は幅ありて賑に候、且画もよき故、此画ばかりうれ候て、国芳の役者は一向売不申候、    但し武者画は至て巧者にて、画料国貞より半分下直に候へ共、捌兼候由、国貞五ッ目渡の株を持、五渡    亭と号し、五ッ目に住候、遠方より画双紙の使、不断参候由、国芳は、既に豊国に成べき事候へ共、故    ありてなり不申候由、同国安と申、国貞につゞきて、役者画よく画候者、一昨年相果申候、国芳は職人    風にて細布をしめ、仕事師の如し、国貞は人がら能、常一腰さして出候由 天保九年五月十四日聞〟  ☆ けいほ たかだ 高田 敬甫  ◯「名画十四 自享保」〔古画〕二十六 中p1065(朝岡興禎編・嘉永四年三月廿八日起筆)   〝高田敬甫 号竹隠、近江人、初学狩野氏、後師古澗、善人物、不事規倣、独抒性霊、揮灑横逸、壮年遊         京摂最知名、與呉浚明為一時領袖、宝暦中歿、歳八十、     柴田義董曰、敬甫、浚明、略同轍也、世称為建異幟、然以余観之、未全脱時習、猶汲狩野氏之余波、況     復齷齪於田野、自以為足也、若使此輩人得身居大都会、與山楽友松等、方駕而争衡、惜哉、画乗要略    江州日野杉の上の人なり、製薬を以て活業とす、幼少にして、画事を好めり、因て水口侯に仕ふ、侯狩野    永真をして、是が師たらしむ、壮盛に及て、故里に帰省して、此業愈つとむ、善画の聞えあり、其写す所、    富士峰及鮎魚、鯉魚等を珍玩とす、後浄福寺古澗和尚に、大画の法を学べり、竹隠斎、眉間毫翁の数号あ    り、男を三径といふ、よく父の志をつぎて、家聲を墜さず【逸人画史】    叙法眼、宝暦中歿年八十一【書画一覧】    或画書に、眉間毫珪甫が水飲猩々、浪に鯉、馬渡高雲の達摩【名高キ画ノ事ヲ云所ニ、如此出セリ】     山水双幅、画於武陽旅寓、湖東竹隠斎眉間毫法眼敬輔画     [署名]「画於武陽旅寓 湖東竹隠斎眉間毫翁 法眼敬輔画」     [印章]「眉間毫翁」(朱文長方印)「竹敬輔印」(朱文方印)     鯉の滝登 【竹隠斎、眉間毫翁敬輔】     [署名]「眉間毫翁法眼敬輔 時年七十有八画」     [印章]「眉間毫」(朱文長方印)「法眼敬輔」(朱文方印)〟  ◯「近世二」〔古画〕三十上 中p1246    丹青競行司(相撲見立て絵師番付)  ☆ げんざぶろう まきえし 蒔絵師 源三郎  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 中p1376   〝蒔絵師源三郎 元禄三年刻本、人倫訓蒙図彙に此名あり、西鶴が作の読本のさし画に、名をあらはすと    いへども、多くは此人の絵なり 浮世画類考    燕石襍志(頭注に〝燕石雑志衍〟とあり)     人倫訓蒙図彙全七巻、元禄三年庚午七月発行、画は蒔絵師源三郎筆、書肆は平楽寿梓     (「鋳掛師」と「煎餅師」の挿絵あり)〟    〈『燕石雑志』は滝沢解(曲亭馬琴)著の随筆。文化八年(1811)刊〉  ☆ こういん ながやま 長山 孔寅  ◯「近世 文化」「古画」二十九 中p1227   〝孔寅 長山氏、字子亮、号牧斎、出羽秋田人、住浪華、師月渓、差変、画乗要略    見其牡丹、服紗唐紙大直幅、清澹可観矣【文化角力、二段ノ末】    (補)鳥羽画放屁合戦巻物摸本、頗達筆也、    (補)[印章]「子亮」(白文長方印)〟  ☆ こりゅうさい 湖龍斎  ◯「浮世絵師伝」〔古画〕三十一 p中1392   〝湖龍斎 後法橋となり、浮世画を不画、下手、明和頃人、両国橋広小路薬研堀に住せり、【米沢町角ト    モアリ】是又文調の類也、佳気園云、青楼名妓の一枚画を多く画けり、必ず其傍に雛妓を添、画風いや    しからず、然れども、一紙中の妓、皆同じ顔に書て、長幼の別なし、又古法眼写の、布袋の摺画あり、    浮世画に非ず、浮世絵類考〟    [署名]「法橋湖龍斎」[印章]「正勝之印」(朱字方印)【大神楽ノ画、磯田氏、武江年表】    (補)[印章]「正勝印」(朱字方印)(補)[署名]「湖竜斎」[印章](前項[印章]と同じ)〟