※①〔目録DB〕:「日本古典籍総合目録」 ⑮〔漆山年表〕:『日本木版挿絵本年代順目録』
☆ 享和二年(1802)
◯「国書データベース」(享和二年刊)
◇絵本 葛飾北斎画
『絵本忠臣蔵』「東都画 北斎辰政」桜川慈悲成作 西村屋与八板 ⑨(〔ARC〕画像)
慈悲也序「爰にくま筆の名人 並にもまさりたる画狂人北斎が星をさして 春に羽をのす鶴が岡の大序より
炭部屋の隅々まで ここをしきつて かう/\と 筆をはしらせ」
◯「絵入狂歌本年表」(享和二年刊)
北斎辰政画『風流五十人一首 五十鈴川狂歌車』色摺(口絵・肖像) ①
「画工 北斎辰政」千穐庵三陀羅編 蔦屋重三郎 享和二年正月刊
△『稗史億説年代記』(式亭三馬作・享和二年)〔「日本名著全集」『黄表紙二十五種』所収〕
〝草双紙の画工に限らず、一枚絵の名ある画工、新古共に載する。尤も当時の人は直弟(ヂキデシ)又一流あ
るを出して末流(マタデシ)の分はこゝに省く。但、次第不同なり。但し西川祐信は京都の部故、追て後編
に委しくすべし
倭絵巧(やまとゑしの)名尽(なづくし)
昔絵は奥村鈴木富川や湖龍石川鳥居絵まで 清長に北尾勝川歌川と麿に北斎これは当世
北斎辰政 (他の絵師は省略)〟
『稗史億説年代記』 式亭三馬自画作(早稲田大学図書館「古典籍総合データベース」)〈上巻一丁ウ〉
〝春朗改 俵屋宗理
処改 北斎辰政画
これより青本を休〟〈下巻五丁オ〉
☆ 享和三年(1803)
◯「百人一首年表」(本HP・Top)(享和三年刊)
北斎辰政画『絵本 小倉百句』「画工 北斎辰政」反古庵白猿序 西村源六他板〔跡見1198 異種〕①
◯『浮世絵備考』(梅本塵山編 東陽堂 明治三十一年(1898)六月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)(47/103コマ)
〝北斎辰政【寛政元年~十二年 1789-1800】
通称橋本庄兵衛、為一の最初の門弟にて、初名宗二後に宗理の名を譲られ、菱川宗理(三世)となりぬ、
『浮世絵類考』に為一が、はじめ菱川宗理と名乗りしとあれども、全く此の三世宗理と混じて誤れるも
のなり、為一は菱川と呼ばず、俵屋宗理といへり、三世宗理のち再び師の号を譲り受けて、二代目北斎
辰政となる、浅草山谷に住みて、狂歌摺物の絵を多く画けりと云ふ〟
☆ 文化元年(享和四年・1804)
◯「読本年表」(享和四年刊)
葛飾北斎画『小説比翼文』口絵「北斎辰政画」曲亭馬琴作 鶴屋喜右衛門板 ①