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☆ まごさぶろう にしむら 西村 孫三郎浮世絵師名一覧
(西村重長参照)
 ◯『浮世絵師之考』(石川雅望編・文化五年(1808)補記)   〔「浮世絵類考論究10」北小路健著『萌春』207号所収〕   〝西村重長 孫三郎【通油町地主なれども後に神田へ出て本屋となる 仙花堂】    絵本ならびに役者一枚絵多し、宝暦六子年六月十二日没、六拾四〟    ◯『嵩鶴画談』巻之五(清筠舎著・天保五年成稿・『日本画談大観』「中編随筆」所収p1002)   〝西村孫三郎【重長は石川豊信之師也 豊信は元祖歌川豊春之師也】    西村孫三郎は重長の俗称と見へたり、此頃三代目団十郎の絵を見るに、西村孫三郎図とあり、三代目団    十郎に(三升の図)の如く三枡の中に今の字あり、上に市川今団十郎としるせり、こは二代目団十郎柏    莚団十郎海老蔵となりえ間なき事故、紋わかちしらせんか為にかくの如くかきし物と見ゆ、物孫三郎と    かきたる絵おほくみず、もしくは別人にやと思ふこともありしが、このころ偸閑子の蔵なる海老蔵と団    十郎と二人を絵かきたるを見たり、この絵師西村重長とありまつたく筆意などおなじ、これも又上に市    川海老蔵市川今団十郎としるせり、この絵見てはじめて孫三郎は重長の俗称ある事たしかにしれたり〟  ◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序) 〝西村重長 享保の頃より     俗称(空白)居 通油町(此頃の一枚画に西村孫三郎と書たる有、重長の俗称歟)     号 仙花堂    一枚絵画本等多し 絵本江戸土産初編(寛延の頃也)〟