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☆ きよみつ とりい 鳥居 清満 三代(鳥居家六代)浮世絵師名一覧
〔天保3年(1832)12月14日~明治26年(1893)8月19日・61歳〕
 ※〔 ~ 〕は立命館大学アート・リサーチセンター「歌舞伎・浄瑠璃興行年表」の上演年月日等のデータ    ☆ 安政三年(1856)    ◯『俗曲挿絵本目録』(漆山又四郎(天童)著)   ◇唄浄瑠璃(長唄)    鳥居清芳画『鞍馬山』清芳画 安永(ママ)三、霜月〔安政03/11/10〕    〈清芳は三代目清満の前名、明治元年、父の二代目清満逝去後三代目を襲名する〉    ☆ 明治前期    ◯「【当時一品】名誉博覧会」明治前期刊(『美術番付集成』瀬木慎一著・異文出版・平成12年刊)   〝長クツノ遠道 おほねはおれるがもう一里    鳥居清満・正流斎南窓・小川松民・竹本若松太夫・関三十郎〟    〈この番付の刊年は明治七年と推定される。根拠は下掲本HP「浮世絵事典」の「浮世絵師番付」参照のこと〉    浮世絵師番付「☆明治前期」参照  ☆ 明治十二年(1879)  ◯『歌舞伎新報』1-30号(歌舞伎新報社 明治12年2月~同年8月刊)    画工 鳥居清満    〈国文学研究資料館の「近代書誌・近代画像データベース」所収の創刊号~30号に関する書誌データによる。『歌舞伎新報』は     東京歌舞伎各座の筋書き、脚本、随筆などを掲載する〉  ☆ 明治十三年(1880)  ◯『東京商人録』(横山錦柵編 大日本商人録社 明治十三年七月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   (「し之部」「新富座」の項 206コマ/227)   〝画工 鳥居清満 京橋区新富町六丁目四番地〟  ☆ 明治十四年(1881)  ◯『明治文雅都鄙人名録』(岡田霞船編 聚栄堂 明治十四年四月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝画 鳥居清満 栄二郎 浅草向柳原町二丁目一番地〟    浮世絵師 人名録(『明治文雅都鄙人名録』『現今東京文雅人名録』)  ◯『現今東京文雅人名録』(竹原得良編 橋本定吉 明治十四年六月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝画 鳥居清満 栄二郎 向柳原町二丁目一番地〟  ☆ 明治十五年(1882)  ◯『明治文雅都鄙人名録』(岡田霞船編 聚栄堂 明治十五年五月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝画 鳥居清満 栄二郎 浅草向柳原町二丁目一番地〟    〈明治14年版人名録と同じ〉  ◯『絵画出品目録』初版(農商務省編 国文社第一支店 明治十五年十月刊)   (内国絵画共進会 明治十五年十月開催 於上野公園)   〝第四区(菱川・宮川・歌川・長谷川派等)    東京府 鳥居亀二 鳥居派 号清満 シバラク之図・安宅関弁慶半身ノ図〟  ☆ 明治十六年(1883)  ◯『明治画家略伝』(渡辺祥霞編 美術新報鴻盟社 明治十六年十一月版権免許)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝現今略伝 第四区 菱川宮川派ノ類    鳥居清満 鳥居 人物 浅草区福井町三丁目九番地         名ハ亀二 天保三年十二月十四日生ル 清信四代ノ孫清峯ノ子ナリ    〈凡例によると、この人名録が収録するのは明治15年・同17年に開催された内国絵画共進会に出品した絵師〉  ☆ 明治十八年(1885)    ◯『現今日本画家人名録』大阪(赤志忠七 赤志忠雅堂 明治十八年三月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝鳥居派 東京 人物 鳥居清満 亀二〟  ◯『東京流行細見記』(登亭逸心撰・清水市太郎編・明治十八年七月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)
   「東京流行細見記」「浮世屋画工郎」(当時の諸職芸能人や専門店を吉原細見に擬えて序列化した戯作)     〝(暖簾の文字)「錦」浮世屋絵四郎   (上段 合印「入山型に△」)〝日の出 新流行 大上々吉 大々叶〟〈細見全体での序列は十位〉     つきおか 芳年〈月岡〉  こばやし 永濯〈小林〉     おちあい 芳幾(落合)  とよはら 国周(豊原)     とりゐ  清満(鳥居)  あんどう 広重(安藤)     おがた  月耕(尾形)  あらゐ  芳宗(新井。二代目芳宗)    〈以下、中段下段は名称のみ。禿・芸者・遣り手は省略〉   (中段 合印「入山型」)〝日々流行 上々吉 大繁昌〟〈細見全体での序列は十三位〉     年恒 国政 周延 年方 春亭 吟香(ママ) 清親 豊宣 国峯 周重 国梅   (下段 合印「入山型」)〝日々流行 上々吉 大繁昌〟〈細見全体での序列は十三位・中段と同格〉     広近 年景 芳 藤 年参〟    〈全体は本HP「浮世絵事典」【う】「浮世絵師番付」を参照〉  ◯『東京高名鑑』(加藤新編 滝沢次郎吉出版 明治十八年十一月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝生田芳春 早川松山 橋本周延 長谷川雪光 長谷川周春 蜂須賀国明 梅素薫  豊原国周    大村一蜻 大竹国房 恩田幹延 尾形月耕  落合芳幾  渡辺省亭  河鍋暁斎 金木年景    竹内国政 月岡芳年 永島孟斎 村井房種  歌川芳藤  歌川国松  歌川国久 野坂年晴    松本楓湖 松本豊宣 松本芳延 小林清親  小林永濯  安藤広近  安藤広重 安達吟光    新井年雪 荒川国周 柴田是真 鳥居清満  守川国重  鈴木華邨〟  ☆ 明治二十二年(1889)    ◯「双六年表」〔本HP・Top〕   「市川家十八番歌舞伎双六」「鳥居清満・国周・緑芽・島女」伊藤貞次郎 明治22年2月 ⑤⑩    ☆ 明治二十三年(1890)  ◯「読売新聞」(明治23年11月30日記事)〈原文は漢字に振り仮名付、()はその一部分   〝歌川派画工の専門    歌川派の画工にて板下絵のみに関係し居るもの其数数多(あまた)あれ共、目下一派の得意を出(いだ)し    て其名世に聞えたるものを挙ぐれバ、武者絵ハ芳年、似顔ハ国周、官女ハ周延、押絵ハ国政、手遊画    (おもちやゑ)ハ国利、新聞さし絵ハ年英、名所画(ゑ)ハ吟光、類似油絵ハ清親、見世物看板画ハ芳盛、    劇場(しばゐ)看板絵ハ清満、年中行事ハ勝月、団扇絵ハ玉英と限りたるが如しとなり〟    ☆ 没後資料    ◯『浮世絵師便覧』p232(飯島半十郎(虚心)著・明治二十六年(1893)刊)   〝清満(ミツ) 鳥居六代、俗称栄、始め清房、現存〟    〈虚心の原稿では〝現存〟とあるが、明治二十五年八月十九日没、享年六十一である。明治二十六年の刊行時には故人     であった    ◯『名人忌辰録』上巻p13(関根只誠著・明治二十七年(1894)刊)   〝鳥居清満 六世 五代目男。明治廿五年八月十九日歿す、歳六十一。浅草南松山町法成寺に葬る〟    ◯『浮世絵備考』(梅本塵山編 東陽堂 明治三十一年(1898)六月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)(90/103コマ)   〝鳥居清満【明治元年~三十年 1868-1898】    通称亀二、鳥居流五世清峰の男、天保三年十二月十四日十四日生る、初め清房と称せしが、後ち鳥居家    六世を相続して、清満と改む、明治二十五年八月十九日没す、浅草南松山町法成寺に葬る〟  ◯『浮世画人伝』p24(関根黙庵著・明治三十二年(1899)刊)
   「鳥居清信系譜」   〝清満 五世清峯実ノ次男、俗称栄蔵、初メ清芳ト称ス、父清満没後、三世清満ト改、新福井町ニ住ス〟    ◯「集古会」第五十七回 明治三十九年(1906)三月(『集古会誌』丙午巻之三 明治39年5月)   〝林若樹(出品者)     五代目鳥居清満筆 暫の下絵    一枚 〈鳥居家5代目、2代目清満〉     六代目清満筆   曽我対面絵看板 大一枚〈鳥居家6代目、3代目清満〉  ◯『狂歌人名辞書』p60(狩野快庵編・昭和三年(1828)刊)   〝鳥居清満(六代)、通称栄蔵、二世清満の男、初号清房、明治十五年の内国絵画共進会に「暫」の図を    出せしことあり。同廿五年八月十九日歿す、年六十一〟    ◯『浮世絵師伝』p43(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝清満 三代    【生】天保三年十二月十四日 【歿】明治廿五年八月十九日-六十一    【画系】二代清満の長男   【作画期】安政~明治    鳥居氏、俗称亀治、後ち栄蔵と改む、画を父に学び、初め清芳と号せしが、父の歿後三代清満を襲名し    て、鳥居家六代目を継ぐ、専ら芝居看板絵及び番附を画きたり。彼は新和泉町の家に成長せしが、後ち    浅草向柳原町二丁目、福井町三丁目、猿屋町等に転住せり、法名、円満院栄昌信士。彼の歿後、鳥居家    七代目は、二代清満の門人清貞の子清忠(現存)によつて継承せられたり、蓋し彼に二男四女ありしも、    次女を除くの外は皆早世せしが爲めなり〟    ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   ◇「慶応元年(四月十八日)乙丑」(1865) p242    〝此頃より、絵合流行し、此年芳幾・是真・京水・幾丸・鳥居清満(六代歟)鄰春・玄魚等の合作『花吹    雪』二冊出版、蓋し絵合なり〟    ◯『歌舞伎年表』⑦392(伊原敏郎著・昭和三十七年刊)   (「明治二十五年(1892)」の項)   〝八月十五日、三代目鳥居清満死す。浅草黒船町正覚寺(校者補筆)〟    〈校者は河竹繁俊と吉田暎二    ◯「幕末明治の浮世絵師伝」『幕末明治の浮世絵師集成』p86(樋口弘著・昭和37年改訂増補版)   〝清満 三代(きよみつ)    鳥居氏、俗称亀治、のち栄蔵と改める。二代清満の長男、父に学び、その歿後は襲名し、鳥居宗家の六    代目となる。鳥居派の人々はすべて、明治の風俗浮世絵界には関係が薄い。天保三年生れ、明治二十五    年、六十一才で歿した〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)    収録なし