リスク評価とリスク管理 −現状のリスク評価の批判的分析− マサチューセッツ予防原則プロジェクト 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) 情報源:Science and Environmental Health Network Risk Assessment and Risk Management http://www.sehn.org/pppra.html 掲載日:2003年7月15日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/risk_assess_mass/risk_assess_mass.html
内 容
1. はじめに この概要書の目的は、現在実施されているリスク評価について、及び、それがどのような意図で実施されているかについて、入門者に分かりやすく説明することにある。 政府関連機関は、人々の健康と環境に関する政策を決定するためにリスク評価を開発してきた。 その構成と基本を理解することで、市民はリスク評価を批判的に分析し、今日のリスク管理手法の危険性とそれが悪用されている現状について理解することができる。 一般に、リスク評価は危険な行為を正当化するために用いられている。 マサチューセッツ予防原則プロジェクトの目標は、予防原則に従って、環境的危険性(environmental hazards)に対する世論を変えることにある。予防措置的手法では、危険性を正当化するためではなく、危険を避ける、あるいは最少にするために科学を利用する。 予防原則における科学的分析では、分かっていることと分からないこととを明確にして真の科学的不確実性を認め、本質的に有害な行為に対する代替案を十分に評価する民主的な政策決定プロセスを導入する。 2. リスク評価とは何か?
リスク評価は、人間または生態系が化学物質あるいは汚染物質へ暴露することにより、どのような危害を受けるかを理解し測定することを試みようと、毒物学と暴露評価の分野を統合したものである。 そこではリスクを推定するために、有効な科学的証拠とともに、仮定、数学的モデル、および政策判断が用いられる。 人間の健康に関するリスクは、ある状況下あるいは暴露により、ある人叉はある集団が被る危害、病気、あるいは死亡のチャンスの程度(measure)である。 それは、望ましくない事象(有毒化学物質への暴露)が起こる確率と、その事象のために生ずる結果(危害、病気、あるいは死亡)との組み合わせである。 リスク評価は汚染物質の影響を測定するために、下記4段階の主要な分析を行なう。 ![]() 論理的には、一度リスク評価が完了し、リスクが算出されると (例えば、焼却炉から3km以内の住人1000人の、70年間にわたる毎年のがん過剰発症数が4) 、そのリスクを ”管理”、または規制するための政策や法規によるリスク管理で対応する。 実際には、下記の重なり合う円が示すように、リスク管理とリスク評価は密接に関連し合っている。 ![]() 政策決定者は、リスクを防ぐためではなく、主にリスクをどのように管理し削減するかを決めるために、リスク管理を行なう。この政策決定では、当事者がどのくらいのリスクを負うべきかについて主観的に決定する。危害を受けるであろう当事者がこの政策決定には参画せず、またリスク評価に含まれる大きな不確実性を考慮すると、この ”許容可能リスク” の決定は、しばしば非民主的で非倫理的であると多くの人々にみなされている。 (詳細についてはリスク管理の章を参照下さい)
3. リスク評価はどのようにして開発されたか? リスク評価は、もともと、橋の建設等のように定義がはっきりしており、分析しやすい機械的な問題のために開発された。1960年代に、リスク評価は特に食品中の発がん性物質への暴露の安全性評価に用いられ始めた。1983年、国立研究評議会が、”赤本” として知られる 『連邦政府のリスク評価:プロセスを管理する(Risk Assessment in the Federal Government: Managing the Process)』 を発行した。この本がその後のリスク評価の規範となる4段階のリスク評価プロセスを確立した。 4. リスク評価は評価プロセス中に仮定を置くのか? その通りである。リスク評価の4段階のプロセス全てにおいて、健康への影響に何を含めるかから検討すべき暴露のルートまで、仮定を置き判定する。これらの判定は時には科学的に、時には政治的に、時には自由裁量で決められる。ここでなされる選択により、リスク評価の結果が変わってくる。通常、一つのリスク評価プロセスでは、50以上の仮定とその他の決定がなされる。 これらの仮定や主観的な選択の例: 使用する用量−反応モデル、低レベル暴露における潜在的な影響、一つあるいは複数の有毒物質に対する累積暴露、人は何をどのくらい食べ、飲むか? 人はどのくらい体重があり、どのくらい呼吸するか? 人の年齢と健康状態、集団における暴露の分散と分布、どの不確実性/安全係数を使用するか? どの毒性学的データを使用するか(実験時の用量、健康への影響、評価項目、等)? すでに受けたかもしれない他の暴露/リスク、分析における不確実性とそれらはどのようにして測定されるか? これらの仮定では、異なる評価者によって異なる結果が導き出される。
ほとんどのリスク評価における仮定が基礎をなす科学は決定的なものではないので、不確実性はリスク評価を行なう過程で増幅される。さらに、しばしばリスク評価はすでに決定されていることを正当化するために使われているということを市民は知っており、研究によっても確認されている。 ほとんどのリスク評価では、特定の母集団の脆弱性、複数化学物質による加法的あるいは相互作用的影響、がん以外の健康への影響、などの要素についは考慮しない。もっとも最近ではこれらの要素も考慮するようになってきているが、それもデータ不足のため、単に推定するだけである。 今日では、蓋然論的 (Probabilistic )、あるいはモンテ・カルロ法的 (Monte Carlo) リスク評価がよく行なわれる。この種のリスク評価の結論は、一つの数ではなく、ある範囲の不確実性を考慮に入れたリスクの分布となる。また、これらのリスク評価は、使用される仮定にはいくつかの不確実性があることをはっきりと認めている。 これらの手法は、仮定が変わった時にその結果がどのように変わるかを表わすためにはよい方法であるが、これらのモデルは使用される情報の種類により、やはり限定される。 アメリカ環境保護局 (EPA) によれば、「リスク評価の科学は、当初の手法に比べてかなり開発されている。しかし、正確な健康リスク評価に必要なデータと方法論はいまだに存在しないということが多くの人々の了解事項である」 5. リスク評価プロセス 5.1 危険性の特定 : その汚染物質により、どのような健康問題が生じるか? 危険性の特定には、実験室での動物実験と、時には人間の疫学的調査の検証に基づく、ある物質の毒性を推定することが必要である。健康への影響の範囲が検討され、特定される。発がん性と、それより評価頻度は少ないが、生殖系、発達系、神経系への影響など、非発がん性にかかわるものが含まれる。 EPA は、発がん性に関する証拠の重み付けをしている。例えば:
このプロセスの弱点
5.2 用量ー反応評価 : 異なる暴露量での健康への影響は? 用量ー反応評価では下記を観察する
用量−反応の関連性は、汚染物質、個人の敏感性、健康影響のタイプによって変化する。EPA は従来、がんについてだけであるが、”ゼロ・リスク ”ということはありえず、暴露によって何らかのがんへのリスクが生じると仮定していた。これは ”閾値(いき値)なし(non-threshold)” モデルと呼ばれている。しかしこの仮定は、がんのリスク評価に関し新らたに提案されている指針に基づいて変更されるかもしれない。その指針では、DNA を直接かく乱しないある種の発がん性物質に対する ”閾値(いき値)” 反応を提供している。 ”閾値(いき値)” モデルでは、汚染物質からのダメージに関し、体がそれにより危害を受けることなく治癒するか、あるいは吸収することができる、あるレベルが存在するという仮定を置く。がん以外の健康への影響については一般的に閾値(いき値)が仮定されるが、これは科学的には必ずしも正しくないことが示されている。例えば、生殖系・胎児あるいは神経系への影響の危険性については、”閾値(いき値)”は存在しないであろう。あるいは、内分泌かく乱については、非常に微量な用量そのものが問題なのではなく、そのタイミング(妊娠中あるいは発達中の"小窓(small window )"が非常に重要になる。 ”閾値(いき値)”反応タイプのモデルが、間接的にはありうるが直接的にはDNAにダメージを与えない化学物質の発がん性評価における標準となるかもしれない。 用量−反応モデルが、他の異なるタイプの危険性に対しても有効であるという一般的な合意はない。健康に関する団体の中のある人々は、子どもたちの健康や脆弱な集団の健康を守ることはできないとして、新しい EPA のがんリスク評価指針に異を唱えている。彼らは、他に証明されない限り、発がん性に関する”閾値(いき値)”は存在しないという仮定を置くよう勧告している。 このプロセスの弱点
5.3 暴露評価 : どのくらいの量の汚染物質を特定の期間内に人々は吸入、摂取、あるいは吸収しているか? 暴露した期間はどのくらいか? どのくらいの人々が暴露したか? 暴露評価では、暴露の環境中のルート、及び暴露の程度に注目する。そのステップは:
5.4 リスク特性評価 : 暴露した集団における健康問題の追加リスクは何か? リスク特性評価では、個人、集団」、あるいは社会に及ぼすリスクの程度を推定するために、暴露のルート、程度、及び暴露した人の数についての情報に基づく危険性評価の各種結果を統合する。有害な影響の特性について記述し、証拠及び不確実性の信頼度を提示しなくてはならない。 リスクに関する情報は様々な方法で提示されるが、それらは下記を含む。
6. リスク評価に使われるリソースが少ない リスク評価を行なうために用いられる政府のリソースが少ないということに留意すべきである。リスク評価には数百万ドルの金と多大な人員が必要である。この金は予防と活動に使われるべきである。 政府機関は、産業側が規制に異議を申し立ててきた時に防御できるよう、あるいは市民からの訴訟にそなえるために、リスク評価を使用しているかもしれない。しかし、そのようなリスク評価の数字をもってしても、政府はしばしば法廷で敗れている。 7. リスク管理 リスク評価のプロセスから得られたリスク推定値は、環境や健康を脅かす危険性に関する政府の政策決定において主要な役割を果たす要素の一つである。リスク評価の結果を採用し、許認可や汚染物質の排出基準の設定などを実施する、しないの結論にいたるプロセスを ”リスク管理 (Risk Management)”と呼んでいる。リスク管理における判定 (Judgements) には下記のものが含まれる。
連邦政府や州政府レベルでは、より参加民主主義的にするよう、リスク管理プロセスを改善する努力がなされているが、真の民主主義に至るには程遠い。またリスク管理プロセスは、リスク評価の限界によって、制約を受けている。 現状のリスク管理における問題点として下記が挙げられる:
従って、現在の政策決定プロセスは予防原則の指針(後述)に合うよう変えなくてはならない。 8. リスク・コミュニケーションとはなにか? リスク・コミュニケーションは、地域共同体が研究や選択や管理について定義することに参画する対話型プロセスではなく、むしろ、リスク評価で何がなされたか、許容できるリスクは何か、について人々に少しは知らせるというようプロセスであることが多い。 ほとんどのリスク評価は非常に複雑なので(多くの科学者たちにとってもそれらを読むのは大変な」労力が必要)、そのプロセスに人々を参画させるのは難しく、人々は通常、リスク評価の概要を見るだけで、止めてしまう。リスク管理においてプロセスの改善をはかるよう努力がなされているが、リスク評価プロセスとその結果としての政策決定プロセスを真に民主化することは完全にはできないであろう。 9. リスク評価と予防原則 予防原則は、その制約と不確実性のために、科学は将来の危険性に対して正確な予測をすることはできないという前提に立っている。予防原則は科学の放棄を求めているわけではない。単純に以下のことを求めているだけである。
予防原則では、社会は有害性が潜在的に存在するということを与えられたものとして甘受せず、むしろその解決のための最良の方法を求めようとする。我々は、他の人々がよければ誰かを犠牲にしてもよいなどということは受け入れられない。我々には、現在及び将来の犠牲者双方の利益を政策決定に織り込む責任がある。 リスク評価手法は、我々が民主的なプロセスによって代替案を総合的に評価する上で、ひとつの行為の潜在的な危険性をより深く理解するための補助手段としては価値があるかもしれない。 この方法は、環境的脅威が競合する場合には、措置に優先順位をつけることができる。 選択肢を比較する、あるいは、複数の証拠を用いて単一行為のリスクを推定するような定性的リスク評価なら、リスク情報を最大限有効に使用できるであろう。
予防原則により、”危害を及ぼす原因は何か、潜在的な危険性の特性は何か、それらを如何に防止するか”ということを特定する方法に科学が注力できるよう、多くの関連分野と各種の証拠が取り込まれるであろう。科学的研究により、”早期発見”方法が開発され、政策決定における指針あるいは優先度の策定に役に立つこととなるであろう。 予防原則は、リスク回避 (risk avoidance)と最も被害を受ける人々を守る政策に焦点を向けるものである。 注:できるだけ記述を簡潔にするために、我々は定性的リスク評価を人間の健康評価だけに適用するものとした。 10. 参 照
11. さらに詳細な情報についてのコンタクト先 マサチューセッツ予防原則パートナーズ Massachusetts Precautionary Principle Partners Clean Water Fund. 36 Bromfield Street #204 Boston, MA 02108 Tel. 617-338-8131 Fax 617-338-6449 Email: bostoncwa@cleanwater.org Lowell Center for Sustainable Production University of Massachusetts Lowell One University Avenue Lowell, MA 01854 Tel. 978-934-2981 Fax 978-4522-5711 Email: joel_tickner@student.uml.edu Massachusetts Breast Cancer Coalition 51 Diauto Drive, Suite B Randolph, MA 02368 Tel. 413-586-7395 (Sharon Koshar) Email: koshar@javanet.com (訳:安間 武 /化学物質問題市民研究会) |